第32話 共闘、天魔の少年と戦女神
イージスの盾と槍を装備したアテナは、町から離れた場所でテュポニウスと戦っていた。アテナなどの神々は人間の世界ではある程度力が抑えられてしまう。神界と比べてマナの濃度が薄いからと言われているが、詳しいことはわかっておらず、前にクトゥリアが言ったことも仮説でしかない。どちらにしろ、アテナが不利と思われたが、そこで遮蔽物と足場が多い森に誘い込んだ。
「ガルル、ドコダ!?」
「ここだ!!」
アテナの声がしたほうに振り返るが、彼女はそこから別の木の枝に飛び移り、死角からテュポニウスに跳びかかる。後頭部に槍の一撃をくらい振り返るが、アテナは敵の背を蹴って視野の反対側に飛び退く。
「グガッ!?グオオオオオオオオッ!!」
ただでさえ力に差があるテュポーン並みの力を持つテュポニウスに、力が弱まっているアテナは森を飛び回りヒットアンドアウェイ戦法で翻弄する。だが、いつまでもやられっぱなしのテュポニウスではなかった。
「オノレハアアアアアアアアアアアッ!!!」
「何!?」
テュポニウスの咆哮にアテナが驚いた瞬間、竜巻が吹き荒れ森の木々を吹き飛ばす。一気に開けた視界の中にアテナの姿を見つけ、テュポニウスが突っ込んで行った。
「ソコカアアアアアアアッ!!!」
倒れた木々をなぎ払って迫るテュポニウスの拳を、後ろに下がりながら槍で捌く。森の木々を吹き飛ばされたらこの先の岩場に誘い込むつもりだったが、想定していた時期よりあまりにも早い。
「くっ!!」
それ是も善戦するアテナだが、違和感を覚えて眉を寄せる。前に戦った時とは違い、テュポニウスの攻撃は荒く隙だらけ。しかも、攻撃を受けそうになってもあの風の壁を出すことはなかったため、次々と攻撃は決まって行った。
「(おかしい。攻撃が入りすぎる。何か罠でも張っているのか?)」
だが、アテナの警戒とは裏腹に、テュポニウスはただ力任せに腕を振って、暴れているだけだった。
「でやあああああっ!!」
雄叫びと共に背中に白い翼を持ったディステリアが、コウモリの翼に似た剣を構えて切りかかる。雄叫びを聞いて当然気付いたテュポニウスが振り返るが、ディステリアは構わず天魔剣を振り下ろす。
「グオッ!ガッ!!」
頭に一撃くらいながらも右腕を振る。ディステリアは翼を羽ばたかせてかわし、天魔剣を振り上げてその腕に一撃を見舞う。
「くっ・・・・・・」
硬い皮膚に阻まれ、傷は浅い。構わず攻撃するテュポニウスの左脇腹に、アテナの槍が刺さった。
「ガッ!?」
「はあっ!!」
こちらに視線を向けたテュポニウスに、槍を連続で突き出す。肩や腕といった硬い殻の付いた部分は弾かれたが、脇腹といった皮膚だけの部分には浅いながらも傷をつける。よろめいたテュポニウスに接近するディステリアだが、地面でうごめいた尻尾に気付きとっさに身をかわす。間一髪、振り上げられた尾をかわし、反転したディステリアはアテナの横に降り立った。
「助かった・・・・・・だが、さっきの雄叫びを上げた不意討ちはいただけないな・・・・・・」
「気合いを込める意味で上げただけだ」
苦い顔をするアテナに素っ気無く答えたディステリアは、唸るテュポニウスに剣先を向ける。「グ・・・・・・」
「ん?いきなりどうした・・・・・・」
「グウウガアアアアアアアアッ!!!」
いきなり雄叫びと両腕を上げたテュポニウスに、ディステリアは驚きアテナは警戒を強める。向かってきた敵に二人は左右に散るが、テュポニウスはアテナに向かってきた。
「ッ!?なんで!?」
「ウガ~、ウガ~!!ソノ匂イ、気ニ食ワン!!」
なんのことかわからなかったが、高い攻撃力を持つテュポニウスの攻撃を受ける訳には行かなかった。攻撃をかわし続けていると、いつの間にか岩場に出た。
「援護する!!」
森の中に置いてかれたディステリアが姿を表し、天魔剣に意識を向ける。
