第21話 闇を駆ける騎士
舞台が変わります。
ジークフリートたちがいる国の南・・・・・・隣国にあたる国、ファンラス。遥か昔より貴族が栄え、その貴族たちが中心となって動かす国を、貴族たちは『太陽の国』と呼んだ。しかし、その裏では、貴族以外の貧しい生まれの人間たちが奴隷として売買され、また多くの者たちが、政治的に強い力を持つ教会により、魔女や異端者の汚名を着せられ、〈神〉の名の元に処刑されていた。そのため、貴族以外の者からは恐れを込めて〈恐会〉と呼ばれていた。他国からはこのような処刑制度は取りやめるようにと幾度となく通達が来るが、この国の中にそれを聞き届ける貴族はいなかった。ごく、一部を除いて。
―※*※―
首都パラーナから南に行った所にあるパラーナ盆地。近くに教会が建っているこの盆地では、異端審問官とそれに仕える教会騎士により、異端の汚名を着せられた者が処刑されていた。今、この時も魔女のこの汚名を着せられた小さな女の子が処刑されようとしている。
この少女は、教会に意を唱え、異端者の汚名を着せられ処刑された一家の一人息子の友達で、教会や教会騎士の悪口を言ったため、魔女の汚名を着せられた。話を聞いた家族はすぐ逃げ出そうとしたが、その矢先、娘である少女が捕まってしまった。
「忌まわしき魔女よ。神の名の下に浄化され、天に召されよ」
執行官が「始めろ」と合図を受け、少女の下に組まれた木に火のついた松明を近づける。その時、後ろからざわめきが起きた。
「ちっ、何を騒いで・・・・・・」
後ろを向いた審問官も、目を見開いた。黒く焦げた十字の木の上に、丈の長いマントと目の部分のみを隠す仮面を身に付け、つばの広い西洋風の帽子を被り、腰にサーベルを差した男が立っていた。
「で・・・・・・出たな!!異端の騎士!!」
すぐさま教会騎士たちは、その騎士が乗っている木を取り囲んだ。
「道化騎士、騎士の名を汚す異端者!今日こそ貴様を捕らえる。かかれ!!」
号令と共に、〈恐会〉の教会騎士たちが一斉に先端のわかれたモリのような物を突き出すが、道化騎士はマントをひるがえして空中で回転すると、張付けにされている少女のほうに向かう。着地と同時に少女の手足を縛っている縄を切ると、解放されて下に落ちる少女の体を受け止めた。
「し・・・・・・しまった」
その瞬間、道化騎士と教会騎士たちの間に煙がわきあがり、それが晴れた頃には道化騎士の姿も消えていた。
「くそっ、いつの間に。探せ!」
叫ぶと同時に教会騎士たちは、散り散りになって道化騎士と処刑しようとした少女の行方を捜した。
―※*※―
盆地と首都の間にある森の入り口。そこに広いマントをまとった男が歩いて来る。森の入り口で止まると、草むらの中から男性が出てきて、その後ろから女性が出てきた。
「お待たせしました。この子で間違いありませんね?」
そう言って、マントに隠していた少女を見せる。女性は「ああ」と言って駆け出し、少女を抱きかかえた。
「ああ、娘です。ありがとうございます。これは、お礼です」
そう言って、男性は金貨の入った袋を差し出したが、道化騎士はそれを押し返した。
「私は金品を得るために、動いているのではありません。ただ、このような非道が許せないのです」
納得せずに、「し・・・・・・しかし・・・・・・」と言う男性を制して、さらに続ける。
「港に船を用意しています。そこにいるパラケルというニット帽を被った男性に、あなた方を船に乗せるように伝えています。さあ、教会の騎士たちに見つかる前に、急いでここを・・・・・・」
「わかりました。ありがとうございました」
ひたすら頭を下げてお礼を言う二人を見送ると、道化騎士はそこを後にした。
―※*※―
パラーナとパラーナ盆地のほぼ中間にある小さな町。レンガ造りの貴族の家とは違い、このあたりの家は木と壁の家が多かった。その内の一軒に、先ほどの道化騎士が入って行った。部屋の中に入りドアを閉めると、騎士は「ふう~っ」と溜め息をつき、歩きながら仮面を外して机の上に置いた。下から現れたのは、群青の瞳をした青年の顔だった。
「なぜ、教会は・・・・・・あんな残酷なことができるんだ・・・・・・」
