第43話 静かな再会
それから数日。本拠地に集められた戦士たちは決められた修練時間を終えると、それぞれ自由に過ごした。ある者はさらに己の技を磨き、またある者は出来る範囲で島を散策し、またある者は自らの体を休めていた。こういう訓練を受けると思わなかったセルスは、真っ先にダウンしている。
「島を見て回ろうと思ったのに・・・・・・アウグスさんの鬼~~!クトゥリアさんの詐欺師~~!」
「俺はあいつらのほうが正しいと思う」
ベッドに突っ伏していたセルスは、「なんでよ」と体を起こす。
「お前の中にある魔術の素養・・・・・・俺が思っている以上に高いかも知れない。だとしたら、おまえ自身がそれに潰されないよう鍛えると言うのは正解だと思う」
「でも、あそこまできつくやらなくても・・・・・・」
「魔力制御の集中だろ?俺は高い筋力の制御だ」
ベッドの上に倒れたセルスに、左腕を掴んだクウァルが愚痴るように呟く。
「制御って・・・・・・いつもやってるじゃない」
「押さえた上でな。俺が今やらされているのは、ある程度発揮した上での繊細なコントロールだ」
「うわ~~、ハードル高そ~~」
「実際高い」と、両膝の上に肘を乗せる。
「今までは抑えることしか考えてなかった。アウグスさんたちは、俺がキチンと制御できるようにしようとしている」
「でも、それって・・・・・・」
今まで嫌っていた自分と向き合うことになる。そう思ったセルスに、クウァルは笑顔を見せる。
「大丈夫だ、それはもう吹っ切れている。じゃないと、修行すら始まってないだろ」
「そっか・・・・・・」とセルスが呟くと、クウァルは立ち上がる。
「じゃあ、俺はもう行くよ。今日掴んだイメージを忘れないうちに反復しとかないと」
「そっか。じゃあ、私も・・・・・・」
「暴発を抑えるため、自主連は控えるよう言われてるだろ。しっかり休め」
「・・・・・・うん」
力を抜いて微笑んだセルスを見ると、「じゃあな」とクウァルは部屋を後にした。
―※*※―
ユーリは、当てもなく本拠地の中を歩いていた。ふと気が付くと、見知らぬ通路に来ていた。
「(また・・・・・・か・・・・・・)」
別に驚くまでもなく、ただ冷静に周りを見渡した。訓練が終わると本拠地の中を当てもなくさまよい、気が付くと全く知らない場所におり、さらにまたしばらくさまようと、いつの間にか知ってる場所に出る。ここ一週間、暇をもてあましている間はずっとそうやって過ごすことになっていた。
「(こんなつまらないことに、一日の三分の一を浪費する。これじゃあ・・・・・・ミリアを守れなくて、当然か・・・・・・)」
そう考えて、自嘲する。今の自分はとてつもなくおかしい。これでは、まるで。
「・・・・・・道化・・・・・・道化の騎士なんかじゃなく、そのまま道化じゃないか・・・・・・」
そんな自分がおかしくて、「ハハハ・・・・・・」とつい冷たい笑いをしてしまう。他の誰でもない、自分自身に。
「ル~ル・・・・・・ルル・・・・・・」
そんな時、どこからか歌が聞こえてきた。その歌声は、ユーリには聞き覚えがあった。
「ま・・・・・・さか・・・・・・」
そんなことはありえない。そう思いつつも、心のどこかに期待があった。そして、確信も。聞こえてくる歌声を頼りに、通路を進んで行くと、ドアが開いている部屋に指しかかった。
「(そんなはず、絶対にない。でも、もしかしたら・・・・・・)」
期待と不安と否定が混ざり合う表情で、部屋の中を覗く。すると、窓際に置かれたベッドの上に上半身を起こした、一人の少女がいた。窓の外を見て歌を口ずさむ、その少女こそ。
「ミリア・・・・・・」
その声が聞こえたのか、ミリアは歌うのをやめた。そしてゆっくり、ユーリのほうを向く。しかし。
「あれ・・・・・・?誰もいない・・・・・・」
そこには、ユーリの姿はなかった。
「じゃあ、今の・・・・・・」
突然、「ミリアちゃん!」と呼ばれたほうを向くと、カルテを持ったメリスが浮いていた。
「だめよ、ミリアちゃん。あなたの他に患者はいないけど、ここは病室なんだから静かにしてもらわないと」
「はーい。ごめんなさい」
ペロッと舌を出したミリアに、「わかればよろしい」と言うと、ベッドの側に椅子を置いて座った。
