第2話 旅立ち
ロンディノス郊外での戦いが終わって、数時間が経過した。ディステリアは傷の手当てを受けて、市役所の医務室に寝かされていた。
「う・・・・・・ん・・・・・・」
目を開けて真っ先に視界に入ったのは、医務室の天井。
「(ここは・・・・・・俺は・・・・・・いったい・・・・・・)」
ゆっくりと体を起こすと、包帯を巻かれた腕を見る。
「(確か・・・・・・ロンディノスで奴らと戦っていて・・・・・・それで・・・・・・)」
「よお、気が付いたか?」
声がしたほうを向くと、街で自分を助けた男性―――クトゥリアがドアの近くに立っていた。
「あなたは、確か町で・・・・・・」
「ああ。町のほうは、部隊の兵士たちが後始末を付けてくれているよ」
そう言って、クトゥリアはディステリアの寝ているベッドの近くに来る。
「・・・・・・あっ、あの時は、助けていただいて・・・・・・ありがとうございました!」
ベッドの上でディステリアは急いで頭を下げたが、その瞬間、体に痛みが走った。
「おいおい。医者の話じゃあ、君の体はかなりガタがきているらしいから、無茶はしないほうがいい。ああ、それと・・・・・・いいってことよ」
そう言って笑ったクトゥリアにつられて、ディステリアも笑った。
―※*※―
それから数時間後。ヘクターの部屋にクトゥリアがやって来た。
「本当に久しぶりだな。・・・・・・で、今回はなんの用だ?」
「言わずともわかっているだろう?例の件だ」
ヘクターはソファーに座ることを進めるように手を差し出すと、クトゥリアはそれに従いソファーに座った。それに合わせて、ヘクターも向かい側のソファーに座る。
「・・・・・・で、今度はどういう頼みだ?資金はあれでギリギリだし、何より、確かなことが言えない今の段階では、君が革命を起こす危険性を懸念しかねない」
「わかっています。しかし、そのことについてはまた今度に話すとして、今回は別のお願いに来ました」
改まった態度に、ヘクターが「なんだね?」と聞く。
「あのディステリアという少年を、貸してはくれないか?」
ヘクターは「えっ?」と驚く。
「彼の中に眠る素質・力はとても高い。だが、それを伸ばすにはここは狭すぎる」
「だが・・・・・・だとしたら、どこなら彼の力を伸ばすことができ・・・・・・はっ、そうか」
その時、彼の頭にある考えが浮かんだ。
「確かに、君が立ち上げようとしている組織なら世界中で活動が出来るから、彼の中に秘められた力を高めるにはいいかもしれない。だが・・・・・・」
「やはり心配か?私がこの世界に、混乱をもたらすかもしれないって?」
「君がそんな人間でないことは、私も重々承知しているんだが、どうも国の上のほうがね・・・・・・」
「仕方ない。もっとも、なにか別の要因があるのかもしれませんが・・・・・・」
複雑な表情をしたクトゥリアが目を逸らす。
「おいおい。まさかこの国の中に、君らが相手にしようとしているような、危ない組織に加担する者がいる・・・・・・なんて言うつもりじゃないだろうね?」
「可能性がない訳じゃない。いや、この国以外にも、ハルミア、ルーシア、オルバラード。可能性がある国がたくさんある」
「その、『可能性がある国』のほとんどが、エウロッパ国に集中しているというのが気になるが・・・・・・」
頭を抑えて溜め息混じりに言うと、手を下ろしたヘクターは顔を上げる。
「逆にルーシア国は可能性がある国は一つ・・・・・・だが、他の数十カ国と比べて可能性はずば抜けて高い」
「ルーシアは確か、国土が広いがゆえにそれをいくつかの地方に分けて、中心となる〈王国〉を通じて各地を収めていると聞いているが・・・・・・」
「その〈王国〉は、五年も前に陥落した」
「そういえば、そんなことを言っていたな・・・・・・」
椅子に座わったまま考え込むヘクターに、クトゥリアが続ける。
「あそこは、この国とスヴェロニア国の間にある。それと・・・・・・〈王国〉が陥落してから日が経たない頃から、国境近くの隣町に当たる〈軍事都市ルエヴィト〉で、武器商人と思しき男と何やら話をしていたらしい」
「・・・・・・君と同じように、世界中で活動できる組織を創ろうとしているだけかもしれないぞ?」
