特別編1 都を包む影
主人公であるディステリアたちがしばらく出ないため、特別編と銘打っています。『本編でも構わない』という意見がありましたら、すぐ修正いたします。この前書きも消すけど・・・・・・
愛宕山の中腹を一人の男が登っている。その男は昔ながらの服とは違う、丈と袖の長い洋服をまとっており、異国よりやって来たということは容易に想像できた。その男は、古い大木の間にかけられた注連縄を潜り、山の中の開けた場所で修行をしている
烏天狗と大天狗たちの所に辿り着いた。
「ん?なんだ?」
「人間・・・・・・?」
訪れた男に、組み手をしていた烏天狗たちが戸惑いの声を上げる。自分たちの存在を容認している山伏たちでさえ、恐れを抱いて用事があっても入ってこないというのに。
「愛宕山、太郎坊さまですね?」
「ん?そうだが・・・・・・お主は何者だ」
奥にいた大天狗が聞き返すと、男は臆することなく答えた。
「私は、昇天という者です」
怪しく笑う男に、「人間が私に何用だ?」と太郎坊が聞く。
「はい、全国に散らばる大天狗の下を訪れ、その力の半分以上を奪って来いと・・・・・・言われましてね!!」
突然、太郎坊を殴り飛ばし、後ろの大木にぶつけた。
「太郎坊さま!!」
「貴様ああっ!!何をする!!」
突然の攻撃に烏天狗たちはいきり立つが、「待て!皆の者」と、木に叩きつけられている太郎坊が制した。
「昇天・・・・・・と言ったな。お主にその命令をしたのは何者だ」
「さあね。こっちも聞いてやる義理はないし、あんたらに恨みはないんだけど・・・・・・命令なんでね」
昇天が突進するや、太郎坊はすぐ右に飛び、太刀に手をかけた。だがその時、昇天の背中から腕が生えてきて首を掴み、腕はどんどん伸び、別の木に太郎坊を叩きつけた。
「ぬおっ!!」
「太郎坊さまを離せ!!」
一人の烏天狗が昇天に斬りかかって来たが、昇天は太郎坊の首を押さえている腕を縮めてその攻撃をかわし、剣に変化させた右腕を振り下ろす。
「チェックメイトだ」
山に轟音が響き、驚いた鳥たちがはばたく。渾身の一撃を放ち、必ず仕留めたと思っていた昇天だったが、太郎坊はその攻撃を太刀で受け止めていた。
「ば・・・・・・かな・・・・・・」
驚きを隠せない昇天。太郎坊は、神通力で首を絞めている感覚を錯覚させ、なおかつ反撃の機会をうかがっていた。それを今だと直感した太郎坊は
「ぬんっ!!」
思い切り太刀を振り、昇天を吹き飛ばした。空中でブレーキをかける昇天だがそのすぐ後、横に現れた太郎坊に驚く。太郎坊はすぐさま左下に構えた太刀を振り昇天を吹き飛ばした。
「ぬおおおおぉぉぉぉっ!!」
耳を突く轟音と共に地面に叩きつけられた昇天に、太刀を向けて太郎坊が問う。
「さあ、誰の命令か言ってもらおうか」
「それはできません」
謎の声に太郎坊が気付いたその時、疾風が吹いて太郎坊と昇天の間に一人の男が現れた。
「ヘイルさま」
傷付いた昇天が呟くと、ヘイルと呼ばれた男は太郎坊に視線を向けたまま命ずる。
「退くぞ」
「し、しかし・・・・・・」
立ち上がりつつも膝を突いた昇天は反論しかけたが、「上からの命令だ」とヘイルが言う。
「わかった・・・・・・」
昇天が頷くと、再び疾風が吹き、二人の姿は跡形もなく消えうせた。
「逃がさん。追うぞ!!」
昇天の後を追おうしていた烏天狗たちを、「待て!」と太郎坊が止める。
「太郎坊さま、なぜですか」
「あの者、相当の手練だ。おそらく、お主らでは敵わないだろう」
「くそっ・・・・・・」
最初が不意打ちとはいえ、相手は太郎坊を追い詰めたので、自分たちとの実力差は明白だった。烏天狗たちは悔しがるしかなかった。
