特別編2 擦れ違う烏と月
「許しも得たことですし、参りましょうか」
「え?え、ええ・・・・・・」
なぜか徳仁が許可を出したことを知った晴明が立ち上がると、団子を食べ終わった飛天も立ち上がった。二人は休憩所の店員に御代を払って朱雀門を潜ると、そこに先ほど徳仁と謁見していた江戸東慶からの使者、睦月が通りかかった。不意に彼は、飛天に冷たい目を向ける。
「烏天狗・・・・・・ですか」
自分のことを言ったと思った飛天は、「・・・・・・何か?」と聞く。
「いえ、別に。友好を深めることもいいですが、何かが起きた時の対処方法も検討すべきですね」
朱雀門を潜って平安京都を後にする睦月を見送り、「なんだ、あいつは?」と飛天が愚痴った。
「江戸東慶から来た使者さんだそうだ。徳仁殿に何か話があったようだな」
二人は朱雀通りを通りながら、話していた。
「江戸東慶と言えば、我々、妖怪のことを目の敵にしている者がほとんどだと・・・・・・」
「ええ。私も江戸東慶の周りの町に行ったことがあるが、空気が合わない。特に、ビルが立ち並んだコンクリートジャングルという所はね」
「コンクリートジャングル?」と飛天が首を傾げた。
「江戸東慶の内陸側にある、大きな建物群だよ。こことは違う造りの建物がたくさん建てられている。頑丈そうだが、自然にも悪そうだし、その上、空気も汚れている。あのような場所によく住めるものだ」
「そんなに空気が悪いのですか?」
「ああ。この平安京都と比べて、信じられないほどにな」
ちょうどその時、二人の横をバイクが通り過ぎた。
「ああいう、自動で動く乗り物が出すガスのせいらしい。道という道にひしめいているからかな」
「そうなのですか?それにしては、ここの空気はきれいですけど?」
平安京都にも、自動車やバイクの類は導入されていた。だが、都会と比べて空気はきれいだった。
「ああ、それはな。一つは自然が多く残っているから。もう一つは、この平安京都にある自動車には、環境に優しい動力が導入されているからだよ」
「えっ?そんな物があるのですか?」
「ああ。もっとも、異国の技術だが・・・・・・な」
二人はそんな話をしながら、朱雀大路を進んで行った。
―※*※―
屋敷に着くと早速、晴明は飛天を居間に通した。
「それで、用件は?」
「はい。実は、我々の住んでいる山に、太郎坊さまの命を狙う者が現れたのです」
「何?それで、太郎坊殿は?」
「無事・・・・・・とまでは行かなくとも、命に別状はありません。問題は、その者が人間の姿をしていたにも拘らず、我々の使う妖術と似たような術を、使ってきたということなのです」
それを聞くと、晴明は反射的に眉をひそめ、頭の中で博雅の言葉が反芻される。
『その不逞の輩が、どうやら物の怪の力を取り込もうとしているらしい』
「いや、まさか・・・・・・しかし・・・・・・考えられなくもない」
再び、「どうかなさいましたか?」と飛天が聞く。
「いえ、何も。こちらも、できる限り調べておきます」
飛天は首を傾げた。だが、晴明に何か心当たりがあるということはわかった。
―※*※―
所変わって、平安京都から東へ行った場所。現在では各藩を納めている大名は戦をすることを制限されていた。はずなのだが、どこの大名も来る日も来る日も戦を行っていた。農民や町民を集め、歯向かえば切り捨てる。そういったことは禁止されているはずなのに。今日も、ある開けた平原で武装した兵たちが槍で人を刺し、刀で人を斬り、鉄砲で人を撃っている。
「クククククク。デズモルートさまの仰ったとおりだ。この国の奴らは来る日も来る日も争いを起こしている。これならば・・・・・・」
