第4話 妖精騒動(後編)
考えてみれば、アストラル界の定義がめちゃくちゃだ。劇中じゃ、『未解明』で済ませてるけど、作り込みの甘さが出ちゃったか・・・・・・。
夜も更けだした頃。ディステリアとクトゥリアは広間に寝袋などを広げて、寝る準備をしていた。ディステリアが戦ったサキュバスは、最初に彼女と会った部屋に寝かせており、レッドキャップは別室に閉じ込めている。と言っても、彼の怪力を持ってすれば、簡単に出られるだろうが。
「・・・・・・とりあえず、これで一晩は明かせるだろう」
城の中だったが何者かの奇襲を用心したテントを張り終えて、クトゥリアは一息ついた。
「・・・・・・それより、今回はこれでいいのか?」
「ん?・・・・・・ああ。あのサキュバスとレッドキャップのことだろ。確かにあいつらは、どちらも危険度は高いから、野放しにするべきではない・・・・・・」
「なら・・・・・・」と言いかけるディステリアを、「だが」とさえぎる。
「―――あいつらは〈人間〉という種に対する害意を示していない。その場合、相手にどれだけ『人間という種に対する害意』を持つ可能性が高くとも、討伐は許されない」
ディステリアが世話になっていた騎士団。いつか町の治安を守るこの組織に入る時のため、その決まりや規律も勉強してきた。だがそれには、クトゥリアの言ったような内容のものはなく、『人間という種に害を及ぼす可能性がある種族は、例え行動を起こしていなくても、見つけ次第討伐せよ』という規律があり、その対象となる種族の名前が書かれたブラックリストまで存在していた。
「・・・・・・聞いたことないですよ、そんな規律・・・・・・」
「―――当たり前だ。俺が作った」
「なんだよ、それ」
「ただ作っただけではない。それが規律になっている組織を作ろうと持っている。いや・・・・・・今、そんな組織を作っている」
今のディステリアには、クトゥリアの言っていることの意味が理解できなかった。
「・・・・・・それにしても、俺の武器はどこから・・・・・・」
「あれはおそらく、〈アストラル界〉から召喚されるのだろう」
「〈アストラル界〉?なんですか、それ?」
「精神と物質、〈意識〉と〈肉体〉の間にある星状世界のことらしいが・・・・・・詳しくは俺も知らない。存在が示唆されている程度で、証明はされていない・・・・・・」
「なんだよ、それ」
苦い顔をして言おうとした時、ディステリアは右手に焼け付くような激しい痛みを感じた。顔をしかめて右手を見ると、火であぶられたかのように焼け爛れていた。
「これは・・・・・・どうなって・・・・・・」
「・・・・・・わからん。だが、どうやらお前が魔術特技でダメージを受ける理由は、ただ単に使いこなせないだけではなさそうだ・・・・・・」
他にも何かある。クトゥリアはそう睨んでいた。
「とりあえず、休むことが優先だな。回復薬を飲んで、一応、リカバークリームを塗っておけ」
言われたとおり傷に薬を塗り、片づけると寝袋に入る。
「お休み~」
とりあえず休める。ディステリアのその期待は、数秒後に打ち砕かれた。
「おわ~、よせ、やめろ~!!」
「ん?なんだ・・・・・・?」
体を起こした途端、城の割れかけた窓を突き破って、背中に羽が生えた一匹の犬が飛び込んできた。その犬の背中には赤い帽子とマントに長靴を身につけた猫、ケットシーが馬乗りになっている。
「やめろ。落ち着け~!!」
言葉からしてなだめているようだが、犬のほうは「グルルルルル」と唸りながら暴れていた。
「ちっくしょ~・・・・・・なんなんだ!!」
「あの犬、もしや・・・・・・」
「―――落ち着け、クーシー!!」
クトゥリアの読みどおり、この犬は妖精犬クーシーだった。
「三回吼えるまでに宿を見つけなかった旅人を引き裂く、という本能によって、ここまで来たようだな・・・・・・」
「落ち着いている場合か!?」とディステリアが叫ぶと、背中のケットシーが投げ飛ばされた。
