第45話 覚醒する力
一方、ユーリは苦戦を強いられていた。ガレゼーレはスピード・パワー・防御力、どれをとっても人間離れしており、普通の人間である聖騎士としか戦ったことのないユーリには、捕らえることができなかった。
「(くっ・・・・・・なんて速さだ・・・・・・)」
しかも彼は、自分に覚醒した魔術の力を使いこなせない上に、覚醒したことにすら気付いていなかった。
「くっ・・・・・・でえい!!」
チャンスを見つけて反撃に移ってもその攻撃はかわされ、さらに別のほうから爪で突く連続攻撃をくらってしまっていた。
「・・・・・・く・・・・・・そ・・・・・・」
謎の敵が作り出したディゼア兵。それが化けた聖騎士に負けて以来、ユーリは特訓に励み、かつての頃と比べて力をつけた。しかしそれでも、目の前にいる敵を倒すまでにはいたっていなかった。
「(・・・・・・まだ・・・・・・こうも力の差があるとは・・・・・・)」
「苦しめ!泣き叫べ!悲鳴を上げ、もがき苦しめ!貴様はそれ意外、何もできやしない!!」
その連続攻撃に手も足も出ないユーリ。ついには、爪の一撃を腹にくらってしまった。だが、飛ばされている空中で敵を睨むと、地面に足をつけ、踏みとどまった。
「俺は・・・・・・俺は・・・・・・俺は・・・・・・!!」
叫ぶと同時に突っ込んだユーリのサーベルを、左腕で防いだガレゼーレは、まだ向かって来る力が残っていたことに目を見開いた。
「(まだこんな力が・・・・・・!?)」
「俺は死ねない。生きて・・・・・・必ず帰る!!あいつの所へ!!」
その気迫に一端は押されそうになったガレゼーレだが、激しく息が切れ、簡単に押し返されるユーリを見て、この状態は長くは続かないと悟った。
「そうか。だが、残念な報せだよ。君のその思いは・・・・・・叶わない!!」
左腕を物凄い速さで振ってユーリの武器を弾き、がら空きになった体に、ムチのようにしならせた右腕を叩きつけた。空気を切る音の後に肌を叩く音が連続で響き、体を鈍い痛みが襲った。
「・・・・・・ぐ・・・・・・あ・・・・・・」
意識を失いそうなユーリに、まだだと言わんばかりに、今度は上げた右足を彼の頭に叩きつけた。
「・・・・・・がっ・・・・・・」
偶然、素顔を隠す仮面がヘルメットの代わりとなって衝撃を和らげたが、今の一撃で仮面が砕けてしまう。地面に落ちたユーリに止めを刺さんと、右足を上げてかかとから落とそうとした。その時、
「やめて!!」
護身用のナイフを抜いたミリアが切りかかる。上げていた右足を曲げ、その一撃を真正面から左腕で受け止めた。
「なんだ、小娘・・・・・・?」
「ユーリから・・・・・・離れて!!」
相手に見えないように、左袖に隠していたナイフを振る。しかしそれを、首をありえない角度までのけぞらせてかわし、ミリアが驚いた隙に、右足をしならせて彼女を蹴り飛ばす。ミリアは建物の近くに落ち、地面に落ちたナイフも踏み降ろした右足で砕かれてしまった。
「フン、物騒な小娘だ」
体を起こして睨みつけるミリアを見て、ガレゼーレは再び「フン」と笑った。
「聞いた話によると貴様、幻獣らしいな。なぜ人間のような気配しかしないかわからないが、そのおかげで力の使い方を忘れたようだな・・・・・・」
「力の・・・・・・使い方・・・・・・?」
目を見張って戸惑っていると、ガレゼーレはニヤリと笑ってミリアに近づき始めた。
「俺が思い出させてやろう。ただし、その時に自我を保っているかどうか、保障はできないがな」
自分をさらうつもりだと悟ったミリアは、右手に持っていたナイフを構える。しかし、ガレゼーレがムチのように伸ばした左腕を振って、その刃を砕いた。反射的に瞑った目を開けた時には、砕けた刃が地面に落ちていた。
「人間が相手ならともかく、そんなおもちゃみたいな物が我らに通じると思っているのか」
ミリアが持っていたのは、鱗が硬いリザードマンですら畏怖するチタン製のナイフだったが、それを平然と『玩具』と言ってのけるガレゼーレに、ミリアは恐怖を感じていた。
「フフ・・・・・・貴様の恐怖、手に取るように・・・・・・」
そこまで言いかけた時、先程まで倒れていたユーリが、サーベルを構えて低姿勢で突撃し、それに気付くと同時に振り向いたガレゼーレの体に一撃を与え、その部分を切り裂いた。だが、ガレゼーレは冷徹な表情でユーリの頭を掴み、地面から離した両足で高速の蹴りを見舞った。体が受けた大きな衝撃で声も出ないユーリを、ガレゼーレはさらに蹴り上げ、自らも飛んだ後に容赦なく顔に蹴りを入れ、地面に叩き落とした。
