特別編4 苛立ち
車の中で手紙を読むと、睦月は車を発進させた。目的地をカーナビにインプットして高速に乗り、途中ドライブインで休憩を取りながら車を走らせ続け、目的地に着いた時には、翌日になっていた。訓練を受けている睦月は、最大三日は眠らないで済む。だが車の運転などはそれ以上に慎重な姿勢が求められるので、最低一時間は仮眠をとった。
―※*※―
茅葺製の昔ながらの家が立ち並ぶその村は、どう考えても道路が整備されていないので、睦月は村の外に設置された簡易駐車場に車を置くことにした。と言っても、あまり整備はされていないので、路面はデコボコだ。
「いくら車用に整備してないからって、これは酷いよなぁ・・・・・・」
そう愚痴を言いながらも車を降りた睦月は、問題の村に入って行った。
「・・・・・・誰も・・・・・・いない・・・・・・?」
人っ子一人いないそこは村だけどゴーストタウンだった。手ぶらで帰るにも帰れないので睦月は奥に進んで行くと、山を後ろに大勢の村人が歩いて来ていた。睦月はこの村の人間だと気づき、近寄って聞いてみた。
「すいません。今、どこに行って来ていたのですか?」
いきなりの質問に、村人たちはどよめき村人の一人が小さく呟く。
「べ・・・・・・別に・・・・・・」
睦月は、村人たちからの様子や手紙の内容から、ある程度のことには感づいていた。
「なるほど・・・・・・村の娘を一人、生け贄に出した、ってことですよね」
「なっ・・・・・・なぜそれを・・・・・・」
睦月は、平安京都の役人がこの村の子供を保護したこと、その子供が持っていた手紙のことを話した。
「そうか・・・・・・あいつら、どうりで見かけないと思ったら・・・・・・」
「そういうことだったのか。裏切り者め・・・・・・」
「(裏切り者・・・・・・ねぇ・・・・・・)」
睦月は村人の言うことを否定はしなかったが、同時に同意もしなかった。
「だども。いまさら来ようと、もう手遅れだ」
「そうだ。山神さまへの生け贄は、もう差し出した」
睦月は携帯電話の時計を見たが、時刻は朝の七時過ぎを表示していた。
「(早いな~)」
睦月は段々と呆れだした。だが呆れると同時に、どこかイライラしてきた。
「・・・・・・差し出がましいようですが、村の住人を差し出して、あんたら平気なのか?」
「本当に、差し出がましいな」
心の中で「悪かったな」と思いつつも、口には出さなかった。
「だったら・・・・・・あんた、どうしたらよかったと言うんだ?」
「まさか、『山神さまと戦え』なんて言うつもりか。そりゃあ、前の村長はそう言ったかもしれねぇけど、オラたちは無事じゃすまねぇ」
「だども、そいつを差し出せば、オラたちは助かる」
口々に「そうだ、そうだ」と叫ぶ村人。それだけなら同情くらいで済んだだろう。だが、歯止めが利かなくなった村人は口々に言い出した。
「だいたい、あの娘は前から気にくわなかったんだ」
「そうだな。妖怪の娘じゃなくても差し出してたな」
「(何?)」
「子供の癖に色々口出しして。親はどういう育て方したんだ」
「親も何も、あいつの親の片方は妖怪だろう。妖怪の色目にかかったバカな男がもうけた恐ろしげな娘だ」
「いや、違うだろ。村のバカ娘が妖怪に色目使って生んだ子だろ?」
「そうか?」
「そうかって、違うか?」
「(出自知らないくせに半妖扱いかよ!?)」
心底呆れていただけだった睦月が、その言葉に驚かされる。
「(後悔の色なし。まあ、仕方ないだろうな・・・・・・)」
「大体、どうしておらたちがこんな目に会わなければならなかったんだ?」
「そういえばそうだな。俺たち、どっちかって言うと、神様を大切にしてたよな」
「まさか、あの妖怪の娘がいたから、俺たちが神様を粗末にしてるって思われたんじゃ」
「おお、そうだ。そうに違いない。おらたちがこんな目にあったのは、あいつのせいじゃ」
「そうだ、そうだ。オラたちがこんな目にあうのも、あいつのせいだったんだ」
好き勝手言い出した村人に、今まで黙って聞いていた睦月の怒りが溜まっていく。
「(・・・・・・いや、落ち着け俺。こいつらには妖怪と戦う力はないんだ。これは苦渋の決断なんだ。俺がとやかくいうことじゃない)」
自分に言い聞かせて怒りを静めた睦月は、山に向かって歩き出した睦月に気付く。
「ま、待て。ど、どこへ行く」
村人が叫ぶと他の村人が振り返り、止まった睦月は彼らに向かって振り返った。
「てめえらの山神とやらのいる山だよ」
それを聞くと、村人たちがざわめきだした。
「そ・・・・・・そんなことしたら、山上さまがお怒りに・・・・・・」
