特別編6 目的の達成
一方、睦月が目的地に定めた町では、田村麻呂の連れていた検非違使の一団が駐留していた。
「もうそろそろ、この町に留まるのも限界です」
「ウム・・・・・・」
それを聞いた検非違使隊の副長、伊庭谷 徹郎がうなるように呟いた。
「そうだな。刻限までまだ半日もあるが、ここまで連絡がないとなると、もう戻ってもよさそうだ」
判断を下し、立ち上がると共に側にいた部下に伝える。
「伝令だ。平安京都に向けて出発する」
「了解。全軍に通達してきます。あの少年は、いかがいたしましょう」
「田村麻呂隊長の言いつけどおり、連れて帰る。ここに置いておく訳にもいかないからな」
「わかりました」
役人は頷いた後、部屋を後にし、徹郎は町での駐留期間中に護送する落武者を預けている警察署に送る、引取りの書類を書いた。
「さて、と。ではそろそろ、参りますか・・・・・・」
―※*※―
数時間後、準備を済ませた検非違使の一団が出発しようとした丁度その時、近くを車が通りかかった。道の脇に寄せて停めた後、車の窓が開いて近くにいた人に話しかけられる。運転席にいたのは、睦月だった。
「何かあったんですか?」
「いえね。なんでも、近くで起こった戦から逃げて来て、辺りを荒らし回っていた落武者を護送するんですって。帝が戦を起こすことを禁止したというのに・・・・・・」
「平安京都の近くで起こった戦らしいけど、なんでも、禾文か豪上の辺りから逃げてきたんですって」
「はあ!?そんな遠くから!?」
「あら、そういえば、そうねえ」
睦月が素っ頓狂な声を上げると、町の主婦たちも首を傾げる。さらにおかしなことに、近江は平安京都と隣接して、大名不在のことから戦など起こさない。むしろどこの大名と戦をするのか。
「(どうにもきな臭いな・・・・・・ん?)」
一団に目をやった睦月は、その中に少年が混じっていることに気付いた。
「なんで検非違使の一団の中に、子供が混じっているんだ?」
「ああ、あの子ね。近くで怪物に襲われている所を、保護されたんですって。ほら、あの村の近くの竹林」
「ああ。妖怪だろうと半妖だろうと、住むことを許している・・・・・・あたしゃ、正直言って不安だねぇ」
「でも、妖怪だろうと半妖だろうとさあ、あたしたちには関係ないじゃない。あの村のことだし・・・・・・」
「そういえばさぁ。あの村の村長、殺されてしまったんですって」
「ええっ。誰に!?」
「なんでも、妖怪かどうかわからないけど、その村長・・・・・・山神っていうのへの生け贄に村の娘を差し出すの、反対していたんですって」
「へえ~。立派な人だったんだねぇ~」
「でも、だったらその村長を殺したのって、山神の仲間ってことじゃない」
「あっ、そうか」
主婦たちは噂話に花を咲かせたが、睦月は主婦のする噂話は正直言って好きではなかった。こういう噂話が次第に余計なものを詰め込んでいき、根も葉もない虚偽を生み出し、やがて混乱を招くからだ。実際にそうした場面にはよく合うし、それにより起こってしまった悲劇も知っている。窓に腕を置いて、不機嫌そうな顔で聞いていたが、ふとある考えがよぎった。
「(村の近くで保護された・・・・・・?それも妖怪が住むことを許された村。村人は『あいつら』と言っていたから、消えたのは一人とは限らない。と言うことは・・・・・・)」
ドアを開けて車を降りた睦月はそれを確かめようと、一団の中にいる少年―――光輝のほうに歩いて行った。自分に近づく人影に気付いた光輝が、顔を上げてそちらのほうを向く。
「ええ・・・・・・っと。君は、近くの村の子だよね・・・・・・ほら、山神が生け贄を求めてきたとかいう・・・・・・」
それを聞いた光輝はすぐさま、「奴らの追っ手か!?」と身構えた。
「ああ、待った!ちょっと待った!!」
睦月はすぐに懐に忍ばせていた手紙を出した。見覚えのある手紙に光輝が構えを緩めると、騒ぎに気付いた徹郎が進軍を止める。
