特別編3 意外な派遣者
夕暮れ時、土手にうずくまって泣く弥生。悔しかった。自分が子供だと言うことに。自分に友達を助ける力がないことに。不甲斐無い大人たちに立ち向かえる力がないことに。唯一の理解者である村長は死んでしまい、仲のいい友達は生け贄にされるために閉じ込められた。今の彼女は、一人だった。
「・・・・・・悔しい・・・・・・悔しいよ・・・・・・ごめんね・・・・・・皐・・・・・・」
そんな彼女を励まそうとする者はいなかった。
「泣くなんて、君らしくないな。弥生」
一人を除いて。顔を上げる弥生の前に現れたのは、幼馴染の文月 光輝だった。
「光輝・・・・・・」
隣の座ると、光輝は夕焼け空を見上げた。
「いよいよ、明々後日か」
呟く言葉に、弥生は体が震えた。
「お別れは・・・・・・済んだの」
「なんで平気でいられるの!?」
言い終わらない内に、弥生が怒鳴った。
「なんで・・・・・・って・・・・・・仕方ないじゃん」
「要求を拒めば、村が滅びるから?だからって、村人を犠牲にするの?それが正しいって言うの!?」
「・・・・・・もう諦めかけてる人に、そんなことを言われたくないね・・・・・・」
その言葉が、弥生の胸に突き刺さる。黙って立ち上がり、立ち去ろうとする光輝に弥生も立ち上がる。
「わ・・・・・・私だって・・・・・・!!」
叫ぶ弥生に、光輝は足を止める。
「―――私だって諦めたくない。出切ることなら今すぐにでも友達を助けて、この村から逃げ出したい。でもそんなことをすれば・・・・・・」
「・・・・・・なら、助けを求めればいい・・・・・・」
弥生は、「えっ・・・・・・」と光輝を見上げた。その時の光輝の目は、とても冷たく感じた。
「この近くに、平安京都から来ている人たちがいるんだ。まだ近くにいるはずだから・・・・・・」
「でも・・・・・・どうやって知らせるの・・・・・・?」
すると、弥生の目の前にしゃがんで懐から一通の手紙を差し出した。
「・・・・・・村長が死ぬ前に、『私にもしものことがあったら、書斎の机の引き出しを開けてくれ』って言ってたんで、気になって村長の家に行ってみたんだ。そしたら、この手紙が入れてあったんだ」
弥生はその手紙を開けようとしたが、光輝が止めた。
「だめだよ。村長を殺した奴が見ているかもしれない」
「えっ、ウソ?」
驚いた弥生は周りを見渡したが、辺りには誰もいなかった。
「油断は禁物だよ。村長の家には争った後も、大人数で押しかけた後もなかった。多分、不意打ちをさせられたんだと思う」
「そんな・・・・・・いったい、誰が・・・・・・?」
声を落とした光輝が「山神の仲間」と呟くと、弥生は目を見張った。
「いろいろ府に落ちないこともあるが、まず間違いないだろう・・・・・・」
しばらく黙った後、「どうする」と聞く。
「一か八か、その人たちに会って、その手紙を渡そう」
「でも、そんなことをしたらこの村にはいられなくなる。それに、奴らに襲われるかもしれない」
「かまわない。こんな村・・・・・・私、居たくない!」
そう言った弥生に、「わかったよ」と呟く光輝。
「じゃあ今夜、みんなが寝静まった時に・・・・・・」
「何、言ってんの。今すぐよ!」
「な、おい・・・・・・」
そう言うや否や、光輝が止めるのも聞かず、光輝を引っ張って村の中を駆け出した。今の彼女にとって、今のこの村は一秒たりとも居たくない場所だった。
―※*※―
村からだいぶ離れた場所にある竹林。日も暮れて間もない頃、そこに大勢の鎧をまとった男たちがいた。
「がああ・・・・・・がああぁぁぁっ・・・・・・」
まるで、獣が取り付いたかのように唸りながらでたらめに剣を振る落武者に、田村麻呂たちは苦戦していた。
「これでは、ラチが開かない」
落武者が刀を振り上げて向かってくると、田村麻呂は刀の峰でその落武者の腹を打った。
「ぐっ・・・・・・があっ・・・・・・」
呻き声を上げた後、その落武者は地面に倒れた。役人はそれを縛り上げると、持ち上げて運び出した。
「今ので、最後だといいのだが・・・・・・」