―※*※―
山の中腹を、昇天とヘイルが歩いていた。
「よろしかったのですか?このまま引き下がって」
「ああ。計画の成就には、別の方法をとる必要がある」
その時、昇天たちと山に響き渡った音を調べるために山に登ってきた山伏たちが鉢合わせになった。
「「あっ・・・・・・」」
しばらくの沈黙の後、「お主たちは、何者だ?」と山伏が叫ぶ。
「え、ええと・・・・・・俺たちは・・・・・・」
ヘイルは「バカ。さっさと行くぞ」と言うとつむじ風を起こし、二人は姿を消した。
「・・・・・・なんだったんだ?」
―※*※―
平安京都。その北東にある『鬼門』と呼ばれる場所に、一見の和風式の屋敷があった。『鬼門』とは、鬼や魑魅魍魎が入りやすい不吉な方角とされており、この屋敷は、そこを塞ぐ『門』の役目を持っていた。その屋敷の持ち主こそ、都最強の陰陽師と謳われる陰陽師、安倍晴明だった。
太郎坊が襲撃を受けてしばらくした頃。どこからか晴明が屋敷に帰ると、何やら中が騒がしかった。
「んっ?何やら中が騒がしいが・・・・・・」
首を傾げているところに「お帰りなさい、晴明さま」と、屋敷の中から一人の女性が出迎えた。
「おお。貴人か。この騒ぎは何だ?」
「はあ。実は、騰蛇と太陰が喧嘩をしてしまって。今、六合が止めに入っているんですが、一向に終わらないんですよ」
「何?六合にしては珍しいな」
貴人、騰蛇、太陰、六合。どれも晴明が従えている式神の名で『十二神将』の仲間である。二人は、いまだ騒がしい屋敷の座敷に入って行った。
「だから、晴明さまはそんな贈り物では喜んで下さらないぞ!晴明さまへの贈り物は酒だ!」
「何を言う!晴明さまは博雅殿とよく杯を交わされる。だから杯のほうがいい!」
「酒!」
「杯!」
「ちょっと二人とも」
広い部屋の中にいる大勢の人の姿を式神の内、騰蛇と太陰は言い争っており、それを一人の女性、六合がとなだめようとしている。しかし、事態は一向に静まる気配を見せなかった。
「私は両方でも良いぞ」
「「「「「「!?」」」」」」
突然した晴明の声に、屋敷の部屋の中にいた式神たちは全員、騒然となった。
「せ、晴明さま・・・・・・!」
青竜の声を皮切りに、「どわわわわわっ!!」と部屋の中にいた式神は、慌てて何かを隠した。
「皆の者・・・・・・いったい、何をしていたのだ?」
「「「「「な・・・・・・なんでもありません!」」」」」
「そうか?何か隠したようだが?」
「「「「「な・・・・・・何も隠してません!」」」」」
「本当か?」
「ほ、本当です」
騰蛇がと言うと晴明が「そうか」と言って、部屋の前から去る。式神たちは「ホッ」と溜め息をついた。
「やはり、何かを隠しているか?」
晴明が再び顔を覗かせると、「「「「「どわ~~~~~っ!!」」」」」と全員慌てふためいた。
―※*※―
「あっはっはっはっはっ」
笑ったのは、晴明の友人で都を守る六衛府の一つ、右近衛府中将に属する、源博雅だった。
「笑いごとではござらん、博雅。私はてっきり、皆に嫌われたのかと思ったのだぞ?」
「本当か?とてもそう思っていた風には聞こえんぞ」
屋敷の軒で話をしていた二人は再び笑った。
「しかし、お前への贈り物で言い争っていたとは、な」
「あまり大きな声で言うな。私は気付いてないことになっている」
「知っていたのか?」と、博雅が目を丸くする。
「まあ、皆は私を驚かせようと思っているようだが。それに乗ってやるのも悪くはない」
「晴明らしいな」と、博雅は笑った。
「ハハ、そうか?ところで、何かあったのか?ただ遊びに来た訳ではなさそうだが・・・・・・」
