第41話 始まりの出会い(前編)
エリウ国での戦いから四ヶ月後。アルスターにある城の王、エオホズの元に一つの書状が届いた。それを読んでしばらくした後、自分に仕える兵士の一人、セリュードを呼んだ。
「なんでございましょうか?エオホズ王」
「トゥアハ・デ・ダナーンの神々が、君に来てもらいたいらしい」
それを聞き、セリュードは「えっ?」と困惑した。少なくともこの地方の神が、人間と何も変わらない自分になんの用だろう。そう思っていた。
「おそらく、この前にコノートやコノール王、妖精族が攻め込んできたこと・・・・・・まあ、仕組まれたものだったらしいが、それに関係あるかも知れん。セリュード」
「はい。行って参ります」
セリュードはそう言って、セリュードはエオホズの前に、片膝を折って頭を下げた。
―※*※―
同時刻、ラグシェ国。あの激闘から三ヶ月が経っており、奇跡的に被害が少なかったパルティオンの復興作業は、最終段階に入ろうとしていた。そんな町に、背中に翼の生えた、美しい少女が降り立った。彼女は何かを探しているらしく、周りをきょろきょろと見渡しており、最初は町の人々はそれに近づこうとしなかったが、何もしないということがわかると彼女に近づいて行った。
「・・・・・・お譲ちゃん」
話しかけられた少女は、一回周りを見渡したが回りに誰もいないことを知ると、話しかけた人のほうを向いて聞き返した。
「私・・・・・・ですか?」
「お譲ちゃん以外にはいないんだけど。誰か、探しているのかい?」
胡散臭そうに話しかける町の人に少女、イリスは気分を害したらしく、不機嫌な声で答えた。
「クウァルと言う人間を探しています。ヘラさまの命令で」
「ヘラ?・・・・・・って、まさか、あの『オリュンポス12神』の・・・・・・」
それを聞いた町の人たちは、おろおろと騒ぎ出した。知らなかったとはいえ、神様のことを疫病神のように言ったので、いつ罰が落ちてもおかしくないと、この復旧の間、町の人々は復興をしながら怯えていた。
「あなた方の思っていることに関しては、アテナさまから聞いてよく存じております。しかし、今の私たちには、それよりも優先するべき事項がありますので、失礼します」
そう言って一礼すると、イリスはどこかへ立ち去ろうとした。と、そこへ
「俺ならここだ」
と声がした。イリスがそのほうを見上げると、真新しい屋根の上に、首にタオルとかけて手に金槌を持った、半そでシャツ姿の一人の青年が立っていた。
「オリュンポスの神様が、こんな人間崩れになんの用だ?」
クウァルは屋根から飛び降りながら、イリスに悪態をつく。
「こ・・・・・・こら、クウァル。この人は神様の使いなのだぞ」
「だからなんだ?俺には関係ない」
「お・・・・・・おい」
神の使いの前で悪態をついたため、町の人はおののいたが、クウァルもイリスも平然としていた。
「なるほど・・・・・・アテナさまから聞いたとおり、よほどの神様嫌いのようですね」
「ハッ、どうも・・・・・・」
精一杯の皮肉を込めて返した後、クウァルは道具を持って立ち去ろうとした。
「待ってください。ゼウスさまがあなたと、あなたの恋人に用事があるとおっしゃっております」
次の瞬間、クウァルは手に持っていた大工道具を落とし、ガッシャ~ンという音を響かせた。
「おい、俺と・・・・・・誰がなんだって?」
「はい?」
呆気に取られたイリスが首を傾げると、クウァルは大股で彼女に近づいて行き、鼻先に人差し指を突きつけた。
「あいつは!ただの!幼馴染で!それ以上でも、それ以下でもない!!・・・・・・いくら神様でも、ふざけたことはぬかすな!」
言うだけ言うと、クウァルは落とした道具を片づけてさっさと立ち去る。その態度に町の人はおろおろしていた。
「なんですかっ!」
しばらく唖然としていたが、さすがに温厚なイリスも憤慨した。
「許してあげてください。彼、昔からああなんです」
横からした声にそのほうを向くと、一人の女性が歩いて来ていた。
「あなたが、セルスさんですか?」