やがて、戦が終わり、幾人もの兵士の遺体が転がる平原の中を、一人の男が歩いていた。
「成果はどうだ?リバ・ゲルグ」
その男の後ろにもう一人別の男が現れる。サングラスに黒いコート。その男は、北欧で暗躍していたネクロだった。
「ネクロさま。上々ですよ。今までの失態を埋めるくらい」
「そうか。やはり、この国の者は愚かだな」
ネクロは、周り、と言うか、遠くを見ながらネクロが続ける。
「己こそがこの国の支配者にふさわしいと言う野心を持ち、それに部下や家臣を巻き込む」
「かつて、この国の改革に反対した者たちの怨念も採取できました。自我さえ奪えば、兵として活用できます」
「そうか。どちらにしても、われらにとってこの国は『宝の山』だな。クククククク・・・・・・」
「笑いが止まりませんね。フハハハハハハハ」
死体だらけの平原に、不気味な笑い声が響き渡った。
―※*※―
出雲の国にある葦原中国。地上で唯一、神々が住む高天原や、死者や冥府に神々が住む黄泉国へ行くことが出来る場所である(ただし、人間の見解)。かつて、最初のこの国に訪れた神、スサノオ。彼は高天原で狼藉を働き、追放された元天津神。国津神となってから訪れたこの国でヤマタノオロチを退治した、という伝承が残る国の中のある村で、事件は起きた。それは飛天が平安京都へ訪れた日から12日後。山のふもとのある村に声が響いた。
「聞け!人間どもよ!」
その声に、村の者は次々と家から出てきた。
「今から一週間後、村から一人、美しい娘を差し出せ。さもなくば、我は山を降り、貴様らの村を徹底的に破壊する」
一方的な要求の後、静けさを取り戻した村で村人たちが口々に話す。
「山神さまだ」
「山神さまが、生け贄を求めている」
「どうする?」
「どうすると言われても・・・・・・」
「そうだ、お代官さまに相談しよう」
「そうだ、それが良い」
相談した結果、村にある代官所に申し立てることにした。村長である老人と付き添いの若者二人は、早速、代官所に申し出た。
「何・・・・・・?山神が生け贄を求めているだと・・・・・・?」
村長は「はい」と答えた。代官所の庭では、三人とも、白い石が敷き詰められた地面に両手を突いている。
「しかし・・・・・・いくら我ら役人でも、神を相手となると・・・・・・」
「いくらなんでも、神さまが村の者を苦しめるはずがありません。きっとなにか別の者の仕業でございます。ですから、どうか・・・・・・」
「おねげえします」
後ろにいた若者二人も頭を下げたが、代官はめんどうくさそうな顔をした。
「だめだ。下がれ」
「そ・・・・・・そんな・・・・・・」
村長が前に出ようとしたが、横にいた役人二人が交差した棒を突き出して止めた。
「どうせ、狐狸の類。もしくは・・・・・・お主らが村に住むことを許しておる、物の怪の仕業であろう。そこで、その物の怪の娘を差し出してみよ。そうすればすぐにわかるだろう」
「そ・・・・・・そんな、それでは我々に、その娘を見捨てろと・・・・・・」
「物の怪の仕業なら、同じ物の怪を差し出せば退治、良くて共倒れしてくれる。それに元々、人間と物の怪は共に暮らすことはできん」
付き添いの村人が、戸惑うように顔を見合わせる。村長は何かを言おうとしたが、結局、何も言えなかった。
「以上だ。下がれ」
立ち去る代官を呼び止める者は、誰一人いなかった。役人に追い立てられて村人たちが帰った後、ふすまの向こう側に去った代官に、役人の一人が話しかけてきた。
「仕掛けは、上々のようでございますね」
「そのようだ。が、ここではその話はするなと申したであろう」
「も・・・・・・申し訳ありません」
声を小さくして代官が叱ると、役人は頭を下げた。鼻で笑った後、代官は急ぎ足で廊下を歩いて行き、役人も部屋に戻った。