「俺は睦月。少し訳があって、サツキって少女を助けて来たんだ。ほら、あそこの車の中にいる」
それを聞いた光輝はすぐさま車のほうに駆け出し、窓に顔を近付けて後部座席に寝かされているサツキを見つける。
「これは・・・・・・」
「わかるのか?どういう状況なのか、俺にはさっぱりなんだ」
「しばらく、今しばらく」
光輝のほうに行こうとした睦月を、馬から下りた徹郎が呼び止めた。
「睦月殿、と仰いましたか。すまぬが、その少年を京の都に連れて行ってもらえぬか?」
「えっ・・・・・・まあ、いいけど・・・・・・」
「かたじけない。我らはご覧の通りの移動の仕方ゆえ、少年の体には堪える。おそらく都までは持つまい」
「まあ、そう言う訳なら・・・・・・俺もあいつにいろいろ聞きたいことがあるし・・・・・・」
「かたじけない」
徹郎は再び頭を下げると、号令をかけて一団を出発させた。それを見送った睦月は光輝のほうを向いた。
「じゃあ、行くか」
―※*※―
日もだいぶ暮れた頃、ふもとの村の代官所に一人の男がよろめきながら辿り着いた。その男は、山で睦月と戦ったギバ・ゲルグで、代官とつながりがあると知らない奉行所の門番は彼を止めた。
「何者だ?お主・・・・・・」
「・・・・・・代官に会わせろ」
止められたギバ・ゲルグがイライラした様子で呟くと、門番は不愉快そうに眉を寄せた。
「貴様、お代官さまを呼び捨てにするとは、どういうつもりだ!?」
「いいから!代官に会わせろ!!『使いの者が来た』と言えば、わかるはずだ!!」
顔を見合わせた門番の内一人が中に入り、しばらくすると戻って来た。
「会われるそうだ。入れ」
ギバ・ゲルグは中に入ると、真っ先に代官の部屋に駆けつけた。畳の上に荒々しく座ると、後から代官も出て来た。
「おお、そちか。で、どうだ?首尾は?」
「どうもこうもない。村人の奴ら、計画通りに生け贄を差し出しましたよ。しかし、妙な男が嗅ぎつけてきて、邪魔してきやがった」
「なんだと?では娘は・・・・・・物の怪の娘は・・・・・・!!」
叫ぶと同時に詰め寄った代官の体を、突然、ギバ・ゲルグの腕が貫いた。
「奪い返されましたよ・・・・・・!!愚かな貴様が呼び出しなんてするから、その隙にね!!」
「ガアッ・・・・・・かっ・・・・・・」
腕が抜かれ、呻き声を上げた後、代官は畳みの上に倒れて息絶えた。
「お代官さま、いかがなされました?」
物音を聞きつけた役人がふすまを開けると、穴の開いた体から血を流している代官と、腕に血をつけている男を見つけた。
「お代官・・・・・・皆の者ぉぉ!出合え!出合えぇぇぇぇぇぇ!!」
叫び声が響くと、周りの部屋の商ことが勢いよく開き、中から大勢の役人が出て来た。
「代官さまを手にかけた、不届き者だ。問答無用で切り捨て~い!!」
「おおっ!!」
役人たちは声を上げると、一斉に刀を抜き身構える。それを見ていたギバ・ゲルグはゆっくりと立ち上がった。
「フン、愚かな人間どもが・・・・・・力の差を思いしれ!!」
そう呟いたかと思うと、代官所の中から悲鳴が響き渡った。
―※*※―
それから数分後。ギバ・ゲルグがいた山のふもとの村の入り口に、何人もの烏天狗が立ち往生していた。
「ですから、山神を名乗る者がここに来るかもしれないということで、我々が警備を・・・・・・」
「うるさい、化け物ども!お前らのような者は爪先一ミリも入れないぞ!!」
「おい、お前!俺たちを化け物呼ばわりしやがって。俺たちを一方的に罵倒するのは、条約で禁止されているだろ!」
別の烏天狗が叫ぶが、村人は聞こうとしない。
「うるさい!そんな条約など、我々は知らん。早く帰れ!!」
「・・・・・・村長に会わせてもらおう!!」
「早く帰れ!」と叫ぶ村人に、「村長に会わせてもらおう!」と烏天狗が叫ぶ。
「しつこいな。帰れと言ったら、帰れ!今では私がこの村の村長だ!」
村人たちはそのまま、一方的に烏天狗たちを追い払ってしまった。諦めて烏天狗たちが帰ってから一時間後、村の中に現れたギバ・ゲルグに村人は不安げな表情で話しかけた。