「いてててて・・・・・・。あっ、お二人さん。こんばんは」
「はい、こんばんは」
「・・・・・・こんばんは」と挨拶するディステリアだが、すぐ我に返る。
「―――じゃない!どういうことだ!?宿を見つけたら襲いかからないんじゃなかったのか!?」
「それが・・・・・・廃墟に着いた時点じゃ、宿を見つけたというわけではないらしく―――」
ケットシーの説明を遮り、クーシーがディステリアに襲いかかって来た。とっさに天魔剣を取り出し、噛み付きをガードする。すぐに口を離したクーシーは、前足を振りかざして攻撃して来た。
「なんで爪が鋭いんだ!妖精犬だろ、こいつ!!」
「そうは言っても」と言いつつ、クトゥリアはケットシーと共に遠くで観戦していた。
「あの・・・・・・助けなくていいんですか?」
「これくらいのことで生き残れなくては、これから先も同じだ・・・・・・」
ケットシーが首を傾げた瞬間、「でやああああっ!!」とディステリアがクーシーを吹き飛ばした。
「ガフッ・・・・・・グルルルルル・・・・・・」
体を低くして、いつでも飛びかかれるように低い体勢をとるクーシーに、ディステリアも天魔剣を構え直す。
「(旅人を襲う可能性があるということは、危険だな・・・・・・。害意も持っている。ここは・・・・・・)」
痛みがない左手で天魔剣の柄を、強く握り締める。
「―――退治する!!」
「そ・・・・・・そんな」
立ち上がって声を上げたケットシーに、「大丈夫だよ」とクトゥリアが話しかける。
「妖精の塚からあいつを止めるために飛び出したのは、お前だけじゃないはずだぞ」
「あっ」とケットシーが呟いた瞬間、ディステリアとクーシーが飛び出した。
「だぁあっ!!」
天魔剣とクーシーの爪がぶつかる。だが、力はディステリアのほうが強く、クーシーは階段側の壁に叩きつけられる。トドメを刺そうとディステリアが飛びかかった瞬間、クーシーが突き破った窓の左右にある窓が割れ、二つの影が飛び込んできた。
「―――!?」
気付いたディステリアが後ろを振り返り、天魔剣を振る。飛び込んできた影の片方は金属音をさせて後ろに飛び、もう片方はクーシーの前に立ちはだかる。
「(なんだ・・・・・・こいつら)」
影の正体。一人は中世の騎士のような格好をしており、もう一人は頭が犬の形をしている人間のような姿をしていた。
「英雄妖精とも呼ばれるディナ・シーと、力の弱い妖精たちのボディーガード、スプリガンか。さあ、どうする・・・・・・」
あぐらをかいた膝の上に肘をついたクトゥリアとは裏腹に、ディステリアは新たな敵の出現に警戒を強めた。
「スプリガン。クーシーを頼む」
「言われずとも」
倒れているクーシーを抱えると、スプリガンは横飛びでその場を離れた。腰の剣を抜いたディナ・シーに、ディステリアは体に重圧を感じていた。
「(・・・・・・こいつ・・・・・・できる。俺よりも・・・・・・ずっと・・・・・・)」
隙のない構えに攻められないでいるディステリアに、ディナ・シーが切りかかってきた。ギリギリ見えるほどの高速連撃に、ディステリアは防御が精一杯だった。
「(やっぱり・・・・・・できる・・・・・・!!)」
このまま接近戦は不利と感じ、一端、距離をとる。
「(・・・・・・さて、どうするか・・・・・・)」
広間の中を走り回っていると、一角にうずくまっていた何かが、「ぐんばああ!!」といきなり声を上げた。
「うわぁっ!?」
ディナ・シーとの戦闘中であるにも拘らず、驚いて飛びのくディステリア。そこにいたのは、巨大な馬のような、ロバのような姿をした何か。
「な・・・・・・なんなんだよ、こいつは!?」
「ショックだな」とクトゥリアが答える。
「ショック?ショックって、衝撃とかそういう意味の・・・・・・?」
「ああ。人を驚かせるのが非常に好きなボギーの一種でなぁ、その驚かせ方が強烈で引き付けを起こすため、その名がついたんだ。犬や牛の姿に変わるもあり、驚かすため手段選ばない」
