第40話 表舞台の動き
エウロッパ大陸の中心的な国イグリースのロンディノスに、エウロッパ大陸にある国の代表者たちが集まって議会を開いていた。その会議には、開かれたのがロンディノスということもあり、ヘクターも参加していた。
「ここ最近、起きている不可思議な出来事について、各自、包み隠さず報告してもらいたい」
アストリア議員の言葉に、リタリー議員が眉を動かした。
「包み隠さず、とは気になる言い方だな。まさか、我らの内、その不可思議な出来事の関与している者がいると?」
「けしからん!貴行は我らのことを疑っているのか!?」
怒りを露わにするエスパニャ議員に、アストリア議員は「いえ」と両手をかざす。
「ただ、我らに資金などについての協力を取り次いでいる、謎の男がいる。この男も何か関わっているかも知れん」
それを聞き、「(おいおい。怪しまれているぞ、クトゥリア)」とヘクターは思った。
「どうお思いでしょうか?イグリース代表議員どの?」
そうアストリア議員に聞かれたヘクターは、「へっ?」と答える。
「おや?もしかして、話を聞いていらっしゃらなかったのでは・・・・・・?」
「えっ?いや、まさか。我らに強力を取り次いでくる、謎の男が話に出たでしょう?」
側にいたいグリース議員に「ねぇ」とヘクターが聞くと、アストリア議員はとても小さく「ちっ」と舌打ちをした。
「しかし、アストリア代表議員殿。今の言い方では、まるで我々の中に不可思議な出来事を起こしている、犯人がいるみたいではないか」
ウェイス議員の質問に、アストリア議員は「いえいえ」と言う。
「決してそのようなことはありません。ただ・・・・・・エリウで起きた、国を二分する戦争。ムルグラント国での、謎の国への軍の派遣と敗走。さらに、ラグシェ国で今まで確認されたことのない強大な魔物の出現と、ジェプト国での謎の強制労働。さらに、ファンラス国で異端狩りを行なっていた教会の重役二人が、立て続けに行方不明に。どうして、こう連続して不可解なこと件が起きるのでしょうか。どこか、何者かの邪悪な意図があるように感じませんか?」
そう言われて、各国の議員はざわめきだした。
「突飛な考えだとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこの国で起きた一連の事件は、何者かが組織立って故意に起こした事件だと考えています」
「バカな。たった四ヶ月で、何百キロも離れているエウロッパ大陸全土でそのような事件を起こすなど、たった一人で出来るはずがない」
「誰が『一人で』などとおっしゃいました?」
リタリー議員にアストリア議員が言うと、再び議員たちがざわめきだす。
「我々が知らない何かしらの、しかも大きな組織が暗躍をしている。そう思えてならないのです」
「その『謎の組織』に協力する者が、我々の中にいるとでも・・・・・・?」
イグリース議員が不満そうに言う。
「皆さんを不愉快にさせるということは、重々、承知しています。しかし、こういった大規模な動きが出来る以上、何者かの後ろ盾があると、考えざるを得ないのです」
会議場を沈黙が支配する。その中で最初に口を開いたのは、ヘクターだった。
「では、仮にそのような組織があるとして、いったいどこの何者が糸を引いていると・・・・・・?」
今度は、アストリアの議員が黙り込んだ。しかし、やがて「これは私の想像だが・・・・・・」と口を開いた。
「ここから西へ行った大陸にある大国ハルミアが、一番、疑わしいと思っている」
アストリア議員の言葉に、三度に、会議場の中がざわめいた。
「バカな!?証拠はあるのか!?」
叫ぶエスパニャ議員に、「いえ」とアストリア議員が言う。
「第一、これは『仮に』の話です。実際にそうかどうかは分かりません」
「ならば、このような会議に出すべきではないであろう。イグリース議員補佐殿」
そうウェイス議員に言われて「う・・・・・・うむ」と、ヘクターは黙り込んだ。
「しかし、推測の域を出ないとはいえ、可能性としては否めないのです。そういう訳で、皆さま方も注意されてほしい」
アストリア議員のこの言葉をもって、議会は閉幕した。
―※*※―
「ヘクター殿」