刀を収めたその時、竹林の向こうから女性の悲鳴が聞こえて来た。
「!?まだいたのか・・・・・・」
駆け出した田村麻呂が見たのは、草むらを抜けて目を見張った。
「なんだ、あれは!?」
彼の前にいたのは、二人の少年少女に襲いかかる強大な怪物。ハサミのような爪が付いた腕と、首を持たずそのまま頭がくっついたような胴体を持っており、それと短く太い足を細長い体が繋ぐという、このような生き物が存在するのかと疑いたくなるような姿をしていた。だが、田村麻呂は怯まずに刀を抜いた。
「待て、化け物!!子供を襲うなら、この坂上田村麻呂が相手だ!!」
たとえ化物が相手でも、むやみに傷つけたくなかった。なぜなら、彼は現在に転生する前に戦った妖怪と、互いの実力を認め合ったことがある。たとえ妖怪でも、分かり合える者とは分かり合える。彼は同じような考えを持つ徳仁に賛同していた。だが彼には、それはただの理想でしかないこともわかっていた。
「(だからこそ・・・・・・叶わぬ場合は、自分が代わりに傷つく)」
そう決めていた。田村麻呂の存在に気付いた怪物の注意が逸れた時、襲われていた二人はその場から離れた。
「どうした?退かぬなら・・・・・・斬る!!」
そう言いつつも、田村麻呂は少しずつ怪物との距離を詰めていた。それに気付いたのか、相手がこちらに爪を突き出す。だが、田村麻呂は瞬間的に踏み込み、刀を振り上げてその腕を切り飛ばした。
「ガギャアァァァッ・・・・・・・!」
悲鳴を上げた怪物は、一目散にその場から逃げ去った。刀を振って血を散らした田村麻呂は、刀を収めて襲われていた子供に駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「は・・・・・・はい。ありがとうございます。お侍さま・・・・・・」
「・・・・・・お侍・・・・・・ねぇ」
それを聞いた田村麻呂は、苦笑いした。そこに、騒ぎを聞きつけた役人がやって来た。
「どうなされたのですか?」
「んっ?子供じゃあないですか。どうしてこんな所に?」
「わからない。だが、怪物に襲われていた」
「妖怪・・・・・・ですか?」と役人が聞くが、「わからん」と答える。
「妖怪にしても、あのような物は見たことがない。とにかく、この二人を送り届けないと・・・・・・」
「やだっ!」と
血相を変えて叫んだ少女に、田村麻呂たちは驚いて目を丸くする。それを聞いた。
「おい、弥生・・・・・・」
「あんな所には戻りたくない・・・・・・あんな所には・・・・・・」
側にいた少年がなだめるが、泣き出す少女に少年と田村麻呂は「参ったな」と呟く。
「あなた方は・・・・・・その服装は、平安京都の検非違使の方ですか?」
「んっ?あ、ああ」
田村麻呂が答えると、少女の顔色が変わった。
「じゃあ・・・・・・あなたたちは・・・・・・役人・・・・・・?」
「心配ないよ。ウチの村とは違う。実は事情があって村には帰れないんですよ」
「どういうことだ?まあ、ここで話すのもなんだ。とりあえず近くの村に・・・・・・」
「良いんですか!?」
「あちらの事情がわからない以上、仕方あるまい」
役人が驚いた様子で聞いたが、状況が知らない田村麻呂にはこれといった判断材料がなかった。
「それでいいか?」
その後にそう聞くと、「はい」と答えた。
「そうか、では改めて。私は平安京都、検非違使所属、坂上田村麻呂。君たちは?」
「神埼・・・・・・弥生です・・・・・・」
「俺は文月光輝。事情は、いずれ説明します」
「そうか、わかった。では、行こうか」
そう話している田村麻呂たちを、草の陰から見ている者がいた。その者がさらに様子をうかがっていると、光輝がこちらを向いた。視線が合うのとほぼ同時に、そいつの体に閃光が炸裂した。
「ギャッ」
「なんだ!?」
突然上がった悲鳴に田村麻呂が周りを見渡すが、そのすぐ後に、光輝が倒れた。
「光輝!!」
こちらでも悲鳴を上げた弥生が揺するが、反応がない。
「すぐに近くの町に運ぶんだ。早く!!」
