第5話 二人のアニス
元々、特別編のつもりで書きましたが、本編として投稿します。この回から、ディステリアはクトゥリアにタメ口になります。
イグリースという島国にある町、ロンディヌスに住む見習い騎士の少年―――ディステリアは、旅の男性―――クトゥリアになんらかの才能を見出されて、それを生かす力を伸ばすため、修行の旅をしている。
旅の目的が修行であることはもちろんだが、クトゥリアが持っている本当の理由は別にある。
彼が本当の目的は、ある男性を探すこと。彼らは訳があって世界を周っており、特にクトゥリアと彼が探す男性は主にエウロッパ内を周っている。近々、合流する予定となっており、この際なのでディステリアを弟子につけるつもりだった。
―※*※―
草原の中にある街道。二つの影が道から外れた草むらで激突していた。一つは、青い顔に長く白い牙と鉄の爪を持った片目の老婆。もう一つは、旅人が身につける軽い鎧をまとい、天使の翼が柄に付いた悪魔の翼を模した剣を振るった少年だった。少年の振った黒い剣に腕を切られ、血を散らした老婆は攻撃をやめ、退散していく。それを少年が追おうとすると、
「待て、ディステリア。深追いは禁物だ」
二人の戦いを離れた場所で見ていた男性が止めた。
「クトゥリア。なんだったんだ、あの婆さん・・・・・・?」
「あれはブラック・アニス。この辺りの洞窟に棲み人肉を食らう、老婆の姿をした邪妖精だ」
「なら、倒すべきだったかな・・・・・・」
「どうかなあ・・・・・・?」と、クトゥリアは意味深な笑みを浮かべた。
「もうすぐ港町だ。うまくいけば、今日中にエウロッパ本土に渡れる」
「俺の師匠になる人に会えるんだな。よし・・・・・・」
意気揚々と走って行ったディステリアの後ろ姿を見送り、クトゥリアはポツリと呟いた。
「・・・・・・そううまく行くかな・・・・・・?」
―※*※―
「け・・・・・・欠航~~~!?」
町に着いて真っ直ぐ港へ向かったディステリアだが、港の係りの話に驚いた。
「どういうことだよ!?こんなに晴れてるのに!?」
「この船が通るイグリース・エウロッパ間の海は荒れ模様なんです。潮の流れが滅茶苦茶な上に大津波まで。軍艦でもない限り沈没してしまいます。ですので、しばらくイグリース・エウロッパ間は欠航です。ご了承ください」
係員を見送ってがっかり肩を落としたディステリアに、「やっぱりな」とクトゥリアが言った。
「やっぱりって・・・・・・わかってたのか!?」
「ああ」と答えたクトゥリアに、「どうして!?」と声を上げる。
「嵐を起こしているのは、おそらくジェントル・アニスだろ。嵐を起こしたり、予期せぬ大雨を降らしたりするのは、あの風の精霊くらいだ。・・・・・・で、その原因はおそらく・・・・・・」
そこから黙ってディステリアを見るクトゥリアに、「俺かよ!?」と自分を指差して叫ぶ。
「ブラック・アニスを傷つけただろ?おそらく、それの報復・・・・・・」
「ちょっと待て。そいつらに接点なんてあるのか!?」
「どちらもカリアッハ・ヴェーラから派生したハッグの一種、アニスという妖精だ。別に友達になってても不思議はない」
「どうするんだ・・・・・・まさか、俺に倒せとでも?」
「それは無理だ。・・・・・・とすれば、どうすればいい・・・・・・?」
答えをじらすクトゥリアに、ディステリアはしぶしぶ自分の考えを口にする。
「・・・・・・・・・謝る・・・・・・」
「よし、それでいこう・・・・・・」
「・・・・・・で、そいつらはどこにいるんだよ」
「ハイコットランドのクロマティー湾にある洞窟。棲家を共有しているとすればだが・・・・・・」
どの道、行くしかないことはわかっているので、ディステリアはそこへ急ぐことにした。
―※*※―
洞窟へ向かう途中、ディステリアはクトゥリアに聞いた。
「ところで、なんでブラック・アニスは逃げ出したんだ?」