「(イメージを固めろ・・・・・・前にやったように、風の刃のイメージを・・・・・・)」
目を閉じればイメージを固めやすいが、いつこちらに攻撃が飛んでくるかわからないこの状況でその行為は問題外。テュポニウスに押されるアテナを見ながら苦心していると、天魔剣に風が集まる。
「(よし!)」
それを大きく振り上げ、
「スラストーム!でやあああああああああっ!!」
と大きく振った。風の刃はアテナに注意が向いているテュポニウスに気付かれることなく、真っ直ぐ飛んで行き直撃した。が、
「ン?」
風の刃が当たった部分を、指先で痒そうにかく。その隙に仕掛けたアテナには左腕で応戦し、彼女は後退を余儀なくされた。
「効いてない!?イメージが弱かったか・・・・・・」
むしろあれだけ隙を作った挙句決定打を与えられなかったとなると、クトゥリアに知れたら何を言われるかわからない。
「未熟だな・・・・・・」
「だあああああっ!もう、わかってるよ・・・・・・って、ん?」
横から聞こえた声に首を傾げると、いつの間にか横にアテナが立っていた。
「なっ、あんた。奴は大丈夫なのか!?」
テュポニウスのほうを見ると、奴は積み上げられた大木に阻まれている。それはさっき竜巻で吹き飛ばされた木だが、よく見ると石化している。
「石になってる。なんで?」
「こいつの力だ」とアテナは左手に持つイージスに目をやる。
「これに込められた魔力を解放すれば、それを浴びたものは石になる」
「げっ!!」
身構えて後ろに下がるディステリアに、「心配はいらない」と顔を向ける。
「今は封印している。しかし・・・・・・現世で封印と解放を繰り返していると、さすがに堪えるな・・・・・・」
顔色を悪くして槍を支えにするアテナに、「おいおい、大丈夫か」と声をかける。その間、テュポニウスは石化した木を拳で破壊している。
「やべっ!こうなったら、もう一度スラストームで・・・・・・」
前に出て天魔剣を構えるディステリアに、「やめたほうがいい」とアテナが止める。
「奴の属性は恐らく風。風属性の攻撃に耐性や無効特性ならまだいいが、吸収能力があると傷を治される」
「だが、さっきはスラストームが当たっても何も起こらなかったぜ?」
「あれは技として成立してなかったからだ。現にダメージを与えられていない。だから、目に見える変化が見て取れないんだ」
「だあああああああっ!要するに、俺が未熟者だって言いたいのかよ~~!」
振り返って声を上げるディステリアに、アテナは落ち着いた様子で口を開く。
「未熟な者は失敗を繰り返す。だが、恥じることはない。そこから己を磨いて、いくらでも変われる。それこそが『未熟者の強み』だ」
「・・・・・・褒めてられるのかどうかわからないけど、どっちかっていうとバカにされてる感じ」
「ふっ。未熟な証だ・・・・・・」
微笑むと、そこに「アテナ!!」とどこからか声がした。二人が振り返ると、袋を背負ったセルスがこちらに向かってやって来ていた。
「セルス!?だめだ!来るな!!」
アテナが叫んだ直後、テュポニウスは石化した大木を全て壊し終えた。
「ちっ!!」
「オノレ~、吹キ飛バシテクレル!!」
ディステリアが仕掛けたのとテュポニウスが叫んだのは、ほぼ同時。テュポニウスは最大威力で竜巻を発生させ、ディステリアはライジング・ルピナスを放った。竜巻と光の柱がぶつかり衝撃が走り、セルスは突風でバランスを崩して下に落ちそうになる。
「うわっ!!」
アテナは一瞬でセルスの近くに来ると、彼女を担いで光の柱と相殺しなかった竜巻をかわし、テュポニウスがいる場所から見て少し高い場所にある草むらに隠れた。
「っふ~~~、間一髪だったな」
ディステリアもライジング・ルピナスを掻き消された後、すぐに空中に逃れた。二人は気付かなかったが、天魔剣を握る手は少し焼けている。
「どうして来たの!?」
