第48話 ある日の訓練風景
本拠地内の訓練場。
「フレイムウォール!!」
セルスの周りに発生した炎の壁。中の彼女は熱によるダメージを受けておらず、炎の壁は敵を攻撃できるだけの威力と敵の攻撃を防げるだけの防御力も持ち合わせていた。
「・・・・・・5・・・・・・6・・・・・・7・・・・・・」
近くにいるローブの女性がカウントしている中、セルスは炎の壁の維持に集中している。
「よし、だんだんよくなってる。その調子だ!」
「はい!」
「そら。少し強めに行くぞ!」
「おおおおおおっ!!」
クウァルはモンクの男性とのスパーリングで少しずつ力を制御していき、日常生活の中でもいつも以上に力を抑えるよう心がける必要がなくなってきた。
「隙あり!!」
「うわっ!?」
見つけた隙を突いて渾身の一撃を放ったクウァルだが、大振りのその一撃を避けられた上に、逆にがら空きになった横腹に食らってしまった。
「いい一撃だったが、まだ踏み込みが甘いな」
「はい・・・・・・」
「特にお前の攻撃は大振りになりやすいんだから、敵の反撃を避けられるよう足腰を鍛えないと・・・・・・」
物がぶつかる音が響き、「全然ダメだ!!」と声が聞こえる。何かと思いクウァルと相手をしていたモンクが目を向けると、眉を寄せているアレスが膝を着いているディステリアに剣を向けていた。
「その程度じゃ俺から一本もとれないって、何度言わせりゃ気が済むんだ!?」
「くっ・・・・・・もう一回だ」
「そう言って昨日から何回やったと思ってるんだ?その上、どれも同じ結果だ」
よろめきながら立ち上がったディステリアに、アレスは剣を下ろして続ける。
「お前、最近変だぞ!動きは無駄だらけだし、まったく集中していない!」
「集中してるよ。じゃないと、模擬戦にもならないだろ」
「ああ。今まさにそれだ」
「なんだと?」
天魔剣を拾ったディステリアが、肩に剣を担いで不機嫌そうに言って顔を逸らしたアレスの言葉に眉を寄せる。
「こっちの攻撃を防いでばっかりで、反撃する様子がない。いざしたらしたで入ってないし・・・・・・そんな逃げ腰で敵が倒せるのか?」
「カウンターを狙ってるのかもしれないだろ?」
剣士との模擬戦が一段落したセリュードが口を挟むが、「いや、それはねぇ」とアレスは首を横に振る。
「こいつはただ逃げてるだけだ。防御って殻に閉じこもってよ・・・・・・」
「てめ・・・・・・黙って聞いてりゃ!!」
胸倉を掴むディステリアを「おいおい」とセリュードが止めようとするが、アレスは笑みを浮かべている。
「少しはマシな顔になったじゃねぇか。その調子でもう一本やろうぜ」
「いいぜ」とディステリアはアレスを離す。
「あんたが言ってたことは、ただの見当違いだって証明してやる」
距離を取り、互いに武器を構えて激突する。その様子をセリュードとクウァルが見ていると、休憩に入ったセルスがやって来た。
「どうしたの?」
「いや、よくわからん。ディステリアとアレスがケンカしてたみたいだが・・・・・・」
「いつものことじゃない?」
「いや。この前からディステリアとアレスが組み出したんだが、その時からそりが合わないみたいだ」
「どうしてかしら・・・・・・」
セルスとセリュードが考えていると、クウァルは黙って模擬戦を眺めている。ディステリアはアレスに押されており、それを見たセルスが口を開く。
「もしかして、ディステリアがアレスに勝てないから?仮にも神様なんだから、勝てないのは当たり前・・・・・・」
「アレスはその神でありながら、人間にも勝てないんだぞ」
セルスの仮説をクウァルの横槍が否定する。それが聞こえたらしいアレスは眉を動かしたが、動きが鈍ったその瞬間を突いてディステリアは攻撃しなかった。それにはセリュードも気付いたらしく、不審そうに眉を寄せた。
「おかしい・・・・・・」
「どうした?」
「ディステリアは軍属の者だ。新米とは言えそれなりに訓練も積んでるし、クトゥリアさんに連れられて場数も踏んだはずだ」
「そうなのか?全然そんな風には見えないな・・・・・・」
「見た目で判断できないのは当然のことだから・・・・・・」
少しばかり驚くクウァルにセリュードが指摘するが、すぐディステリアとアレスのほうに視線を向ける。
「少なくとも素人じゃないんだから、今の隙には気付けたはずだ。それでも動こうとしなかったのは慎重に行動したと考えることもできるが・・・・・・」
