第23話 突入
教会本部の地下牢に、一人の男が入れられている。その男こそ、イグリースでクトゥリアがディステリアを合わせようとした男、魔術師兼医者のアウグス・フォン・ホーエンハイムだった。
「くそ、私としたことが・・・・・・」
イグリースからファンラスに戻り、港に着いたアウグスは、運悪くそこに居合わせた教会騎士に気付かれ、あっという間に囲まれ連行された。
「我ながら、情けない」
自分を責めていると地下牢のドアが開き、二人ほどの教会騎士を引き連れたレマレーナが現れた。
「アウグス・フォン・ホーエンハイム。貴様を即、火刑に処す」
教会騎士の一人が牢屋の入り口を開き、二人がかりでアウグスを立たせる。
「なんだと?・・・・・・教会の異端審問官さまは、ろくな裁判もできないらしいな」
「フン。貴様が異端者であることはすでに明白だ。貴様の処刑は大々的に行なう。連れて行け」
「(大々的?)」
教会騎士に連れられるアウグスは、疑問に思った。今まで、そのようにしたことがあっただろうか。そんな彼に気付いてか、レマレーナはニヤリと笑っていた。
―※*※―
パラーナの郊外では、四日後に異端者の一斉火刑が行われることが報じられた。今までにないことに一般市民はもちろん、貴族たちも驚いた。
「どういうことだ?こんなことは今までなかったのに」
「〈恐会〉の人たちは、ついに大量虐殺でもするのかしら」
一方、貴族たちの意見は真っ二つにわかれていた。
「このような行為、神に仕える者がするべきことではない。野蛮すぎる!!」
「何を言っている。魔女やその類を一網打尽にできるのだぞ。願ってもないことだ!!」
「お主こそ何を言っている。大体、魔術を使う者は本当に悪なのか!?」
「教会の者がそう言っているのだから、そうなのだろう。それともお主、奴らの肩を持つのか?」
瞬く間に広がり、街の至る所で起こった論争をよそに、町の中を一人の旅姿の少年が歩いていた。マントとフードで顔を隠してはいるが、その少年はユーリだった。ユーリは店頭に置かれたテレビの前に立ち止まった。
「奴ら・・・・・・ついにこんなことを・・・・・・」
ミリアをさらわれて三日、彼はプレシュの町を出て首都パラーナに来ていた。宿を拠点に町の造り、道筋、異端狩りの本拠地である教会の場所や造り。全てを調べ上げた。いったん、宿の部屋に戻ると、中にはパラケルがいた。
「パラケル!?持ち場を離れていいのか!?」
「ええ、まあ。それに、アウグスさんが捕まったのは、俺の責任でもある。協力させてくれませんか?」
「今回ばかりは、他に手が欲しいと思っていた。別に構わんが・・・・・・」
「昔のよしみで、この町の中にも何人か協力者がいる。九日後には、全ての準備が・・・・・・」
「いや、明日でなきゃ駄目だ」と部屋を歩くユーリに、パラケルは射抜くような目を向ける。
「明日に、アウグスとその他の異端者として捕まっている者たちが、一斉に処刑される、か。言っちゃ悪いが、これは・・・・・・」
「わかっている。罠だとでも言いたいのだろう」
コップに入れた水を飲んだユーリに、「ほう」と答える。
「気付いていたか。もっとも奴らは、アウグスだけを連れて行くつもりらしい」
首を傾げるユーリに、さらに続ける。
「奴らはアウグスだけを連れて行き、道化の騎士を待ち伏せする。その間に、地下に閉じ込めている人たちを一斉に・・・・・・殺害する!」
「なっ、ちょっと待て。それが本当だとして・・・・・・なぜ知っているんだ・・・・・・?」
しばらく黙っていたが、パラケルは「フッ」と笑う。
「いずれ、わかるよ。俺の正体も、敵の正体もね」
そう呟いて、意味深な笑いを浮かべるパラケルにユーリは眉を寄せたが、長年付き合った仲間を疑う理由はない。
「とにかく、奴らがアウグスって人をどこで処刑するか、探らないと」
「お前まさか、教会に乗り込むつもりか?」
「そのまさかだ。止めても無駄だよ」
「止めはしない。だが、行くなら急いだ方がいい。奴らは今夜にもアウグスと、あとミリアって子を、別々に連れ出すつもりだ」
それを聞いたユーリは「わかった」と、急いで部屋を出て行った。
「さて・・・・・・と」
それを見送ったパラケルは、椅子から立ち上がって窓に近づいた。窓を開けると、そこに止まっていた鳥の足に付いている筒に手紙を入れた。
