第24話 弟子入り
怪物たちの爪をサーベルで受け止めるユーリ。だがその度に、左腕の傷がうずく。
「(ぐっ・・・・・・)」
痛みで集中力を削られるユーリは敵に決定打を与えられず、追い詰められていた。
「くそっ・・・・・・」
「私のことはいい。早くここから離れるんだ」
「ダメだ。あんたを見捨ててしまったら、今までやってきたことの意味がない」
「私一人のために、命を捨てるものじゃない!君には多くの命を救う使命があるはずだ!!」
片膝を付いたユーリに、トドメを刺そうと怪物が襲いかかる。万事休すと思ったその時、マントを羽織った二人が飛び出して怪物を切り伏せた。その一人が、マントについてたフードをめくる。
「よう、アウグス。久しぶりだな」
「お前、クトゥリアか」
アウグスが目を見張っていると、襲いかかる怪物を、もう一人―――ディステリアが剣で切り伏せる。
「お前・・・・・・さっき町で会った」
「あんたが、教会に立ち向かう道化の騎士だったのか。まだ子供じゃないか」
「そういうお前だって子供だろ?」
「何言ってやがる。俺は今年で16だ!」
「なっ・・・・・・。俺は、14・・・・・・」
「なんだ。やっぱり子供じゃないか」
「その言動だと、お前も変わらないぞ」
呆れたクトゥリアの言葉に、「うっ・・・・・・」と言葉を詰まらせる。そこに怪物たちが襲いかかるが、ディステリアは剣の一閃で弾き飛ばす。
「しかし、おまえが人を連れているとは、珍しいな」
「聞いて驚くな。お前の弟子になる予定の少年だ」
「何!?クトゥリア。じゃあ、その人が?」
「ああ。おまえを預けようと思っている魔術師、アウグス・フォン・ホーエンハイムだ」
「本業は医者だ」
クトゥリアに縄を切ってもらい、解放されたアウグスが言う。そうしている内に襲ってくる魔物たちを、二匹、三匹と切り伏せた。
「それにしても、こいつらなんなんだ?クルキドとは違うようだが・・・・・・」
「〈ディゼア〉。人の欲望と憎しみにより作り出された魔獣だ」
「なんでそんな奴らが・・・・・・!!」
次々と現れるディゼアにてこずっている間、審問官は教会騎士たちに指令を出した。
「さあ、神に仕える我が教会の教会騎士の諸君。この機会に異端者どもを、根絶やしにするのだ!」
腕を振り上げ、高らかに宣言する異端審問間。ところが教会騎士たちは戸惑い、所々、顔を見合わせている。
「どうしたというのだ!?」
苛立った異端審問間が声を荒げると、一人の教会騎士が進み出た。
「恐れながら。その怪物は、本当に神がお遣わしになられたのですか?今あの男が、欲望がどうとかと・・・・・・」
「ええい。異端者などの言葉に耳を貸すな!我らは神に仕える異端審問官だ。我の言葉はすなわち、神の言葉!」
「し・・・・・・しかし・・・・・・」
「ええい・・・・・・黙れ!!」
戸惑う教会騎士に、興奮で頭に血が上った審問官は進み出た教会騎士を手持ちの剣で斬った。それを見た他の教会騎士たちは、戸惑った。
「何を驚いている。この者は我に逆らった、つまり異端者だ。異端者を狩るのが、貴様らの仕事であろう!!」
「だ・・・・・・だからって、いきなり斬ることはないだろう!!」
「そうだ。神に仕える者が不意打ちなんて、するはずないだろう!!」
「おまえこそが異端者だ!!」
やがて教会騎士たちの中から、「そうだ、そうだ」と声が出始める。それを見た審問官が怒りをあらわにした。
「ええぇい。神を裏切る愚か者が。この私が、まとめて成敗してくれる!!」
そういうや否や、体から黒いエネルギーが放たれ、審問官の体が黒く強大な巨人の姿となった。教会騎士たちは驚き、浮き足立った。
「ハハハハハハ。異端者ども、まとめて片づけてくれるわ!!」
太い腕を振りかざした瞬間、背中に翼を生やしたディステリアが割って入る。巨人の腕を剣がぶつかるが、力は圧倒的でディステリアは地面に叩きつけられる。しかも、その衝撃で剣が折れた。
「ぐわっ!くそっ・・・・・・」
「まずいな。仕方ない・・・・・・ディステリア、受け取れ!!」
黒い翼のような形のそれは、クトゥリアに取り上げられていた天魔剣。地面に倒れたままそれを振り、巨人の拳を払う。