「その前に、交渉かなんかして片付けてやるよ。それが一応、任務だからな」
「やめろ!オラたちは、村の仲間を誰も失いたくねぇ」
再び歩き出した睦月が、ピクッと反応して立ち止まる。
「村の仲間は失いたくない・・・・・・だと・・・・・・?」
「そ・・・・・・そうだ・・・・・・」
村人のほうを少し振り向いた睦月は眉間にシワを刻んでいる。
「つかぬことをお聞きしますが、生け贄に捧げられた少女は、あなた方の村の仲間ですよね?」
「違う。あんな小娘、仲間じゃねぇ」
「そうだ。俺たちが親のことを覚えてないのも、妖術か何か使ったに決まってる」
「そうだ。あいつは妖怪の子供。おらたちの仲間じゃない」
口々に言う村人に対し、睦月からは殺気のようなものが放たれていた。ついに、堪忍袋の尾が切れた。
「・・・・・・っざけんなあぁ!!」
村人たちは叫ぶのを止め、黙り込んだ。
「自分たちさえ助かれば、他の誰かがどうなってもいい、ってか?テメエら、そういうことか!?」
「だども・・・・・・お代官さまも、そうしたほうが良いと・・・・・・」
「ふん。自分たちが助かるために、敵の要求を呑む、か。村を守る役人としては、賢明な判断だろう。だがな・・・・・・それで顔色一つ変えないなど最低だ」
「な・・・・・・なんだと・・・・・・」
「最低だ、と言ったんだ!どいつもコイツも根性無しが」
「なら・・・・・・どうすれば良いと言うんだ!」
「それくらい、自分たちで考えろ!!」
睨み合う村人と睦月。だが睦月は、「ハンッ」と笑った後、顔を背けた。
「と言っても、お前らにはわかるまい」
「なんだと!仲間を守った俺たちのどこに文句があるんだ!?」
「その『仲間』を生け贄にした奴らに、そんなことが言えると思っているのか!?」
村人たちが再びざわめきだす。
「何も知らない、何も出来ない。それは当然だろう。だが、知ろうともしない、やろうともしない。そんな奴らが、俺のやることに口出ししようとするな。いいな」
それだけ言うと、睦月は山に向かって歩いて行く。彼の殺気に当てられた村人は、恐れおののくだけでそれを止めようとなかった。
―※*※―
山神がいるという山は、先ほどの村から見て裏山に当たる。その山道を登りながら、睦月はさっきの村人を思い出していた。
「(妖怪に対して、恐怖を持つのは当たり前。共に暮らすと口では簡単に言えるが、実際にやれるかと言えば別問題。ああいう反応が当たり前・・・・・・じゃあ・・・・・・)」
ふと、黄龍殿の一室であった少女の顔を思い出す。涙を流しそうな目で、必死に訴える少女。
「(あの少女・・・・・・たしか、弥生って名前だったっけ。ヤヨイ・・・・・・陰暦の中の雅称の一つ。俺の名前・・・・・・睦月と同じ・・・・・・)」
あの少女からは真剣さが滲み出ていた。それはどこか純粋な想いを感じさせる。
「(半妖の娘を相手に、ああいう感情が抱けるのか・・・・・・?)」
山の祠が見えてくると、睦月は側の岩に隠れ、上着の中にある妖気計を取り出した。これは彼を含め江戸東慶守護部隊の隊員が常に携帯している装置で、一定範囲内にある妖気を感知し、知らせることができる。妖気計のスイッチを入れて中を探るが、反応はなかった。
「(妖気計に反応はない。では、妖怪の仕業ではないのか?)」
そういう疑問を抱きつつも、とりあえず入り口にかかった注連縄を潜り祠の中に入った。中は暗闇に包まれていたが、しばらくすると目が闇に慣れてきた。中は角の丸まった岩だらけで、村人が置いて行った生け贄の入った桶はおろか、その欠片すらなかった。
「(・・・・・・?欠片すらない?手紙には確か、『生け贄となった少女は、木製の桶の中に入れられている』と書いてあったはず。丸ごと食べられたとしても、一つばかり欠片が残っているはずだ・・・・・・これは・・・・・・不自然すぎる)」
とはいえ、手がかりは何もない。さらに奥へ進むと突如、手に持っている妖気計から警報音が鳴った。つまり、当初の読み通り、この洞窟内に妖怪の類がいるのだ。
「(もしや、それが黒幕か)」
警戒した睦月は洞窟の奥に向かって叫んだ。
「誰だ!そこにいるのは!?」
声が洞窟内に響くが反応はない。少し足を踏み入れ、暗闇に目を凝らしてみると、汚れた着物を着た少女が地面に座り込んでいるのが見えた。
「お・・・・・・お前は・・・・・・」
睦月の存在に気付いた少女は、震えながら彼のほうに目をやる。
「聞くまでもないと思うが、君はふもとの村の子か?」
怯えた少女は睦月の問いに頷くと、今度は彼女が震える声で聞いた。