「あ・・・・・・あの~。どちらさまで・・・・・・」
すると突然、その村人の体が貫かれた。凶器を抜かれて倒れた村人が、血を流して息絶える。
「きゃあああぁぁぁっ」
それを見た村の女性が悲鳴を上げ、村人たちが一斉に逃げ出した。
「愚かな・・・・・・同じ村の者を見捨てた上に、貴様らを守ろうとした者を追い払うとは。貴様らには、生き長らえる資格はない!!」
苛立ちながらそう言ったリバ・ゲルグが懐からいくつかのカプセルを取り出し、空に投げるとその中から濃い灰色の粒子が吹き出た。それらが地面に集まり、同じ色をした体の兵士のような物が現れた。
「だが・・・・・・愚かだからこそ、我らにとって意味がある。さあ、久しぶりのご馳走だ!!思う存分味わえ!!」
号令がかかると共に兵士たちが一斉に散らばり、腕についた爪や獣のような口に生えた牙で、逃げ惑う村人たちを次々と仕留めて食らっていった。やがて家々に火を放ち、十分もしない内に村は紅蓮の炎に包まれていた。
―※*※―
炎が消え、ほぼ全ての家々が炭となった村に、また新たに一人の男が現れた。
「どうですか?首尾は・・・・・・?」
それを聞いたギバ・ゲルグは、忌々しそうに「ふん」と鼻を鳴らした。
「ん?どうかしたのか?いつになく不機嫌のようだが」
「俺が始末した代官も、最初にそう聞きやがった」
それを聞くとネクロは、「はっはっはっはっは。そりゃ、災難だったね」と笑った。
「山神に化けて娘を差し出させ、後で自分のいいようにもてあそぶ。村の者にからくりを見破られないように、山神の役はお前が引き受け、後で娘を引き渡す。人間の考えることは、実に末恐ろしい」
「本当にそう思っているのか?『実に愚かだ』の間違えじゃないのか?」
「はっはっは、お前には敵わんね」
すると、また忌々しそうに、「ふん」と鼻を鳴らした。そこに、戦場にいた男リバ・ゲルグが現れた。
「しかし、お前との戦いが覚醒のきっかけとなるとは、皮肉としか言いようがない」
「俺が戦いを挑んだんじゃない。あの男がしゃしゃり出たせいだ」
ギバ・ゲルグの言葉に、ネクロが話に入る。
「あの男とは、確か江戸東慶部隊に属すると言う・・・・・・」
「ああ。確か・・・・・・睦月とかいう奴だったはずだ。ほら、お前が昔、自分の力を試すために襲った町の・・・・・・」
それを聞いたリバ・ゲルグは、「ほほう」と呟いた。
「確か『弧訓町』でしたよね」
「ああ。あいつがあの町の住人の中で、お前の姿を見た唯一の生き残りだ。それが元で妖怪嫌いになったはずなのだが・・・・・・いったいどういうつもりだ?」
「そんなことより、さっさと済ませてしまおう。焼け跡とはいえ人間の住処にいるなど、虫唾が走る」
ギバ・ゲルグとリバ・ゲルグの会話に、「そうですか?」とネクロが加わる。
「私はそうは思いませんよ。人間どもの愚かさを、間近で観察できますからねぇ・・・・・・」
そう呟いて「ククク」と笑うと、リバ・ゲルグは「悪趣味な」と呟いた。
―※*※―
同時刻。平安京都へ向かう車の中で、睦月は山で見たこと、サツキの身に起きたことを話した。
「『急激な妖力の強さの変化に体が耐えられなかった』。そいつは確かにそう言ったのか」
「ああ。俺もそういうことがあるのを聞いていたから、すぐに理解できた」
「そうか。ついに・・・・・・」
「・・・・・・?どうかしたのか?」
光輝が考え込むと、睦月が聞く。すると、光輝は不機嫌そうな顔をした。
「別に・・・・・・妖怪を敵視しているあんたには関係ない。俺はまだあんたのことを信用した訳じゃないからな」
「十分だ。俺も、妖怪や半妖のことを完全に信用した訳ではない」
沈黙に包まれる車内。後部座席のサツキは、まだ目を覚まさない。
「あんたは・・・・・・これからどうするの?」
「・・・・・・しばらく、平安京都に留まる」
包み隠さず答えた睦月に、光輝は意外そうに目を丸くする。