先ほど親子と会った時とは違う、力のない声で呟いた後、マントをトランクの中にしまいベッドの下の隠し部屋に隠した。再び溜め息をつくとベッドに腰掛け、そのまま倒れて眠りについた。
―※*※―
「お父さん!お母さん!嫌だあああああああっ!!!」
森の中。マントをまとった男に抱えられた少年が、泣き叫んでいた。
「ダメだ!もう・・・・・・手遅れだ・・・・・・」
二人の遥か後ろ。森の外では、異端者の処刑が行われていた。炎はいくつもあり、それぞれ人を焼いていた。この二人はパラーナの有力貴族だったが、不公平な裁判で処刑を行なう異端者狩りを行なう〈恐会〉を非難したため、使用人共々、魔女の協力者という汚名を着せられ、火刑に処された。残酷なことに〈恐会〉側は、幼い少年を張付けにしている十字架を、家族や使用人を張付けにした十字架が全て見える位置に配置し、次々と火を放った。
「こんなこと、残酷では・・・・・・」
「黙っていろ。教会騎士長に聞こえれば、おまえも異端者だ」
少年以外が全て火をつけられ、残りは少年となった時、審問官たちの間にざわめきが生まれた。
「な・・・・・・なんだ!?」
ざわめきのほうを向いた時、審問官の顔面に鉄拳が直撃した。体が宙に浮き、地面に倒れた審問官に教会騎士たちが駆け寄っている間に、その何者かは少年が張付けにされている十字架に駆け寄り、縛り付けている縄を切った。
「なっ、いつの間に!?」
気付いた教会騎士たちが飛びかかろうとした時、その男は騎士たちの上を飛び越える大ジャンプを見せ、森の中に入って行った。
「くそっ、追え、追えええっ!!」
そして、今に至る。しばらく森を駆け抜けた後、少年は休憩のために下ろされた。
「なんで、だよ・・・・・・」
呟いた少年を男性が見る。
「なんで、もっと早く来てくれなかったんだよ!そしたら、お父さんもお母さんも使用人のみんなも、死なずにすんだのに!!」
男性は、「すまない」としか言えなかった。
「なんでだ!あんた、無実の人を助けてくれるんじゃないのかよ!!」
大声を出して、少年が立ち上がる。
「本当にすまない。言い訳にしか聞こえないかもしれないが、私は神じゃないんだ。救える者もいれば、救えない者もいる。それが、私の力の底だ」
「っ・・・・・・なんだよ・・・・・・それ・・・・・・じゃあ、救われなかった人は・・・・・・」
「私の力が及ばなかった。それだけだ。『大』か『少』。どちらかを救うためにはどちらかを犠牲にしなければならない。誰かを救いたいと思う者に必ず立ちはだかる、この世界のジレンマだ」
「・・・・・・神様って・・・・・・いるのかよ」
「確かに神様はいる。けど、この世界に対しては無関心だ。いや、無関心でなきゃ、いけないんだ・・・・・・でなければ、神が世界に混乱をもたらす存在になってしまう」
悔しさに顔を歪ませ、「くっ・・・・・・ううっ」と泣きそうになる少年の頭を、男性は優しく撫でる。
「もし君が、今の事実を悔しく思うのなら。このジレンマに立ち向かい、背負い、乗り越えていく覚悟があるのなら。俺は自分が持っている全てを君に託したいと思っている。どうだ・・・・・・?」
弾かれたように、少年が顔を上げる。男性も心痛な面持ちで少年の顔を見ている。やがて少年は、決意を固める。
「わかったよ。やってやろう。俺のような思いをするのは、俺だけでたくさんだ」
「わかった。だが、特訓は決して甘いものじゃない。覚悟しろよ」
少年が「はい!!」と返事をすると、二人は静寂と朝霧に包まれた森の中を歩いて行った。
―※*※―
「はっ!!」
青年が目を開けると、窓から朝日の光が指していた。
「・・・・・・夢・・・・・・か・・・・・・」
不意に、窓を叩く音がする。窓を見ると、足に手紙が入った小さな缶を付けたハトが止まっていた。窓を開けてハトに付いている手紙を取るとそれに目を通した。
「そうか。あの家族は無事、イグリースに渡ったか。さすがパラケルだ・・・・・・」
その時、外からバタバタと騒がしい足音がしてきた。手紙を握り潰すとハトは飛び去り、青年は足音の主が来る前に手紙を机の引き出しにしまった。ガチャッ、とドアが開くのと引き出しが閉まるのはほぼ同時だった。