「おお、そうだ。最近、朝廷の内部に何かを企む不貞の輩がいるらしくてな。私はそれを調べるように言われたのだ」
「まさか博雅。それを私に調べろと?」
「いや。私が調べてほしいのは、もう一つのほうだ。その不貞の輩が、どうやら物の怪の力を取り込もうとしているらしい」
「物の怪の?」
晴明は聞き返すと、ふと、朱雀門の上で見つけた怪しい二人組みのことを思い出した。門を通ったのは物の怪であって、物の怪でない。そう言う奇妙な気配を出していた。その二人こそ、愛宕山で太郎坊を襲った昇天とヘイルだったが、晴明はそこまで知らない。
「・・・・・・邪悪な気配を漂わせていた。だが、結界により悪霊はこの京の都に入ることはできない。いったい、何者だ」
そう呟く晴明に、博雅は首を傾げていた。
―※*※―
この頃、愛宕山の天狗たちは何者かによる強襲事件を経て、烏天狗たちに警戒、および各地の大天狗たちへの伝達が行われた。その途中、愛宕山の烏天狗の一人、飛天は安倍晴明を尋ねるべく平安京都へとやって来ていた。
「悪いが、物の怪の類はお通しできない」
平安京都の主な入り口である朱雀門の前で、一人の門番と、やや首の長い一人の烏天狗が言い争っていた。
「物の怪の類って、私が行くって伝達は受けてないのか?」
※平安京都を治める長が定めた条例。それにより一部の妖怪は、平安京都への出入りを許されている。しかし、それに便乗して都内で悪事を働く妖怪も後を絶たず、この条例は月単位で微調整が行われている不安定なものとなってしまっている。今は『上層部が許可を下した場合に限り』という一文が加わり、飛天ら天狗などの条約を結ぶ際に交流があった妖怪でさえ足止めされている。
「そうは言っても・・・・・・ああ、田村麻呂さま」
ちょうどそこに、検非違使に属する役人、坂上田村麻呂が大軍を率いて通りかかった。
「どうしたのだ?」
「はあ、この烏天狗が都の中に入りたいと・・・・・・」
「何?帝への謁見か?」
ここでは、『帝』と書いて『ミカド』と呼ばれる最高指導者がいる。平安京都を中心に、この国の西側の各地でいまだ起こる小さないざこざを収めるため、力を尽くしている。
「いえ、安倍晴明殿を訪ねたく」
「そうか・・・・・・しかし弱ったな」
田村麻呂はすぐに困ったような顔をした。
「どうかなされたのですか?」
「いや、近くの村が落武者に襲われたと伝書鳥が届いた」
※『伝書鳥』とは、伝書用に訓練した鳥に手紙を付け、相手に送るというもの。昔は帰巣本能を利用して鳩が使われていたが、今では昼はトンビかタカ、夜はフクロウを使っていた。電話より劣っていると思われがちだが、妖怪など通信機器に疎い者には親しみが深い。ちなみに、文をつけて運ぶ鳥は人並みの知能を持つことからわかるよう妖怪の眷属に近いのだが、それを知る者は黙認している。飛天が平安京都に来ることも、山伏たちが伝書鳥で知らせているはずなのだが、それにもかかわらず足止めを食っていた。
「これから私は、そいつらの身柄の確保に行かなければならない。お主、名はなんと申す?」
「ハイ、飛天と申します」
飛天が答えると、田村麻呂はあごに手を当てた。
「飛天か。不便をかけるが、私が帰ってくるまでここで待ってはくれぬか」
※この国では、人間たちと一部の妖怪の間で和平条約のようなものが結ばれており、それにより、両者の間で大きな争いが起こることはない。だが今現在の情勢では、平安京都のような大きな都へは、都を守る兵の中で実力の高い者の同行がないと中に入れないようになっている。小さな村にいたっては、おとなしい性格の妖怪に限り村の中でも姿が見られる。だがそれでも、人間との間には溝があるというのが現状だった。
