第28話 激闘の序章
神様は人間には創造もつかないほどの力を持っている。ならどうして、人間の世界に現れてその力で問題を解決しないのか。その仮説的回答の一つ。
連行中の少年が姿を消したと知らせを受け、王宮内に待機していた家来たちはすぐさま、その少年を探した。少年はと言うと、主がいない玉座が置かれた部屋に来ている。そこは、何十人もの人が入れるほど、広い部屋となっていた。
「なるほどね・・・・・・人間の目はごまかせても、僕の目はごまかせないよ。いい加減出てきたらどうだい!?」
すると突然、風が吹き、空の玉座の上に黄金のマスクを被った者が現れた。少年は、それを睨むように見る。
「小僧。ここは王家とそれに仕える者のみが入れる場所。早々に立ち去れ」
「何?じゃあ、あんたは王家の者?」
「そうだ。わが最後の命を家来に伝えるため、冥府より帰還した」
「何を伝えるためにだ?」と少年が睨む。
「『我が墓を作れ。町を見下ろせるほどの、巨大な墓を』とな。そのために、我はここに戻って来た」
だが、少年は驚くどころか、表情を変えることなく睨み続けている。
「いや、違うね。オシリスの話によると、つい先日に亡くなった王の魂は死者の裁判所に来ていない。それどころか、ソカリスの話によると、その王の魂は死者の門をくぐる前に何者かに拉致された」
「ほう・・・・・・」と、玉座の上に浮かぶ者が呟く。
「さらに、オリュンポスから来た伝令によると、最近、神々に喧嘩を売った怖いもの知らずがいるらしい。お前じゃないのか?その王の体をのっとるために彼の魂をさらった、異国からの侵略者!」
場を静寂が支配する。それを破ったのは、王だった。
「クク・・・・・・クク・・・・・・クハハハハハハ。そこまで知っているとは、さすがだな。いや、そこまで知られるようになった、と言うべきか」
「あんたらの目的って・・・・・・何?」
「クククク。それは教えられん」
「なら、聞き出すのみ」
少年が静かに右腕を上げると、王に取り憑いた謎の存在は両手を広げて笑った。
「ハハハハハハハ。いいのか?この体を攻撃しても。それに、この王に使えていた家来たちも来たぞ?」
その言葉どおり、少年の後ろの扉から何人もの家来が入って来た。部屋に入るなり、兵士の一人、ベイヌスが少年を指差す。
「あっ、お前は俺たちが連行していた小僧」
「それに、王がいる。なぜ・・・・・・」
状況がわからず慌ててるものの兵士たちは、命令一つで少年を捕まえる。それをを見て王は、少年に向けて勝ち誇ったような笑みを向ける。
「これでわかったか。この状況でこの体を攻撃すると、どういう・・・・・・」
それを無視し、少年が腕から放った光は王の体を貫いたが、体には傷一つ付いてなかった。その代わり、
「ぐわっ!?な、なんだ?この痛みは!?」
と、王は傷がないはずの右肩を抑える。
「人間の体を傷付けず、貴様を攻撃する術はある。物質ではなく精神に攻撃すれば、王の体を傷付けずに貴様にダメージを負わせられる」
信じられない状況に、場は静まり返っている。
「く・・・・・・ククククク、ハ~ッハッハッハ。さすがはアトゥム。完敗だ。わが名はディザ・イースン。よく覚えておけ」
そう言うと、黒い風が巻き起こり、アトゥム以外の者は全員、目を覆った。風が納まると、王の遺体は静かに玉座に付いた。
「死者の御魂は、死と共に冥府に向かう。その連鎖を犯そうとは・・・・・・オシリスたちは大丈夫かな?」
そう呟くと、少年は静かに姿を消した。
―※*※―
小さな黒い竜巻が、造りかけのピラミッドの近くに降り立った。それはやがて、黒い仮面を被った男の姿となる。
「首尾はどうだった?ディザ・イースン」
呼ばれた男が上を見ると、積み上げられた岩のレンガの上に、目の部分にだけ仮面を被った男が座っていた。長袖に丈の長いマントという格好のディザとは違い、その男はノースリーブを着た体の上に白いマントという、砂漠では考えられない軽装だった。
「カーテ・リウス・マルカイト。砂漠でそのような軽装は、体力の消耗を早めると言っただろ?」
そう言われた男は、「別にいいだろ?」と言ってそこから飛び降りた。