「ブラック・アニスは・・・・・・非常に足が早く、外でその姿を見てしまった人は逃れようがない。だが、その力は自分の血に依存しているとされ、怪我を負わすことができれば、傷の手当てをしに棲みかに帰ってしまう。だから旅行者や旅人は、襲われても一太刀浴びせることに集中するのさ・・・・・・」
「・・・・・・俺の場合、仕留めそうになってたけど・・・・・・」
「着いたぞ」
クトゥリアが言うと、目の前には大きな洞窟が目に入った。ディステリアが懐中電灯をつけて奥を照らすが、闇は深かった。
「深いな・・・・・・」
「アニスが自分の爪で掘ったものだといわれている。相当な深さのはずだが・・・・・・」
そこに、「待ってたわ」と少女の声がする。洞窟の入口の側には、白い肌の少女が立っていた。
「港を目指してると聞いたから、嵐を起こせば原因を取り除きに来ると思ってた・・・・・・」
「誰だ?」とディステリアが聞くが、少女は答えない。
「・・・・・・着いて来なさい。それとも、そんな根性もないかしら・・・・・・?」
挑発じみたことを言って洞窟の奥へ入る少女に、「・・・・・・上等だ」と呟いたディステリアは奥へ入っていった。呆れながらも、クトゥリアも続く。
「・・・・・・で、あんたは誰だ?」
「私はジェントル・アニス。人間たちは『穏やかなアニス』と呼んでるわ・・・・・・」
「確かに、その名のアニスはいる。だが、彼女は青黒い顔の老婆の姿で知られていて、君のような少女じゃないはずだが・・・・・・」
クトゥリアの問いにも答えず、ジェントル・アニスは二人を洞窟の最奥に連れてきた。
「この部屋で待ってるわ・・・・・・自分を斬りつけた、あんたを・・・・・・」
「おもしれぇ・・・・・・」と笑みを浮かべ、天魔剣を取り出したディステリアはドアの前に立つ。
「―――リベンジなら受けて立つぜ!!」
天魔剣を握ってドアを開けると、
「お帰りなさいませ!マイ、ダーリン!」
メイド服を着た黒髪の美少女が出迎えた。訳もわからず立ち尽くしているディステリアをジェントル・アニスが部屋の中に押した。
「・・・・・・・・・どういうこっちゃ?」
―※*※―
茶菓子が載ったテーブルを囲み、アニスやクトゥリアたちがテーブルに座っている。
「・・・・・・つまり?怯えず反撃してきた俺に惚れたって?」
「そうなのよ~」と頬に手を当てて、照れ隠しするブラック・アニス。先ほどの老婆の姿ではなく、前髪で片方の目を隠している、先ほども説明したような美少女の姿。
「どいつもこいつも怯えながらナイフを振り回して・・・・・・でも、あなたは違った。冷徹なまで冷静な目、瞬時に抜いた剣、鬼気迫る迫力の反撃・・・・・・痺れたわ」
「言ってろ・・・・・・」と、ディステリアはうんざりした表情で顔を背けた。
「・・・・・・時化はなんとかしてくれるのか?」
「ええ」とクトゥリアにジェントル・アニスが返す。
「もし、俺たちが来なかったら?」
「凪の海に超特大の大嵐を起こして、あなたたちの乗った船を沈めてたわ」
笑顔のジェントル・アニスに、「・・・・・・で」とディステリアが聞く。
「・・・・・・・・・俺にどうしろと?」
「私を夢中にさせた責任を取ってもらうわ」
「・・・・・・・・・と言うと?」と聞いたが、ディステリアには嫌な予感がしていた。
「―――私の夫になって」
「(やっぱり・・・・・・)」
そう思って頭を垂らした時、「ちょっと待った~~~!!」と別のドアが開き、子供の妖精が二人入ってきた。
「あら、あなたたち・・・・・・」
「知ってるのか・・・・・・」と脱力しきった声のディステリアが聞くと、子供の妖精が名乗ろうとした。
「僕は―――」
クトゥリアに先に名前を言われ、出鼻をくじかれたことの二人がこける。
「シェリーコートとパドルフットか、意外な知り合いがいるな・・・・・・」
「なんだ、そいつら?」
「あっちはシェリーコート。ハイコットランド地方の川や山間に棲む水の妖精。旅人をからかう習性があり、頭に貝殻を載せているためが、動く度に音が鳴るからすぐ側にいることが誰にもわかるんだ」