「なんだと!?」
「!?あの力・・・・・・ただの筋力強化じゃない・・・・・・」
怪訝そうに眉を寄せるクトゥリアだが、戦闘中に考え事をできる余裕はない。再び拳を振り下ろそうとする巨人に、地面から無数の緑色の光の鎖が飛び出し、審問官に絡みついた。
「こ・・・・・・これは・・・・・・」
巨大化した審問官の後ろには、右腕をかざし、緑色の光を放っているアウグスの姿があった。
「樹海捕縛・・・・・・アルボルアレスト!!」
手を握ると、緑色の鎖が体を締め付ける。そこに、ディゼアを片づけ、高くジャンプしたユーリがサーベルで切りかかる。
「そこだ!!」
サーベルは大きく、審問官の胸をバツの字に切り裂いた。そこに、落ちるユーリと入れ違いに飛び上がったディステリアが、魔力を帯びた剣先を向ける。
「貫け!!ルミナスランス!!」
突き出した剣から放たれた巨大な光の槍が、二つの傷が重なっている部分を貫いた。
「ぐぎゃああぁぁぁっ!!!おのれえぇぇぇっ!!」
断末魔の叫びを上げ、審問官の巨大な体は黒い光の粒となって崩れ去った。
―※*※―
一方、地下室で激しい戦いを繰り広げているラスプとパラケル。不意に、ラスプの動きが止まった。
「!?・・・・・・なんだと、我が分身がやられた!?」
「隙あり!!」
パラケルが叫ぶと、腕についている刃の広い剣でラスプの胴体を切り裂いた。
「がは、ああああっ!!」
すぐに振り返り、剣を大きく縦に振り下ろす。
「が・・・・・・はあっ・・・・・・」
地下室の床に両膝を着くと、そのまま体が青い炎に包まれて、灰となって崩れ去った。地下牢に入れられている人たちは口々に、
「や・・・・・・やった・・・・・・」「異端狩りの親玉を倒した」「あいつ、人間じゃなかったのか」
と言っていた。
「みんな、待たせたな。すぐに出してやるよ」
すぐさま牢のカギをこじ開けると、中から「やった~」「これで帰れるぞ~」と、人々があふれ出した。
「分身がどうとか言ってたけど・・・・・・クトゥリアたちがうまくやってくれたのかな?」
そう呟くと、パラケルも急いで地下室を後にした。
―※*※―
再びパラーナ盆地。審問官に意を唱えたために着られた教会騎士は、アウグスが治療に当たっていた。
「これでよし。だが、これはあくまで応急処置だ。すぐに町の医者に見せたほうがいい」
「わ・・・・・・わかった」と、怪我をした教会騎士を抱えて立ち去ろうとするが、一回、後ろを向いた。
「あ・・・・・・あの・・・・・・」
「ん?」と首を傾げるアウグスに、「す・・・・・・すまなかった」と教会騎士が謝った。
「・・・・・・その言葉は、私にではなく・・・・・・今まで犠牲になった者たちに言うがいい」
教会騎士は「わかった」と言うと、仲間を引き連れ、近くの町に向かった。
「手持ちの薬と魔術であそこまで治すとは、さすがだ。腕は落ちていないな」
「バカを言うな。魔術での治療はあくまで応急処置。自然治癒には劣る」
「それでも、さすがだ。彼を預けるには十分だ」
そう言うと、ユーリと話しているディステリアのほうを向いた。ユーリは左腕に包帯を巻かれており、目を隠す仮面は外していた。突然、ユーリがアウグスの所に近づいてきた。
「アウグスさん。あなたと一緒に、女の子が連れて来られませんでしたか?」
「女の子?さあ、知らないな?」
「俺と同じくらいの、年格好の女の子なんですが・・・・・・」
アウグスは考えたが、「いや、心当たりはない」と首を振った。
「そうですか・・・・・・くそっ、奴らにいっぱい食わされたか・・・・・・!!」
―※*※―
一方、ファンラス港から十キロ離れた沖を進む、一隻の船。その中の一室では、椅子に縛られたミリアとレマレーナがいた。
「フフフ。ここまで沖合いに来れば、さすがに道化騎士もこれまい。残念だったな?小娘」
ミリアは、黙ってレマレーナを睨んでいる。
「フン。今頃、道化騎士は、我らの手駒が始末しているだろう」
「・・・・・・そんな・・・・・・ユーリは決して、あなたたちの思惑通りにはさせないわ!」
「ほう。貴様も気付いていたとは、な。あの道化騎士とかいう奴の正体に・・・・・・」