議会が終わった後、会場となった建物の廊下で、ヘクターがウェイス議員に呼び止められた。
「ああ。エンハム殿」
「・・・・・・何を考えているのだ。ここであのようなことを聞くとは」
「と、言うと?」と、ヘクターは再び通路を歩きだす。
「とぼけるな。あの時、アストリアの議員に対して探りを入れただろう?」
「なぜ、そのような恐れ多い真似を・・・・・・?」
とぼけながら歩くヘクターに、「お前の親友のためだろう!?」と叫ぶ。すると、ヘクターは足を止めた。
「アウグスから聞いたぞ。お前・・・・・・」
「お互い、お忙しいのでは?そのような話なら、日を改めて」
ヘクターはそう言って、通路を歩いて行った。車に乗ったヘクターに、イグリース議員、ロイディが話しかける。
「お前が言っていたクトゥリアと言う男。本当に信用がいくと思うか?」
「ええ。それはあなたが、よく知っていると思っているのですが・・・・・・」
走り出した車の中で、ロイディは溜め息をつきながら腕を組む。
「確かに。あいつは初めて会った時から、嘘をつくのが下手だ。ましてや、人を騙すなど問題外」
「そのような男と聞きましたから、私も信用をしようと思ったのです」と、ヘクターが言う。
「いや、お前の場合、私よりも付き合いが長いだろう」
「とんでもない。一回、不審を抱いて身辺調査を依頼したのですが、誰を送りつけてもあっさり見破られてしまいました」
「本当に、何者だろうか・・・・・・」と、ロイディが呟く。車は郊外の中をいずこかに向けて走っていた。
―※*※―
〈名も無き島〉に建つ屋敷の隠し部屋にある会議室に、クトゥリア、アウグス、パラケルの三人が、テーブルを臨んで会議をしていた。
「エウロッパ大陸を一通り回ってみたが、世間一般ではこの組織の存在は愚か、我々が戦おうとしている敵の存在すら、認知されていないようだ」
アウグスの報告に、「それが当然だろうな」とパラケルが言う。
「奴らは情報隠蔽にも力を入れているようだから、奴らの存在を知っているのは我々と、直接、会った者のみ」
「その存在を確認するには、より広い範囲での多くの情報が必要、と言うことか」
「だから、こうして各国で情報を交換しているって訳だ」
「しかし、それにしてはあのルーシアって国の対応は、こちらに非協力的じゃないか?」
「俺も情報収集のために回ろうとしたが、国境警備が厳しくては入れなかったぞ」
クトゥリア、パラケル、アウグスの順で言うと、再びクトゥリアが口を開く。
「まあ、な。七年ほど前に、中心となって治めていた国が滅んでしまったから、そっちの修復のほうに忙しいんじゃないのかな?」
クトゥリアの言葉に、「七年前!?」とパラケルが叫んだ。
「確か、クルキドって生物の動きが活発になり始めたのも・・・・・・」
クトゥリアが「んっ?」と考え、ハッと気付く。
「あ、ああ。七年ほど前だ。何か関係があるのか?」
三人は腕を組んで考えた。そこに、「そろそろいいかな」と声がした。クトゥリアの後ろには、ゼウスが立っていた。
「ゼウス殿。会議は終わられたのですか?」
クトゥリアが聞くと、「いや、まだだ」とゼウス。
「少し相談がある。我々が掴んでいる情報と、今お主らが掴んでいる情報を、公開し合わんか?」
「ええ?あなた方のほうが、我々より正確な情報を多く持っているのでは?」
驚くクトゥリアに、「ところが・・・・・・そうとは言えんのだ」とゼウスが答える。
「我々はどうも、今の人間界の仕組みに疎くて、な。奴らの動きと思しきものは掴んでいるのだが、それに人間の社会の仕組みが加わると、どうにも・・・・・・」
「なるほど。人間社会に多く溶け込んでいる奴らの情報を知るには、我々に聞くほうが速いと言うことか」
そう言って、アウグスが頷く。
「それに、我らの会議で決まったことをお主らにも聞いてほしい。出てくれるか?」
「わかりました。参りましょう」
―※*※―
クトゥリアが答えて数分後。神々の議会に、人間であるクトゥリア、アウグス、パラケルを加え、議会を再開した。
「では・・・・・・君たちの目から見て、人間の世界はどうなっている?」
神々を代表してゼウス、三人を代表してクトゥリアが進行する。
