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幻想戦記  作者: 竜影
第1章
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第34話 舞い戻りし援軍






その頃、オリュンポス山から遥か西、ラグシェ国と隣国の境にある島。黄金の輝きを持つリンゴがなる大樹の元に、一人の男が訪れた。

「ここか・・・・・・」

その男の声は、どこか安らかな感じがした。

「西の最果て。至福の園にある、黄金のリンゴが実を付ける黄昏の樹・・・・・・」

「何者です」と大樹の下にいた、黄昏と同じ色の髪を持った一人の少女が、訪れた男性の存在に気付いた。

「君は・・・・・・ヘスペリデスか・・・・・・」

「ここは・・・・・・神以外の者が来るべき場所ではない。早く立ち去りなさい」

黄昏のニンフ、ヘスペリデスの一人―――ヘスペリアが厳しい顔つきで叫ぶ。だが男は、静かな面持ちで彼女を見ていた。

「な・・・・・・なんですか・・・・・・。早くここから・・・・・・」

だが男は、少女と大樹に近づいて行った。少女は後ずさりして行き、やがて大樹の幹に背を付けた。逃げられない少女に男は近づき、大樹の幹に腕を付けると、少女の顔を覗き込んだ。

「・・・・・・っ・・・・・・!」

自身の身体を貫くような視線に、彼女を恐怖が支配していた。彼女らヘスペリデスは争いことが苦手で、その戦闘能力は皆無に等しかった。身体が硬直してしばらく経った後、男が口を開いた。

「君は・・・・・・過去に何か、大切なものを失ったね・・・・・・」

優しい感じのする静かな声に、少女は驚きを隠せなかった。

「それも・・・・・・今からずっと・・・・・・ずっと、遠い昔。人間の寿命を遥かに超えた年月。それでも・・・・・・今も忘れられない」

「!?・・・・・・どうして・・・・・・それを・・・・・・」

怯えるヘスペリアに、男は静かに「君の目だよ」と答える。ヘスペリアは「えっ?」と困惑する。

「君の目は、何か大切なものを失った者の目をしている。遠い、遠い昔のことでも、忘れられない」

「・・っ・・・・・・っ・・・・・・」

ヘスペリアはいつしか、胸にあふれんばかりの思いを秘めて、涙を流していた。

「だが、それが何かは、さすがに分からない。よかったら、話してごらん」

人間などに話したくない。話しても、分かってもらえるはずがない。数分前の彼女ならそう思った。だが、今、目の前にいる男の優しい言葉に少女の心は揺れ動き、あふれる言葉をせき止める術はなかった。

「あの子が・・・・・・私たちと一緒に・・・・・・ずっとここを守ってくれたあの子が・・・・・・あいつに殺されてしまった・・・・・・。あいつが奪って行ったリンゴは、後でアテナさまが返してくれた。でも・・・・・・・あの子は・・・・・・ラドンはもう・・・・・・・」