ミリアは驚いた。敵は道化騎士の正体を知っていながら、今まで放っておいた。それが理解できなかった。
「どういうつもり・・・・・・とでも聞きたそうな顔をしているな。我々としてはすぐさま片づけたかったのだが、我が主が危機感をあまり持っていなくてね。ある程度、成果が出さえすればいいという性格だったから・・・・・・」
そう言いながらミリアに近づき、懐の内ポケットから暗い紫色の液体が入った小瓶を取り出す。
「でも、私は違う。確実な勝利のためには、多少、余計なことでもしなければならないと考える。そう、君を我が手駒にすることも」
小瓶にはめてあるコルクを取ると、無理やりミリアの口にねじ込む。飲まないように抵抗するが、無理やり頭を上に向かせられる。と、その時、船を大きな衝撃が襲った。思わずビンから手を離したため、ミリアの口から外れて下に落ちた。
「ちっ、何事だ!?」
入り口近くにある無線を手に取る。
「何者かが船内に侵入を・・・・・・っ!?どわあぁっ!!」
「!?」
爆音と共に連絡が断たれて数秒後に、ドアも吹き飛ばされた。爆炎が晴れるとそこには、肩に剣を担いだ背の高い男性が立っていた。
「くだらない趣味をお持ちで・・・・・・」
「何者だ!?」と構えるレマレーナに、男は部屋に足を踏み入れ、笑顔で答えた。
「旅好きの海洋神です。そこまで言えばおわかりでは・・・・・・?」
「なんだと!?では、貴様・・・・・・」
身構えた頃には、男はすでに通り過ぎており、レマレーナは切り伏せられていた。
「暴れすぎたんでな。今はこれくらいで勘弁してやる」
床に倒れるレマレーナにそう言うと、ミリアに近づいた。
「あなた・・・・・・は・・・・・・」
「あんたには名乗らなきゃわからないか。俺はマナナン・マク・リール。さっきも言ったとおり、旅好きの海洋神さ」
そう言って、彼女を縛っているロープを切った。
「さっき暴れすぎたって言っただろ?おかげで船が沈みそうなんだ。とにかく、脱出するぞ」
椅子から立ち上がろうとしたその時、突然、ミリアが「ううっ」と片膝を着いて苦しみだした。
「・・・・・・熱い・・・・・・体が・・・・・・熱い・・・・・・」
「なんだって!?あの神父風の野郎・・・・・・何か変なのを飲ませやがったな?」
急いで自分の道具袋をあさったマナナン・マク・リールは、青い液体が入った小瓶を取り出した。
「よし、パナシーアが残っていた。こいつでなんとか・・・・・・」
入れ物のふたを開け、ゆっくりミリアに飲ませる。薬を飲んだミリアが深呼吸すると、症状が落ち着き始めた。
「よし、これで・・・・・・」
ところが次の瞬間、ミリアの体がだんだんと縮みだした。そして最後には、7歳ぐらいの少女の姿になってしまった。
「なっ、これはいったい・・・・・・」
ビンのラベルを見るが、ラベルには確かに万能回復薬と書いてある。ではこの状況はいったい。マナナン・マク・リールは、恐る恐る残ったポーションを舐めた。
「!?・・・・・・うえっ!!ぺっ、ぺっ、なんだよ、これ。常若薬じゃねぇか!?」
思わず吹いたが、元々神々に合わせて作った薬なので、髪であるマナナン・マク・リールに悪影響はない。が、今飲ませた目の前の少女は。
「(まさか・・・・・・入れ替わった・・・・・・?)」
余りの惨状に唖然としていると、幼い体になったミリアがじっと見ていた。
「ん?なんだ?・・・・・・」
「・・・・・・私、どうなったの?」
顔を逸らして黙っているマナナン・マク・リールに、ミリアは自分の体を見つめる。ぼんやりとした意識がハッキリしてくると、自分の体に起きた事実を認識した。
「なんで縮んでるの・・・・・・何飲ませたの!?」
立ち上がるミリアだが、目眩がしてふらつく。それを受け止めたマナナン・マク・リールを、ミリアは恨みがましく見上げた。
「ケヒトのヤロ~!!」
ティル・ナ・ノーグに帰ったら一発ぶん殴る。そう心に決めたマナナン・マク・リールだったが、まずはとりあえずこの沈みかけの船から脱出することにした。
―※*※―
翌日。ユーリの家。
「見付からなかったのか・・・・・・?」
アウグスの問いに、「ああ」とユーリは、崩れるようにソファーに座った。