確かに、頭に貝殻を載せた妖精は頭が動く度に、『カラカラ』となっている。
「・・・・・・で、こっちはパドルフット。ハイコットランド中央部、パースシャーの道路沿いに流れる小川に棲む妖精だ。小川で水を跳ねながら動き回ったびしょびしょの足のまま民家を訪れて、家事の手伝いをしてくれることもあるんだが、悪戯をすることのほうが多いという」
「確かに多いわね・・・・・・悪戯」と、腕を組んだジェントル・アニスが納得して頷く。
「・・・・・・で、俺に用があるのか?」
唐突に言われて、二人がギクッと固まる。
「ど・・・・・・どうしてわかったの?」
「ブラック・アニスが俺に求婚した時、お前らが出てきただろ。ということは、お前らは俺に用があって出てきた。ついでに言えば、お前らのどちらかはブラック・アニスのことが―――」
「わあ!わあ!わあ!言わないで~~~!!!」
シェリーコートが両手を突き出して叫ぶと、「なるほど、お前か」とディステリアが言う。シェリーコートは顔を真っ赤にし、ブラック・アニスも驚いていた。
「あ・・・・・・ああ!そうだよ!アニスお姉ちゃんのことが好きだよ!だから、お前なんかに渡さない!」
そう言うと、シェリーコートは手袋を片方ディステリアに投げつけた。
「・・・・・・?」
「―――決闘だ!!」
「―――!?」
誰もが衝撃を受け、その場に固まる。ただ一人、
「(こいつは面白い・・・・・・じゃなかった、大変なことになったもんだ)」
そう思っているクトゥリアを除いて。
―※*※―
クロマティー湾にある洞窟の裏手に建つ家の庭で、木刀を持ったディステリアとシェリーコートが向かい合っていた。
「え~、ではこれより、ディステリア対シェリーコートの~、ブラック・アニスを賭けた戦いを行ないます!」
「・・・・・・ってか、なんで決闘の場所が家の庭なんだ?しかも、洞窟の裏だし・・・・・・」
決闘の場所もそうだが、洞窟から通じる家のことやノリノリのクトゥリアに呆れ、ディステリアはうんざりしていた。
「勝敗は、相手が気絶するか負けを認めるかで決する。武器は木刀のみ。ただし、魔法の使用は許可する」
「ディステリアさん!ブラック・アニスお姉ちゃんに傷を負わせたとはいえ、僕は退きません!!」
「あ~、ハイハイ。手加減できないから、覚悟しときな」
適当な表情から一転、真剣な表情で木刀を向けたディステリアに一瞬たじろぐが、シェリーコートは向かって来る。
「でやあああっ!!」
「ホイ!!」
すまし顔の一振りで地面に叩きつける。だが、シェリーコートは立ち上がり、ひるまず木刀をつく。
「ほう・・・・・・!」
身をかわしたディステリアがシェリーコートの左肩を打つ。それほど力は入れてなかったが、シェリーコートは痛みに顔をしかめた。
「ぐっ・・・・・・」
「魔法の使用は禁止されてない。使ったらどうだ・・・・・・」
「何を!!」と向かって来たシェリーコートの攻撃を、一発、二発かわし、三発目を木刀で受け止めカウンターを放つ。
「うあっ!」
飛ばされて尻餅をつくシェリーコートを、ジェントル・アニスとパドルフット、そしてブラック・アニスも心配そうに見る。
「さあ・・・・・・どうする・・・・・・?」
「お前が使ったらどうだ・・・・・・?」
木刀を支えに立ち上がるシェリーコートに、「俺は使えない」と肩をすくめる。
「なんだよ、それ・・・・・・。だったら、僕も使わない・・・・・・。剣術でお前を倒す!!」
「おもしろい!」とシェリーコートの突進を受けて立つ。それを見ていたブラック・アニスは、
「・・・・・・どうして・・・・・・どうしてそこまで・・・・・・」
「それほど、あんたのことが好きなんでしょ?」
ジェントル・アニスの言葉に、ブラック・アニスは驚きと戸惑いの顔をする。
「でも・・・・・・あたしなんか・・・・・・」
ガン!
