第49話 悩める黒き翼
「あんた、いつからいたんだ?」
眉を寄せるクウァルのほうを振り向くと、「君とディステリアが言い合うところから、かな」と正直に話した。
「彼の悩みに気付かなかったんですか?長い付き合いなんでしょう?」
「何分、忙しい身でね。仲間に相談するものと思っていたのだが、まだそれだけの仲間がいなかったか・・・・・・」
クトゥリアは溜め息をつきながら頭をかく。彼は気付いていなかったが、ディステリアにとってその相談できる仲間というのはユーリだけだった。
「情報収集に加え、資金の確保、加えて組織の方針も決めなくてはならない。あと忘れてはならないのが、この組織の立ち位置だ」
「立ち位置?」とクウァルが眉を寄せる。
「なんの後ろ盾もなしに、武力を持った組織の存在が許されるわけがないだろ。一応、連合政府直属の試験運用防衛組織という肩書きがあるが、不安定な立場であることに変わりはない」
「その不安定な立場を固めるために、あなた方は奔走してるのですか?」
「ああ」とセリュードに答える。
「『この組織は神様の加護がある』なんて宗教じみたことを表立って言ったところで誰にも信用されないし、かと言っているかどうかもわからない敵の存在を信じてもらえるかどうかもわからない」
「いるかどうかもわからないって・・・・・・」
驚いた表情でクウァルが口を挟む。
「現に町は破壊されているでしょう!?セリュードさんのところだって、訳もなく国同士が争ったりして」
「それは世間ではどう言われてると思う?」
唐突に聞き返され、クウァルとセルスは戸惑う。ただ一人答えを知っているセリュードは、暗い表情をしている。
「『国を治めるはずの王位継承者の錯乱』だそうだ。世間はその程度しか認識していない」
「それに、我々が〈ディゼア〉と呼んでいる怪物も、魔物の突然変異としか認知されていない。裏で糸を引いてる存在のことなど、誰も知らないんだ」
「そんな・・・・・・」
セルスの呟きだけが、むなしく聞こえる。訓練場ないでは、隊員たちが木の武器をぶつける音が響いていた。
―※*※―
屋敷の外に出たディステリアは、壁にもたれて空を見上げた。
「(あれからいろんな場所を回って、色んな奴と出会い、戦い、俺は強くなった・・・・・・)」
最初は相手にもならず、旅に出てからも苦戦していたクルキドにもそれほど苦戦しなくなった時、アウグスの都合が着いたと連絡を受けた。そして、この島に渡った。
「(ユーリの実力は俺と互角。なのに、負けた・・・・・・)」
ほぼ同等の実力を持つ自分がついて行っていたら彼が負けることはなかったか。否。まったく相手にならなかった相手に、同等が一人増えたところで結果は変わらない。せいぜいアウグスたちが来る時間稼ぎをして、重症患者が一人増えるだけ。
「(それに、ミリアが力を覚醒させたおかげで生き残れた、と言っていたな)」
それは最初にクルキドと戦った時、自分にも起こったラッキーパンチ。しかも、自分はその力に耐えられなかった。ただの幸運は二度起きるとは限らない。しかもそれでダメージを受けるなら、重傷を負う、負わないにしたってやられることに変わりはない。しかも、格上相手に手傷を負う技で勝てるか。そんな自爆特攻で仕留められなければ味方の邪魔になるし、仕留めても後の戦闘ではお荷物決定だ。
「(やれやれ、あいつの言う通りだな)」
うじうじ考えている暇などない。ディステリアがすべきことは二つ。今よりも実力をつけることと、使う度に傷を負う力を制御する。パンッと、頬を叩いて気合いを入れ、訓練場に戻るべく屋敷に入った。
―※*※―
訓練場に来ると、そこには誰もいなかった。自分とクウァルの言い争いが原因、とは思えなかったがどこか後味が悪い。一人寂しく素振りでもしようかと思うと、誰かの気配を感じて振り返る。
「セルスか・・・・・・」
「さっきは・・・・・・クウァルがごめんなさい」
「いいさ。あいつの言う通り、こっちも考えすぎてた」力なく笑って天魔剣を召喚し、そっちに視線を向ける。
「(まずは闇属性の力・・・・・・)」
意識と魔力を集中させた天魔剣から、黒い煙のようなものが揺らめく。すると、手に焼けるような痛みが起こる。