近くに来ていた役人は「ハッ」と言うと、すぐさま光輝を抱えて移動した。悲鳴がした場所に来た田村麻呂は辺りを探したが、煙が上がっている、小さな焼け跡以外は何も見つけることができなかった。
―※*※―
近くの村に二人を連れて行った田村麻呂は、そこの宿で詳しい事情を聞いた。
「それで、いったいどういう事情があるんだ?」
「これを・・・・・・見てください」
聞かれた弥生は懐から一通の手紙を取り出した。受け取った田村麻呂は帝宛の宛先を見ると、弥生に視線を向けた。
「これは?」
「とにかく、読んでください」
そう言われたので、手紙を包んでいる油紙をとって中の手紙を読んだ。
「・・・・・・!!これは・・・・・・」
手紙を読み出した田村麻呂はそれを畳み、険しくなった表情で弥生を見た。
「これは・・・・・・本当に起こっているのか?」
隣でふすまが開く音がすると、「本当だ・・・・・・」と声がした。声の主の光輝は、ふすまにもたれかかって立っている。
「光輝。もう大丈夫なの?」
「ああ、なんとかな。お宅の所にいる安倍晴明なら、力になれるんじゃないか?いや、例え断られても、力になってくれそうな奴を知っているかもしれない」
「まあ、確かに」
田村麻呂は小さく言ったが、手紙の先を読み表情を曇らせる。
「しかし・・・・・・」
「何か問題でも?」
「生け贄を差し出すまでの期間は、残り三日。ここから平安京都まで、片道一週間と数日。護送する者が十数人いるからもっとかかる」
「他に手はないのか?」と苦しそうな光輝が聞く。
「馬が一頭。私が乗ってきた馬を飛ばせば、ニ、三日で着ける。だが、状況を報告して討伐隊を編成するには、最低でも一日かかるし、その討伐部隊にウチの部隊が加わることになったら、後戻りしなくてはならない。弱ったなぁ」
悲観にくれる弥生と、万事休すかと考える光輝。
「・・・・・・致し方ない・・・・・・少し、副長と相談してくる」
そう言って部屋を後にする田村麻呂。しばらくすると外出の支度を整えて帰ってきた。
「副長と話をして、近くの町に一時駐留することにした。その間に、私と君で京に行く」
「俺も・・・・・・」
意外そうに目を丸くした光輝が、ふすまから手を離した途端、畳の上に倒れる。
「無理をするな。なぜかはわからないが、君はまだ体力が戻っていないようだ。私が戻ってくるまで、安静にしておいたほうがいい」
「だが・・・・・・」と言う光輝に、田村麻呂が右手の平を上げる。
「この子のことなら心配するな。私が無事に京の都に送り届ける」
その後に弥生のほうを向き、
「あまり時間がない。早く支度をするんだ」
と言って部屋を後にした。数分後、宿の外に出た弥生は、田村麻呂と一緒に馬に乗った。
「えっと・・・・・・なんで私まで・・・・・・?」
「すまないね。一応、証言者として話を聞かせてもらわなくてはいけないんだ。手紙は、一番速い伝書鳥に持たせたから、着く頃にはあちらも事情がわかっているはずだ。じゃあ、しっかり捕まっているんだ!」
そう言って、「はいや!!」と手綱を打つと、馬は一声上げて駆け出した。
―※*※―
平安京都の中央部にある黄龍殿の一室に、今日もまた睦月が訪れていた。
「正直・・・・・・こういったことには、もう飽きてきているんですよ」
「奇遇だね。私もだよ」
ウンザリとした顔の睦月に笑顔で答える徳仁。その笑顔に、睦月は怒りを覚える。
「江戸東慶の重役の中には、強硬手段に押し切ろうとする者もいるんです。奴らなら、強引に攻め込むこともいとわない・・・・・・」
「強硬派を強硬派が潰す・・・・・・か。君はそれには反対なのかね?」
徳仁の探るような質問に、「当たり前です」と真っ向から答える睦月。
「血を流して得た政治など、民の反発を招くだけ。俺は・・・・・・それを間近で見ています・・・・・・」
徳仁が「そうか」と呟いた時、コンコンと、部屋のドアをノックする音がした。
「どうぞ」
徳仁が言うと、「失礼します」と言う声と共にドアが開き、着物を着た少女を連れた男性の役人が入って来た。
「徳仁さま。いったい、何時まで待たせるつもりなのですか?」
