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幻想戦記  作者: 竜影
第1章
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第27話 巡り合い






オリュンポス山の中腹に胸元を押さえ、体を引きずるアテナの姿がある。

「私としたことが・・・・・・・ぐっ・・・・・・」

傷の痛みでバランスを崩した途端、崖が崩れてアテナの体は放り出される。

「しまっ・・・・・・・・」

そのままアテナの体は、夜の闇の中に消えて行った。



                      ―※*※―



「・・・・・・おい」

夜遅く、ディステリアは表情を引きつらせていた。日ごろの鍛錬の疲れもあり、眠りを邪魔された彼の怒りは大きい。が、目の前の状況が当り散らすことを抑えていた。

「これは、なんだ」

「なんだ、と言われても・・・・・・」

聞かれたクトゥリアも対応に困ってる。火の消えた焚き火を囲んだ野営テント。キャンプなどで見られるような、三角形の骨組みに幕を張るものではなく、一定範囲の木にヒモを括り付けて迷彩柄の幕を張る。その中に、体から血を流した女性が落ちてきて、寝袋で寝ていたディステリアを直撃した。

「とにかく、応急手当だ。ディステリア、脱がせろ」

「はあ!?そ、そんなことできる訳ないだろ!!」

顔を赤くして叫ぶディステリアに、クトゥリアは「はあ~」と溜め息をつく。

「鎧を脱がせろ、ってつもりで言ったんだが・・・・・・とにかく、止血するぞ」

「お、おう」と言ったものの、ディステリアにはまだ抵抗感がある。

「この際だ、応急処置のやり方を叩きこむ」

「ちょ。時と状況を考えてくれ・・・・・・」

「考えているさ。今回は俺がいたからいいものを、お前のいるチームに応急手当のできる者がいなかったらどうする?今のような状況に出くわしたら、そいつを見捨てることになる」

「うっ・・・・・・」

「街に連れて行くにしても、まず止血だ。運んでいる間に出血多量で死んだとなったら洒落にもならん。わかったらさっさとやれ!」

これ以上抵抗しようものなら、何が起こるかわからない。ディステリアはしぶしぶ女性の身につける鎧を外し、差し出された布を傷口に当てた。

「(それよりもこの女性、身につけてる武具から考えると・・・・・・)」

あごに手を当てて考えるクトゥリアは、気を失っている女性の顔に視線を落としていた。



                      ―※*※―



気が付くと、そこは部屋の中だった。窓からは朝日が入り込み、ベッドに寝かされている体には、包帯が巻いてあった。

「・・・・・・ここは・・・・・・」

「気が付いた?」

突然した声に、アテナは警戒を強めて体を起こす。ドアのほうには、水の入った洗面器を抱えた少女が入って来ていた。

「よかった。傷は深いし、崖から落ちたようだったから、もう助からないのかと思ったわ」

笑いかけた少女に、「私は・・・・・・どれだけ・・・・・・」とアテナは聞いた。

「あなたを見つけたのは昨夜らしいだから・・・・・・半日も経ってないんじゃない?」

少女は、ベッドの側のテーブルに洗面器を置いた。

「自己紹介がまだだったね。私はセルス。あなたは?」

「私は・・・・・・アテナ・・・・・・だ」

その名を聞いても、セルスは驚かなかった。

「アテナ・・・・・・この辺りの伝説に出てくる『オリュンポス十二神』の一人。いい名前ですね」

「あ・・・・・・ああ・・・・・・」

「目が覚めたのか?」

アテナが呟いた時、部屋の外から男性の声がした。ドアの所に立っているのはセルスと同じ茶髪の男性だった。

「あっ、クウァル。うん、この人は・・・・・・」

「さっき聞こえた。アテナなんだってね?オリュンポス十二神の・・・・・・」

部屋に入り、アテナに近づいたクウァルの目は、とても冷たいものだった。

「(なんだ?この冷たい目は・・・・・・?)」

クウァルはいきなり、アテナの体に巻かれている包帯を掴んだ。

「ちょっとクウァル!何やって・・・・・・」

「俺はなぁ、あんたら神様が大っ嫌いなんだよ・・・・・・」

そうは言われても、アテナにはなんのことかわからなかった。

「神話の中じゃ、この世界を造ったとか、人々を救うとか言われてるけど、ならなんで今も苦しんでいる人がいるんだ?」

「それは、人々の行いが悪い・・・・・・」

セルスが口を出そうとするが、「お前には聞いてない!!」とクウァルが怒鳴った。

「俺は貴様ら神が、全てに平等なんで思っていない。貴様らがやることなんて、ただの気まぐれの暇つぶしなんだよ」

「ちょっと待て。我々のすることを、なぜ気まぐれだと言えるんだ?」

「そうだよ。その人に失礼だよ」

「ハン!知らないとでも思ったか?例えば『トロイア戦争』!!」

ハッ、と気付くアテナ。セルスはあごに人差指を当てて考えた。

「えっと確か、結婚式に招かれなかった争いの女神エリスが、『最も美しい人へ』と書いたリンゴを送って、それをヘラとアフロディーテと・・・・・・え~と・・・・・・?」

「アテナ。つまりこいつだ。三人はリンゴの送り主を巡って争い、それをトロイアと言う国の王子に決めさせた。結果、アフロディーテが決められ、その報復としてトロイア戦争が起こった」