「・・・・・・わかりました。背に腹は変えられませんから」
「そうか。まあ、晴明殿が迎えに来てくれるかも知れんが、とりあえず待っていてくれ。では、行って来る」
「行ってらっしゃいませ」
門番が頭を下げると、田村麻呂は大群を従え、森の中を進んで行った。本来、検非違使は平安京都の秩序を維持する役目なので都からは出ないはずなのだが、この世界のでは各地の役人と協力して村や街の秩序を守っており、応援要請があればそこに出向きもする。
「さて・・・・・・と」
「もしよろしければ、あそこの休憩所で待たれては?」
「お、いいね。じゃ、休ませて貰うよ」
飛天は意気揚々と朱雀門のすぐ側にある休憩所に入ると、そこには団子を食べている安倍晴明がいた。
「待っていたぞ?愛宕山の烏天狗、飛天殿」
飛天はその場に固まった。
―※*※―
帝。この平安京都の最高指導者、幻流帝 徳仁。彼は妖怪たちに対して一定の理解をもっており、人間と人と共存可能とされる妖怪たちとの間に平和条約を結んだ人物の一人。だが、江戸東慶を中心とした東の地方には、この条約の締結に反対する者が多かった。
「妖怪は我々にはない、強大な力を持つ。そういったものは殲滅するに越したことはない」
それが彼らの主張だった。それでも、徳仁は根気強く江戸東慶の重役たちに交渉すべく書状を送り続けた。その内、都に何度か使者が訪れるようになったが、彼らの伝言から問題が進む気配はなく、平行線のまま時が過ぎていた。
「いい加減、理解してもらえぬか?」
平安京都の中央に位置する寝殿―――黄龍殿の一室で、帝である徳仁が聞くと、江戸東慶からの使者―――新道睦月も口を開いた。
「それはこちらのセリフです。妖怪などに人間と同じ場所に住む権利を与えるなど、危険です。人を襲う妖怪たちにとって、これは絶好の機会です」
「だから、人と共に暮らせる妖怪に限り、この条約の対象にしている」
「もし相手が、本性を隠していたら?」
「だから、こちらも手続きの時は慎重な姿勢をとっている。人に危害を加える能力はないか。本人が能力を自粛、もしくは封印する意思があるか。人と共に生きる意志があるか」
「そのような悠長なことを言っていて、取り返しの付かないことになったらどうするんですか!」
数十分前から、このような会話が延々と続いており、「今日もまたこのような水掛け論で終わるのか」と、徳仁は内心がっかりしていた。
「・・・・・・・・・わかりました」
椅子から立ち上がり、「今日はこのあたりで失礼します」と頭を下げた。
「理解してもらえなくて、残念だよ」
「こちらもです」
睦月はそう言って部屋を後にすると、その後すぐに徳仁のデスクの電話が鳴る。黄龍殿の造りは平安時代の書院造だったが、西洋から輸入された電化製品もあふれていた。ここだけではなく、都の市民が暮らす家々も同じである。
「ハイ、徳仁です」
話を戻すが、徳仁が電話を取ると、それは朱雀門の門番からだった。
「徳仁さま。今、門の前に飛天と名乗る烏天狗が来ているのですが・・・・・・」
「ん?そうか。そういえば、そのような者が来るという伝書鳥が来てたな」
「忘れないで下さいよ!」と門番に叱られた。
「すまん、すまん。だが、私に用というわけでもないのだろう?」
「ハイ。安倍晴明殿に取り次ぎたいと」
「わかった。烏天狗を始め、全国42箇所の大天狗たちとは平和条約を結んでいる。都へ入ることを許可しよう」
「わかりました。では、書類等の処理、お願いします」
徳仁は「ウム」と電話を切ると、徳仁は先ほど来た伝書鳥に付いていた書類を広げた。
「愛宕山の太郎坊殿の遣いか。確かに承った」
そう言って徳仁は、書類の印鑑欄に印を押した。