「違うの?」とセルスが聞くと、セリュードは腕組みをして唸る。
「・・・・・・集中していなくて気付かなかった、と考えるほうが妥当だな」
「嘘・・・・・・」
信じられずセルスが目を丸くすると、「だああああああああっ、やめだ!!」とアレスの叫び声がする。
「やってられるか、こんな茶番。今日はもう降りる!」
「まだ勝負はついてないでしょう」
「勝つ気がないテメエがそれを言うか?ふざけるなよ!」
そう言ってアレスは行ってしまう。止めようとしたディステリアだったが、手を伸ばしかけただけですぐ下ろしてしまった。
「・・・・・・なんだ、ありゃ」
「うーん・・・・・・」
クウァルは呆けた声を出し、セリュードは頭をかいている。こちら側の視線に気付いたディステリアだが、さほど気にする様子もなく通り過ぎようとした。
「あっ、ちょっと待った」
すれ違ったところでセリュードが止める。
「・・・・・・なんですか?」
「ディステリア、ちょっと手合わせしてくれないか?」
「俺と、ですか?」
「そう。エリウで一緒に戦った時から、どれだけ成長したか見てみたいんだ」
そういうセリュードに対し、ディステリアは乗り気ではない。
「・・・・・・アレスとの模擬戦、見たでしょう?あれが俺の今の実力です」
「そうかな?相手の実力なんて、横で見るより実際に手合わせしたほうがよくわかると思うけど?」
「そういうもんなの?」
「俺に聞くなよ」
セリュードの言葉にディステリアの眉がわずかに動く。後ろではセルスとクウァルが顔を見合わせて、不思議そうな顔で会話をしている。視線を落としたディステリアは黙っており、しばらくすると、
「わかった。その申し出、受けよう」
「よし来た」
笑みを浮かべたセリュードは距離を置き、愛用の槍を構えた。
「さあ、行くぞ!!」
先に動いたのはセリュード。遅れてディステリアも突っ込み、二人の武器がぶつかり火花を散らす。ディステリアは槍の穂先を弾くが、その勢いを乗せた柄の一撃を腹に受ける。
「げほっ!?」
横腹に衝撃を受け咳き込み、その隙を突いてセリュードが槍を振るが、その一撃を天魔剣で受け止め、その衝撃を利用して離れる。
「(まあ、そうなるよな)」
穂先を弾かれたら反対側で敵を討ち、その隙を突いて弾かれた穂先を振る。槍術における弱点をカバーした戦い方は広まりつつあったが、同時にその対策もできている。なので、ディステリアの正解ともいえる行動は取れて当然、なのだが・・・・・・。
「(・・・・・・ちょっと消極的過ぎやしないか)」
突き出された槍を弾き、柄の一撃をかわすか止めるかして剣を振り下ろす。それが、セリュードが予測したディステリアの行動。しかし、今の動きはそこからかけ離れた、防御に徹した動きだった。不審に思いつつ、セリュードは距離を詰める。槍の両側を使った戦法で畳み掛けていくが、ディステリアは防戦一方。
「槍って、ああやって使うんだっけ?」
「いや。あれはもはや、棒術だろ・・・・・・」
脇で見ていたセルスとクウァルはそう言っていたが、セリュードは戦い方に拘るつもりはない。無理に拘って命を落とすのも難だし、拘りを持ったまま勝つほど実力が高いわけでもない。次第に弾く力も弱くなり、構えを変えたセリュードは槍を連続で突く。
「(ここで戦い方を変えるか?)」
期待に近い感情を持ってディステリアに仕掛ける。勢いを乗せているため、ここで弾かれたら次の攻撃が仕掛けられない。わずかな隙を突いて仕掛けてこられても、防ぐ術は心得ている。が、なおも防戦一方。
「(どういうつもり、かな!!)」
勢いを載せた一撃を放つ。構えた天魔剣に弾かれるも、その状態から無理矢理足元を狙う。無論、穂先が当たらないよう注意しながら。さすがにこれはジャンプでかわした。
「避けた!」
セルスが声を上げるも、回避は戦闘においてして当たり前。それほど騒ぐほどのことではない。その状態からディステリアは切りかかり、セリュードは槍を横に構えて受け止める。が、武器が当たった瞬間に違和感を覚える。
「(・・・・・・?なるほどな)」
空中のディステリアはそのまま天魔剣を押し込むことなく着地する。その瞬間、セリュードの鋭い蹴りが彼を突き飛ばす。
「うがっ!!」
床をバウンドしてそのまま大の字になって倒れる。本当ならこのまま追い討ちをかけるのだが、ディステリアが即座に起き上がろうともしないので構えを解いた。
