第47話 新しい師匠
〈ビフレスト〉の門前で引き止められたフレイアは、パラケルら六人のほうに振り向いた。
「・・・・・・私に何か用・・・・・・?」
「頼みがあるんだ」
ジークフリートが言うと首を傾げる。不快感を抱いている様子はないが、相手は自由奔放な女神。いつ気まぐれを起こして魔術をかけるかわかったものじゃない。
「どうしておどおどしてるか大体見当がつくわ。なんなら、その恐れを現実にしてあげようか?」
「「「「「(げっ!!)」」」」」
どす黒いオーラを漂わせてフレイアが笑みを向けた途端、六人の心が一つに重なる。が、幸いなことにフレイアはすぐその雰囲気を消す。
「話しを聞くくらいはいいわ。それで、何?」
「ある二人に、魔力の制御方法について教えてもらいたい。一人は人間の少年、もう一人は幻獣の力を持つ少女」
それを聞いたフレイアは、一瞬、首を傾げた。
「幻獣の力を持つ少女・・・・・・って、それどういうこと・・・・・・?」
「どういうことって・・・・・・確か、ミリアちゃんって人間だったよな・・・・・・?」
「ああ。と同時に、幻獣ヴィーヴルでもある」
「はぁ!?どう言うことだ!?」
クーフーリンが聞くとアウグスが答えたので驚き、他の三人も驚いていた。
「・・・・・・俺やファーディアのように転生した?いや、しかし、そんなことが・・・・・・」
「俺たちエインヘリヤルは、戦場で命を落とした戦士の魂が転生したものだし、ヴァルキリーだって人間に転生することもある。しかし、それでも・・・・・・納得できないな・・・・・・」
「まあまあ、そう深く気にせずに」
三度「うーん」と考え込む四人を、パラケルがなだめるが、その隙にフレイアが〈ビフレスト〉を渡ろうとする。
「わ~~~!!だ~か~ら~、その二人の魔術の師匠になってくれないか!?」
パラケルに引き止められたフレイアは、迷惑そうだがどこか暗い表情で、戸惑っていた。
「そ・・・・・・それは・・・・・・」
「二人とも聞き分けいいし、お前の指導なら上達も早いだろうから、頼むよ」
それでも、フレイアは戸惑っている。ブリュンヒルドは、ハッとその理由に気付いた。
「もしかして・・・・・・今日もオーズさまを探す旅に・・・・・・?」
ブリュンヒルドの言葉に、ビクッ、と体を震わせたフレイアは、「え・・・・・・ええ」と戸惑いながら答えた。
「そうだったのですか、すみません・・・・・・別の人を探しましょう」
「ちょっと待った~!」
立ち去ろうとするブリュンヒルドにパラケル、クーフーリンが突っ込みを入れる。
「そんなことより、こっちの頼みを優先させてくれよ。俺たちにとって最優先事項なんだ」
「なんですって・・・・・・!?」
パラケルが言ったその瞬間、ブリュンヒルドがギロリと男性陣を睨みつけ、そのプレッシャーに全員、固まった。
「女性にとって、大切な男性の行方を捜すことのほうが何よりの最優先事項なのよ!わかった!?」
これには男性陣も反対できず、「は、はい~!!」と答えるしかなかった。
「(なんで、俺たちが譲らなきゃいけないんだ・・・・・・)」
「(仕方ないだろ。こういう時のブリュンヒルドは、物凄く怖いんだから・・・・・・)」
「(さすがの英雄も、愛する女性には敵わない・・・・・・ってことか)」
「(それって、なんだかすごく情けなくないか・・・・・・?)」
クーフーリン、ジークフリート、ファーディア、パラケルがヒソヒソ話をする。
「男性陣、聞こえてるわよ!!!」
それを看破され「げええ!」と男性陣が驚くと、「いいの」とフレイアが言った。
「みんな世界を守ろうとがんばっているのに、私だけわがままで・・・・・・」
「フレイアさま。だからって、無理することなんてありませんよ。ジークフリートだって、突然私が行方不明になって、長い間戻らなかったらどう思うの!?」
そう言われて、「う・・・・・・」と黙り込んだジークフリートに、「おい、こら」とクーフーリンが怒鳴った。
「誰も、そのオーズって奴を探すなとは言ってない。そいつを探しながらでいいから、二人を鍛えてやってくれないか?」
フレイアはしばらく考えると、「わかったわ」と答えた。
「本当にすみません。私はしばらくここにいますから、その間に基礎的な知識も教えておきますから・・・・・・」
「俺もユーリに、最低限度の知識は与えておくよ。そのほうがあんたの負担も少ないだろう」
すると、少し不機嫌そうな顔をして、ファーディアのほうを向く。
「・・・・・・少しばかり引っかかる言い方だけど、助かるわ・・・・・・」
後ろを振り向くと、「少しばかり、荷物を加えてくるわ」と言って、自らの館〈セスルームニル〉に戻って行った。