だが、「・・・・・・いや。とてもそうとは思えない」とクトゥリアは首を振った。
「理由は?」
「半分は勘。もう半分は・・・・・・彼らは危険度SS級の武器を密輸している疑いがあるからだ。そのほとんどが、政府が指定した条約によって製造・使用を禁止されたものばかりだ。・・・・・・あれ、なんて名前だっけ」
「バカな!?彼らの国は、かつてハルミアの持ち出した大量破壊兵器によって、多くの民が犠牲となっている。なのに、それと同じことを繰り返そうとしていると言うのか!?それと、世界規模で思考されている条約くらい覚えていろ」
「あくまで、可能性の話だ。敵も目立った動きをしていないため、こちらも動きが掴みにくい」
「とても信じられん」
ソファーの背にもたれかかり呟くヘクターを見ると、クトゥリアは立ち上がってドアに向かって歩き出した。
「どこへ行くんだ!?」
ヘクターが半ば叫ぶように聞くと、ノブに手をかけて立ち止まる。
「戻るんですよ。今ここで話した全てが、すぐに信じてもらえるとは思っていない。だが、いずれ証明される日が来るだろうと、俺は思っている」
「つまり・・・・・・信じなかったがゆえに、手遅れになった・・・・・・と?」
すると「ハハッ・・・・・・そんなことにはさせないよ」と、笑った。
「・・・・・・ディステリアについての話だが・・・・・・彼の返事を聞いてからでいいかね?」
「いや、もう話はしてある。決めるのは彼だ。その時は、連絡を・・・・・・」
ドアを開けると、そこにはディステリアが立っていたのでクトゥリアは目を丸くした。
「ディステリア!?いったい、いつから?」
驚いて立ち上がったヘクターに、「つい、さっきですよ」とディステリアが答える。
「・・・・・・見送りにでも、来てくれたのかい?」
そう言って部屋を出るクトゥリアの背中に向かって、「俺、行くよ!!」と、ディステリアは叫ぶ。その言葉に「ええっ!?」と、ヘクターとクトゥリアが驚いた。
「ディステリア・・・・・・お前・・・・・・」
「ああ・・・・・・いや、でも・・・・・・」
戸惑うクトゥリアに、「誘っておいて戸惑うのか!?」とディステリアが叫ぶ。
「いや、そうじゃない。ただ、急すぎないか?もっとよく考えて・・・・・・」
「俺は・・・・・・」とディステリアはうつむき、拳を握った。
「俺は今日の戦いで・・・・・・自分の未熟さを知った。シュライクの言うとおり、あの時、無理にでもついて行っていたら、俺はみんなの足手まといになっていた。俺はまだまだ・・・・・・力不足だ・・・・・・」
顔を上げて、「だから!!」と、クトゥリアを真っ直ぐ見る。
「俺を連れて行って、鍛えてくれ。必ず強くなって、足手まといにならないようにする!」
最後に「お願いします!!」と頭を下げた。それを見たクトゥリアは頭をかいた。
「参ったな~」
「どうする?今、連れて行っても、鍛えるような施設も本拠地もないのだろ?」
それに対し、「いや、あるにはある」と右手を上げて答える。
「マナナン・マク・リールの話では、まだ俺たち、人間による開発の手が及んでいない島があるそうだ。そこを本拠地にすると・・・・・・」
「ちょっと待て!マナナン・マク・リールと言ったら、隣国エリウの海洋神ではないか!?君は、そんな奴と知り合いなのか!?」
「まあ・・・・・・な。それにそこは、世界各国の神様の集合場所にするつもりらしいんだ。だから使っていいかどうか・・・・・・」
そこまで言うと、顔を上げたディステリアの不安そうな顔を見て、黙り込んだ。そしてしばらく考え込むと、「よし!」と手を叩いた。
「君はしばらく、あの人に預けることにしよう。その人は私が作ろうとしている組織に誘おうと思っているんだ。彼なら、君の力になってくれる」
「その人も、兵士なんですか?」
ディステリアが聞くと、「いや、魔術師だ」とクトゥリアが答える。
「えっ?でも俺・・・・・・魔術なんか・・・・・・」
一転して不安層な顔になると、ヘクターも不思議な顔をしている。
「クトゥリア、なんで魔術なんだ?彼が武器にしているのは、剣術の方だが・・・・・・」
それを聞いて、クトゥリアが「あの戦いを見ていたが」と切り出す。