「俺が行った時には、港からはもう船が出ていた。パラケルがいてくれれば、追いかけられたかもしれなかったが・・・・・・」
「いなかったのか・・・・・・それは、タイミングが悪かったな・・・・・・」
クトゥリアが悔しそうに唸ると、ディステリアたちも表情を曇らせる。
「昨日、おまえが港に急いだ時に、パラケルから連絡が入ってな。異端狩りの親玉を倒し、教会の地下に閉じ込められていた人々を助け出したそうだ」
「そうか・・・・・・良かった」
そう呟いたユーリだが、その声は心から喜んでおらず、落胆に満ちていた。
「(俺がもっと早く・・・・・・教会の中を移動していれば・・・・・・)」
己の無力さに歯軋りするユーリ。それを見て、ディステリアは何かを言おうとしたがクトゥリアに止められた。
「よせ、今はそっとしておいてやれ。お前には、それがわかっているはずだ」
ディステリアが何も言わずにうつむくと、「アウグス、こいつの修行のことだが・・・・・・」と切り出した。
「わかっている。明日にも取りかかりたいところだが、その前にやることがある。できるだけ早く終わらせて、『例の島』に渡っておかなければ」
それを聞き、「『例の島』?」と首を傾げるディステリアに、クトゥリアもアウグスも深くは語らなかった。
「お前はどうする?このまま、ミリアって子を・・・・・・」
「いや・・・・・・俺もそこに行く」
うつむいたまま答えるユーリに、「し、しかし・・・・・・」とディステリアが話しかける。
「審問官を率いていたラスプも倒され、その補佐であるレマレーナも行方不明。こうなれば〈恐会〉の機能は麻痺し、自然と異端狩りもなくなるだろう。それ以前に・・・・・・」
怪我をした腕を掴み、ユーリは顔をしかめる。
「〈恐会〉は明らかに、裏で何者かが糸を引いていた。そいつらからミリアを取り戻すには、今の俺では足りない・・・・・・」
〈恐会〉本部で戦った〈ディゼア・トルーパー〉に手も足も出なかった自分を思い出し、悔しさに奥歯を鳴らす。それを見て、アウグスは溜め息をつく。
「わかった。だが、俺に師事する以上、無茶な真似はさせない。長い時間をかけて確実に実力を高めてもらうから、焦らないことだ。いいな」
「・・・・・・わかった」とユーリが頷くと、「さて」とアウグスはクトゥリアに目を向ける。
「出発は早いほうがいい。今日できる準備は今日の内に済ませておこう」
「えらく急だな・・・・・・それにこの国のことだが、このまま放置して大丈夫か?」
「少なからず、教会の意に反していた貴族もいることだし、後はそいつらが後片付けしてくれるだろう」
「そうだな。この国のことは彼らに任せ、我々は我々のやるべきことをやろう」
互いに頷くクトゥリアとアウグス。そんな二人を見て、ディステリアは首を傾げる。
「我々のやるべきこと・・・・・・って?」
その質問にクトゥリアは、「今にわかる」と意味深な笑いを浮かべた。
―※*※―
その後、ファンラス国では。教会が崩壊したことにより、政権は再び貴族の元に戻り、貴族中心の政治が敷かれると思われた。しかし、同じエウロッパ国内、特に隣国に当たるイグリースからの強い働きかけと、教会のやり方に反発していた貴族たちにより、国の仕組みは少しずつであるが改善されていった。そして今まで長い間、『奴隷』と呼ばれていた者たちはその呼び名から解放され、他と同じ『人間』として生きることを許された。
しかし、残念ながらそれは、今から10年も後であり、
この物語が語られる間はかなわない話である。
用語解説
〈パナシーア〉
〈パナシーア・ポーション〉の略称で、回復用の液体薬である。その作り方は神々が編み出した物で、名前は〈万能薬〉という意味を持っている。効果を抑えた物をパラケルが開発、販売している。
〈常若薬〉
北欧神話でいう、『イドゥンの金のリンゴ』。神には若い肉体維持の効果があるが、人間が飲んでしまうと今の状態から若く幼い体になってしまう。人間が手に入れる危険性を考慮して今は作っていないが、百年以上昔に作った物がいくつか余っており、成分の中和方法が見つかっておらず下手に処分できないでいる。