「だって、お姉ちゃんのことが心配で・・・・・・・」
「だからって、ここまで来るなんて。あいつには勝てる見込みが少ないというのに・・・・・・」
下を見下ろすアテネ。テュポニウスは「ウガ~!」と叫びながら、竜巻を起こしていた。
「くっ、このままでは・・・・・・」
「こういう時こそ、ハーブティー。落ち着かなくちゃ、いい考えは思いつかないよ」
「それはそうだが、何もこんな時に・・・・・・それはなんだ?」
背負っていた袋からセルスが取り出した水筒型の魔法瓶を見て、アテナが聞く。
「あれ?魔法瓶って知らないの。私たちは水筒とも呼んでいるけど。これに飲み物を入れておくと、熱いお茶なら熱いまま、冷たい水なら冷たいまま、しばらくは持ち運べるんだよ」
「ほお~。そういえば、ヘパイストスがそのような物を作っていたな」
コップとなるフタを外した魔法瓶からお茶を出すセルスに、ディステリアは苦い顔をする。
「はい。あなたも飲む?」
「いや、俺はいい。どうも、その香りが苦手だ・・・・・・」
「そう?」
ハーブティーの入ったコップをアテナに渡そうとした時、近くで土を擦る音がする。
「ソコカ!」
「げっ!」とディステリアが見上げると、テュポニウスはアテナたちが隠れている場所に攻撃を仕掛けた。ディステリアは翼を羽ばたかせて飛び上がり、アテナがセルスを引っ張ってかわした。その拍子に、セルスの持っていたハーブティーがテュポニウスのほうに飛んでいった。
「あ~、ハーブティーが~」
「我慢しろ!」とアテナが叱咤した時、ハーブティーが頭にかかり、
「ギギョエエ~!!ナンダ、コレハ~!?」
とテュポニウスが悲鳴を上げた。そこに隙を見出したディステリアは突っ込むが、アテナはその様子を見て首を傾げた。
「なんだ?いったい、どうしたというのだ?」
「あ~、ハーブティーがかかっちゃった~」
嘆くセルスを、テュポニウスはギロリと睨む。
「キッサマ~~!!」
「ひ、ひょええぇぇ~~!!」
豪腕を振りかざすテュポニウスの攻撃から、間一髪でセルスを助け出したアテナは再び距離をとった。二人に目を向けたテュポニウスは、天魔剣を構えて突っ込むディステリアに直前まで気付かなかった。
「っ!?」
「でやあああああっ!!」
狙いは首。兵士として訓練を受けていたため、急所について講義は受けていた。それは敵の急所を狙うと言うよりかは自分の急所を守るためだが、知識は常に表の使い方を学べば裏の使い方も知ってしまう。
「フウッ!!」
本能で危機を察したテュポニウスは構えた左腕で天魔剣の一閃を防ぎ、反撃を繰り出すも上に飛んだティステリアにかわされる。
「チョロチョロト!!」
「あんたのような格上相手に、そういう戦い方しかできないんでね!!」
正々堂々戦うのは同格相手に限り。力の差が大きい相手にそれを挑むのは、自ら死ぬようなもの。『生き残るための戦い方』でディステリアはテュポニウスに挑んでいる。その間、アテナはセルスを安全な場所まで運んだ。
「どういうことだ?私でなく、セルスに攻撃を向けた?」
「ウガ~、コノ匂い、気ニ食ワン!」
でたらめに腕を振り回すテュポニウスの攻撃を、ディステリアは難なくかわす。言っていたことを聞いたアテナは、ハッと空になって転がる魔法瓶に目をやった。
「まさか、あいつはあのハーブティーの匂いが苦手なのか?」
とは言っても確かめる術はない。方法を探していると、テュポニウスの拳を天魔剣で防いだディステリアが近くに着地した。
「なあ。さっきの『ハーブ』という葉は、まだあるのか?」
「え?ハーブの葉には色々あるから、持ち歩く人なんていないんだけど・・・・・・」
セルスの言う問題とは、効能の他に問題も含まれている。
「いっつ~~。なんつぅ衝撃・・・・・・」
「ティステリア。あの魔法瓶を取ってこれるか?」
「はあっ!?こんな状況で何言ってんだ!?」
