第29話 アムドゥアド攻防戦(前編)
お忘れか、もしくは作者の不注意で知らない方も多いか知りませんが、この作品には、神話を基にした作者の総作が点在しています。鵜呑みにしないようにご注意お願いします。
ジェプト国方面の冥府である、アムドゥアド。そこでは、冥界の神であるオシリスと、天秤を持つジャッカルの頭を持つアヌビス、黒トキの頭と翼を持つ神々の書記のトトが、死者を裁いているところだった。このところ、冥府を訪れる死者の数は急増しており、誰もが怨恨などの恨みを買い、殺されて冥府に落ちた者だった。いつから、このような世界になってしまったのだろうか。
「次の者、前へ」
玉座に座った神オシリスが喋ると、腰布を巻いた一人の若者が前へ出た。その後、アヌビスが若者とオシリスの間にある天秤の片方に、死者の心臓を、もう片方に真実の女神であるマアトの羽を置いた。天秤は心臓のほうに傾き、トトがそれを記した。その直後に、トトの後ろに控えていたワニの頭、獅子の前足、カバの後ろ足を持つ冥府の獣、アーマンが死者の心臓を一飲みで食べた。前に進み出た若者の魂は、苦しみの声と共に消えた。
「今日は、これで全員でございます」
先ほど記録を記していた紙をしまいながら、トトが言った。
「そうか。最近の人間の魂は、転生できるものではないな」
溜め息をつくオシリスに、「ええ」とアヌビスが答える。
「おかげで、アーマンも食中りになっています」
「ちょっと待った。なんでアーマンが食中りなんかになるの?」
即座にマアトが突っ込むが、誰も答える気はなかった。
「それほど、罪に染まった魂が多いということだ。それより、一週間ほど前に亡くなったとされる王の魂は?」
「依然、門を通ったという報告はない。今までこのようなことはなかったのだが、な」
「ウム。やはり、何者かの介入が・・・・・・?」
オシリスが呟いたその時、上でした羽音に、アヌビスたちは「なんだ?」と首を傾げた。すると、死者の立つ台に、人間の頭を持つタカが降り立ち、それにマアトが目を見張る。
「バー?バーがなんでここに?」
「これは、セケルの放つ、連絡用のバー」
「連絡用・・・・・・って、そんなの、あるの?」
「大変です。何者かがものすごい力で冥府の門を破り、アムドゥアドへ進入してきました」
バーの報告に、「なんだと!?」とオシリスが声を上げる。
「バカな!冥界の門を破ることは愚か、現世にいる者にアムドゥアドへ来ることはできないはず」
トトの後に、「まさか!?」とアヌビスが目を見開く。
「その者はものすごい速さで、この連絡が行き渡っている頃には、もうとっくに進入しているかもしれません」
その時、ものすごい振動がオシリスたちのいる部屋に響いた。
「何!?」
バーが「くっ、奴らが来た・・・・・・」と呟くと、体がスーッと消えた。
「消えた!?」
「己の中の魔力をバーとして具現化し、記憶の一部を写して遠くに飛ばすんだ。存在していられる時間は、そう長くない」
「へえ~。じゃあ、俺たちが来たことはばれてたんだ?」
「何者だ!!」
楽しそうな声がしたほうをオシリスたちが向くと、そこには白い半そで姿の男と、黒いローブを身にまとった男がいた。
「はあ?やっぱりばれてない?」
「そんなことは問題ではない。オシリス神よ。そこにいるアーマンの中にいる、罪深き死者の魂。貰い受ける」
歩いているディザはアーマンのほうを指差すと、「なんだと!?」とオシリスが叫ぶ。
「どういうつもりだ!?」
「こういうつもり」
睨むアヌビスにカルマがスッ、両腕を上げて言うと、無数の光の矢を放った。オシリスたちが一斉に散らばると、矢は玉座や石の台を少しばかり砕いた。