木刀がぶつかり合う音が響くと、シェリーコートが飛ばされる。
「まだまだ!!」
飛ばされても、飛ばされても向かって来るシェリーコート。ボロボロになってもやめない彼に、ブラック・アニスが声を上げる。
「やめて!どうしてそこまで!!」
シェリーコートに駆け寄ろうとするブラック・アニスを、クトゥリアが腕で制する。
「まだ決着は着いていない。手は出すな」
「でも・・・・・・このままじゃ・・・・・・」
「ディステリアは本気を出していない。だが、彼にとっては真剣勝負なんだ。決着が着かず邪魔したら、わだかまりが残る・・・・・・」
暗い顔をするブラック・アニスにクトゥリアが続ける。
「妖精は一生が長い。その長い寿命の中でわだかまりを持ち続けるような時間は、あいつは望んでいない・・・・・・」
息を切らして立ち上がるシェリーコート。ボロボロで、もう立ち上がる力もわずかだった。最後の力をかけた攻撃をディステリアは受けて立つ。その瞬間、
「シェリー!!」
ブラック・アニスが叫ぶ。
ガン!!
折れた木刀が宙を舞い、草の上に落ちる。その後、シェリーコートが草の上に倒れた。
「シェリー!」
駆け寄ったブラック・アニスが、シェリーコートを抱き上げる。
「・・・・・・アニス・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・」
「ごめん・・・・・・ごめんね。あなたの気持ち・・・・・・気付かなくて・・・・・・」
近寄ったディステリアに気付くと、ブラック・アニスは顔を上げる。
「ディステリアさん・・・・・・勝負は・・・・・・」
わかりきっていても、聞かずにはいられなかった。ディステリアは頭をかき、ポツリと呟いた。
「・・・・・・負けだよ・・・・・・俺の・・・・・・」
「えっ・・・・・・」と呟くと、シェリーコートは自分の手に木刀が握られていることに気付いた。
「お前の最後の攻撃に、俺は武器を折られた。戦う手段のなくなった、俺の負けだ」
肩をすくめると、振り向いてブラック・アニスを見る。
「・・・・・・どうやら、俺はあんたの夫にはなれないようだな」
皮肉を込めて言った言葉に、「うっ・・・・・・」と唸る。
「一途にあんたのことを思ってる奴がいるんだ。俺なんかに夢中にならずに、よく気付いてやれたな・・・・・・」
「あんた・・・・・・」とブラック・アニスが呟くと、クトゥリアがディステリアの後ろに立つ。
「調子に・・・・・・乗るな~~~!!!」
コブラツイストを決められ、「うぎゃ!!」と悲鳴を上げる。
「いまだ修行中の未熟な坊主が、偉そうなことを言うな!」
「ぎ・・・・・・ギブ、ギブ、ギブ・・・・・・入って・・・・・・間接入って・・・・・・」
ディステリアがクトゥリアの腕を叩いてもクトゥリアはしばらく技を解かず、それを見ていたアニスたちは呆れていた。
―※*※―
翌日。洞窟の裏手にある家からディステリアとクトゥリアが出てきた。
「すみませんね、迷惑をかけたばかりか泊めていただいて・・・・・・」
振り返ったクトゥリアが話していたのは、ジェントル・アニスだった。
「気にしなくていいわ。それはそれで楽しかったし。それより・・・・・・ごめんなさい。そっちの気持ちも考えずに、押し付けるようなことをして・・・・・・」
「気にするな。あいつを切ったのは事実だ」と、げっそりした顔のディステリアが言った。
「なんだ、眠れなかったのか?・・・・・・あっ、もしかして、お前・・・・・・」
「うるさい・・・・・・」と顔を背ける。『人食いアニス』の別名を持つ妖精の家にいたため、気が休まらなかったのだ。もっとも、クトゥリアは心からくつろいでいたようだが・・・・・・。
「時化は止ませておいたから」
「悪いな」とクトゥリアが笑うと、二人は出発した。見送りのジェントル・アニスが手を振る。
「(・・・・・・実力ゆえ度肝が座ってるのか・・・・・・それとも・・・・・・脳天気なのか・・・・・・)」
ディステリアにそれがわかるのは・・・・・・もっともっと先の話・・・・・・。