「こいつをあの男に渡してくれ。どこにいるかわからないが、お前ならすぐにでも見つけられるだろう」
するとその鳥は、すぐさま窓から飛び立った。
「頼んだぞ、ワルキューレ」
―※*※―
マントに身を包んで、教会本部前にユーリが立ち止まった。
「(処刑なんて、させてたまるか!!)」
目元を隠す仮面を被ると、「うおおおっ!!!!」と、堂々と玄関から突っ込んで行った。ドアが突き破られると、中にいた教会騎士たちが慌てふためいた。
「なっ、侵入者だ!!」「道化の騎士だと!?」「侵入者だ~!!」
口々に叫び、襲い掛かる教会騎士たちを、ユーリはサーベルで切り伏せた。とはいえ、サーベルは特別な呪詛のおかげで刃に触れた者が切れないようになっていた。
「何事だ?」
突然の騒ぎに、レマレーナが出てきた。
「あっ、神父長さま。侵入者です、あの〈道化の騎士〉が乗り込んできました」
「なんだと!?わかった。できるだけ異端者どもを移す。その間の時間を稼いでくれ」
教会騎士が「ハッ」と言ったその時、そこへ数人の教会騎士を吹き飛ばして、ユーリが飛び出して来た。
「おっ、おのれ!」
レマレーナと話していた教会騎士が切りかかるが、ユーリがカウンターで蹴りを食らわすと呆気なく気絶した。
「貴様・・・・・・ミリアを返せ!!」
レマレーナに向かって、ユーリは叫んだ。
「フン。悪いが、君ごときと付き合う時間はない。始末しろ」
命令と共に、新たな教会騎士が前に進み出る。
「その〈ディゼアトルーパー〉は、軟弱な人間の兵とは比べ物にならないぞ」
立ち去るレマレーナを「待て!!」と追いかけようとするが、彼の前にディゼアトルーパーが立ちはだかる。
「どけ!!」
抜き放ったサーベルで切りかかるが、いとも簡単に受け止められてしまった。
「!?・・・・・・ぬおっ!!」
殴りつけられたユーリは、左腕から壁に叩き付けられた。
「ぐっ・・・・・・痛ッ・・・・・・!!」
まだ完治していない左腕に衝撃を受け、ユーリは顔をしかめた。目前に迫った教会騎士に、サーベルの呪詛を解除して切りかかった。スーツに身を包んだ部分を切ったが、そこから吹き出た血のような液体が腕のような形になってユーリに襲いかかった。
「なんだ、これは!?」
再びサーベルで切りかかったが、次々と噴き出す液体に囲まれ、多方向から攻撃され再び左腕から壁に叩きつけられた。
「かっ・・・・・・がっ・・・・・・」
怪我をしている左腕を集中的に狙われ、追い詰められたユーリが、これまでかと思った瞬間、突然、
「ユーリ!!」
誰かの声がしたその時、剣を振り下ろそうとした教会騎士たちが、一斉に炎の柱に包まれた。炎が治まった後、唖然とした表情で呟いた。
「・・・・・・ミリア・・・・・・?」
―※*※―
その頃、地下室では。唖然とした表情のミリアと、勝ち誇ったような表情のラスプがいた。
「どうやら、君の正体は本当に幻獣らしいな」
「・・・・・・そんな・・・・・・私は・・・・・・」
「ふん、いずれわかるだろう。我々の本部で調べれば」
「何・・・・・・言ってるの?貴方たち〈恐会〉の本拠地は、ここじゃない」
するとラスプは、「ハハハハハハ」と笑った。
「ところが違うのだよ。我々の、真の本拠地は」
「なんですって!?」
ミリアが目を見張った途端、ドアが開いてレマレーナが入ってきた。
「出発の準備が整いました」
「そうか。ご苦労」と、あごでミリアのほうをしゃくると、レマレーナの後ろにいた教会騎士の格好をした兵が、ミリアを連れ出した。
「ディゼアトルーパーを持ち出したか。なら、もはやここには・・・・・・」
「用はありません。地下に収容している人間どもは・・・・・・」
「私が始末をつけよう。君は彼女を連れて、行きたまえ」
頭を下げて「仰せの通りに」と言うと、レマレーナも地下室を後にした。
「さて・・・・・・と、では他の人間どもを始末するとするか」
部屋を出ると、大勢の人を閉じ込めている大きな牢屋の前で立ち止まった。
「な・・・・・・なんだ・・・・・・?」
「あっ、あいつは・・・・・・異端狩りの親玉!?」
うろたえる人々に対し、不気味な笑みを浮かべる。
「皆さん。今日は残念な知らせがあります。今日この時を持って、あなた方の命は新たな世界のための糧となるのです!!」
「なんだって!?」「そんな」「俺たちはどうなるんだ」と、人々が口々に言う。