「ええ。あなたがあいつの『恋人』と言ったセルスです」
「・・・・・・え~っと・・・・・・すみません。なんか、変なこと言ってしまったようで・・・・・・」
「気にしないでください。あいつから見れば、私はただの幼馴染なんですから・・・・・・」
そう言うセルスの顔は、どこか寂しそうだった。
「ええ・・・・・・と。確か、ヘラさまがお呼びなんですよね?」
「え?ええ。すぐにでも来て欲しいと」
道具を片づけていたクウァルが、「なぜ、俺たちなんだ?」と聞いてきた。
「アテナさまのお話を聞いて、あなたたちにしか頼めないとおっしゃってました」
あらかた道具を戻したクウァルは、「そうは言われても」と呟いた。
「ただ、話を聞くだけでも構いません。神々の神殿に来てもらえませんか?」
「だが、町が・・・・・・」
クウァルが呟くと、「心配には及びません」と、まだその場にいた町の人々が話し出す。
「後は我々が立て直します」
「せっかくクウァルや神様が守ってくれた町だ。絶対、立て直して見せますよ」
口々に言う町の人に、セルスはやや気まずく思う。
「(その町をここまで破壊したのは、その神様であるアレスなんだけどな・・・・・・)」
あらかた道具を片づけると、「わかった」と返事をした。
「私もついて行っていい?」
「どうせ聞かないんだ。いいだろう?」
セルスの申し出に、クウァルが投げやりの口調で言う。
「ええ。アテナさまも、あなたに話を聞いてもらいたいのだと思います」
イリスの答えに、「決まりだ」とクウァルが言うと、二人はオリュンポス山にある〈神々の神殿〉へ行く準備をした。
―※*※―
目的地への道中。クウァルも遠出すると聞き、さすがに半そでシャツのままではおらず、暗い黄緑色をした長袖の服を着ていた。山の中腹辺りでクウァルがイリスに質問した。
「俺たちが目指すのは、オリュンポス山の聖域の『アルティス』か?」
「人間にはそう呼ばれているのですか。確かに私たちが目指しているのは、人間たちから見れば『聖域』に当たるので、そういうことになりますね。私たちのほうでは決まった呼び方はないので、その名前を使わせてもらいます」
「それで、なんで神様が虫けら同然の俺たちに来てくれなんて?」
「クウァル・・・・・・」
セルスに物凄い剣幕で睨まれ、クウァルは「ちっ」と黙り込んだ。やがて、オリュンポス山の頂上にある遺跡跡に辿り着いた。
「ここのどこに神様がいるんだ?」
「黙ってついて来て下さい」
クウァルの問いにイリスが言うと、そのまま真っ直ぐ遺跡の中を進んで行く。すると、中央に近づいた所で、彼女の姿が陽炎のように消えた。
「!?」
二人は一瞬、躊躇したが、イリスの言葉に従って遺跡の中央に進んで行った。すると一瞬、周りの景色が揺らめいたかと思うと、足元に雲のような白い煙に満たされており、白く美しい石柱が何本も立てられている空間に出た。
「奇麗・・・・・・」
「ここが・・・・・・神々の住む『神界』」
「正確には神界のごく一部、人間世界で言うラグシェ地方だ」
声のしたほうを二人が見ると、アテナが歩いて来ていた。
「アテナさん!!」
「イリス、ご苦労さま。久しぶりね、セルス。それと、この前は世話になったわね、クウァルくん」
クウァルは「別に」とソッポを向いた。
「相変わらずね。二人とも、付いて来て。お父さまが・・・・・・ゼウスさまが、お話があると」
「・・・・・・面白い。『大神』とも呼ばれる存在が俺たちにどんな話があるか、聞こうじゃないか」
バカにしたようにクウァルが言うと、クウァルとセルスはアテナの後をついて行った。
―※*※―
神殿の奥で、白いひげを蓄えた老人が玉座に座って出迎えた。
「ようこそ、神界へ。君たちが、アテナを助けてくれた者たちだな?あの時のこと、礼を言おう」
「あっ、いえ」
「建前はいいです」
ゼウスに対しての対応は二人で違う。セルスは恐縮に思い、クウァルは冷たく言った。
「いったい、俺たちになんの用ですか?あんたらと比べてごくわずかな力しかない、俺たち、人間に」