「それと、俺のことは『カルマ』と呼べと言ったはずだ。つ~か、そんな長い名前、よく覚えられたな」
「『カルマ』・・・・・・罪を表す名か。お前にはぴったりかも知れんな」
するとそこへ、王家に仕えた兵士たちがやって来た。ディザを追っていたようだ。それを見るとは、ニヤッと笑った。
「みなっさ~ん。お探しの者は、ここにいますよ~!!」
わざとらしく叫ぶカルマに、ディザは「お、おい!」と諌めたが、兵士たちはすぐにこちらに駆けつけてきた。
「なんだ?ここにいるって聞こえたけど、どこにいるんだ?」
周りを見渡すベイヌス。ホルテスは兵士たちの中で、一番、表情が厳しかった。
「王に乗り移っていたことを考えると、奴は人ではないはずだ」
「ピンポン、ピンポ~ン。大当たり。ここにこうして、人の姿をしていますよ~」
隠すどころか、おおやけにしているカルマにディザが「おい、こら~!」と怒鳴った。
「む?確かに、日が強い砂漠に黒い布をまとっているのは変わっているが・・・・・・熱を溜めるから効果がない訳では・・・・・・」
首を傾げるホルテスを見て、カルマはケラケラ笑っていた。
「アハハ~。これだけ言ってもまだわかんないんだ~。人間って結構、アホだね?ディザ・イースン」
そこまで言われると、ホルテスたちは「何!?」と身構えた。
「アラ~?もしかして、やっとわかったの?ホント人間ってアホだよね?ディザ・イースン?」
「アホはお前だ~!!」
叫んで、ディザは思いっきりカルマを殴り飛ばした。だが、殴られたカルマは砂の上に落ちず、宙に浮いた。
「アハハ、痛いよ~。じゃ、俺は先に行ってるから、『アムドゥアド』へね」
作りかけのピラミッドへ飛んでいくカルマの言葉に、兵士たちは驚愕した。
「『アムドゥアド』・・・・・・だと!?死者の国へと行く気なのか!?」
目を見張るホルテスの後、ベイヌスが叫ぶ。
「まさか、自殺祈願者!?冗談じゃない!そういうことはよそでやれ・・・・・・じゃなくて、思い留まれ!!生きていれば、きっといいことがあるさ」
「アホか!誰がいつそんなことを言った。まあいい。バカな貴様ら人間のおかげで、我らの目的はまた一歩前進した」
「目的だと?」とホルテスが叫び、場の緊張感が高まると共に、兵士たちはディザに槍を向けた。
「貴様ら、何が目的だ!」
「さあな。バカのお前らにもわかりやすく言えば・・・・・・死者の魂をさらう、かね」
「バカな。そんなことができると、本気で思っているのか?第一、生きたまま冥府に行くなど・・・・・・」
ベイヌスの言葉をさえぎり、「そのためのピラミッド」とディザが左腕をピラミッドに向ける。
「なんのために、愚かな人間の体に入ったと思っていたんだ?」
「だが、貴様の目論見は失敗に終わった!!」
怒りに満ちた表情で槍を突き出したホルテスの槍を、ディザはいとも簡単にかわし、地面を蹴って宙に舞った。空中で静止すると、造りかけのピラミッドのほうから土煙が立った。
「な!?なんだ!!」
「ほう、さすがカルマだ。仕事が速い」
空中に浮いているディザの足の下では、ピラミッドからの強風で飛ばされた砂が流れていた。
「貴様!何をした!!」
ピラミッドのほうを向いて何かを呟いたディザに向かって、ホルテスが吼える。
「なぜ、われが貴様らの王に成りすまして、あれを作らせたかわかるか?いくら町の者のために尽くしたとはいえ、自分のために使われれば、その者に対して不満や憎しみを抱く」
戸惑いの表情を浮かべ、「そんなこと・・・・・・」と言いかけるホルテスを、嘲笑するかのごとく見下ろす。
「『違う』とは言い切れまい。口では尊敬していても、心の奥底では嫉妬や憎悪を抱いている。それが・・・・・・人間だ」
まるで、自分が勝者かのごとく笑みを浮かべ、ディザはピラミッドに向かって空中を移動し始めた。ピラミッドのある場所では、材料となる大量の石のレンガから黒い煙のようなものが立ち上がり、両手を掲げたカルマの前に集められていた。その煙は次第に、車のような形になっていく。
「(そう・・・・・・それが人間だ・・・・・・口ではなんとでも言えるが、それは何一つ真実ではない。存在する価値もない、下等生物だ!!)」