「ふざけるな!今に道化騎士が俺たちを助けに・・・・・・」
「残念ながら、助けには来ませんよ・・・・・・。なぜなら・・・・・・あの者は私の真の従者たちによって、血祭りに上げられるのです!!」
ラスプの言葉に牢屋の中から、「そんな」と絶望に満ちた声が上がる。
「絶望の中で、朽ち果てるがいい!!ハ~ッハッハッハッハッハ!!」
大笑いの後、立ち去ろうとしたラスプの前に、「そうはさせるか」と、一人の男が立ちはだかった。
「貴様は・・・・・・!?」
「道化騎士の協力者、パラケルだ。ラスプ、貴様の計画、全て聞かせてもらった。だが、貴様の正体についてもっと詳しく聞かせてもらいたい」
「私が口を割るとでも・・・・・・?」
「簡単にいくとは・・・・・・思っていない!!」
剣を取り出すや否や突っ込んだパラケルを、腕を振って迎え撃つラスプ。剣を受けた腕は繋がったまま、両者は互いに押し合った。
「やはり貴様・・・・・・人間ではないな!?」
「貴様こそ、ただの人間にしては鋭すぎる!!」
その声が響くと、いくつもの金属音が地下室に響き渡った。
―※*※―
〈恐会〉の廊下を駆け抜けるユーリ。途中、何体かのディゼアトルーパーと鉢合わせになったが、なんとか隙を突いて倒していた。そしてついに、異端狩りを率いているラスプの部屋に辿り着いた。ノブに手をかけるといとも簡単に開いたので、罠と思いつつ中に入った。
「誰もいない?・・・・・・ん!・・・・・・あれは」
ラスプの机に駆け寄ったユーリは、そこに載せられている地図を見つけた。
「これは・・・・・・パラーナ盆地の地図か・・・・・・?この日付は・・・・・・今日か」
地図には『午前十時、処刑開始』と書かれていた。
「まずい。急がなければ」
窓から飛び出し、屋根の上を飛び越えながら、処刑場所であるパラーナ盆地へと急いだ。
―※*※―
パラーナ盆地。そこには何人もの教会騎士と執行官、一人の審問官、そして十字架に縛られた一人の男性がいた。
「気分はどうだね?異端の医者」
「これが最高だと思えるか?」
これから火あぶりにされるとは思えないほど、明るい声で答えるアウグスを、「フン」と鼻で笑う。
「その減らず口も、いずれ叩けなくなる。始めろ!」
執行官の一人が、松明を薪に放り投げた。油が掛けられた薪はすぐさま大きな炎を燃え上がらせたが、アウグスが少し精神を集中させると、強風を受けたようにかき消された。慌てふためく教会騎士たちに対し、審問官は落ち着いている。
「フン。やっと正体を表したか」
「本当に魔術を使えるのなら、火あぶりくらいで死なないって言うんだよ」
それを聞き、ざわめきだした教会騎士たちを、「騒ぐな!やつの思惑に乗せられるな!!」と一喝で鎮めた後、審問官が笑みを浮かべる。
「確かにその通りだ。だが、魔術で炎から身を守り続けるにも限界がある。魔力が尽きれば自分を守ることもできず、燃え尽きるだろう」
沈黙の後、アウグスが問い詰める。
「おまえ・・・・・・いったい、なんのためにこんなことをする」
「我らの『世界』を守るためだ・・・・・・」
その時、教会騎士たちの中から悲鳴が上がった。全員が向いた途端、悲鳴が上がった辺りの教会騎士が、一人、二人と打ち上げられた。ざわめく教会騎士を蹴りで押し退け、アウグスの元に現れたのは、道化騎士ことユーリだった。
「ハハハ。やはり現れたか」
笑い声を上げる審問官に対し、アウグスは縛られたまま叫ぶ。
「なぜ来たんだ?これがおまえをおびき寄せる罠だということは、わかりきっているだろう」
「例え罠でも、誰かを見捨てることはできない!!」
息を切らすユーリに、「あいつも、いい弟子を持ったものだ」とパラケルは呟いた。
「じゃあ、師匠を・・・・・・先代の〈道化の騎士〉を知ってるんですか?」
アウグスが「ああ・・・・・・」と呟いた。
「ふっ・・・・・・異端者。今日で最期だ」
手を上げて「出でよ!!」と叫ぶと、周りから大勢の怪物たちが姿を表す。
「なんだ!?こいつらは!!」
「神が異端者を裁くために、遣わされたのよ。やれ!!」
一吼えの後、一斉に襲い掛かる怪物たちに、ユーリはサーベルを構えて立ち向かう。一方、丘の上からその様子を見ていた、旅人用のマントに身を包んだ二人が身構える。
「まずい!助けるぞ!!」
「ああ!!」
二人はマントを翻し、盆地へ駆け下りて行った。