「あなたは・・・・・・誰?」
「俺は神童睦月。君の名は?」
「・・・・・・めい。芽衣・・・・・・サツキ・・・・・・」
名乗った少女に、睦月はふと考えた。
「(サツキ・・・・・・『皐月』のことか。弥生って子といい、旧暦の名の人物とよく会うな)」
自分の名前もその旧暦の一つなので、偶然は恐ろしいと思った。
「(それにしても、妖気計に反応があったのに、今はない。誤作動?いや、そんなはずは・・・・・・)」
手に持っている妖気計の画面を見たが、画面には『異常無し』と表示されていた。
「(やっぱり誤作動か・・・・・・?)」
頭をかきながらそう考えていたが、とりあえず彼女を洞窟から連れ出すことにした。
「とりあえず、ここを出よう。送ってやるよ」
「嫌!」
「(ああ、当然か)」
と叫び声を上げて拒んだサツキに、睦月はすぐにそう思った。徳仁が言ったとおり、自分を生け贄として差し出した村に戻りたがらないのは当然のことだ。
「なら、俺と一緒に来い。ふもとの村よりいい所を知ってる」
だがサツキは、恐怖と疑いのまなざしを睦月に向けていた。
「大丈夫だって。そこにいる奴は、お前がいた村の奴らほど愚かじゃない。悔しいけど・・・・・・」
最後の呟きに、サツキは首を傾げた。睦月は睦月で、嫌いなはずの徳仁を褒めたことに苛立ちを感じていた。
「さあ、どうする」
一つ間を置いて聞くと、サツキはしばらく黙っていたものの、しっかりとした表情で睦月を見上げた。
「・・・・・・行く」
「そうか。じゃあ、行こう」
睦月が差し出した手をサツキが取ったその時、洞窟の入り口に何者かが立ちふさがった。その何者かからは異様な気配が放たれており、振り返った睦月は体が痺れるような感覚に襲われる。押しつぶされるような感覚に耐えながら、声を振り絞った。
「なんだ・・・・・・貴様は・・・・・・?」
立ちふさがった何者かは、自分以外で洞窟に来る者がいたことに驚いたようだった。
「まさか・・・・・・こんな所にまで訪れる人間がいたのか?」
「貴様は何者だ!?」
プレッシャーを振り払うように叫ぶ睦月に、何者かはしばらく黙っていたが、やがて鼻を鳴らして笑った。
「愚かな人間に名乗るのは癪だが、ここまで来た敬意を表して、冥土の土産に教えておいてやろう。わが名は、ギバ・ゲルグ」
そう名乗って、ギバ・ゲルグと名乗った影は右手を振って自らのマントを広げた。
「貴様が・・・・・・山神の正体か・・・・・・」
「いかにも。しかし、目的は生け贄を食らうことにあらず・・・・・・」
疑問を抱きつつも、睦月はサツキを庇いながら洞窟の中を右に寄り始めた。
「真の目的のためにも、今はその娘が必要とされる。悪いことは言わぬ。今ならその娘を置いてゆけば、命ばかりは助けてやろう」
「断る・・・・・・」
「ほう・・・・・・?」
険しい表情の睦月が答えると、ギバ・ゲルグは興味深そうに目を細めて呟いた。
「そいつは、妖怪の娘だ。スリの女の成れの果てと、髪の化け物の間に生まれた、要するに化け物の娘だ」
それを聞いた睦月は納得した。突然変異により人間から直接、妖怪になった者の子。生まれは人間だが、同時に妖怪でもある。
「(なるほど・・・・・・半妖であることには間違いないか)」
そう思って後ろのサツキを見た。先ほど妖気計が反応したのは、こいつが一時的に放出した妖気に反応したからだった。
「あの村の者は、罪人の娘と言うだけでも抵抗があったようだが、さらに父親が妖怪ときたもんだ。村の者は反対してたが、あの村長は住むことを認めた・・・・・・村の者は、あの村長に少なからず反感を抱いていたようだ」
「(なるほど、当然だな)」
犯罪者の子と同じ村に住むことになる村人の真理を、睦月は否定も肯定もしない。しかし、『人として生きる』のなら頷けるようなものではない。同時に腑に落ちない部分も見つける。村人は『罪を犯した人間の娘』とは言ってなかった。それどころか、サツキの出自についてよく知らないようだった。つまりは、
「(ただの風潮と憶測による、不確かな噂か・・・・・・)」
情報を求め、そこから判断する者にとって、一番あてにしてはならないもの。そうでなくても、人間として不確かな噂を鵜呑みにするなどある意味考え物である。が、このことは今は重要ではない。
「だから、村長が殺されると簡単に我の要求を呑んだ。人間など所詮ああいうものだ。さあ、悪いことは言わぬ。その娘を置いて、さっさとここから立ち去れ」
「(あんな人間が自分と同じなのか・・・・・・)」
村人との会話を思い出し、睦月は苛立ちを感じた。