人間に対する憎悪を抱き、ディザ・イースンは仲間のいる場所へと移動して行った。
―※*※―
「この煙は、人間が出す『憎悪』の集合体。人間が少なからず持っている『負の感情』が物質に強く宿っていれば、俺の力で引き出し、具現化できる」
「なら、その石のレンガにはその『負の感情』が強く宿っていたのか?」
「いや。この石を運んだ人間の『負の感情』が、少しずつ、少しずつ、長い時間・・・・・・とまでは行かないけれど、集まっていき結晶と化した、いわば・・・・・・」
「『負の魔力』ということか」
一通り作業を終えたカルマは、声の主のほうを振り向いた。
「少し違うね。僕らはこれのことを『ネガティゼンス』と呼んでいる。ある国の言葉で『負の思念』を意味する『ネガティブ・センス』から名付けた」
「これから貴様らは・・・・・・何をする気だ?」
強くなる声に対し、カルマは冷たく笑う。
「さあね。止めるなら今の内だよ?アトゥム」
今、カルマ睨んでいるアトゥムは、ディザと対峙した時とは違い、酷く消耗しているような感じだった。
「やっぱり。いくら創造神と言っても、この世界に留まれる時間はそう長くはないようだね。強すぎる力が、逆にこの世界に留まらせるのを邪魔しているか・・・・・・」
「・・・・・・くっ・・・・・・」とアトゥムが歯軋りをする。
「世界を造ったとはいえ、その世界の『外』の次元の存在でしかない。神界も冥界も、見方によれば同じ次元に平行して存在する世界、『パラレルワールド』。同じ時空に対して平行に存在はしているものの、『次元の壁』により区切られた世界」
黒い煙の形が鮮明になり、吹き荒れていた風も弱まった。
「『神界』にいる神も、『人間界』に渡ると力が落ちるらしい。だが、創造神が存在するのは『次元の外』・・・・・・」
「違うな。天地を創造した際、俺はその次元の中に存在した。それより、なぜこんな話をする。時間稼ぎか?」
「そう思えたのか?まあいい。俺の単なる好奇心だったんだが、考えてみればあんたら『創造神』は、本来の肉体でこの世界に入ることはできない。いわば、今のあんたは分身だ。仮に入れたとしても、その力は著しく消耗する」
「ふぅ~・・・・・・そうだな。ではそろそろ・・・・・・」
そう言った途端、カルマが腕を振り衝撃波を放った。アトゥムはそれをかわし、カルマに掴みかかった。が、カルマは軽くかわすと逆に蹴りを二発、アトゥムに当てた。
「くっ・・・・・・」
蹴りが当たった箇所を押さえて、砂地に膝を付いて着地した。カルマはそんなアトゥムに目もくれず、完全に形が整った車に歩いて行く。
「仲間も来たことだし、そろそろ失礼するよ。分身とはいえ、君の力も限界のはずだからね」
「確かに・・・・・・強大なる力を持つがゆえ、現世では完全な力を持って実体化できない。だが・・・・・・」
ディザが地面に着地すると同時に、アトゥムが立ち上がる。
「―――お前たちの力を、削ることはできる!」
そう言うと、腕を振り上げ、王の遺体に憑依したディザに深手を追わせた光を放った。「そんな単調な」とカルマは上半身を右にそらせたが、アトゥムの放った光はカルマの右肩を掠めた。
「なっ・・・・・・」
かわした筈の攻撃を受けたカルマは、アトゥムのほうを睨んだ。だが、アトゥムの体は消えかかっていた。
「後は・・・・・・頼んだぞ・・・・・・」
小さく呟くと、アトゥムの分身は光の粒子となって消えてしまった。
「おい。大丈夫か?」
さほど心配していないような口調で聞かれると、カルマは「ああ」と答えた。
「では行くか。創造神たるアトゥムを倒した我らを、止められる者はいない」
「奢るな。あれはあくまで分身だ」
黒い煙、負の思念を集合させて作った乗り物はディザとカルマを載せると少しだけ宙に浮いた。そのすぐ側の空間に次元を曲げて作った穴を出現させると、その穴を通り、目的地である冥界アムドゥアドへ向かって行った。
当時読んでいたマンガに、強大な力を持つがゆえに別の世界に干渉できず、できたらできたで本来の力を発揮できずに負けたキャラが出ていました。案外、神様が人間の世界に干渉できない理由に当てはまるのでないか、と思っていた。