第46話 敗北の爪跡
神界、アースガルドの玄関口、〈ヒミンビョルグ〉。毎回、本拠地がある島から行き来する訳にも行かないので、オーディンと相談してここを第一線にすることになっていた。その一角を、一端ここに戻って来たクーフーリンとファーディアが歩いていた。
「俺たちの組になったヴァルキリーは、ここの生まれだったな。影の国以外にも、こういう場所があったとは・・・・・・」
「意外か?影の国のような場所が、一つだけとは限らない。師匠はそう言っていたぞ」
「そうだったな」
ファーディアに言われた時、人間界に通じる虹の橋から、大きな音が響いてきた。
「なんだ?」
首を傾げた次の瞬間、突然、強大な門から〈エスペランザ〉が高速で突っ込んできた。
「うわっ!!なんだ!?」
クーフーリンが驚いている間に、門を通過した〈エスペランザ〉は急停止し、船体横の階段から慌しく何人かの影が降りた。その中には、ユーリの引越しの仕上げをすると言って彼の家に行ったパラケルとアウグスの姿もあり、二人が押しているストレッチャーにはそれぞれ、ユーリとミリアが寝かされていた。ちょうどその時、グラニとヴィングスコルニルに乗ったジークフリートとブリュンヒルドが帰って来た。
「なんだ?おい、パラケル!」
ジークフリートに名前を呼ばれてすぐに振り返ると、パラケルはすぐアウグスに
「先に行っててくれ」
と言って、ジークフリートとブリュンヒルドのほうに歩いてきた。
「なんだ、お前ら。今、戻ったのか」
「ええ。ところで・・・・・・何かあったの?」
ヴィングスコルニルから降りて聞くブリュンヒルドに、「ああ」と答える。
「引越し中に〈デモス・ゼルガンク〉の兵士に遭遇してしまって。そいつにユーリ君が倒され重傷、その怒りで覚醒したミリアちゃんもその反動で昏睡状態・・・・・・という状況だ」
すると、「そっちもか」とジークフリートが言った。
「・・・・・・ということは、そちらも遭遇したのか」
ファーディアに「ああ」と頷くジークフリート。
「と言っても、最初から力を解放していたから、さほど苦戦はしなかったよ」
「自分の強化を他人任せの奴だったしね」
ブリュンヒルドが溜め息をつくと、それ聞いたクーフーリンが「なんだと~!!」と、声をあげた。
「己の肉体は、己自身が鍛えるべきだと言うのに、そいつの体たらくはなんだ!?」
「いや、クーフーリン。敵にそんなことを言ってもしょうがない・・・・・・」
「お前は悔しくないのか!?俺たちが血を吐く思いをして体を鍛えていると言うのに、他人の力で楽をするなど言語道断!!」
特殊な魔法で腕鎧にしまっていたゲイボルグを取り出すと、それを数回転させた後、穂先を向けた。
「加勢するぞ、ジークフリート!!そいつの不届きな根性、共に叩き直してやろうぞ!!」
「いや、加勢も何も・・・・・・そいつはもうとっくに退却してるよ」
グラニから降りたジークフリートの言葉に、「ぬうぅ~~~~・・・・・・」と唸り声を上げる。
「ところで・・・・・・あなたたちはここで何をしてるの?」
「ん?・・・・・・ああ。同じチームの奴が、ここ一週間近くで得た情報を主に報告するらしい」
クーフーリンの答えに、「主」とパラケルが呟いた。
「・・・・・・確か君たちと同じ組は、ヴァルキリー二人だったな・・・・・・」
「ああ。だから、ここで、しばらく足止め中・・・・・・それよりパラケル、二人の容態はどうなんだ?」
真顔で聞くクーフーリンに、「どうもこうも」と少し小バカにしたように言った。
「ユーリ君の敗北もミリアちゃんの覚醒も、こちらが思ったより早かった。こりゃあ、予定を早めるしかないな・・・・・・」
そう言って、クーフーリンとファーディアを見るパラケルに、その場にいる全員は首を傾げた。
―※*※―
二人はすぐさま、〈ヨトゥンヘイム〉のガストロープニルにある〈リュリの館〉に運ばれ、そこにいるメングラッドたちの治療によりユーリは一命を取り留め、ベッドに寝かされたミリアも目を覚ました。
「ここ・・・・・・は・・・・・・」
そのミリアは起きてすぐ、ベッドから飛び降りた。
「ユーリは大丈夫なの!?」
病室を飛び出し、館の中を疾走。彼の病室に入った所をエイルに捕まり、説教をされていた。
「仮にもここは病棟なんですから、もう少し静かにしてください」
メングラッドを初めとした治癒の力を持つ女神たちがいるこの館は、負傷者を運び込む病院代わりに使われていた。と言っても、前々からいた患者を追い出すようなことはせず、結論から言うとブレイティアの負傷者が運ばれること以外はいつもとあまり変わりは無かった。
「す・・・・・・すみません・・・・・・」