「野郎」と攻撃しようとしたら、「やめとけよ」とクトゥリアが止めた。
「―――不用意に手などを出すものなら、手に噛み付姿を消す。その痕は一生消えないという。それでもやるなら、止めないぜ」
「ぐっ」と動きが止まったディステリアに、ディナ・シーが剣を向ける。
「・・・・・・?なぜ、隙を突いて来なかった?」
「敵の不意を突くなど、我らの騎士の誇りを汚す・・・・・・」
そう返したディナ・シーに、ディステリアは天魔剣を構え直す。
「何を言っている。不意打ちも立派な戦法だrp。騎士とはいえそれをしないとは、余裕か?」
「・・・・・・相手が何者であろうと、正々堂々戦い打ち破る。それが我らの騎士道だ」
「そうか」と言いつつ、ディステリアは内心ホッとした。
「―――我が役目。それは騎士道のもと主に仕え、妖精たちを脅威から守ることなり。貴様が妖精にとっての脅威となるなら、容赦はしない!!」
「(―――!!・・・・・・守る・・・・・・)」
その言葉に、ディステリアが固まる。
「(・・・・・・俺はなんのために戦う・・・・・・なんのために力を求める・・・・・・)」
自問する度に、天魔剣の剣先がだんだん下がり始める。
「(・・・・・・俺は・・・・・・)」
「どうした!?」の声で我に返り、ディナ・シーを睨みつける。
「(!?さっきと目つきが変わった・・・・・・!?)」
「―――あんたと同じように、守るために戦う。戦う力を持たぬ者・・・・・・一方的に傷つけられる者を・・・・・・守る!!」
「―――ならそのために、己が傷つき、重荷を背負う覚悟があるか!!」
「ある!!」と叫ぶと、「よかろう」とディナ・シーが叫んだ。
「その覚悟・・・・・・全て我にぶつけてみよ!!」
その瞬間、ディナ・シーの体から放たれる闘気が膨れ上がった。
「いくぞ!!」
それでも臆することなく、ディステリアは突っ込んだ。それから数十分、城の中で金属音が響き渡り、夜は更けていった。
―※*※―
「汝の覚悟、しかと見せてもらった。機会があれば、またどこかで会おう」
ディステリアと戦ったディナ・シーは、他の複数のディナ・シーと共に夜空に飛んでいく。馬の中には、ケットシーやクーシー、ショックを乗せているものもいる。
「なんだったんだ・・・・・・あれは・・・・・・」
疲れきった顔のディステリア。どうやら、勝負はつかなかったらしい。
「あれはディナ・シーと言ってな。元は、トゥアハ・デ・ダナーンと呼ばれる種族がなったとされる妖精たちなんだ」
「なっ・・・・・・トゥアハ・デ・ダナーンって・・・・・・この国の神々じゃないか・・・・・・」
「そうだ。一部の者はティル・ナ・ノーグに逃げ、一部の者は地下に逃げた。その地下に逃げた神々が、力を失い妖精になったといわれている」
「だが・・・・・・トゥアハ・デ・ダナーンの神々は、今も健在だ。だとすると、矛盾が生じるぞ・・・・・・」
それをごまかすように、「あれを見てみろ」と空を指差した。
「あいつらの騎馬行列は妖精の騎馬行と呼ばれていて、結構、有名なんだぜ」
「・・・・・・精霊の起こす神秘って奴ですか?」
「おいおい。精霊と妖精は全く別物だぜ」
「同じようにしか思えないけど?」と聞くディステリアに、クトゥリアは溜め息をついた。
「精霊の体を構成しているのは、俺たちの体を構成している〈物質〉とは違うんだよ」
「そうなのか・・・・・・?」
「一説によれば、精霊は自らの魂を核に大気中のマナを集めて、〈魂殻〉という体を構成しているんだ」
「妖精はどうなんだ・・・・・・?」
その質問に、「えっ?あ・・・・・・ああ・・・・・・」と詰まった。
「妖精は精霊と違い霊的存在ではなく、自然界の中に暮らすんだ・・・・・・」
「ああ・・・・・・それで?」
「しかし、いつしか人間とそりが合わなくなり、自分たちの世界〈妖精界〉に移り住んだ。人間界と同じように〈物質世界〉のようだが、〈精神世界〉のようなものでもある」