「っつ~~・・・・・・」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。悪かったな、心配かけて」
「えっ。聞いただけなんだけど・・・・・・」
目を丸くするセルスに、「いや、そっちじゃなくて」と返す。
「クウァルのこと」
「ああ・・・・・・」
頷いたセルスから視線を外して、再び天魔剣に目を向ける。が、ディステリアを見ている彼女に気付き、居心地が悪そうな顔をする。
「あの、何か?」
「それはこっちのセリフ。一人で特訓したいんだけど・・・・・・」
「特訓とかは魔力の暴走や事故を防ぐため、最低一人でも付き添いをつけるのが決まりでしょ?」
「(そういえば、クトゥリアがそんなこと言ってたな・・・・・・)」
そんなことを思っていると、近付いてきたセルスは屈んで天魔剣を覗き込む。
「前も思ったんだけど、変わった形の剣だね」
「俺専用の剣らしいんだ」
と言ってもどうして自分の手元に現れたか、なぜ自分専用と思ったかはわからない。そう思っていると、
「・・・・・・なんか、変なデザインだね」
思わず呟いたセルスの一言にディステリアは固まった。
「あっ、ごめんなさい。趣味が悪いとかそう言ってるんじゃ・・・・・・」
「変わってると思うのは当たり前だと思う」
実際、目の前に現れた時は変わった剣だと一瞬だけ思った。状況が状況なだけに、深く考えず手に取ったが。
「ねえ」
「ん?」
「特訓するなら、誰か付き添いの人連れて来ようか?」
「ああ、そうだな。いざ暴走があった時に収拾がつかないと大変だし」
というのは建前。自分の力のことはセルスたちには知られたくない。光属性の力はともかく、黒魔術と忌み嫌われている闇属性の力も使うので、知られると避けられてしまうかも知れない。
「じゃあ、探してくるね」
「ああ」
適当に答えるとセルスは訓練場を出ようとする。出入り口にまで差し掛かると、足を止めて少し後ろに視線を向ける。天魔剣を逆手に持ったディステリアが、一人でいるためか寂しそうに見えた。
「私・・・・・・」
「ん?」
「ディステリアが闇の力を持っていても、気にしないから」
「はあっ!?」
驚いて声を上げたディステリアを残して、セルスは訓練場を後にする。
「あいつ・・・・・・なんで知って・・・・・・」
クトゥリアが教えたか。いや、違う。確かにふざけた男ではあるが、仲間の秘密を教えるような奴ではない。では、なぜか。セルスに会ってからのことを思い返していると、
「あっ・・・・・・」
思い出した。アテナとの共闘でテュポニウスにトドメを刺す時、思いきりフォーリング・アビス・・・・・・闇属性の技を使ってしまった。
「・・・・・・・・・俺の凡ミスかよ」
眉を寄せて苦い表情をするが、ふとさっきのセルスの言葉が頭をよぎる。
『私・・・・・・ディステリアが闇の力を持っていても、気にしないから』
「・・・・・・闇の力がどんなものか、知ってていってるのかね」
そうぼやきつつ、ディステリアは天魔剣に魔力を込めた。今度は、光属性の力を。
―※*※―
ディステリアの修行の付き添いを探していたセルスは、空いてる人を見つけられないままクウァルとセリュードに会う。先ほど訓練場であったことを話し、どうするか相談していた。
「なるほど。そういうことがあったのか・・・・・・」
「闇属性の力、か。確かに忌み嫌われはしてるよな」
「それで、どうしたらいいのか、って私・・・・・・」
クウァル、セリュード、セルスの順に呟くが、その中でクウァルは厳しい表情をしていた。
「その前にお前、反省すべきことがあるだろ」
唐突にクウァルに言われ、セルスは首を傾げる。
「お前、ディステリアが闇の力を使うこと、あいつからちゃんと聞いたのか?」
「えっ?ううん。使ってるのを見て、それから気にしないって言ったの」
「で、ちゃんと話してもないし、他に話してもいいって言われてないのに、俺たちに相談か」
「えっ、だって・・・・・・他に知ってる人がいるんだったら、仲間に話しても・・・・・・」
「いいわけないだろ!!」