「今、最も危険なのは、『王国』が崩落して統治者がいなくなっているスヴェロニア国と、武器密輸の疑いが濃いルーシア国。そして、〈侵略者の国〉として有名なエスパニャ国」
「確かエスパニャ国は、近くにあるカルディア国やサウサリカ大陸にあるインディカやルーフェ、サティシュカの文明を滅ぼしたとか」
アウグスに「ああ」とクトゥリアが答える。
「サティシュカについては侵攻と文明の徹底的破壊の理由を『生け贄の習慣があった』としているが、真実かどうかは不明だ」
「いや、本当らしい。ただ、俺が掴んだ情報によるとルーフェの統治者に警告を受け、その習慣は撤廃したそうだ」
パラケルの補足に、「その上での、侵攻と破壊か」とアウグスが言う。
「〈ルーフェ〉と言う国については、私も聞いたことがある。嵐にあって別の地域に飛ばされたムニンが、その地域についてのことを記憶して来てくれた。別に、生け贄とか言う物騒な習慣は無く、森に石造りの建物を作ってそこを住処にしていたが・・・・・・」
それを、クトゥリアが補足する。
「それは〈インディカ帝国〉のことです。ただ今は、帝国の兵士は武力派に、他の人々は穏健派になっていて、穏健派は武力派に脅かされていると聞く。実際に様子を見に行こうとしたが、サウサリカ大陸行きの航空便は全て欠航にされていました」
「元よりその国の人々は、我らを敵視する者が多い。神界のものでさえ、我々エウロッパ大陸に敵視する者がいる」
ゼウスの言葉に、「それは初耳ですね。いったい、どうして?」とオーディンが聞く。
「遥か昔。今では、『侵略者の国』と言われているエスパニャ国が、まだそう言われていなかった百数年ほど前・・・・・・」
話し始めたクトゥリアに、その場にいる全員の視線が集中する。
「海の向こうにある、別の大陸に民族と交流を深めようと、政府は使者を送った。その時に中心となっていったのが、〈エスパニャ国〉の使節団で、その使節団が最初に訪れた国が〈サティシュカ〉だった」
フレイが「ほう」と呟く。
「だが、集落に入るなり、使節団はそこで行なわれていた生け贄の儀式に目を見張った。そのあまりにもむごい儀式を罵倒した所、人々の怒りを買い、捕まって後の儀式の生け贄にさせられた。生き残った使節団は命からがら国に帰り、一部始終を伝えたところ、政府は怒りを爆発させ、すぐさま軍を編成した」
ルーグとペルーンが「うむ」とうなる。
「海岸から攻め入ったエスパニャの兵士は、そこにいる人々を生け贄の習慣から逃げてきた人々とは知らず、襲い掛かった。結果、その人々にはエスパニャ軍は『命からがら逃げてきた我々を襲った、凶暴な侵略者』と認識されるようになってしまった。そうとは知らずエスパニャ軍は、そのままサティシュカの集落に侵攻、これを制圧した」
ホルスの付き人としてきたイシスが、静かに息を呑む。
「その後エスパニャの政府は、同じサウサリカ大陸にある他の二文明、ルーフェとインディカをサティシュカと同じく、『人道を外した悪魔の所業を行なう国』と指定して、そこに侵攻した。だがその直後、サティシュカ侵攻の知らせを聞いたルーフェから、通報を受けていた世界政府が介入し、両国が本格的な武力衝突する前に戦争は集結した。しかし、その代償として、エスパニャ国は〈侵略者の国〉と、全世界に認識されるようになってしまった」
あまりにも壮絶な歴史に、アウグスとパラケルはもちろん、その場に居合わせている若い神々は息を呑んだ。
「それでは何か?我々はその、人間どもの勘違いのおかげで、別の大陸の神々に、人間と同格と見られているということか」
ペルーンに「悪く言えば、そういうことになります」と言い、重い空気に包まれる議会。
「しかし・・・・・・使節団の生き残りがよく、国に帰れましたね。まさか・・・・・・」
フレイの疑問をルーグがさえぎる。
「限らないであろう。だいたい、今、我らが戦っている〈デモス・ゼルガンク〉が当時にも存在していたとしたら、なぜ我々に宣戦布告するのが、今なのだ?」
「確かに。もっと昔から存在していたのだったら、もっと速く世界で暗躍を・・・・・・」
「仮に存在していたとしてもそれがなかったということは、何か活動できない理由があったのだろう」
オーディンもゼウスも腕を組んで考える。ほとんどの神々が、「うーむ」と唸る。