「ふん、小物が。せいぜい夢を見てるといいわ」
小さく呟いた役人は悔しげに唇を噛み締めながら歩いていった。
―※*※―
村に帰った村長たちは、まともに取り合ってくれない代官所の対応を聞いて落胆した。夜に村長の家に集まった村人たちは、これからどうするかを話し合ったが、明確な答えが出ないまま二日が過ぎた。誰ももう、精神的に限界に来ていた。
「どうする・・・・・・?」
「どうすると言っても・・・・・・もう・・・・・・」
「もう・・・・・・なんだよ・・・・・・」
「・・・・・・生け贄を・・・・・・出すしかない・・・・・・」
「なっ・・・・・・」
重苦しい空気の中、ついに村人の一人が口を開くと他の村人たちはざわめきだしたが、すぐに静かになった。
「そうだな」
「だが、誰を生け贄にする」
「あんたんとこの娘、奇麗なんじゃないか?」
「なんだと!俺の娘を差し出せってのか!?それより、お前の所の娘のほうがいいんじゃないか」
やがて言い争いになった村人たちを、村長が「よさぬか!!」と怒鳴る。
「ですけど、村長・・・・・・」
「・・・・・・皆の言いたいことはよくわかる。だが・・・・・・村の者を犠牲にして、ワシらは平気でいられるのか!?」
集まった村人たちが黙り込む。重苦しい沈黙の中、不意に一人が口を開いた。
「なら・・・・・・村の者でなければいいんだ」
「お前・・・・・・何を・・」
「お代官さまも言っておられただろ。『物の怪の娘を生け贄に差し出してみろ』って。だったら・・・・・・」
その意見に村長は、「だめだ!!」と即答する。
「何故だ!?あいつは人間の子じゃない。物の怪の娘だ。だったら・・・・・・」
「妖怪だろうと、人間だろうと、同じ村に住む仲間を売ることには変わりないのだぞ!!」
再び村人たちがざわめきだす。
「なら、どうしろと・・・・・・もう、時間がない」
「それは・・・・・・これから見つけ出すしかないだろう」
「それで、見つけられなかったら・・・・・・」
「・・・・・・今日の話し合いはこれで終わりだ。解散しよう」
「しかし・・・・・・」
「解散だ!!」
言い返そうとする別の村人を制し叫んだ村長は、背を向けたまま居間を後にした。彼の表情は、とても厳しいものだった。
―※*※―
同時刻。代官所の一室では、代官が何かの書類を見ていた。
「お代官さま・・・・・・」
突然した声にもさほど驚かず、代官は「ん?」と答えた。
「例の村では、例の娘を差し出すことで意見が合いそうなのですが、村長が歯止めをかけています」
「そうか・・・・・・なら、わかっているな」
「御衣。実行いたします」
声の主がいなくなった後も、代官は書類に目を通し続けた。そこには、『妖力を持つ村人の引渡しについて』と書かれていた。
「ふん。デモスだかなんだかわからぬが、お主らのお手並み拝見とさせてもらうぞ」
―※*※―
深夜。家の中では、村長が悩んでいた。彼の前にある机の上には、書きかけの手紙が置いてある。
「(このままでは、村の者があの子を引き渡してしまう。かといって、要求を無視して村を滅ぼす訳には行かない・・・・・・なら)」
そこまで考えると、手紙を書くスピードを上げた。その時、
「何をして、いらっしゃるのですか?」
「―――!?誰だ!!」
声に気づいた村長が叫びながらも、慌てて書いていた手紙を机の引き出しにしまう。後ろを振り向いても、そこには誰もいなかったが、村長は用心のために近くにおいてあった棒を持ち、ふすまを引いた。
「(誰もいない?いや、今、確かに声が・・・・・・)」
明かりのない部屋の中を見回すが、誰の姿もない。
「誰だ!!」