「まったく。いくら恋人のことが心配だからって・・・・・・」
「えっ!?あっ、いや!!恋人って言うか・・・・・・」
「だから!静かにしなさいって、言ってるでしょ!」
ミリアが「すみません」と言うと、近くにいたアウルボダが呆れてため息をついた。
「今のはあなたのほうがうるさかったわよ」
注意されたエイルは、「うっ、ごめん・・・・・・」と謝る。
「まったく。あなたたちがうるさいから、患者さんが起きちゃったわよ」
アウルボダの言葉どおり、ベッドのユーリは寝ぼけたような表情で目を覚ましていた。
「ユーリ!大丈夫?」
「あ・・・・・・ああ。俺は・・・・・・奴に負けたのか・・・・・・」
「そ・・・・・・それは・・・・・・」
弱りきった表情で聞かれたミリアは口ごもったが、その態度はユーリが悟るには十分だった。
「・・・・・・隠さなくていい。一度、奴に蹴られて・・・・・・その後、地面に蹴り落とされて・・・・・・それからの記憶が・・・・・・」
「記憶がないんだな」
その時、入り口から声がした。全員の視線がそちらに集中すると、声の主であるアウグスは頭をかいた。
「人間は、あまりにきれいにノックアウトされると、その前後の記憶が抜け落ちるらしい」
「アウグスさん、それは・・・・・・」
ミリアは止めようとしたが、それをユーリが彼女の腕を掴んで止めた。
「いいよ。隠されたほうが、返って辛い・・・・・・」
体を起こした弱々しい表情のユーリに、ミリアは悲しそうな顔をしていた。それを見たアウグスが病室に入ると、後からパラケルも入った。
「あれから二ヶ月・・・・・・特訓を重ねて強くなったつもりだったが、奴らには到底及ばなかったか・・・・・・」
「そのようだ。だが、その奴らとの差は、二か月分だけ縮まっている」
「つまり・・・・・・特訓は無駄じゃないってこと・・・・・・?」
不安そうに聞いたミリアに、「そうだ」とアウグスが答える。
「いや、むしろ特訓しなければ、奴らに追いつくどころか追い抜くこともできない・・・・・・」
「もったいぶらずに本題を言ってください。ただ見舞いに来た訳じゃないんでしょう・・・・・・?」
そう言われて、「そうか?では、本題を言うぞ」とアウグスは二人を見た。
「ユーリ・ハンスヴルスト、ミリア。両名を他のチームに移すことにした」
「それって、戦力外通告って奴ですか!?」
驚くミリアに「いや、違う」と首を振る。
「奴らが存在を隠したままあんな派手に動くと思わなかったため、俺とパラケルはその対策に終われることになった。おかげで、君たち二人のチームから外れざるを得なくなった」
すると、「本当なら―――」と、後ろのパラケルが顔を出した。
「―――力が覚醒した君たちの指導をするはずだったんだが、クトゥリアを含めた俺たち三人でも手一杯というほどの情報が流れてくるだろうから、しばらく離れられそうにないんだ・・・・・・」
「今回の件・・・・・・目撃者がいないということがせめてもの救いだが、それでも噂ぐらいはたつだろう。奴らがそれを利用しないはずがない」
「・・・・・・かと言って、俺たちの自主連に任せて漠然と訓練していたら、使い方を知らない力にいつ飲まれるかわからない・・・・・・ですか?」
「まあ、他にもいろいろあるが、強いて言うなら、そういうことだな。俺たちの他に誰かお前ら二人の師匠になってくれる奴がいてくれれば話しは・・・・・・」
「・・・・・・もういいです。話はわかりました・・・・・・」
パラケルの言葉をさえぎり、顔をうつむけたユーリを、ミリアが心配そうに見る。
「すみません・・・・・・一人にして・・・・・・もらえますか・・・・・・?」
「構いませんけど・・・・・・外に行く時や何かあった時は、必ずコールしてね」
メングラッドに「わかりました」とユーリが答えると、メングラッドたちは病室を後にした。
「なら、後で新しいチームのメンバーを知らせにくる」
ユーリの心境を悟り、アウグスもパラケルと共に病室を出た。
「・・・・・・ミリアも・・・・・・自分の病室に戻ってくれ・・・・・・一人にしてくれ・・・・・・」
「・・・・・・そんな・・・・・・ユーリのことが心配でできないよ・・・・・・」
膝を抱えて「頼むよ」と呟くが、ミリアは「いやよ」と拒み続ける。
「うるさいな!一人にしてくれって言ってるだろ!!」
怒鳴られてミリアが黙ると、ユーリもハッと我に返る。
「・・・・・・ごめん・・・・・・一人になって・・・・・・頭を冷やしたいんだ・・・・・・」
顔を抱えた膝にうずめて「・・・・・・頼むよ・・・・・・」と呟くと、ミリアも暗い表情で「わかった」とうなずいた。
「でも、私・・・・・・ユーリの力になってあげたいから・・・・・・少しは頼ってね・・・・・・」