「どういう風の吹き回し?俺、あんたのことはあんまり知らないけど、これだけはわかる。あんたは、サツキのような妖怪と係わりのある者は嫌う人間だ」
運転席のほうを向いて言い切る光輝に、「そうだ」と静かに答える。
「俺は妖怪が嫌いで、それを滅ぼすためにそういう組織に入った。だが・・・・・・今の俺は、その組織を信用できない」
「どういうことだ?」と、光輝が聞く。
「山で会った敵・・・・・・リバ・ゲルグと名乗ったあいつが、俺が江戸東慶部隊に属していることを知っていた」
「別に不思議じゃない。前もって調べたとも考えられる」
だが、睦月は首を横に振った。
「組織に属する者の戸籍や履歴、顔写真は、厳重に管理されていて、関係者以外は見ることができない。つまり・・・・・・」
「自分の組織の中に裏切り者がいるとでも?悪いが、そのようなことは信用できない」
「・・・・・・そう・・・・・・だな・・・・・・」
睦月が呟いた以降は、黙ったまま車を平安京都に向けて走らせて行った。
―※*※―
この世界のどこかにある建物の廊下。そこを歩くネクロ、ギバ・ゲルグ、リバ・ゲルグ。
「その様子だと、また失敗だったようだね・・・・・・」
意地悪そうな声の後に、血のように赤い唇とした妖艶な美女が、通路の角から姿を現した。
「おや、ベノクレインじゃないか?失敗したとは失礼だな」
「ということは、一応の成果はあったみたいだね・・・・・・」
「ええ、おかげさまで」
そのネクロの言葉には、シャニアク国の住民に対する皮肉が込められていた。
「しかし・・・・・・それならなんであいつは不機嫌な顔をしてんだい?」
そう言われて後ろのギバ・ゲルグのほうを振り向くと、「おや♪」と呟いた。
「なぁに、ちょっと機嫌が悪いだけさ。目的は達成したものの、戦闘には負けたんだからな」
「あはははは・・・・・・そりゃ、災難だったね?」
「うるさいアマだ。少しはそのうるさい口を、噤んだらどうだ?」
すると、ギバ・ゲルグが頭から床に踏みつけられた。踏みつけているベノクレインの目は先程より鋭く、強い威圧感も漂わせていた。
「あんだと、こら!?てめぇ、誰に口聞いてんだと思ってんだ!?」
「ぐっ・・・・・・」
ギバ・ゲルグはベノクレインを睨みつけ体を起こそうとするが、彼女の足の力が強く全く動けなかった。と、いきなり足を離したと思ったら、彼の体が起き上がった所に素早く蹴りを入れた。ギバ・ゲルグの体は二回転半しながら、廊下の向こう側に叩きつけられた。
「ぐあっ・・・・・・このアマ・・・・・・調子に乗ってんじゃあ・・・・・・」
床に倒れ、再び起き上がろうとするギバ・ゲルグの体を再び踏む。
「調子に乗ってるのはどっちだ?たかが中将風情が、上のくらいにいるあたしに勝てるとでも思ってんのか!?」
「何を・・・・・・」
「はぁ~い、そこまで」
起き上がろうとしたギバ・ゲルグが力を解放しようとした時、ネクロが底抜けに明るい声を出して割り込んだ。
「なんだ?『指揮官』殿」
「『殿』をつける言い方じゃないだろ?それ。それよりも、身内同士でのトラブルは勘弁してくれよ。少なくとも、ゲルグコンビのお二人にはこれからやって欲しいことがあるんだから」
「ふん。どうせたいしたことじゃないんだろ?」
「別に殺すというのなら止めないけど、今の状況で戦力を減らすと、ソウセツさまやカーモルがお前をどうするか・・・・・・」
哀れむような目で自分を見るネクロに、ベノクレインは「ちっ」と舌打ちをして、足を離した。
「はっ、命拾いしたな・・・・・・」
「おいおい、本気で殺す気だったのか?」
立ち去るベノクレインの後ろ姿を見て、リバ・ゲルグは呆れたように言った。
「彼女の性格からして、彼女を切れさせた相手は確実に殺されるな。やれやれ、実力は文句がないんだが・・・・・・性格が・・・・・・」
呆れ顔で頬をかく。起き上がったギバ・ゲルグは、まだベノクレインの後ろ姿を睨み続けていた。
「あの女、今に見てろよ」
その呟きが聞こえた者は、その場にはいなかった。