そこまで言うと、クウァルの手の力が強くなった。

「つまり、貴様らの茶番に付き合って、多くの人が死んだと言う訳だ」

「でも、それは・・・・・・第一、この人は名前が同じと言うだけで・・・・・・」

「それだけじゃない。そもそも、なぜエリスが式に招かれなかったか。これにはゼウスが関与しているという説がある」

「お父さまが?」とアテナが目を見張った。

「ほぉ、ボロを出したな。ゼウスは増えすぎた人間を減らすために、手を回していたのさ。自分の浮気癖を棚に上げて!」

そこまで聞いた時、今まで聞いていたアテナのほうも我慢の限界が来た。

「あなたの言っていることは神への冒涜です。これ以上、お父さまのことを悪く言うのをやめてくれないか?」

「ハン、庇うのかよ。あんたの母親をあいつがどうしたかも知らずによ!!」

「お母さま?お母さまのこと知って・・・・・・いる訳ないよね。人間なんかが・・・・・・」

目を伏せて視線を逸らしたアテナに、クウァルはそ知らぬ顔で続ける。

「知らないのは貴様のほうだ。貴様の母親のメティスはな・・・・・・」

「ちょっと待ちなさい、クウァル!!」

その時、なんのことか察しが付いたセルスは、いきなりクウァルの服を引っ張って部屋の外に出た。バタン、とドアを閉めたセルスは、クウァルを睨んだ。

「どういうつもり!?あなた、本当のことを言うつもり!?第一、本人かもわからないのに」

セルスに怒鳴られたクウァルは、「ちっ」と舌打ちをして立ち去ろうとする。

「答えて!!なんであんなこと言ったの!?」

「・・・・・・それは、お前もよく知っているはずだ」と、忌々しそうにクウァルが言う。

「あなたが自分の中の『神の血』を嫌悪してるから?だからって、アテナさんに当たるのは間違ってる!」

「『アテナさん』・・・・・・か。ほんの数秒でずいぶんと親しくなったものだ」

「茶化すのはやめて」

見下すような目のクウァルを、セルスが睨みつける。それを見もせずに、「フン」と言ったクウァルは、その場を立ち去った。



                      ―※*※―



ドアが開くと、すまなそうな顔のセルスが入って来た。

「あの・・・・・・アテナ・・・・・・さま」

「『さま』は付けなくていい。人間の世界では、わたしは人間も同然なのだから」

「じゃあ、『アテナ』って呼んでいい・・・・・・ですか?」

「ああ。それと、敬語もいい。普通に話してくれ」

「うん」と頷くと、セルスは部屋に入ってベッドの側にやって来た。

「クウァルのことは、悪く思わないで下さい。あの子、自分の中の『神の血』を憎んでいるんです」

「『神の血』?あいつは、神の血族なのか?」

「はい。クウァルは・・・・・・ヘラクレスの子孫なんです」

「ヘラクレスの?そうか、あの力はどうりで・・・・・・」

アテナは、クウァルに掴まれた辺りを触ってそう呟いた。

「クウァル、小さい頃から力が強くて・・・・・・そのせいで周りから孤立していたんです。みんな、神様の血が混ざってるなんて思ってなくて、陰では『怪物の血が混ざってる』なんて言われてたんです」

話している内に、だんだんとセルスの声が涙ぐんできた。

「そのせいで、根も葉もないこと・・・・・・いろいろ言われて・・・・・・ずっと・・・・・・ずっと一人で・・・・・・辛い目に・・・・・・」

涙を流しながら話すセルスを、アテナはそっと撫でた。

「確かに我らは、お主ら人間に対して酷いことをしていたのかも知れん。それでもなぜ、お主は私やクウァルのことを気にかけてくれるのだ?」

「あなたは・・・・・・死んだ・・・・・・お姉ちゃんに・・・・・・よく似てる。それに、困っている人を・・・・・・助けるのは・・・・・・当たり前だもん」

「神・・・・・・だけどね」と弱々しく笑ったアテナに、そっと寄り添うセルス。

「あなたのこと・・・・・・『お姉ちゃん』と思って、良いですか?」

「・・・・・・ああ・・・・・・」

実の姉に甘えるかのように、セルスはアテナにもたれかかる。だが、神が人間と交流を深めるのは、あまり好ましいこととされてない。世界で起きる出来事に私情を挟み、公平な判断ができなくなる可能性があるからだ。セルスのほうも、神は姉を見殺しに下も同然の存在。それでも・・・・・・面影を重ねずにはいられなかった。