「いやああぁぁぁぁ!!」
地面に着地すると、うつむいて座り込むミリアのほうを向いた。
「ユーリ・・・・・・なんで・・・・・・」
「ふん。仲間を庇ったか。だがそんなザコ、庇おうと守ろうとすぐに逝くということがわかってないようだな」
見下したユーリを侮辱し、ガレゼーレは放心状態のミリアに近づく。
「私が弱いから・・・・・・私が弱いから・・・・・・私が・・・・・・弱いから・・・・・・」
「無意味な悲しみだな。すぐ同じ所に送ってやる!!」
「あ・・・・・・あ・・・・・・あああああああああっ!!!!!」
頭を抱えて悲鳴を上げたミリアから放たれる力の圧力に、ガレゼーレは目を見開いた。
「バカな・・・・・・この力は・・・・・・」
ゆっくりと立ち上がったミリアは、いつもの優しい彼女からは到底、想像できない冷たく鋭い目をしていた。全身から殺気を放って睨むミリアに対し、一方のガレゼーレはさほど慌てる様子もなく、頭の中で対抗策を立てていた。
「(覚醒は予想外だったが、慌てることはない。小娘は力の使い方を知らない。なに、すぐにでもばてて・・・・・・)」
「許さない・・・・・・あんたのこと、絶対に許さない!!」
悲痛な叫びとも取れるミリアの言葉に、ガレゼーレは笑みを浮かべる。
「許さない、か。人間に紛れて生きる幻獣崩れごときに、許してもらおうなどと思わない」
だが、ミリアはガレゼーレの動体視力でも捕らえられないほどの速度で動き、ガレゼーレの前に現れた。次の瞬間、ユーリのサーベルが付けた傷に拳を叩きつけ、そのまま突き飛ばした。
「がっ!?」
向かいにある家の前に着地したガレゼーレに、飛び出したミリアが追い討ちをかける。横に飛んでかわすが、外れた拳は家の壁と道の地面が砕けた。
「バカな・・・・・・こんな力が、あるはずが・・・・・・」
向かって来る攻撃をかわし続け、防戦一方のガレゼーレ。表では驚いていたが、心の中では笑みを浮かべていた。
「(だが、まあいい。せいぜい粋がっているといい)」
暴走同然のミリアの攻撃をかわし続け、ばてた所を捕まえるというのがガレゼーレの立てた作戦だったが、右からのストレートをかわしても、左足での蹴りをかわしても、ミリアがばてる気配は一向になく、逆に自分のほうがばてて来た。
「(こいつのスタミナは無限か・・・・・・このままでは、こちらが先に体力切れになる)」
目論見を完全に崩されたガレゼーレに、ミリアが拳をふるおうとする。その直前、ガレゼーレとミリアの間に、突然、等身大もあるゲル状の壁が出現した。
「考えてみれば、我は魔術を自在に操れる!貴様の体力を奪う術など、他にいくらでもある!」
ゲル状の壁がミリアを包み込もうと、彼女の腕に触れた瞬間、その部分から炎が吹き上がってゲルの壁を焼き尽くした。突然のことに驚いて目を見開くが、次の瞬間にはあまりの高温に蒸発したゲルの煙に紛れて、ミリアが突っ込んで来た。
「ぬう!?」
咄嗟に両腕を構えて防御するが、当たった腕の高熱を受け炎に包まれた。
「炎の魔術だと!?こしゃくな~~~!!!」
叫びつつミリアの放つ炎を防御し続けるガレゼーレだが、伸ばしていた右足で死角から攻撃してきた。気付いて振り返るが、蛇のように自在にしなる足の一撃がミリアの頭に直撃した。
「・・・・・・ッ・・・・・・ッ・・・・・・」
「ハハハ!楽しいね!こういう命のやり取りっていうのは!!」
「楽しい・・・・・・だと・・・・・・?ふざけるな!!」
思わず笑みをこぼしたガレゼーレにミリアが叫ぶ。完全に怒りに飲まれていると思っていたため、感心するように目を細めた。
「みんな・・・・・・命を守ろうと必死なのに・・・・・・なのにあなたは・・・・・・なんで命を平気で殺せるの!?」
それを聞いて「ククッ」と含み笑いしたガレゼーレに、「何がおかしいの!?」とミリアが叫ぶ。
「いや・・・・・・この世界を守ろうとする貴様らがどんな酔狂かと思った、実は飛んだ無知だったことに驚いてね」
「どういう意味よ!」
「知らないか?とんだ愚か者だ!だから何も知らず、『命を守る』などとほざける」
「黙れ!!」
再び怒りが爆発したミリアは、ガレゼーレに向かって行った。
―※*※―
町の人々は巻き込まれないうちに逃げていく。それにより目撃者となる者がいなかったのは不幸中の幸いか。もしいれば、アウグスやパラケルはその目撃者を引き入れるか、消すかしかなかった。後者を選べば、露見した際内外から反発が起こり、世界を守るはずの自分たちの組織は瓦解する。