再び、「それで?」と聞くディステリア。
「妖精界は人間界と比べて、時間の流れが遅い原因は、未だ不明のままだ・・・・・・」
三度、「それで?」と聞くと、クトゥリアは観念したようだった。
「すみません。妖精と精霊の違いは、まったくわかりません・・・・・・」
観念したクトゥリアに、ディステリアは溜め息をついた。
―※*※―
翌朝。
「・・・・・・う・・・・・・ん・・・・・・?」
サキュバスが目を覚ました時には、破れかけたカーテンがかかった窓から朝日が差しかかっていた。
「・・・・・・あたし・・・・・・どうして・・・・・・」
サキュバスは昨日までのことを思い出す。
「(・・・・・・故郷から飛び出して、雨が降ってきて、この城に逃げ込んで、ベッドに寝て、それから・・・・・・)」
ハッ、とディステリアたちのことを思い出した。
「そうだ、あいつ!!」
「俺がどうかしたか?」
声のしたほうを向くと、トレーを持ったディステリアが間ドアの前に立っていた。
「―――お前は!!」
向けられた警戒など気にもせず、部屋に入ってきたディステリアは「そらよ」と、ベッドの側の小棚にトレーを置く。上にはインスタントのコーンスープと、一切れのパンが乗っていた。
「・・・・・・何・・・・・・これ・・・・・・」
「インスタントコーンスープとパンだ。旅人には結構、当たり前だ」
手を伸ばそうとしたサキュバスだが、すぐに引っ込めてディステリアを睨んだ。
「毒とか入れてるんでしょ!この中に!!」
「フン」と鼻で笑うと、トレーの上に乗っているパンをちぎり、自分の口の中に放り込んだ。
「ちょっと!?」
驚いたサキュバスに目もくれず、パンをかんだディステリアはそのまま飲み込むと、サキュバスに笑ってみせた。
「そら見ろ。毒なんて入ってないだろう。だいたい、そんなやり方、俺は好かん」
「・・・・・・スープに入ってるかもしれない・・・・・・」
「疑い深いな」と頭をかいたディステリアは、スープの入った入れ物に手を伸ばす。だが、「ま・・・・・・待って」と止められた。
「・・・・・・なんだよ」
「・・・・・・せ・・・・・・せっかくあんたが作ってくれたんだから、た・・・・・・食べてやっても―――」
「ああ。これ作ったの、俺じゃないぜ」
「え・・・・・・」と呟くと、ディステリアの後に部屋に入ってきた、もう一人の男の顔が浮かんだ。
「クトゥリア、俺の連れが作ったんだ。ちゃんと食えよ」
そう言って部屋を出て行ったディステリアの後ろ姿を見て、サキュバスは胸が高鳴っていることに気付いた。
「な・・・・・・何ときめいてるの!?私はサキュバス。男を惑わす夢魔よ!!」
そう自分に憤慨してパンを食べたが、一気に詰め込んだので喉に詰まってしまった。
「・・・・・・覚えてなさいよ。この借りは、いつか必ず返してやるんだから・・・・・・」
心にリベンジを誓っていた。ちなみに、この城の主のレッドキャップは、このサキュバスの色気に負けて彼女を襲わなかったという。
―※*※―
城の外。
「いいのかよ。トレーとか置いたままで」
「あれは旅人用の使い捨て品だ。もっとも、使おうと思えばいくらでも使えるが・・・・・・」
「なんだ、それ」と愚痴るディステリアを、「まあまあ」とクトゥリアがなだめた。
そんなことを話しながら城を離れるディステリアとクトゥリアの後ろ姿を、部屋の窓からサキュバスが見ていた。
『人間という種に対する害意』の部分に『・・・』のルビを打ちたいのですが、どうも上手く行きません。
ディナ・シーはディステリアの覚悟を見届けたといいましたが、彼の覚悟はまだまだ脆くて不安定。これから先どうなることやら。
あと用語説明。劇中でするのもあれなので。
リカバークリーム
ポーションと同じ治癒効果を持った塗り薬。ポーションの名前を持っていないのは、元々ポーションが『液体飲料』を指す言葉だから