「あれから一週間。検査でも異常なしだし、体調も良好。もう退院しても問題ないわ」
「そうですか。ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして。私たち、医療班は、怪我人の治療が役目だから。でも・・・・・・」
暗い表情になるメリスに、「でも?」と、ミリアが聞いた。
「助けた命は、また戦場に向かっていく。私たちの役目は命を救うことなのに、その命を再び危険に向かわせている・・・・・・」
「・・・・・・複雑な気持ち・・・・・・ですよね」
「ええ。でも、これは・・・・・・」
「世界の存亡をかけた、『戦争』・・・・・・だ」
声がしたほうを向くと、入り口にはフレイが立っていた。だが、なぜか左腕は、入り口の壁に隠れている。
「えっと・・・・・・あなたは・・・・・・?」
「アースガルドから来た、フレイだ」
メリスの問いにフレイが名乗ると、メリスとミリアも自分の名前を言った。
「確かに、医者は患者の命を救うのが役目だ。本来なら、怪我の治った患者が再び戦地へ向かうことに、大きな抵抗があるだろう。だが、これは戦争だ。しかも、和解の可能性がゼロ。敵を滅ぼすか、滅ぼされるか。そうでなければ、終わらない戦い。出し惜しみすれば、確実に負ける・・・・・・」
あまりに重い言葉に、ミリアは絶句する。
「皮肉なものだな。普段、我々が愚かだと吐き捨てる人間と同じ行為を、この世界を守るために我々が行なうということは・・・・・・」
交渉の可能性を真っ向から否定し、敵対する者を全て徹底的に滅ぼさない限り、戦争をやめようとしない人間。相手が違えども、この組織〈ブレイティア〉は、同じことを行なおうとしている。その重みが、その場にいる全員にのしかかった。
「・・・・・・ところで・・・・・・どうしてさっきから、左腕を隠してるの?」
メリスが質問すると、なぜか左腕が暴れだした。
「ああ。これはな・・・・・・おっと、ええい、暴れるな!」
フレイが右腕をドアの枠にかけ、一気に左腕を引っ張ると、ユーリが捕まっていた。
「放せ!おい!」
「あっ、ユーリ」
ミリアに名前を呼ばれると、さっきまで暴れていたのがピタリとやんだ。
「あっ・・・・・・ミリア・・・・・・えっと・・・・・・その・・・・・・」
「ちっ、男だろ。黙って行って来い!」
フレイに押し出されたユーリは、「うわっ!!」と叫び、つんのめりそうになったがなんとか踏みとどまって、ミリアの前に立った。だが、いざ向かい合ってみたものの、二人は顔を赤く染めて高いに顔を背け合っていた。
「やれやれ。メリス、俺たちはしばらく、席を外しておこう」
「そ・・・・・・そうね」
メリスはそう言うと、「ごゆっくり」と言い残して、医務室を後にした。後に残ったミリアとユーリは、まだ黙って顔を背け合っていた。
「あの・・・・・・その・・・・・・」
やっと口を開いたが、その後の会話が続かなかった。それからしばらくして、
「あのっ!」
互いにやっと声を出したが、二人とも恥ずかしさにまたすぐに黙り込んだ。
「(なんと言えばいい・・・・・・やはり、謝るべきか・・・・・・?)」
「(ユーリに心配かけちゃったからな~。やっぱり、謝る?)」
しばらく互いに思案しあうと、やっと意を決した。
「ミリア、ごめん・・・・・・」
だが、それをさえぎり「ユーリ!」と声を出したミリアに、ユーリは嫌われたのかと不安になった。
「やっと・・・・・・会えたね・・・・・・」
ミリアの意外な言葉に目を見開くが、すぐ笑って「ああ」と答えた。
―※*※―
それからまたしばらくすると、ユーリはミリアのベッドに座っていた。
「あの時はごめん、ミリア」
「えっ?なんで謝るの?」
「えっ・・・・・・その・・・・・・お前が異端狩りにさらわれた時、助け出すことができなくて・・・・・・」
すると、ミリアは笑って「気にしてないよ」と答えた。
「だってユーリは、異端狩りにさらわれた人たちを助けたんでしょ?〈道化の騎士〉として・・・・・・」
「知ってたのか!?」
驚いて振り向くユーリに、「うん・・・・・・まあね・・・・・・」と答える。