「彼が倒れる前に放った技。技のスタイルから見て、おそらくあれは中級の魔術技だろう。ただどういう訳か、自分の体のほうにもいくらかダメージを受けるようなんだ」
「ヘクターさん。なんですか?〈魔術技〉って?」とディステリアが聞く。
「〈魔術〉と〈技〉は知っているだろう。〈魔術技〉って言うのは、魔法素を操る〈魔術〉と、武器や拳をふるう〈技〉を一緒にした技の系統なんだ。ただ会得するには、〈魔術〉と〈技〉の両方を極めなければならない。普通なら、剣術初心者であるお前が放てるはずじゃないんだ」
眉をひそめるヘクターに、「だが、俺は―――」とクトゥリアが言う。
「―――そいつが〈魔術技〉を放つのを見たし、大量にいたクルキドが倒されたのも事実だ。訓練者クラスの兵があれだけの数を一度に倒すなんて、〈魔術特技〉を使ったと考えるしかつじつまが合わない」
「俺が・・・・・・そんな技を・・・・・・」
ディステリアは信じられないと言う表情で自分の右手を見る。
「ただ・・・・・・やはり訓練を受けていないからか・・・・・・魔力の制御が出来ずに体に負担をかけているようだ。君が倒れたのも、おそらくそれが原因だろう」
「・・・・・・そうだったのか・・・・・・」
それを聞いて黙り込むディステリアに、「で、どうする?」とクトゥリアが聞く。
「わかった。しばらくはその人の所にいるよ」
「そうか。では、明日にでも出発の準備をしてくれ。君は最低でも一日は安静にしてなくてはいけないのだからな。出発はあさってだ」
ディステリアは「わかった」と言うと、廊下を歩いて行った。
「あの人・・・・・・とは?」
ヘクターが聞くと、「さあ・・・・・・ね」とクトゥリアが誤魔化した。
―※*※―
出発の日。朝早くから、町の門には旅支度をしたディステリアとクトゥリアと、見送りのヘクターが立っていた。
「いやあ、見送りご苦労」
「お前じゃない。ディステリアの見送りだ」
ヘクターの冷たい回答に、「あ、そう」と肩を落とす。
「くれぐれも、無茶はしないように。いいね」
「はい」とディステリアが頷く。
「では、行って来ます!!」
街の外へ歩き出す二人を、ヘクターは静かに見送っていた。
―※*※―
所々に雲がある青空の下。ディステリアとクトゥリアは街道を近くの港に向けて歩いている。
「俺を預けようとしている『あの人』って、どこにいるんですか?」
「さあな。生まれはウェイスでそこに家があるのだが、彼はエウロッパ大陸を渡り歩いているからな」
「つまり・・・・・・居場所はわからないと?」と、ディステリアは唖然とした。
「いや、居場所はわかる。この前会った時は、しばらくこのイグリースを旅すると言っていた。だから運がよければ会えるだろう」
「運が悪ければ・・・・・・?」と、不安げにディステリアが聞く。
「なかなか会えない。まあその間、おまえの体力も上がってるだろう」
胡散臭そうな表情に加え、黙りこんで道を歩くディステリア。
「そんな顔で見るなよ~」
嘆きながら歩いているクトゥリアに、「見てませんよ」と言った。
―※*※―
出発から昼ごろを回り、クトゥリアは自分が知っている最低限の知識を、ディステリアに与えていた。
「共に暮らすといえど、ほとんどの者は幻獣に畏敬の念を持ち、同じ場所には暮らさず遠ざけていた。繁栄した人間は科学と魔法を手に入れ〈文明〉の中で暮らし、幻獣は〈自然〉と共に暮らしていった。この二つの種族は、長い年月の間、共に暮らす者と人と争う者に分かれ始めた」
「知っています。『人間と幻獣の関係』という本に、書いてありました。もっとも、その本は政府に回収され、処分されたようですが・・・・・・」
「・・・・・・ああ、よく知ってるな。だが、なんでお前は、その回収処分されたはずの本の内容を知っているんだ?」
「ヘクターさんに見せてもらったんですよ。政府の回収令で、提出する前にちょっと・・・・・・」
すると、「ハハハハハハ。あいつも粋なことをするもんだ」とクトゥリアが笑った。
「なんで政府は、あの本を回収処分したと思う?」
「さあ?」と答えると、クトゥリアは立ち止まると遠くを見た。