「現世から来た生者よ。どういうつもりだ!?」
「貴様ら、自分が何をやってるかわかっているのか!?」
「当然♪」
叫ぶオシリスとアヌビスに対し、ディザは床に膝を着いた状態のアヌビスに、黒い剣を持って頭上から襲いかかる。アヌビスはとっさに腕輪で防御した。金属音が響き渡ったが、剣は腕輪に受け止められていた。
「さすがだな。神々に付ける物は、硬度も高い」
「どうも。だが、この距離なら・・・・・・」
アヌビスが後ろに下げた右腕に、黒いエネルギーを溜め出す。それは丸い玉状になった時、ディザに向けて突き出した。
「かわせないだろ!!」
至近距離から攻撃を受けたディザはいとも簡単に吹き飛ばされた。と思ったら、その体は砂の塊のように崩れた。
「さすがだな。冥府の犬神よ」
後ろから声が聞こえた瞬間、アヌビスがそこからジャンプすると、そのすぐ後に三つの斬撃が放たれた。着地したアヌビスの前に現れたものは、ディザなのは間違いないのだが、背中の右側に白い鳥の翼、左側に黒いコウモリの翼、腰から下には太い尻尾が生え、剣を握っていない左腕は褐色のうろこに覆われ、鋭い爪が生えていた。
「魔導変化・レベル3」
ディザはそう呟くと、すぐさまアヌビスに襲いかかった。攻撃を防御してカウンターをかけようとしたが、直前になって直感的にかわさなければまずいと思い、左に避けた。振り下ろされた剣は神殿の床に当たり、その衝撃波は数メートル先までをえぐった。
「いい判断だ」
だが、その後にディザから尻尾のブローを受け、そこから左腕の連続攻撃を受ける羽目になった。
「(クソッ。こうまで・・・・・・)」
なぶられるだけのアヌビスは、屈辱を感じていた。
「どうだ!これが人間の持つ憎しみから得た力だ!」
右手に持つ剣を逆手に持ち替え、両拳で殴りかかった。アヌビスにはガードで精一杯だった。
「人間一人一人が持つ憎しみは、貴様ら神が持つ力を比べ、ほんの微生物ほどでしかない。だが、それらを凝縮して取り込み、コントロールできたら・・・・・・この通りだ!!!」
鋭いアッパーが炸裂して、大きな音と共に、アヌビスが神殿の宙に舞う・・・・・・はずだったが、ディザの拳はアヌビスが手のひらに持つ天秤の皿に防がれており、ディザが「何!?」と驚いた。
「―――己の力で滅びよ」
アヌビスが皿を持っていない左腕を挙げると、もう片方の天秤の皿が現れた。ディザが離れるのと、アヌビスが技を放つのはほぼ同時だった。中空に現れた皿から放たれた衝撃波がディザに直撃した。
「グオオッ!!」
叫び声を上げ、ディザは神殿の床に墜落し、息を切らせたアヌビスも着地した。
「(くっ、なんて威力だ。本来、技の衝撃を吸収・蓄積するはずのヘカを込めた天秤の皿が、技の衝撃を吸収しきれなかった)」
息を切らせながら胴体を押さえたアヌビスは、マアトたちの援護に行こうとする。
「さっきの技・・・・・・効いたぜ・・・・・・」
驚いてさっき倒したディザのほうを見ると、彼は起き上がってきた。ただし技で受けたダメージのためか、彼の体は元に戻っていた。
「『因果応報』。己の行いは、いずれ自分に帰ってくる。さっきの技、そのままだな」
聞きなれない言葉に顔をしかめながら、アヌビスは警戒した。
「・・・・・・ちっ、相手の衝撃をそのまま返す技か・・・・・・どうも苦手だ・・・・・・だが・・・・・・」
一瞬、ディザはニヤッと笑い、「あいつには効かないぜ」と指差す。反射的にディザが指差した方向を向いたアヌビスが見たものは、無傷で全く息が上がっていないカルマと、逆に傷だらけで息が上がっているオシリスとトトだった。アムドゥアドでも屈指の実力を持つ二人がかりでも、カルマを抑えるには至らなかった。