「・・・・・・ムニャ・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・」

いつの間にか眠ったセルスを、アテナは実の妹をいたわるかのように彼女を優しく抱きしめた。



                      ―※*※―



セルスの家の客間。応急手当をしたアテナをつれて来たクトゥリアとディステリアは、ここに通されていた。

「まさか、本当にオリュンポスの一人、アテナだったとはな」

「知らなかったのか?」と聞いたディステリアに、「見当がついたくらいだ」と肩をすくめる。

「しかし、負傷したアテナが落ちてきたとなると、ここの神界で何かあったのか。せっかくアレス辺りに揉んでもらおうと思ったのに・・・・・・」

「ちょっと待て。曲がりなりにも神だろ?下手したら腕の一本が・・・・・・」

「それはない。アレスはオリュンポス十二神の中で一番弱い部類だ。半神だったとは言え、人間にも負けている。それでも、下手な部隊長よりか強いと思ったほうがいい」

ゴクリ、と生唾を飲んだディステリアから、クトゥリアは視線を外してポツリと呟く。

「・・・・・・・・・『黄金の時代』から、腕が上がったとも聞いたし、な・・・・・・」

聞こえずディステリアが首を傾げると、ドアが開いて不機嫌そうなクウァルが入って来た。

「あ、どうも。彼女を受け入れてくれて助かったよ」

「別に。それを選んだのはセルスだ。俺だったら叩き出してたね」

「うわ・・・・・・怪我人を叩きだすなんて、どんだけ根性捻じ曲がってんだよ」

「こっちの事情を知らないくせに、勝手なことを言うな」

苦い顔をしたディステリアにクウァルが視線を向ける。

「ところで、あんたらセルスの知り合いか?」

「いや。知り合いっていったら、クトゥリアなんじゃないか?真っ直ぐここに向かったみたいだし」

「いや。近くにある町に急行しただけだ。ここに来たのも、最初に見かけた家だったから」

それを聞いて、ディステリアとクウァルは唖然とし、顔を見合わせた。

「・・・・・・随分とシュールな連れだな」

「・・・・・・一応、師匠なんですけどね」

困ったような顔をしたディステリアに、クウァルは皮肉と同情を込めた視線を彼に向けた。



                      ―※*※―



そのわずか二時間後。海を超えた先に位置するジェプト国で、ある異変が起きている。この国を治める王族の家来たちが町に出て、町の人たちを強制的に連れて行っていた。町のいたる所で響く悲鳴。と、そこへ、一人の少年が通りかかった。

「なんの馬鹿騒ぎだ?これ?」

「あっ、坊。早く逃げなさい。今、王の家来たちが来て・・・・・・」

「王の命令だ。王の巨大な墓を作るために、町の者を集めている」

「そんな馬鹿げた命令、聞いたことない。それとおばさん、僕は坊ではないですよ。僕は・・・・・・」

少年の言葉に、「馬鹿げた命令とはなんだ!?」と逆上した家来たちが、一斉に少年を取り囲んだ。

「(げっ、やっべ)」

焦った少年はすぐさま立ち去ろうとしたが、先回りした家来に、あっという間に気絶させられ、捕まってしまった。

「国家反逆罪の容疑者だ。誰か護送しろ」

すると、「では、私が」と一人の家来が出てきた。

「ホルテスか。いいだろう。ベイヌス。一緒に行ってやれ」

「わかりました。隊長」

彼らには、連行する時は二人一組になる決まりがあった。こうしたほうが、万が一逃走された時も即急に対処できるからである。




                      ―※*※―



砂漠を抜けた先にある、主がいなくなった王宮。その近くに、町の人々を強制労働させて作っている巨大な墓がある。最初は拒んでいた町の人たちも、王のためだったらと自分を納得させて一生懸命働いていた。

「(なるほど。それだけこの国の王は、民のために尽くしたのだな)」

作られる巨大建造物を見上げてそう思う者がいた。その者は現在、縄に縛られ、砂漠の上を引きずられている。

「まったく。人材の確保だけでも忙しいというのに、なぜ反逆者の連行をしなければならないのだ」

最も王に尽くした家来、ホルテスが文句を言う。

「仕方ないだろ?命令なのだから」

護送を進言した家来、ベイヌスが相方をなだめる。

「命令・・・・・・か。しかし、王はなぜあのような命令を残したのだ。生前は民のために尽くしたのに、なぜ、今になって民を苦しめるような命令を・・・・・・」

「この国を治めていた王は、それほどの名君だったのか?」

「名君・・・・・・か、どうかは分からないが・・・・・・王は生前、民のために尽くした。税金を安くしたり、養護施設を作ったり、あと病人のための施設を作ったり・・・・・・」

ベイヌスの言葉に、「ふ~ん。確かに不思議だよねぇ」と声の主が不思議がる。

「そうなんだよ」

腕組みをして「うんうん」と、頷いているベイヌスにホルテスが話しかける。

「おい、ベイヌス。いったい誰と話してるんだ?」

「えっ?お前じゃないのか?」

「いや・・・・・・だとしたら・・・・・・」

二人が同時に後ろを振り向くと、さっきまで縄で縛って引きずっていた少年の姿は消えており、代わりに小さな岩が縛られていた。驚いた二人は突然、後ろから衝撃を受け、気を失い倒れてしまう。二人を気絶させたのは、さっきまで捕まっていた少年だった。

「さて・・・・・・と。確かめなくっちゃな・・・・・・」

そう呟いて少年は、主がいなくなった王宮に入って行った。





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