涙があふれ、喋ることが出来なくなったヘスペリアを、男はそっと撫でた。

「その者・・・・・・ヘラクレスに復讐はしたいかい?」

「ふく・・・・・・しゅう・・・・・・?」

ヘスペリアの心は揺れ動いたが、すぐに思い止まった。

「そんなことをしても・・・・・・あの子は生き返らない・・・・・・」

それを聞くと男は、「そうだ」と呟いた。

「だが、やり方しだいでは不可能ではない」

ヘスペリアは恐る恐る、「どういうこと・・・・・・?」と聞くと、男はフッと笑い、冷徹に言った。

「他の生き物から、魂を持ってくるのさ」

再び、ヘスペリアの体を恐怖が支配した。泣き止んだヘスペリアは、恐怖に満ちた顔で男を睨んだ。

「そんな・・・・・・こと・・・・・・」

「もちろん簡単ではない。だが不可能ではない。一人の生者から一人の死者に魂を移せば、どちらも一人。数が変わることはない」

「でも・・・・・・・!」と否定するヘスペリア。

「死者の魂は必ず冥界に落ちる。どうせなら死ぬべき者の魂を送り、生きてもらいたい者の魂を取り戻せばいい」

「・・・・・・っ・・・・・・なんて・・・・・・恐ろしい・・・・・・」

ヘスペリアは、そう言わずにはいられなかった。こんなにも恐ろしいことを、平然と口に出来る男が、酷く恐ろしい存在に見えた。

「第一・・・・・・そんなことをすれば、別の誰かが私たちと同じ思いを・・・・・・」

「ヘラクレスの血族・・・・・・」

「っ!?」とヘスペリアが息を呑む。

「生け贄だよ・・・・・・。君たちの大切な存在を奪ったものを使い、その存在を蘇らせる。生憎ヘラクレス自身は神になってしまったが、その血をひく人間は・・・・・・存在する・・・・・・」

「・・・・・・っ・・・・・・くっ・・・・・・」

再び揺れ動くヘスペリアの心。頭の中では警報が鳴り響いていた。だめだ。その話に乗ってはだめだ。だが、心優しい少女の心が、これに抵抗した。

「・・・・・・本当に・・・・・・ラドンを蘇らせてくれるの・・・・・・?」

「それは・・・・・・あなたの決意次第・・・・・・」

しばらくの沈黙。そして、顔を背けて「しばらく・・・・・・考えさせて」と、返事をした。

「いいだろう。一日・・・・・・いや、一ヶ月の時間をやろう。その間に決めてほしい」

大樹から離れながら、男はそう言った。

「・・・・・・そんなに与えていいの?私が、ゼウスさまたちに知らせるかもしれないよ」

「そうならない・・・・・・確信があるので・・・・・・」

睨むヘスペリアに、男は小さく笑いかける。ギリッ。ヘスペリアは心の奥底で歯軋りをした。今ここで断りきれないことが、相手に交渉成立の確信を与えてしまった。

「私の名前は、カイネ。カイネ・ヴェルタレイジ。意味は『契約者』」

「かいね?・・・・・・っ!!『不変質なもの』・・・・・・」

「俺が持ちかけた契約は、誰一人として断れた者はいない。特に、君のような心優しき者では・・・・・・いい返事を待ってるよ」

カイネと名乗った男は、そう言い残して姿を消した。



                      ―※*※―



水晶の塊を見て、「ふう~」と息をついたセルスに、クウァルが「やったか?」と聞く。

「ええ。なんだか、呆気なかったね~」

「おい、てめぇ~」

水晶の塊に近づくセルスに、喧嘩腰で話しかける者がいた。彼女は首を傾げてそのほうを向く。

「てめぇ~。人間のくせに、俺の獲物を横取りしやがって・・・・・・」

「待て、アレス。ここは彼女たちが住む街なのだから、守ろうとするのは当然だ」

「他の人間は、おいそれと逃げてるのにか?」

止めるアテナに言い返すアレス。これには、セルスもクウァルも黙るしかなかった。

「『我先に』だろ。『追いそれ』は逃げ帰る時に使う言葉だ。まったく、言葉使いもろくに知らんのか」

「うっせぇなぁ。戦いには関係ないだろ?」

「それは・・・・・・そうだが・・・・・・」と言葉を切るアテナ。

「ところで、コイツどうするつもりだ?」

ふと、アレスが結晶の中に閉じ込められたアポリュオンのほうを向いて、クウァルたちに聞いた。

「しかるべき措置を取るために、身柄を拘束したまでだ。護送した後、しかるべき場所で法廷を下ろす」

クウァルの答えに、「おいおい。そんなに甘くていいのかよ!?」とアレスが呆れる。

「コイツは、そんなんで片づけられるような奴じゃねぇ!!」

「その通り・・・・・・」

冷たいアポリュオンの声に、一同が結晶のほうを向くと、だんだんと表面にヒビが入りだした。

「えっ?クリュスタロスが・・・・・・」

「砕けるだと!?」驚くセルスの後にクウァルが叫ぶと、バキッ、と砕け散った結晶の中から黒い影が現れる。背中に黒い翼の生え、両腕が鋭いトゲの生えたウロコで覆われたアポリュオンが立ち上がった。