「じゃあ・・・・・・お前が奴らにさらわれたのって・・・・・・」
「あっ、ううん。気にしないで」
それをさえぎって、笑顔になる。だが、ユーリにはその笑顔に見覚えがあった。ミリアが自分を心配する時、何も悟られないようにするためにする、いわば『笑顔の仮面』。それを向けられた時、ユーリは胸が詰まる思いがした。
「あの時さらわれたのは、私にも原因があるんだし・・・・・・」
そう呟いて、服の上から胸に下げているペンダントを握る。
「それに・・・・・・私のために捕まった人たちを見捨ててたら、私はあなたのことを見損なってたと思う」
「奴らの策略にかかって、捕まった人たちからは離されたんだが、な」
力なく「ハハハ」と笑うユーリに、ふと、悲しそうな視線を向ける。
「あの時・・・・・・パラケルが教会に潜り込んでくれていて、本当に助かったよ」
「そうだったの・・・・・・結局、あの人っていったい、何者なんだろう」
ユーリは、顔合わせの時にパラケルが言ったことを話した。
「そうだったんだ・・・・・・。じゃあ、後でお礼を言わないとね・・・・・・?」
ユーリが「なんで?」と聞くと、ミリアが笑顔になった。
「ユーリを助けてくれて、ありがとう。・・・・・・ってね」
フッと笑って「そうだな」と呟くとユーリは、ベッドから立ち上がった。
「そろそろ、行かないと」
「・・・・・・どこに・・・・・・行くの・・・・・・?」
ミリアがひどく弱々しい声だったので心配そうな顔をしたが、ユーリはすぐに優しく笑った。
「実家・・・・・・というより、俺が使っていた家だよ」
すると、「ああ。あそこね」とミリアは頷いた。
「俺が使っていた物が置きっぱなしだと、いつまで経っても新しい借主が借りられないだろ」
それを聞いて、ミリアは「あははは。ユーリらしい」と笑った。
「・・・・・・私も行く」
「しかし・・・・・・」
ユーリは言いかけるが、そこで言葉を切った。今の彼女はどこかいつもと違う穏やかな雰囲気がただよっていた。
「あの時・・・・・・言ったよね。いつかあなたに、私が持つ魔力を得るに相応しい実力と覚悟が備わったなら、私はあなたに仕えるって。それに・・・・・・」
「それに・・・・・・?」と、ユーリが聞く。
「・・・・・・私も・・・・・・あなたが好きだから・・・・・・」
突然の告白に、ユーリは体全体に衝撃を受けたような感覚がした。だんだん、鼓動が早くなり頬が赤くなる。それはミリアのほうも一緒だった。
「・・・・・・わかった。でも、無理はするなよ。出発はまだだし・・・・・・」
ミリアは「うん、そうだね」と頷くと、ベッドに寝転んだ。
―※*※―
「感動の再会を果たした感想は?」
医務室から出たユーリが廊下を歩いていると、声をかけられた。
「パラケル。別に、感動の再会って程じゃない」
「なんだか冷たいね~」と言って、パラケルがユーリの側まで歩いて来ると、二人はそのまま歩き出した。
「パラケル・・・・・・ミリアを助けてくれたのって・・・・・・もしかして・・・・・・」
「いや。彼女を助けたのは、旅好きの海洋神マナナン・マク・リール。今まさに、旅の真最中さ」
「また・・・・・・旅に出たのか・・・・・・?」
戸惑い顔で聞くユーリに、「まあ・・・・・・な」とパラケルは言った。
「それにただの旅じゃない。いろいろな国の情報収集も兼ねているんだ」
ふと、ユーリが立ち止まると、それを見たパラケルが、「どうした?」と聞く。
「誰がミリアを助けてくれたかは理解した。だが、まだ理解できてないことがある」
「ほう。それはなんだい」と前に振り返りながら言うパラケルに、ユーリは聞いた。
「あんたはなぜ、この組織を立ち上げたんだ?」
すると、パラケルは笑ったまま、ゆっくりとユーリのほうを向いた。
「悪いが・・・・・・まだ俺のことを他人に知られる訳には行かないんだ。まあ、時が来たら話してやる。今はそれで簡便な」
そう言って右手を上げると、そのまま通路を歩いて行った。だが、しばらく行くと「あ、そうそう」と振り向いた。
「ミリアちゃんにあんまり心配かけさせるなよ。さっきので、だいたいの気持ちはわかっただろう」
そう言い残すと、再び通路を歩いて行った。