「やっほ~、ユーリ~。生きてる~?」
無垢な笑顔を振りまく、紅色の髪をした少女が挨拶すると青年、ユーリは溜め息をついた。
「ミリア・・・・・・か」
苦々しく答えるユーリに、ミリアは笑顔を崩さなかった。
「いきなり入って来て『生きてる~?』はないだろ。まるで俺が・・・・・・」
「だって、いつも辛そうな顔しているんだもん。まるで・・・・・・今にも黙って、いなくなってしまいそうな・・・・・・」
ユーリは一瞬、手がピクッと震えた。そのまま黙っていたが、「用件はそれだけ?」とミリアのほうを向いて聞いた。
「えっ、う、うん・・・・・・」
「じゃあ、しばらく外にいてくれない?これから着替えるから」
ミリア「あっ、そうか。ごめん・・・・・・」
彼女が静かにドアを閉めた後、ユーリは着替えを始めた。
―※*※―
数分後、着替え終わった家の居間にユーリが出てきた。彼の家は決して広いとは言えなかったが、狭いとも言えない普通の広さの家だった。
「おまえ、どうやってウチのカギを開けたんだ?」
「何、言ってるの?いつも開いてるよ。あなたって、意外に無用心なのね」
静かに「そうか」と言うユーリ。昨日夜遅く、戻ってすぐに寝てしまったので、カギは掛けられずにそのままにされていた。
「今度からは、気をつけることにするよ」
ユーリは台所に立つと、適当に飲み物を用意した。
「また出たんですって。道化騎士」
それを聞くと、ピタッと動きが止まる。
「〈恐会〉は道化の騎士のことを、『騎士の名を汚す異端な存在』って言って、ファンラス中に指名手配しているわ」
飲み物が入ったコップを二つ持って来ると、ミリアはその片方を、「ありがと」と言って受け取った。
「どんな姿か、掴んでいるのか?」
すると、鞄の中から「これ、手配書」と一枚の紙を出した。そこにはとても本物とは似ても似つかない、長い鉤鼻をした醜い顔の騎士の絵が描かれており、それを見たユーリは思わず、「プッ」と吹き出した。
「あっ、ユーリでも笑っちゃう?こんな顔の人がいたら、目立つのに・・・・・・」
「多分、こいつを怖がらせるための〈恐会〉側の情報工作だろう。にしても・・・・・・」
「『この者、異端者を助ける重罪人につき、見かけた者はすぐに教会へ知らせるように。また、魔術師である可能性もあるため、昼間は姿を変えていると思われる。怪しい者を見かけたら、すぐ教会へ知らせるように』ってさ。うっわ、懸賞金までかけてる。情報提供だけで、二百万だって」
パンをかじりながら、「それだけ〈恐会〉も、必死って訳か」とユーリが呟く。
「俺から見れば、異端狩りの教会騎士のほうが騎士の名を汚している」
「騎士って、自分たちの主に従って、虐殺をするものじゃないの?」
その声にはどこか、怒りのようなものが込められていた。しかし、それを「いや」と、ユーリは否定する。
「元々、騎士とは、王や王妃に仕え、その身を守る者。たとえ敵であっても正々堂々と戦う者たちのことだ。けっして、虐殺者ではない」
それを聞いたミリアが、「でも!」と怒りを込めて立ち上がる。
「〈恐会〉の教会騎士はそうなってるじゃない!ユーリの家族だって・・・・・・」
拳を握って黙り込むミリアを横目で見て、ユーリは自分のコップの飲み物を飲んだ。なぜ知っているのだろう。今もそう思った。
「前々から思ってたんだが・・・・・・お前、なんで俺の家族が『異端狩り』に殺されたことを知ってるんだ?」
コップを置くと、不振そうに聞いた。
「おじさんに聞いたの。ただ・・・・・・それだけ・・・・・・」
そう言うと、静かに椅子に座った。
―※*※―
一方。ファンラス郊外では、黒や灰色など暗い色の体表や殻を持った生物に剣を持った二人の人影が戦っていた。
二人とも旅人が使うローブを身に付けており、一人は両手に短剣を逆手持ち、もう一人は普通の剣を持って生物の軍団を倒している。倒されている生物も、赤い目を持つが生物独特の生命力はなく、本能というより衝動的に動き、襲いかかっていた。
「ディステリア、教えられたとおりにやれ!」