「これほどの技を放てるとは・・・・・・魔導変化しなくては破れなかったな」

「(あれは・・・・・・あの時の、デーモという者と同じ・・・・・・)」

冷静なアテナに対し、クウァルは動揺している。

「バカな!セルスの・・・・・・最強の捕縛技を、破っただと!」

「『最強』・・・・・・ね。この世界には、まだまだ他に相手の動きを封じる技が存在する。果たして今の技は、それら全ての上を行くと言えるのか・・・・・・」

「何が言いたい」と、冷静にアテナが聞く。

「さあ・・・・・・ただ、世界はまだまだ広く、人間はその全てを知らない、というだけですよ」

その言葉にクウァルが眉を動かしたが、すぐに警戒と戦闘態勢を取った。より攻撃的な姿に変わったと言うことは、戦いはより激しくなると思った。

「安心しろ。今回はもう、闘うつもりはない」

一同は耳を疑い、「逃げるのか!?」とアレスが叫ぶ。

「そう受け取っていただいても結構です。あなた方を倒しても、それほどマイナスエネルギーは得られないでしょうし、得たとしてもこちらが受けた損害のほうが大きい。何せ、そこの人間に兵の8割を倒されてしまいましたから」

クウァルのほうをあごでしゃくった後、アポリュオンの後ろのほうから黒い煙のようなものが向かって来た。

「何、あれ!?」

驚くセルスに、「マイナスエネルギー・・・・・・」とアテナが呟く。黒い煙はアポリュオンの右腕に巻きつくと、吸い込まれるように消えて行った。

「フム。これの回収だけでも力を使うのでね。それにこの場には神が二人もいる。戦いに勝っても、これを回収できるほどの力を残すのは不可能だろう」

「なんだ?邪魔者は今の内に片付ける、とは考えないのか?」

「挑発し返すのか?まあ、いい。こちらはあなた方を追い込むほうに兵を送ったので、残っているのは私が従えている一個大隊ほど。それもほとんど壊滅状態。こんな状態で闘うなど、あなたほど好戦的でなくては考えもしません」

「なんだと・・・・・・」と飛びかかろうとするアレスを、アテナが制する。

「アレス!挑発に乗るなとあれほど言ってるだろ!!」

アレスが「ちっ・・・・・・」と舌打ちしたすぐ後に、アポリュオンの背中の翼が広がった。

「すぐに行ってあげないと、全滅かもしれないよ?何せ、こっちと違って精鋭を送ったからね」

飛び立つアポリュオンを、「待て!」とアレスが追いかけようとするが、「お前が待て!」とアテナが止めた。

「なんで止めるんだ!!」

「あいつが言ったことが本当なら、お父さまたちに危機が迫っているということだ!」

「なっ・・・・・・クッソ~、また来た道逆戻りかよ~・・・・・・ていうか、あっちに親父は来てねぇぜ」

「何っ!?では、お父さまはどこに・・・・・・」

「知るか!!」とアレスが叫ぶと、セルスが話に入ろうとする。

「あの~、お取り込み中のところ申し訳ないんですけど・・・・・・」

同時に「何!?」と、自分のほうを向いた二人(特に鬼気迫るアレス)に、ビクッと身体を震わせたセルスだが、

「あの人は?」

通りのほうを指差した。その方向からは、「アレス~」とスタイルのいい金髪の女性が走って来ていた。

「・・・・・・っ・・・・・・アフロディーテ・・・・・・」

苦虫を噛み潰したような顔をしたアテナに、セルスは首をかしげた。

「どうしたんだろう?あんな顔して」

「アテナは、アレスとその愛人のアフロディーテととても仲が悪いんだ。アレスは同じ戦神である自分を敵視しているし、アフロディーテにいたっては自分と正反対な性格をしてる」