「(だから俺たちは、信念を曲げるわけには行かない。かといって、大々的に存在を明かすことも・・・・・・)」
避難する人々を掻き分けて行っても効率が悪いと判断したアウグスは、近くの屋根に飛び乗りそこを移動した。こちらも幸いなことに、逃げるのに夢中で誰も気付かない。
「あそこか・・・・・・」
アウグスが駆けつけた時、ちょうどミリアが再び向かって行くところだった。
「あれは・・・・・・ミリア?俺としたことが!」
すぐに状況を判断し、呟いたアウグスは、まずは周りへの被害を食い止めるためミリアを止めることにした。ガレゼーレや今のミリアに勝るとも劣らないスピードで動き、ミリアを後ろから両脇の下から腕を絡めて抑えようとした。
「やめるんだ!ミリア!!」
だがミリアは、「離して!!」と涙を流しながら暴れた。
「こいつだけは・・・・・・こいつだけは絶対に許さない!!ユーリが・・・・・・ユーリが・・・・・・こいつのせいで・・・・・・!!」
「ミリア!!」
怒りで我を忘れているミリアを、アウグスが叫んで彼女の頬をはたく。乾いた音が辺りに響き渡ると、ミリアは我に返った。
「怒りに任せて力を振るう今のお前は、あいつらと同じだ・・・・・・それに・・・・・・今のお前の姿を見たら、あいつらはどう思う」
ハッと気付いたミリアは、再び涙を流しだす。
「そんなことをしても、あいつは蘇らない・・・・・・」
「う・・・・・・うう・・・・・・うわああああああっ!!」
そう言われてミリアは膝を突いて、声を上げて泣きだした。
「ちっ・・・・・・仲間がいたのか・・・・・・」
ガレゼーレは表面が焼けた両腕をたらし、二人の様子を見ていた。
「貴様・・・・・・〈デモス・ゼルガンク〉の者か・・・・・・」
「いかにも。我が名はガレゼーレ。〈デモス・ゼルガンク〉八幹部の一人、将軍ヴォルグラートに仕える者だ」
「八幹部・・・・・・将軍に仕える、か。ならここまで防戦一方だったのは、ミリアを追い詰めるためか?」
アウグスの指摘に、ミリアはハッと顔を上げる。
「大方、こいつに取り返しのつかないことをさせて心に傷を作り、そこに付け入って引き込むつもりだったのだろ」
「ほう、鋭いな。だが、それを言うなら貴様らも変わるまい」
目を鋭くしたガレゼーレは低い声で続ける。
「才能を鍛える、力の抑え方を教える、世間の悪意から保護する・・・・・・そんな名目の元、異能者を集めている貴様らに我らを非難する資格はない」
目を丸くしたミリアはアウグスを見上げる。だが、彼は何も言わない。
「ククク。その沈黙は肯定と見て間違いないな?」
「勘違いするな」
アウグスが静かに言い返す。その声は落ち着き払っていて、焦りもやましさも感じさせない。
「貴様らの暗躍に巻き込まれた奴でも、俺たちが保護してない奴はたくさんいる。その結果どうなった?」
「さあ。私に聞かれても、ね」
わざとらしくとぼけるガレゼーレだが、襲ってきた腕の痛みに顔をしかめる。
「まあ、いい。だが、いずれ我らがすべてを粛清する・・・・・・」
「俺たちがさせない。そんなことより、いいのか?貴様の主の名をばらして・・・・・・」
「教えた所で、貴様らにはどうにも出来まい・・・・・・」
不気味な笑みを浮かべるガレゼーレだが、アウグスから発せられるプレッシャーに責めあぐねていた。
「(こいつ・・・・・・ただ者じゃないな。・・・・・・俺もあの女のおかげでかなり消耗した。・・・・・・潮時か)」
心の中でそう結論付けると、腕の痛みを堪えて懐から煙幕弾を取り出して地面に叩きつけた。噴き出した煙幕が晴れた頃には、ガレゼーレの姿はなかった。
「ふう~」
アウグスが厳しい表情で溜め息をつくと、ミリアはよろめきながら、倒れているユーリに近づいた。
「・・・・・・ユーリ・・・・・・ユーリ・・・・・・私のせいで・・・・・・」
ユーリの元に歩いて来たアウグスは、医者の癖で無意識の内に彼の脈を取った。すると、何かに気付くかのように目を見開いた。
「・・・・・・!!まだ脈がある。急いで治療すれば間に合うぞ!!」
「えっ・・・・・・?ほん・・・・・・と・・・・・・」
だが、それだけ言うとミリアも気を失って倒れてしまった。
「ミリア!!・・・・・・慣れていないのにあれだけの力を使ったんだ。体に疲労がたまっても、不思議じゃないか・・・・・・」
そう呟いた時、「おい、大丈夫か!?」とパラケルが駆けつけた。
「パラケル・・・・・・・・・遅い!!!」
いきなり怒鳴られて、「おうわっ!?」と悲鳴を上げたが、周りを見渡すと状況を理解し、すぐに二人を〈エスペランザ〉に運んだ。