―※*※―
本拠地の修練場には、ユーリとミリアが重傷を負った知らせが届いていた。
「あいつらが・・・・・・やられた?」
「死んではないし、重傷を負ってはいるものの意識はある」
クトゥリアはそう言ったものの、ディステリアや元々一般人であるセルスとクウァルは動揺を隠せなかった。
「アースガルドで治療を受けているから実質軽症に等しいが、同じようなことが何度もあると癖になって傷の治りが遅くなる」
「じゃあ、時間をかけて直したほうがいいってこと?」
「そうだが・・・・・・実際問題、完治を待ってる時間はない」
不安そうな表情で聞いたセルスにクトゥリアが答える。
「重傷を負ってもたちどころに直す用意がある。だが、何度も行うことはできない・・・・・・前に聞かされた通りですね」
苦々しく呟くクウァルに、「そうだな」とクトゥリアは目を閉じた。
「この場合、こちらの説明不足と言われても仕方ない。だが、今の報せでその不足分を少しは補えたと思う」
「何が言いたいんだ?」とクウァルが聞くと、クトゥリアは間を置いて口を開いた。
「クウァル、セルス。ここまで連れて来て置いていうことではないが、あえて言っておく。退くなら今の内だ」
真剣なクトゥリアの言葉に、セルスとクウァルは目を見張る。
「それ、本気で言ってるんですか!?」
「ああ、本気だ。我々のことは口外しないと約束してくれるなら、手は出さないと約束しよう。ゼウスら神々にも手を出さないよう交渉しておく」
「そんなこと言って・・・・・・今更退けませんよ」
右手を握ったクウァルは、近くに置いてある石柱を殴りつける。硬い石柱は殴られた部分からヒビが入り、上のほうがクウァルの上に倒れるが、下から突き上げられた拳で粉砕される。
「これでも、まだ半端な制御なんでしょ?最後までやっておかないと、返って危ないんじゃないですか?」
「そうですよ。今の質問は、まるで丸投げです。一度鍛えるって言ったんだったら、最後まで仕上げてください」
「参加し続けるかは、その時に決めます。どうですか?」
「それは願ってもないが」歯切れの悪いクトゥリアに、クウァルとセルスは眉を寄せる。
「いいのか?私が誘導してるとも限らないのだぞ?」
「そこまで狡猾な人には見えません」
「いやいや、狡猾を通り越してせこいぞ」
口を出したディステリアに、「おい」と顔を引きつらせる。
「わかった。鍛錬を終えた後、改めて聞くとしよう」
そう言って後ろに下がると、「再開!!」と声を張り上げた。
―※*※―
数日後、ユーリはファーディアから教えてもらったことを、頭の中で反すうしていた。
「頭で考えず・・・・・・感じる・・・・・・」
少しうつむき、繰り返し呟いていると、ガラッと病室のドアが開いて、中にはフレイアが入って来た。
「君がユーリ君ね。どう、体の具合は?」
「すみません、誰ですか?」
彼女のほうを向いて聞いたユーリに、「あら、聞いてない?」と顔を引きつらせる。
「私はフレイア。アウグスに、あなたに魔術の使い方を教えるように頼まれたの・・・・・・」
「そうだったのですか。すみません。お名前は伺っていたのに、気付かなくて・・・・・・」
それに対し、「いいの、いいの」と言って手を上下に振ったが、
「男性の鈍さには、もう慣れてるから」
と、後ろを向いて聞こえないように呟いたので、ユーリは不思議そうに首を傾げた。
「ん?ああ、なんでもないわ。とりあえず、ミッドガルドを旅しながら、私ともう一人で教えることになってるから、よろしく」
「こちらこそ・・・・・・お手柔らかに・・・・・・」
弱々しく笑うユーリだが、それを見たフレイアは一瞬、頬を赤らめた。
「どうかした・・・・・・」
不思議に思ったユーリが聞きかけた瞬間、突然「か~わいい~~!!」といきなり抱きついて来た。
「はぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~!?!?」
驚いて声を上げるユーリの胸に、柔らかい物が押し付けられるような感触がした。さらにそこに、
「ユーリ~、準備できた~?」
バッグを片手に持ったミリアが入ってきて、しっかりその様子を目撃されてしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・あっ・・・・・・ち・・・・・・違うんだ、ミリア。これはフレイアさんが勝手に・・・・・・・」
フレイアから離れて、慌てて弁解するユーリだが、ミリアは顔を真っ赤にして
「うるさ~い、ユーリのバカ~~!!」
と、病室で炎を噴出させてしまった。
―※*※―