「す・・・・・・すまん。この話が終わってからでもと思っていたんだが・・・・・・」
「そちらが優先事項なのもわかりますが・・・・・・」
部屋を進む田村麻呂は徳仁の側にやってくる。
「この娘にとって、手紙にかかれていたことのほうが優先するべきことなのです」
「わかっている。しかし・・・・・・今の都にはあまり兵が残っていない。どれも、都の周りで起きた戦が元で出払っている。どうしてこうも周りで、よく戦が起こるのかねぇ・・・・・・」
そう言って、そっと睦月のほうを見る。
「人手不足なのは重々、承知しております。だからこそ、私の部隊を近くの町に留めています」
「なるほど。要請さえあれば、すぐにでも動けるように、か。さすがは田村麻呂君だ。だが・・・・・・君の部隊も疲労が溜まっているだろう」
「はあ。それは、まあ・・・・・・」
痛いところを疲れて表情が曇る田村麻呂に、不安そうな顔を浮かべる弥生。それを見た睦月は、無関係な立場のはずなのに歯がゆさを感じた。
「そうだ、睦月君。君がこの子の村に行ってみたらどうだね」
それを聞いて、「は?」と間抜けな声を出す睦月。
「君の言うとおり、人間と妖怪が共存するには、まだまだ問題がある。彼女がいた村には、それが最もよく表れているのだよ。どうだい?いっそ私の鼻を明かすつもりで、その子の村に出向いて、問題を解決すると言うのは」
だが睦月は、「お断りします」と即答した。
「俺にその村の問題を解決させて、共に暮らすきっかけを作らせるつもりなんでしょう?悪いですけど、その手には乗りませんよ。大体、なぜあなた方の治める地域の問題を俺が・・・・・・」
「自信がないのかなぁ?」
挑発する徳仁に、睦月は苛立ちを感じた。だが反論しようとしたその時、
「いい加減にしてください!」
と大声を上げた弥生を、睦月と田村麻呂が見た。
「弥生ちゃん・・・・・・」
「いい加減にしてください。私たちが困っている時になんであなた方は、こんな言い争いをしているんですか」
「この人の話を聞いていなかったのか?人と妖怪が共存を許していても、所詮、全ての場所でそれが成されていない、と言うことさ」
「確かにそうかもしれない。だが、少なくとも妖怪は、古くからその土地に住んでいて、私たちはそこに踏み入った。いわば私たちは『邪魔者』なはずなのだよ」
「だからと言って、共に暮らす義務はないし、理由にもなりません。それに、人と妖怪が交われば『半妖』が生まれます。半妖は両種族から見て『異端』の存在。だから、居場所がない・・・・・・不幸な存在なのですよ・・・・・・」
その言葉が弥生の胸に突き刺さる。村人から避けられる皐。簡単に皐を引き渡す村の人。思い出す度に、胸が締め付けられる。弥生はなんとか声を絞り出す。
「で・・・・・・も」
「・・・・・・?」
「たとえ・・・・・・半妖だったとしても・・・・・・失いたくない・・・・・・友達がいるんです」
「友達・・・・・・確か、半妖らしいな・・・・・・」
徳仁の呟きを聞いた睦月が目を見開いて、弥生のほうを向く。
「半妖の友達!?バカなっ!?」
「『バカな』と言おうが、これもまた、現実なのだよ」
さらに「どうだい?」と言う徳仁に、睦月は細かく眉を動かす。
「いいでしょう。化けの皮・・・・・・剥がして来て上げましょう・・・・・・」
「できれば、ここに連れて来てはくれないか?」
徳仁の言葉に、三人が驚いた。やがて睦月が静かに聞いた。
「どうして・・・・・・?」
「どうせ村には戻りたくないって言うだろうし、何より、自分を簡単に差し出した村人の所なんかに、その子が戻りたがるとは思えない」
机に両肘を乗せて、指を組んだ形で「違いますか?」と睦月に聞く。睦月は忌々しそうに舌打ちをした。
「わかった。だが、これはあくまで俺の私情による行為だ。俺の所属する組織は関係ない」
「結構です」
徳仁は少し気味の悪い声を上げて微笑み、引き出しから出した手紙を差し出した。睦月は内心で再び舌打ちをすると、乱暴に手紙を受け取って黄龍殿を後にした。