「その言いよう。君は本当にわしら神が嫌いなようだな?」
「すいません」とセルスが謝るのに対し、クウァルは「フン」と顔を背けた。
「いや、かまわんよ。話と言うのは・・・・・・今この世界で、我らが戦っている存在についてはもう知っていると思うが、君たちには我らや他の仲間たちと共に、その存在と戦ってほしい」
それを聞いた時、クウァルが「ちょっと待て」と突っかかった。
「これはあんたらが最初にかかわった問題だろ?だったら、最後まであんたらが解決しろよ」
「ちょっと、クウァル」と、セルスがなだめようとする。
「いや、かまわん。確かに君の言うとおりだ。これは我々が知り、今まで我々が対処してきた。だが、いずれやつらの存在は、君たち、人間の世界でも知られていくだろう」
「胡散臭いな。だいたい、あんたら神様さえてこずる奴らに俺たち・・・・・・虫けら同然の人間が勝てるのか?」
すると、ゼウスはしばらく間を置いた後、話を切り出した。
「知っているかどうかは知らぬが・・・・・・我ら神は、君たち人間の世界に赴くと、どういう訳かある程度、力が弱くなるのだ」
「どうしてなのですか?」
「それが・・・・・・今のところ世界中の誰にもわからぬ」
セルスが聞くと、ゼウスは首を横に振り、それにクウァルがさらに食ってかかる。
「例え力が弱くなるとはいえ、不死であり完璧に近い存在であるあなたがたのほうが、より早く解決できるのでは?」
「そう。確かにそうだ。だが、我々、神が直接、手を下せば、確かに奴らとは互角以上に戦えるだろう。だが、人間は強大な力を持つものに対しては無用な恐怖を覚えやすいし、我らの力は強大すぎるがゆえ、世界に混乱をもたらしかねない。特に、文明が発展している今の人間社会では、な」
不安そうな表情のセルスと、睨むような表情のクウァルは黙り込む。
「それに現世に居続けると我々、神の不死性は失われてしまう。ジェプトやムルグラント国の神々に不死性がないのはそのためだと言われているが、真相はわからない」
「わからないことだらけですね。失礼ながら、あなた本当に神様ですか?」
クウァルの嫌味めいた言葉に、「フッ」と笑う。
「仮に知っていたとしても、私の口から君たちに伝えることはできない。これは君たち、人間が自身の力で知らなければならない『真理』の一つだからな」
ゼウスを睨むようにして、クウァルは「ちっ」と舌打ちした。彼の性格からして十中八苦、断る。そうなると、この場にいる二人はゼウスから神罰が下る。セルスはそう思った。だが、
「いいよ。引き受けてやる」
と言ったクウァルの意外な言葉に、「えっ」と思った。
「そうか。しかし、我々の加護は受けられないので、そのつもりでいてくれないか?」
「俺は神様が嫌いだ。だから、最初から期待してはいない」
心配そうな顔のセルスをよそにゼウスとクウァルは互いに笑うと、クウァルは後ろを振り返った。
「早速、出発しようじゃないか。で、そいつらと戦う拠点は用意しているんだろうね?」
「もちろんだ。もうすぐここに迎えの者が・・・・・・」
と、そこへ「よお~、ゼウス~!!」と大声がした。
「来たようだな、迎えの者が」
ゼウスに連れられて、声がしたほうに来たクウァルとセルスは驚いた。そこには客船と変わりないほど大きな船が、近くに水がないにも拘らず乗り上げていた。
「こ・・・・・・これは・・・・・・」
驚くクウァルに、「スキールブラズニル」とゼウスが呟く。
「普段はポケットに入るほどの大きさだが、取り出されると北欧の神々全てが乗れるほど大きな船になるらしい」
その時、「よく知っておられますね」と声がして、船の端から一人の好青年が顔を出した。
「おお、フレイ殿。では、貴公が向かえというわけか」
「ええ。オーディンさまもいらっしゃいます」
と、後ろから「久しいな、ゼウス殿」と、右目に眼帯をした男性が顔を出した。
「オーディン殿か。貴公がわざわざ出向くとは・・・・・・」
「これからの行く末を決める会議。それを開くと言ったのはお主であろう」