数分後、〈ヒミンビョルグ〉。年老いた一人の妖精が、ユーリとミリアに注意をしていた。
「まったく。病室で炎を噴出させるとは、いったい何事か・・・・・・?」
「す・・・・・・すみません・・・・・・」
「フレイアさまもフレイアさまです。まだ、未熟な者をからかうなんて・・・・・・特にミリアという者の前で、ユーリという者にちょっかいは出すなとアウグス殿も・・・・・・」
「・・・・・・もう、過ぎたことなんだからじゃない、オッタル。そうしつこく言わなくても・・・・・・」
「頼む相手がフレイアさまだから、アウグス殿も注意なされたのでしょう・・・・・・!!」
すると、ピクッと眉を動かしたフレイアが、不機嫌そうな顔でオッタルを見た。
「つまり・・・・・・今回のことは全面的に私が悪いと、そう言いたい訳・・・・・・?」
「事実そうなのでしょう。実際、炎を噴き出したのはミリアという者ですが、その要因を作ったのはあなたでしょう」
「あのねえ。魔術のような特別な『力』を使うには、それなりの自覚と責任が必要なのよ。なのに・・・・・・」
「だから、それを教えるように頼まれたのでしょう!」
「うっ・・・・・・」
それを言われるとフレイアは黙り込んだが、しばらくすると「わかったわよ」と呟いた。
「その代わり、手加減せずにビシバシ鍛えるから、覚悟しておきなさい」
すると、二人はなぜか笑った。
「手加減なんてされたら、奴らには到底、追いつけません。それは、こちらからもお願いすることです」
「この『ヴィーヴルの力』については、まだまだわからないことが多いけど、でも・・・・・・不安になんてなっていられない」
「早く奴らと、互角に戦えるようになって・・・・・・」
「早くこの力を使いこなせるようになって・・・・・・」
「「守りたいものがあるんです!!」」
「やれやれ。聞いた以上に、人間できてるな」
ユーリとミリアが同時にいった言葉を聞いて、オッタルは頭をかいた。
「それじゃあ、こちらも手加減しないわ。覚悟なさいよ」
「もしもの時は、俺が止めるから」
「「「えっ?」」」
三人がオッタルのほうを見ると、「聞いてなかったのか」と聞き返した。
「いいえ。四人組の同行はお兄さまに頼んでいるから・・・・・・」
「悪いな、それキャンセルされた。向こうでは、オーディンさまの補佐で忙しいって言っていた」
「そっか。それであなたが来るのね」
「そういうこと。よろしく頼むよ」
残念そうな顔のフレイアに明るい口調でオッタルが言った。こうして、ユーリとミリアの新しいチームは、フレイアの猫引き馬車に乗ってアースガルドに降りて行った。
―※*※―
その頃。格納庫では、ドヴェルガー、アウルヴァンディル、ヴェンドルがある意味での死闘が繰り広げていた。
「だからその場合、乗組員のことを考慮して・・・・・・」
「いつも公共交通を使う訳にも行くまい。それならばいっそのこと、〈イェーガー〉を変形させたらどうだ?」
「悪くはない。悪くはないが・・・・・・これに使われているフレームが、それに耐えられるのか?」
「仮に耐えられるとしても、変形時に生じる衝撃に乗組員が耐えられるかどうか・・・・・・」
ドヴェルガーが考えると、そこに〈イェーガー〉、正式名称〈ファイター・フライヤー〉の開発責任者、ディックが話に入ってきた。
「我々、人間の技術を見くびってもらっては困る。ミサイル攻撃を受けた時や魔物に襲われた時のことを考慮して、コクピットの周りには衝撃吸収板を内蔵している。もっとも、変形させるという発想がなかったから、〈トランス・フレーム〉は採用していない」
聞きなれない言葉に、黒小人の三人は首を傾げた。
「我々の世界では、変形機構を持った戦艦や輸送機には〈トランス・フレーム〉という、特殊強化した骨組が使われている。だが、変形機構と強度を両立させると、どうしても戦艦並みの大きさになってしまう。それならばいっそのこと、と言う訳で・・・・・・」
「戦艦や輸送機と言った、大型機体にしか採用されていない、と言うことか」
今まで腕組みをして聞いていた、ダーナ神族の鍛冶神ゴブニュが聞いた。
「そういうことだ。だから我々も、〈イェーガー〉に採用しようにも出来なかったのだ」
全員が「うーん」と考え込む。すると、ふとゴブニュが聞いて来た。
「その〈トランス・フレーム〉とやら、我々で見てみないか?」
「それは・・・・・・かまわない。ここには、クトゥリアがどこからか持ってきた、解体待ちの戦艦がなぜか山ほどある。中には当然、〈トランス・フレーム〉が内蔵されている物も・・・・・・」
「決まりだ!見に行こう!!」
机に手を着いて立ち上がったドヴェルガーの目は、なぜか期待に満ち満ちていた。