「政府は、この世界には〈精霊〉とか〈魔法〉とかいうのは存在しない、という説を唱えている。それらの存在を認めてしまえば〈神〉という存在を認めることにつながり、いつしかその〈神〉を崇める一団が政府を倒そうとするんじゃないか、って恐れているんだよ」
「精霊や魔術は存在しない・・・・・・?じゃあ、俺が使ったあの力は・・・・・・?」
「間違いなく〈魔術〉だろうな。だが、お前は政府お抱えの騎士団に所属していただろ?」
「えっ?ええ・・・・・・」
「世間には精霊や魔法を否定している一方、政府はそうした力に通じる者を監視下、もしくは傘下に置いていて、なおかつ不問にしている。『保護』の名の元に・・・・・・」
「違うのか?」
聞いたディステリアに、「大違いもいいとこだ」と呆れるように言う。
「政府は結局、戦争が起きた時に戦局が有利になる『手駒』を欲しているだけなんだよ。それも、世間から保護してやった恩を着せて」
「・・・・・・ひどい話だ」
そう呟くと、眠っている時に聞こえてきた謎の声のことが頭をよぎった。
「まあ、一方でそういった企みを看破されていることを恐れている。監視しているといっても行動は制限されていないし、民間人と変わらず自由だ。だから、この事実を知っているのは神ぐらいしかいない」
「・・・・・・なら、なんであなたは知っているのですか?あなたは・・・・・・神?」
「違うよ」と、クトゥリアは右手を振った。
「さっきの話の続きだが・・・・・・時が経ち、文明も発達し、人の数も増えた頃。人間たちは自分たちの住処を確保するために、森を切り開き、山を削り、海を埋め立て、空を汚し始めた。そればかりか、先人が重んじてきた神や精霊たちをないがしろにし、その住処に押し入り破壊していった。今まで人間たちを優しく見守ってきた神々もこればかりには腹を立てたが、動かなかった」
「なぜ?」と、ディステリアが聞く。
「その理由は少々、複雑なものだったんだ。古来、人間たちは神々に祈りを捧げていた。祈り、敬っていれば、自分の身に危険が迫った時に助けてくれる、幸せを与えてくれる。そう信じられていた。だが、それでは人間たちが自分たちの手で幸せを掴もうとしなくなる可能性や、神様が助けてくれるから何もしなくていい、という考えが定着する危険性が出てきた。それらを危惧したため、神は必要最小限の介入しかしないようにし、人間たちとの距離を置くことにした」
一泊置いた後、再び話し出す。
「しかし・・・・・・時の経過と共に、神などの超常的存在の介入がない理由は『それらは虚無の存在』とされ、大多数の人間に忘れ去られたり、知られなかったりした。『我々はこの世界に存在する全てのものを見ることができる』という自惚れも、『神々が虚無の存在』という考えに拍車をかけた・・・・・・」
「だから・・・・・・〈神〉と言う存在の否定に・・・・・・?」
「ああ。ある時、精霊たちは自分たちの住処を守るため、人間たちの開発を妨害した。精霊たちと人間たちとの間で小競り合いが続いていたが一触即発の状態で、いつこの二種族の間で大きな争いが起きてもおかしくはなかった。やがて人間同士でも争い始め、世界は荒れて行った。それから、〈人間〉には数え切れないほどの時が流れた」
「自然破壊による環境悪化が、世界各地で起こっていることは知っています。しかし、なぜあなたはそれだけ詳しいのですか?」
それは、ディステリアが今、最も強く持っている疑問。だが、
「いずれ教えるよ。いずれ、な」
そう答えると、クトゥリアは先を急いで行った。
―※*※―
「・・・・・・いずれ君も理解するよ・・・・・・この世界・・・・・・人間が支配するこの世界が、いかに醜く、存在するに値しないことを・・・・・・」
闇に包まれた謎の部屋。その中に座る一人の男が、笑みを浮かべて呟いた。
「ソウセツさま。よろしいですか」
「デズモルートか。なんだ?」
「そろそろ、ことを起こそうかと思います。調査はもはや、十分と・・・・・・」
「・・・・・・その慢心が、作戦の失敗を招く。が、そろそろ頃合かもしれない。・・・・・・よし、やるといい」
「ハハッ、では、早速」と答え、頭を下げると、デズモルートと呼ばれた影の気配は部屋から消えた。
「・・・・・・ククク。第一段階の始まりだ・・・・・・」
部屋の中の男は、不気味に笑った。