予想通りの反応を示したディステリアに、アテナは自分が持った仮設を話す。
ポケットからハーブの葉を取り出すセルスだが、アテナは先ほどの自分の言葉に戸惑いを感じていた。
「なるほどね。まあ、他に方法がないから、この際すがってみるか」
「私が奴の気を引く。その隙に・・・・・・」
「よしっ!」
行動に移ったディステリアとアテナは、左右から向かって行った。
「トドメヲ刺シテヤル」
それを見つけたテュポニウスは腕を振り上げて襲って来たが、アテナはその攻撃をかわし槍で応戦する。その隙にディステリアは、テュポニウスから離れた魔法瓶に手を伸ばし、掴むなり飛び立つ。
「えっと。確か茶葉を入れた袋が・・・・・・」
魔法瓶を逆さにすると残っていたハーブティート共に、濡れたティーバッグが落ちる。
「(ああ。あった、あった・・・・・・ってか、魔法瓶にティーバッグ入れるなよ)」
魔法瓶の中から下ハーブティーの匂いにディステリアが顔をしかめる。と、下ではアテナが押されていた。
「やっべ!!」
急降下すると共に、左手に持った空の魔法瓶を投げつける。魔法瓶は見事にテュポニウスの頭に当たり、ハーブティーの雫がその鼻を突く。
「ギョエアアァァァァァ~~~!!」
悲鳴を上げたテュポニウスは魔法瓶を払い除ける。地面に叩きつけられて変形した魔法瓶にセレスが残念そうな顔をしたが、それに気を配る余裕は二人にはない。
「(好機!)」
まだ確信は得られてないが、ハーブにつながるものを嫌うのは確か。突っ込んだアテナが槍を振り上げると、ディステリアは左手のティーバッグを投げる。瞬時に意図を察したアテナは槍の穂先に当て滑らせると、そのまま顔に向けて突き出した。穂先が顔を掠めると、かすかなハーブの香りに悲鳴を上げた。
「やはり、貴様の弱点はこのハーブの香りか!」
「オノレ~!!」と繰り出されるテュポニウスの攻撃をかわし、落ちる寸前のティーバッグを爪先に引っかけ、上に上げて交差した左手に握った。デタラメに振り回される腕を避けながら、彼女はチャンスを待った。
「無茶するな!いくら不死だからって・・・・・・」
援護のために突っ込んだディステリアの一撃を防ぎ、目障りな彼に狙いを定める。
「オ~、ノ~、レ・・・・・・」
勢い余り右腕が地面にめり込んだ。その後、向かって来たアテナに対して振った左腕は空を切り、胴体ががら空きとなった。
「(今だ!)」
アテナは左腕をテュポニウスの口に突っ込み、手に持っていたハーブのティーバッグを口に入れた。
「ゲゴガゲゴガッ!!」
苦手なハーブを口に打ち込まれたテュポニウスは、訳の分からない叫びを上げた。すかさず、イージスの魔力を開放した。放たれた光がテュポニウスに当たり、その体を見る見るうちに石にしていった。
「止めだ!爆砕槍牙!!」
「一気に潰す!フォーリング・アビス!!」
岩となり動きが止まったテュポニウスに、闇の魔力を溜めた天魔剣をディステリアが振り下ろし、アテナが鋭く槍を突き立てた。槍と剣は岩になったテュポニウスを意図も簡単に砕いた。
「やった~」
喜びの声を上げるセルスに、アテナは、ぐっ、と親指を立てた。
「ティステリア、助かったぞ」
「どういたしまして・・・・・・いつつ・・・・・・」
空中のディステリアは痛みに顔をしかめるも、地上のアテナとセルスはその理由を知れなかった。
アテナは知恵の女神ですが、知略と言うにはあまりにもお粗末ですね。そこは反省すべき点ですが、4~5年経った今でもそこを補うことはできず・・・・・・またも反省。
ちなみに、攻撃の際に雄叫びを上げることに意味がないように思ってる方が多いようですが、人は大声を上げると脳のリミッターが緩み、火事場のバカ力に近い力が発揮できる、と言われています。ただし、テレビで見ただけなので、そういうのは信じない人は流してください。