ミリアが病室を出てドアを閉めると、彼女の気配がなくなり次第、声を押し殺して泣き始めた。一方のミリアも、走って自分の病室に戻るとベッドに飛び込み、枕に顔をうずめた。
「・・・・・・う・・・・・・ううっ・・・・・・ううっ・・・・・・」
ユーリもミリアも、人知れず泣いていた。戦いに負けた悔しさや、敵を取り逃がしたことよりも、二人とも大切な人を守れず危険にさらした自分自身が許せなかった。そして、その泣き顔は誰にも見られたくなかったし、泣いてることも知られたくなかった。
―※*※―
「それで・・・・・・二人を教える師匠というのは・・・・・・?」
「いるだろ。適任者が」
〈リュリの館〉の廊下で聞かれると共にアウグスが答えるが、パラケルには心当たりがない。
「いや、わからない。誰だ・・・・・・?」
往復時間短縮のために設置された転移装置に乗り、二人はヒミンビョルグに戻ってきた。
「だから、いるだろう。適任者が目の前に」
アウグスがそう言った相手は、ジークフリート、ブリュンヒルド、クーフーリン、ファーディアの四人だった。しかし、パラケルにはまだわからない。
「・・・・・・判断力が鈍くなったんじゃないか?その程度で続けられると、こちらの迷惑に・・・・・・」
「ハッハ、きついね~」
陽気に笑い出したパラケルだが、その内には強い怒りを秘めている。それを察してそそくさと逃げようとするアウグスを、パラケルは素早く捕らえるが、
「あれ?」
二人に気付いたクーフーリンが顔を向けると、即座に離れた。
「お前ら、ユーリとミリアは・・・・・・?」
「ああ。二人なら病室にいる。しばらく、ここにいることになるだろうが、二・三日すれば退院だろう」
アウグスからそれを聞いて、「良かった~」と胸をなでおろしたブリュンヒルドにそのまま切り出す。
「そこで・・・・・・誰か、あいつらの師匠やってくれないか」
アウグスの信玄に、黙り込む四人。
「ユーリは魔術師としての力の覚醒、ミリアは幻獣の力の覚醒。どちらも、力の操り方を教えてくれる師匠が必要なんだ」
ジークフリートが「そう言われても・・・・・・」と考え込むと、「何か問題があるのか」とクーフーリンが聞く。
「俺が使える魔術は〈ルーン〉と言って、人間が使っている魔術から見れば『原始の魔法』に近いし、それに、俺が使えるのは初級のものだから、あまり参考にはならないと思う。ブリュンヒルドならどうだ?」
「え・・・・・・あ・・・・・・私?・・・・・・確かに、私なら低位から高位の〈ルーン〉まで使えるけど・・・・・・」
「・・・・・・けど・・・・・・なんだ・・・・・・?」と、クーフーリンが聞く。
「その力は今、オーディンさまに封じられているの・・・・・・」
「だったら、さっさとそれを解いてもらえよ。オーディンならこのヴァルハラに・・・・・・」
そこまで言った時、「あ・・・・・・」とクーフーリンが何かに気付いた。
「そうだ。オーディンさまは今、〈名も無き島〉にいる。仮に教えることになっても、封印の解除には時間がかかる・・・・・・」
ジークフリートが言う。ちなみに、ヴァルキリーたちが報告しに行ったのは、オーディンの相談役のミーミルだった。
「あんのおっさ~~~ん!!!じゃあ、どうするんだ?」
クーフーリンが聞くと、アウグスが彼とファーディアを見る。
「クーフーリン、ファーディア。お前ら二人のどちらかなら、〈メイヴ〉が使えるんじゃないのか?」
聞き慣れない言葉に首を傾げたジークフリートとブリュンヒルドだが、聞かれたクーフーリンとファーディアは難しい顔で、あごに手を当てていた。
「うーん、難しいと思うぜ。俺は槍術一本で〈メイヴ〉なんてからっきしだし、ファーディアも他人に教えられるほどうまくなかったと思うぜ・・・・・・」
「悪かったな。それに〈メイヴ〉もさっき二人が言っていた〈ルーン〉と同じ、現代の魔術師から見れば、『原始の魔法』に近いからあまり参考には・・・・・・」
「だが、『原始の魔法』だろうと『現代の魔法』だろうと、基礎は同じはずだろう。だったら、問題はないんじゃないのか・・・・・・?」
パラケルにそう言われて、四人は「うーむ」と悩みこんだ。
「それと、ユーリは元々、戦士タイプだ。できれば、両方の素質を生かせる『魔法戦士』になってもらいたいから、エインヘリヤルかヴァルキリーに習わせたい・・・・・・」
アウグスが言った後、再び「うーむ」と悩んでいると、その側をワンピースとスカート姿のフレイアが通りかかった。〈ビフレスト〉への門を潜ろうとした瞬間、
「「「「ちょっと待った~!!」」」」
彼女を見つけた四人が引き止めた。