「バカな。いったい、何が・・・・・・」
「あれ?ディザってやられちゃったの?」
驚いているアヌビスのほうを見て、軽い口調でカルマが言った。
「まあ、生きてりゃいいや。ほぉ~ら、もう一度行くよ♪」
右手を上げ、挑発じみたことを言うと、オシリスとトトの周りに無数の光の槍が現れた。それにアヌビスが目を見張る。
「あれは、トトの・・・・・・」
「光神槍、雨あられ!!」
降り注ぐ槍をかわすと、トトはすぐさま反撃に出た。
「閃光の槍、フラッシュ・スピア!!」
だが、トトが放った光の槍は、カルマに届く前に数本の光の槍に貫かれた。
「くそっ・・・・・・」
「残念だったねぇ?ほぉら、フラッシュ・スピア返し。光神槍ぉぉッ!」
「くそっ・・・・・・」
真横に振った右腕の前に三本の光の槍が現れ、飛んでくる。トトは同じことを言いながら、右に飛んでそれをかわした。
「どうした?逃げてばっかりじゃない・・・・・・」
その時、カルマの足元に黒い水のようなものが張り巡らされた。それは、オシリスの使う魔術で放たれた呪力の表れだった。
「カース・バインド!」
足元から出てきた黒い手のようなものがカルマの身体を掴み、動きを封じた。
「よし、これで・・・・・・」
だが、「甘いね」と黒い手の中でカルマが笑ったかと思うと、自身を掴んでいる手や足元にある呪力が全身から生えた光の刃に断ち切られた。
「何!?カース・バインドを・・・・・・」
「切った!?・・・・・・まさか・・・・・・」
目を見張るオシリスとトトに、カルマが余裕の笑みを向ける。
「そう・・・・・・コピーもしちゃったよ♪ほら!!」
そう言って両腕を広げると、その先からオシリスが放ったものと同じ、黒い水のような呪力が放たれ、オシリスとトトを縛りつけた。
「グッ・・・・・・」
「さ・ら・に、こんなんもどうよ♪」
動けないオシリスに向かって、コピーした光の槍を放った。誰もがやられると思ったその時。
「シャイニング・クラッチ!!」
突然、横から光に包まれた爪が割り込んで、寸前で光の槍を叩き折った。
「今の技は・・・・・・バステトか!?」
オシリスが呟くのとほぼ同時に、猫の耳と爪を持った女神が荒々しく着地した。
「よおっ、オシリス!らしくねぇほど、やられてんじゃねぇか」
バステトが馴れ馴れしく話した後、オシリスの身体を縛っている呪力を爪で切った。
「ぐっ・・・・・・ほっといてもらおうか・・・・・・」
「大体、冥府の神がなんで自分と同じ属性の技に捕まってんだよ」
痛い発言を受け、「ぐっ」と唸るオシリス。そこに、自力で呪縛から逃れたトトが、バステトの近くに着地した。
「それより、なんでお前らがここに?」
「ホルスさまからの命令だ」
女性の声のすぐ後に降り立った、弓矢と盾を持ち、背中に翼が生えた女性を見て、オシリスが叫ぶ。
「ネイトか!」
「ラグシェ国より参った使者の話によると、その者は怪物を従えオリュンポスに進行し、ここに避難する途中に待ち伏せていたらしい」
「怪物!?またテュポーンとかいう奴か?」とトトが聞く。
「そいつを基に作った存在らしい。なんと言うのかは知らぬが、基にしたテュポーンとかいう怪物も倒したと言っていたらしい」
「・・・・・・マジかよ・・・・・・」
「本気と書いて『マジ』と読む♪」
驚くトトに場違いなほど明るい声でカルマが言い、そんな彼をネイトが睨む。
「貴様・・・・・・」
「まあまあ。そんなに怒ると、台無しだよ。せっかくの美人顔なんだからさ♪」
女性に『美人』と言われて、うれしく思わない者はいない。一瞬、顔が紅潮したが、すぐに顔を振って気を奮い立たせた。
「そ・・・・・・そのような言葉で、惑わせようと・・・・・・」