「(確かに、こんな感じじゃあ怒るよな・・・・・・)」
好戦的で攻めて、攻めて、攻めまくるアレスにとって、今のディステリアの戦い方は腑抜けにしか見えない。頭ごなしに怒鳴るようなことはせず、セリュードは倒れているディステリアに近付いた。
「どういうことか、聞かせてくれるか?」
「・・・・・・ああ」
―※*※―
「このままで勝てるのか、か・・・・・・」
模擬戦(にもならない武器のぶつけ合い)を終えてセリュードは、訓練場の端に座ってディステリア相談を受けていた。
「ところで・・・・・・」
少し開きえた表情をしてディステリアから視線を外す。もうとっくに休憩時間が終わったはずのセルスがディステリアの後ろに、同じ状況なはずのクウァルもセリュードの後ろに立っていた。
「あんたら、休憩終わったんじゃないの?」
「こっちが気になって集中できないから、今日の訓練は切り上げてもらっちゃった・・・・・・」
「俺は相手がいなくなったから。彼以外に俺の相手が務まる人はいないし、そんな彼は用事があると・・・・・・」
セルスはなんとなくわかるが、クウァルの理由は少し納得できなかった。が、セリュードはこの際気にしない。
「えっと・・・・・・必ず勝てるって保証はどこにもないんだ。だったら、少しでもそれを確かにするために・・・・・・」
「実力をつけなきゃいけないっていうのはわかっている。わかっているけど・・・・・・そうやって力をつけたはずのユーリがあっさり負けた。決して手を抜いた訓練をしていたわけじゃないのに・・・・・・」
ということは、それなりに密度の濃い訓練だったのだろう。しかし、それで高めた実力でさえ、これから戦う敵には届かなかった。なら、このまま訓練を積んで相手になれるほど強くなれるのか。
「(なるほど。新兵によくある悩みだ)」
過去、セリュードも同じ悩みを持ったことがある。今にして思えば、早めに吹っ切らないと時間がもったいないため、長く悩んでいるわけには行かない。が、一度悩みだすとなかなか抜け出せない。
「(厄介だ・・・・・・)」
「下らん・・・・・・」
クウァルの素っ気無い一言に、「何?」とディステリアが睨み付ける。
「そんなことでウジウジしている暇があったら、さっさと実力をつけたらどうだ」
「テメエ、人の気も知らないで!!」
睨み合うクウァルとディステリアに、「やめてよ」とセルスがなだめる。
「いや、クウァルの言う通りなこと言う通りなんだが・・・・・・」
「こっちは何もできない無力感に打ちのめされたことがあるんだ。もっとも、お前はそんなもの知らないんだろうがな」
「逃げ惑うことしかできない歯痒さは俺も知ってる。だから、俺は剣を取った・・・・・・だが、まだ足りないんだ!奴らと戦うためには」
「だったら、こんなくだらないことで立ち止まってないで、さっさと進んだらどうだ!?」
「俺とお前は違う!お前のように、簡単に割り切れない!」
「俺が単細胞だと言いたいのか!?」
「もう、いい加減にして!!」
セルスの叫び声でディステリアとクウァルはやっと言い争いをやめる。すでに訓練場にいる隊員たちの視線を集めており、険悪なムードが満ちていた。セルスは恥ずかしさから赤面し、気まずそうな表情をしたセリュードは二人に目を向ける。
「二人とも、言いたいことはよ~くわかった。どっちが正しいとか間違ってるとか言えないが、これだけは確実に言える。俺たちに許された時間はそう多くない」
「その通りだ」と上から声がする。壁際の高い位置に作られた通路の手すりに持たれ、クトゥリアがこちらを見下ろしていた。隊員たちはすぐ身を正し敬礼する。
「いや、いいって。みんな、訓練を続けてくれ」
そう言われた隊員たちが訓練を再開すると、クトゥリアは近くの階段からディステリアたちのいる場所まで降りてきた。
「クトゥリアさん・・・・・・みっともないところを見せてしまいました・・・・・・」
「悩んだり意見をぶつけたりすることのどこがみっともないんだ?だったら、会議で討論しているお偉い方みんながみっともないぞ」
肩をすくめるクトゥリアに、「そうですね」とセリュードが同意する。
「ディステリア。焦る気持ちもわからなくないんだが、あんまり根を詰めすぎると倒れるぞ」
「すいません・・・・・・頭冷やしてきます」
訓練場から出て行くディステリアに「お、おい・・・・・・」と声をかけるが、答えが返ることはなかった。
「やれやれ。まいったな・・・・・・」