「だが、クトゥリア!失敗したら・・・・・・」
「その時はフォローしてやる!成功失敗関係なく、経験しなければ意味がない!」
「わかったよ」とディステリアは後ろに下がり、持っている剣を横に構えて目を閉じる。自身の体を流れる魔力を剣に移し、流れる風と鋭い刃をイメージする。
「ガアアアアッ!!!」
「おっと、させるか!」
無防備に等しいディステリアに生物が襲いかかるが、間に割って入ったクトゥリアが短剣を振って牽制する。
「よし!!」
目を開けた時、ちょうどクトゥリアがその場を離れる。ディステリアは剣を大きく構え、向かって来る生物に向けて思い切り振った。
「スラストーム!!」
一閃を描いた剣の軌跡が緑色の風の刃に具現化し、前方に飛んで生物をなぎ払った。とっさに避けたものもクトゥリアが仕留めていき、程なくして謎の生物は全滅した。
「これも、クルキドって魔物か・・・・・・」
「ああ」左手の甲で汗を拭うディステリアに、短剣をしまったクトゥリアは答える。
「こいつら、魔物とは違うのか?」
「違うな。ヘクターから、こいつらについて聞いてないのか?」
「えっ?あ、ああ。『魔物並みに厄介な敵性生物』としか、な」
「(あいつにしては、ぼかした説明をしてるな・・・・・・)」
と一瞬思ったクトゥリアだったが、実際クルキドについては『生物に似た構造をしている』以外のことは何一つわかっていない。
「(正体について見当はついているが・・・・・・確証がないんだよな)」
クルキド誕生のメカニズム、その因果性、何一つ解明されていない。そんな自分が説明を求められても、ヘクターのことを悪くは言えない。
「・・・・・・まあ、それはともかくとして。どうだ、調子は?」
「調子?・・・・・・ああ、腕の痛みか?」
剣をしまったディステリアは、右手を握ったり開いたりして感触を確かめる。
「大丈夫だ。いつものように傷みもない」
「やはり、ライジング・ルミナスとフォーリング・アビスの反動によるものか。・・・・・・もしくは、ディステリアの体質によるものか・・・・・・」
後の言葉を、聞こえないくらい小さな声でぼそぼそ呟くクトゥリアに、ディステリアは眉をひそめる。
「最初に会った時はわかってるようなことを言ってたが、さっきの言葉を聞く限り、今わかったような言い草だな」
「見た時に受けた印象をそのまま言っただけだ。誤解をしたなら訂正しておくよ」
「もう一つ、訂正すべきことがあるんじゃないのか?」
さらに眉を寄せたディステリアに、クトゥリアは目を瞬かせる。
「あんたは最初会った時、例の俺の技は魔術技とか言ってたな。だが、今俺が放ったスラストームだって、剣を媒体にして放ったんだから、魔術技に入るんじゃないのか?」
「あれは魔術だ。俺の魔力を風の属性に変換し、さらに刃の形に変化させて放つ。なんの媒体もなしに放てれば魔法の類だったんだが、人間だと媒体で形を合わせないと難しい」
「でも・・・・・・大体、魔術と魔法の違いって、なんなんだ?」
「すまん、忘れた」
はっきりと言ったクトゥリアに、「おい!」とディステリアが叫ぶ。
「それはおいといて・・・・・・最初に言ったとおり、魔術と技を組み合わせたものを魔術技と呼んでいる。元来、武器を使った技に、魔術的な属性が付くのはおかしいだろ」
ディステリアは黙り込むと、前に受けた講習のことを思い出す。武器を持った物理攻撃が聞かない霊体の魔物。その対策として、魔術が挙げられている。エネルギー体と言ってもいい霊体に対しエネルギーをぶつけるのはまだ納得できるが、そのエネルギーが物質である、例えば鎧などを変質させるのは納得いかない。
「魔術と魔法については、百年ほど前に研究が再開されたからまだ定義が曖昧なんだ。無論、魔術技についてもな」
「言い訳がましいな」
「否定はしない」
苦笑いしたクトゥリアは、街道の先に見える小さな町に目を向ける。
「さて、そろそろ町だ。そこで少し休憩しよう」
「そこまでに、またさっきのクルキドとか来なければいいんですがね」
疲れた表情でディステリアが言うと、クトゥリアは笑みを浮かべる。何か、嫌な予感がした。