再び叫ぶと突然、何者かにものすごい勢いで体を引っ張られ、さっきまでいた机に叩きつけられた。辺りを見渡しても何もいなかったが、何者かに押し付けられていることはわかった。
「何を・・・・・・していらっしゃったのですか?」
さっきと同じ声がした。姿が見えないことから妖怪と同じ存在とわかる。しかし、村長は慌てず己を保つ。
「黙ってないで答えていただきたい。あなたは何をしていらっしゃったのですか?」
「別に、何も」
そう答えると、首を絞められる感覚がして息が苦しくなった。
「ぐっ」
苦しそうに呻くと首にかかった力が少し緩み、さっきの声が同じことを聞いてきた。
「正直におっしゃってください。さっき、何をしていらっしゃったのですか・・・・・・?」
「知らん!さっきからなんだ?姿を見せろ!」
何もいないはずの空間に怒鳴ると、さっきよりも息が苦しくなった。
「質問をしているのはこっちです。もう一度だけ聞きます。さっき、何をしていらっしゃったのですか?」
「知らん!」
「強情な奴だ。これが最後だぞ!さっき、何を・・・・・・」
「知らんと言ったら、知らん!ワシはただ、座っていただけだ!!」
すると、さっきからの息苦しさが消えた。解放された村長は、首を押さえて転がった。
「ぐっ、がはっ・・・・・・」
「そうか・・・・・・言う気はないか・・・・・・」
息の荒い村長が体を起こした途端、先ほどより強い勢いで壁に叩きつけられた。次の瞬間、腕や体、足を次々と貫かれ、血が噴き出した。悲鳴を上げる暇もなく村長は胸を貫かれ、その命は奪われてしまった。
「バカな奴だ。これなら、愚かな村人のほうがよっぽど賢い」
それを最後に声はしなくなる。後には床に崩れ落ちた村長の死体だけが残った。
「・・・・・・待てよ」
それからしばらくして、物音を聞きつけて駆けつけた村人が見た物は、無残にも全身を貫かれ息絶えてる村長を見つけた。そして壁に塗りつけられた血を見て、村人たちは息を飲んだ。
『これは見せしめだ』
村長の血で書かれてあった警告文を見て、村人は恐怖に駆られた。
―※*※―
翌日。村人は要求どおり、村の娘を一人差し出すことにした。選ばれたのは、村に住む『妖怪の血を引く少女』だった。
「どういう・・・・・・こと・・・・・・」
村人が差し出すことにした少女の友達、神埼弥生が呟いた。
「仕方のないことだ。これは、村人全員で決めたこと・・・・・・」
「全員って・・・・・・全員って何!?村長のおじさんは反対してたじゃない!」
「その村長が殺されたんだ。『これは見せしめだ』と近くには書いていた。多分、山神さまが天罰を下したんだ」
「天罰って何!?神さまなら、人を殺していいの!?そんなの、絶対おかしいよ・・・・・・」
「子供のくせに、知った風な口を利くな!!」
怒鳴りつけると、弥生が黙り込む。
「・・・・・・子供は、大人の言うことを聴いていればいいんだ・・・・・・」
その言葉に衝撃を受けた弥生は、思わず泣きそうになり、家を飛び出した。この村のほとんどの子供は、大人の言うことを聞かなくても、逆らうことはしてなかった。だが、弥生だけは違った。大人が言うことでも、自身が納得できなければ逆らっていた。自分の意思で行動し、その中で、村人が生け贄に選んだ少女とも友達になった。その友達が、理不尽な大人によって犠牲になろうとしている。
「あいつを差し出せば、俺たちは救われるんだ。犠牲を出すなら、少ないほうがいい」
「どうせ俺たちには、戦うだけの力なんてないから」
「せっかく解決すると言うのに、それを混ぜ返すような真似はするなよな」
弥生は村を駆け回ったが、誰一人、彼女の言葉を聞こうとはしなかった。