「正反対って?」

「大雑把に説明すれば、アテナは堅実な処女神、アフロディーテはワガママな恋愛神、だ」

「私がワガママ?ちょっと、失礼しちゃうわね」

その説明が聞こえたからか、アフロディーテが不機嫌な顔でクウァルのほうを見る。

「私のどこが、自分勝手って言うのよ」

「本当のことではないか」と言うアテナに、「なんですって!?」とアフロディーテが向く。

「まあまあ。今はそんなことをしている場合ではないのでは?」

セルスになだめられたアテナは「そうだな」と呟いた。

「奴は、オリュンポスから避難した神々のほうに、精鋭部隊を送ったと言ったが、それは本当か?」

「そんなの知らないわよ。私がアレスを追い駆けてる時は、誰も襲って来なかったけど?」

アフロディーテの言葉に、「ハッタリか?」とアレスが呟くと、アテナが考える。

「いや・・・・・・戦力は一つでも減ったほうがいいと、向こうも考えたのだろう。だからあえて見送った」

「ちっくしょ~。ぜんぜんわかんねぇや!」

苛立ったアレスが髪をかきむしると、アフロディーテは沈んだ表情をした。

「ごめんなさい。私がもっとよく見ていれば」

「い・・・・・・いや、別に、お前が悪いとかそういう訳じゃ・・・・・・」

フォローするアレスに、「そうだな」とアテナ言う。

「過ぎたことをあれこれ言ってもしょうがないし、時間がもったいない。急ごう」

「急ぐって・・・・・・どこに・・・・・・?」と、アフロディーテが恐る恐る聞く。

「当然、テルカ島にだ」

「ええ~!?あの距離を戻るの~!?私ヤダ~・・・・・・」

悲鳴をあげながら、アフロディーテは道端に座り込む。

「ワガママを言うな!!まったく、私は先に行くぞ!」

そう言うと、アテナはそこから飛び立った。途中、何度か屋根の上に着地したが、その度にそこから跳んだ。

「ちっ。あいつの言うことを聞くのは癪だが、アポロンたちにも危機が迫ってんだ。アフロディーテ、無理はしなくていい。ゆっくりでもいいから、お前も来い」

だが、アフロディーテが「ヤダ」と言ったので、「ハア~!?」とアレスは呆気にとられた。その隙を突いて、彼の背中にアフロディーテが負ぶさった。

「アレスがおんぶして行って」

「んな・・・・・・ふざけ・・・・・・ちっ、しょうがねぇな~」

ぶつくさ文句を言いながらも、アフロディーテを背負ったアレスは屋根を飛び越えアテナの後を追った。

「私たちも行かなきゃ・・・・・・」

三人の後を追おうとするセルスを、クウァルが「待て、バカセルス」と呼び止める。

「何よ、また~?んっ?今、バカって言った?」

「そんなことはどうでもいい。今回ばかりは、俺たちが首を突っ込んでもいい問題ではない。足手纏いか奴らの人質になるのが関の山だ。お前でも・・・・・・わかるな」

「ぐっ・・・・・・」と唸るセルス。確かに、奴らの精鋭部隊ともなれば、この町を襲った奴らの何倍も強いに違いない。それは彼女にも理解できた。

「(悔しい・・・・・・私たちを守ってくれる人たちがいるのに・・・・・・その人たちの力になってあげられないのが・・・・・・悔しい・・・・・・)」

日が沈み、闇が訪れる街の中、心の奥底でセルスは悔しさを噛み締めていた。



                      ―※*※―



ほぼ同時刻、テルカ島。兵士の鉤爪がアポロンに迫ったその時、一陣の風が吹き抜けた。風の飛ばされた兵士は地面に着地したが、同時に発生した真空波に切り裂かれた。

「よう。間に合ったか?」

兵士に囲まれたアポロン、アルテミス、エリスが向いた先にはヒマティオンを身にまとった一人の男性と、チュニックを着て上にキトンをまとった四人の青年が立っていた。

「アイオロスと・・・・・・その他4!」

エリスの言葉に、ズドドガッ、と四人がこけた。と思ったら、荒々しそうな顔の男が崖下に落ちた。

「その他4はないでしょう!その他4は!!」

ノトスが溜め息交じりに話すと、残った三人の内、一人が叫んだ。

「そうですよ。ねえ、ボレアス・・・・・・エウロス?」

ゼピュロスが穏やかな表情で周りを見渡すと、一人足りないことに気付いた。

「あの・・・・・・エウロスは・・・・・・?」

「・・・・・・崖下に落ちた」

ボレアスの答えに、「あっちゃ~。後が怖いぞ・・・・・・」とノトスが頭を押さえた。






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