怒鳴ったクウァルがテーブルを叩いて立ち上がる。無意識下での制御ができるようになったからか、怪力の持ち主である彼に叩かれてもテーブルは無事だ。
「仲間や友達の間でも、隠し事の一つや二つあるもんだ。それを明かすのは本人次第、赤の他人の俺たちが口出すことじゃない」
「だな。はっきり聞いてないんじゃ、憶測で入ってる部分もあるだろ。そこに余計な尾ひれがついたら、取り返しの使いのことになる」セリュードの指摘に、セルスはやっと自分がしでかしたことの重大さがわかった。
「・・・・・・私、なんてことを・・・・・・」
「まあ、相談相手を俺たちにしたり、人目のつかない場所に移ったことも踏まえて、頭ごなしに叱るのはやめよう」
「お前、女に甘いとか言われないか?」
「言われない。ってか、どういう意味だ」
クウァルとセリュードは睨み合うが、セルスは落ち込んで二人を止められなかった。
―※*※―
再び訓練場。ディステリアの元に、セルスとセリュードがやって来ている。
「で、俺の隠し事をうっかり他の奴らに話してしまった、って訳か?」
「ごめんなさい。私が迂闊だった・・・・・・」
「まったくだ」と言われ、セルスはますます落ち込んだ。
「それで、俺と相反する妖精の力を持つセリュードは、俺をどうしたいんだ?」
「どうしたいって、どうしようとも思っちゃいないよ。あんたは恩人の一人なわけだし・・・・・・」
「俺はほとんど役立たずだったぞ」
「それでも変わらない」とセリュードは穏やかに言う。
「それに、妖精の力が闇属性の力と相反するって、偏見に近い見方だぞ。邪悪な力を持つ邪妖精もいることだし・・・・・・」
「しかし、妖精の先祖って天使か力を失った神々でしょう?」
「天使ってのは俗説だ。神々は・・・・・・まあ、ダーナ神族がそうだし・・・・・・」
「となると、必然的に妖精が持つ力の属性は光に・・・・・・」
「だあああああああああっ、ちょっと待った!」
切りがない言い争いをセリュードが無理やり断ち切る。
「俺たちはこんな不毛な争いをしに来たんじゃない。君に言いたいことがあって来た」
「なんですか?」とディステリアは不満そうに聞き返す。
「あんまり一人で背負い込むな。なんでも話せって言うつもりもないし、確実に正確な答えを出せると言うつもりもない。だが、もっと他人を信じてもいいんじゃないか?」
「他人を、ですか?」
確かに、孤立していたイグリースにいた時のことを引きずってか、ディステリアはあまり他人に心を開かない。光と闇の力のことを相談しているのは、目撃者であるクトゥリアとユーリぐらいなもの。思えば、何を持って彼らを信用しようと思ったのか。
「・・・・・・・・・わかった、話すよ。俺の中にある、光と闇の力のことを」
「光と・・・・・・」
「闇・・・・・・?」
「二つあるって知らなかったのかよ」
眉を寄せたディステリアの一言に、セルスは笑って誤魔化す。
「そういえば、俺の前で使った技は光の属性だったな」
「えっ、そうなんですか?・・・・・・って、光と闇って」
「相反する力は反発する。どうして二つの力を持てたんだ?」
「こっちが聞きたいよ。おかげでいつも、技を使う度にダメージまで受けて・・・・・・」
「「ダメージを受ける!?」」
驚きの声を重ねた二人に、ディステリアはしまったと思った。
「強力な技は使う度に反動を負うと聞くが、お前の技はそれほどのものとは思えない」
「そうなんでしょうね。クトゥリアさんやアウグスさんはそう言ってましたし・・・・・・」
ディステリアが頷き、セリュードが考える。
「ねえ。それ以前に、光と闇って水と油みたいな関係なんでしょう?どうして二つの力をディステリアが持ってるの?」
「水と油って・・・・・・」
「少し違うな」とセリュードが口を出す。
「光があるからこそ闇が生まれ、闇があるからこそ光が存在する意味が生まれる。二つは相反すると言うより、常に存在しあう表裏一体の関係なんだ」
「だったら、ディステリアが光と闇の力を合わせ持っていても、不思議じゃないってこと?」
「なんだけど・・・・・・光と闇の両属性の力を発現した人なんて聞いたことがない」
「だよね。そもそも、魔力の『属性』って何?」
セルスの何気ない一言に、ディステリアとセリュードは固まる。