「そうだったな。では、乗り込むか」
近くにいたイリスに「ヘラに、後は頼むぞ、と」と言うと、セルスとクウァルを連れて船に乗った。
―※*※―
「お待ちしておりました」
中に入ると、白いドレスのような服を着た一人の女性が、お辞儀をして出迎えた。
「おお、これはお美しい・・・・・・」
そう言って手を出そうとしたゼウスを、横から出てきた白く美しい手が叩いた。それはなんと、ヘラの手だった。
「ヘラ!?なぜおまえがここに!?」
「あなたの浮気癖が心配で、一緒に行くことにしました」
「しかし、ではオリュンポスは・・・・・・」
「ヘスティアとデメテルに任せてきました」
ゼウスとヘラが言い争いをしている間に、女性は「こちらです」とセルスとクウァルを案内した。通された部屋には、一列に三つずつ椅子が並べられた列が三つ、まるで新幹線の室内のように置かれていた。その中にいくつかには、すでに人が座っていた。
「すごい・・・・・・。北欧の神様が乗る船って、中がこうなっているんだ・・・・・・」
「いえ。この時のためにドヴェルガーの方々が、わざわざ新しく作ったのです」
聞きなれない名前に、セルスは頭に「?」を浮かべた。と、そこへ
「おや、新しい人か」
と椅子に座っていた背の高い美青年が気付いた。
「君たちも『選ばれた』のかい?」
そうセルスに聞く青年をクウァルが睨むと、彼は困ったように頭をかいた。
「とりあえず自己紹介しよう。俺はセリュード。セリュード・クルセイドだ。ケルト国エリウから来た」
差し出された手を、「クウァル・ハークルスだ」と名乗りながら、クウァルが握手した。
「セルス・セオフィルスです。セルスと呼んでください」
「ああ、よろしく。どうやらクウァルには、幻獣の血が流れているようだな」
セリュードの看破に一瞬、二人が驚く。
「ああ、驚かせてすまない。俺も似たようなものだ。妖精族の血が流れている。だからか、相手に似たような力があるとわかるんだ」
「そ・・・・・・そうか」
クウァルはそう言ったが、別の国に自分と同じような人が暮らしていたことに、少々の驚きを感じていた。その驚きが冷めやらぬ間、セリュードは後ろの女性に話しかけた。
「グリームヒルドさん・・・・・・だっけ?ご苦労さま」
「いえ。私は、自分でやると決めたことをしているだけです」
丁寧に「では」と一礼した後、グリームヒルドはドアを閉めた。
「知り合いなんですか?」
聞いてきたセルスに「いや」と答える。
「この船で知り合っただけだ。俺がいた国には二番目に来たらしいから、出発点に近いムルグラントの人じゃないのかな」
「彼女は最初から、この船に乗っていたのさ」
三人が、新たにした声のほうを向く。そこには、白金の輝きを放つ鎧を身に着けた男性と、ドレスのような服の上に鎧をまとった女性がいた。男性のほうはこちらに歩いて来たが、女性のほうは手に取っている雑誌に夢中な様子だった。
「俺の名はジークフリート、あそこで本を呼んでいる彼女はブリュンヒルド。俺たちもグリームヒルドもアースガルドから来たんだ」
「アースガルド?どこの国ですか?」と、クウァルが戸惑う。
「人間の世界から見れば、『神界』に当たる世界だよ」
それを聞き、クウァルの顔が厳しくなった。気付いたセルスが慌ててフォローしようと、「あ・・・・・・あの」と言った。
「そろそろ出発の準備が整った頃だろう。この船は水陸両用だからどこへも進める。だから、しばらくゆっくりしてなよ」
そう言うと「ほら、行くぞ」と、まだ雑誌を読んでいたブリュンヒルドを連れて行った。セリュードたちが椅子に座ってしばらくすると、室内にアナウンスが流れた。
〔船内放送をいたします〕
「あの声はさっきの女性、ブリュンヒルドさんだな」と、セリュードが言う。
〔ええ~、次の目的地は~、シャニアク~。シャニアクでございます〕
「そうか。次の目的地は、東洋の国シャニアクか・・・・・・」
クウァルは椅子に座ってそう呟いたが、その約三秒後、
「「「ええ~っ!!」」」
放送の内容が信じられず、三人は飛び上がった。