だが、視線の先には何もおらず、彼女のすぐ前には右手を開き、腕を引いて攻撃態勢のカルマがいた。すぐに気付いたネイトは盾を構えて攻撃を防ぐと同時に、オシリスたちは散開した。
「クッ・・・・・・速すぎる・・・・・・」
盾で防御したために吹き飛ばされたネイトは、すぐに矢を放った。
「待て。うかつに奴に攻撃すると・・・・・・」
オシリスが叫ぶ。だがカルマは、どんなに矢が腕に刺さろうとそれをコピーして放とうとはせず、ただ避けるだけだった。
「やはり、お前が模写できるのは『技』であって、ただ矢を撃ったり剣で斬ったりする通常攻撃は模写できない」
「ちぇ・・・・・・ばれたか・・・・・・」
舌打ちしたカルマに、「ばれたかではないわ。このバカたれ!!」とディザが叫んだ。
「うるさいなぁ。上司に向かって、バカたれはないだろ。バカたれは」
文句を言い返された後、その場を動こうとしたディザの前に、アヌビスが立ちはだかった。
「逃がしはしないぞ!」
「ちっ・・・・・・こりゃ、作戦失敗だな。カルマ!!」
矢を連続で受けた後、蹴りの直撃を貰ったカルマが顔を上げる。
「ちっ、しょうがないなぁ・・・・・・一時退却!!」
「逃がすか!!」
ネイトが放った矢に向かって、どこからか取り出した玉を投げつけた。その途端に弾は破裂し、辺りを煙が包み込んだ。
「くっ、煙幕か!」
「気をつけろ!煙にまぎれて、我らを襲うつもりかも知れないぞ!!」
オシリスの号令で、その場にいた神々は一斉に警戒を強める。だが煙が晴れると、ディザとカルマの姿はなかった。
「・・・・・・本当に・・・・・・逃げたのか?」
トトが呟くと、「・・・・・・だと、いいのだが・・・・・・」とネイトたちも武器や腕を下ろす。
「・・・・・・ん?・・・・・・おいおい!アーマンとマアトがいないじゃねぇか!まさか、奴らに!!」
「いや、心配ない」とバステトがオシリスに言った。
「マアトには先に、アーマンを連れてこの場を離れるように言った」
「奴らの狙いが、アーマンの中にある死者の心臓なら、早急にこの場から離れさせるのが道理だ」
「もっとも、奴らが本当に狙っていたのは『罪深き死者の魂』らしい。アーマンの中にあるのは『罪深き死者の心臓』なのだが、どの道開放される訳には行かない」
トトとアヌビスが話し終えると、オシリスも「ああ」と頷いた。
「もし『罪深き死者』が開放され、現世に転生されたら・・・・・・・」
そこまで言った時、オシリスたちの脳裏にある可能性がよぎった。
「まさか・・・・・・『罪深き死者の心臓』を使って・・・・・・」
「・・・・・・奴ら、深遠に落ちた死者たちを開放するつもりか?」
アヌビスとトトが顔を見合わせる。
「そんなことになったら、最悪、アポピスまで開放される」
「断固阻止しなければならぬ!!タテネンに報せて、奴らを捜索してもらわねば!」
ネイトとオシリスも顔を見合わせる。
「・・・・・・なんだか大変なことになったな。私はホルスさまに、現状報告に言ってくるよ」
バステトはそう言うと、彼女は地上に向かって駆け出した。
「私はタテネンにこのことを報せよう。アヌビスとネイトは・・・・・・」
「マアトとアーマンを探す。まだ遠くには行っていないはずだ」
「だが、それは奴らにとっても好条件のはずだ。戦いの傷があるとはいえ、それはこっちも同じだからな」
「我々に土地勘があるとはいえ、油断は禁物だ。今この時に、奴らのすぐ近くにいるかもしれない」
トトとネイトの後に、「ああ。急ごう」とアヌビスが言う。話を終えた神々は、すぐに行動を開始した。
※作中、連絡用のバーが出ましたが、実際の神話中には存在しません。作者の完全な総作です。ご注意を。