第1話 少年、初戦闘
ネーミングセンスいまいちなので、実在する名前をもじった地名や町の名前を使っています。それでも五十歩百歩。
ブリテン島にあるイグリース国の中の一地域、イルグラント地方。そこにあり、イグリース国の首都となってるロンディノスにある市役所の一室で、資料を片手に椅子に座っている男性がいた。そこに、
コンコンコン
「ハイ。どうぞ」
ガチャ
ノックの音に中の男性が答え、扉が開くと黒のスーツを着ている男性が部屋に入って来た。部屋の中には椅子に座り、机の上の資料の一部を手に取り、それを呼んでいる男性がいた。しばらく何かを報告すると、ふと聞いた。
「それは、例の・・・・・・〈クルキド〉に関するレポートですか?」
部屋の中にいた男―――ヘクターはその資料を置き、「ああ」と答えた。
「その生物はいったい、なんなのでしょう?魔物とは似ても似つかない特徴があると聞いておりますが、私はやはり・・・・・・そう魔物と変わりないと思います」
「ほう。なぜだね?」
興味があるように、聞くヘクターに、「なぜ・・・・・・と言われても・・・・・・」と男性は戸惑った。答えが出ないでいると、ヘクターは何枚か下の資料を引っ張り出し、それに目を通した。
「見た目は魔物と変わりないようだが、数少ないクルキドの死体を解剖した結果、細胞や体の作りに大きな違いが見受けられる。特に不気味なのが・・・・・・」
そう言って、そのレポートの一文を見る。
「『胃・腸・肝臓などの生態維持に必要な臓器が見当たらない』という点だ。丸一日中観察していた訳ではないが、食料は愚か、なんらかの栄養を摂取していたという報告もない。いくら魔物でも、食料ぐらいは食べるだろう」
「しかし、精霊は食料をとらずとも生き続けられます」
「ああ。精霊は、マナを糧に生きているからな。それゆえに、〈精神生物〉とも言われる。妖精も同じようなものだが、ある程度は物を食べる」
「うーむ。謎が深まるばかりですね~・・・・・・」
ヘクターが資料を机に置くと、二人は「はあ~」と溜め息をつく。
「(まるで何かに呼応するかのように、人々に危害をなす謎の生物。魔物に似ているが、少しばかり違う特性を兼ね備えており、パワー・強靭さはあまり変わらないものの個々の意思を持たず、何者かの統率に忠実に従っているようだった)」
資料を一枚、また一枚とめくる。
「(さらに一番の違いは数の増え方。普通の魔物は他の生物と体の作りが同じため、生殖活動で数を増やすと推測されている。しかし、この魔物は体を分裂させて、爆発的に増えていった。分裂により数を増やす生物は原生生物などが確認されているが、この新種の生物は大きさも強さも段違いだった。何より最大の特徴は・・・・・・)」
考えているヘクターに、男性が話しかける。
「そうだ。彼、今どうしてますか?」
ヘクターは一瞬、「彼?」と首を傾げたが、「ああ、彼か」と頷いた。
「かなり衰弱していたらしいですが、大丈夫だったんですか?」
「ああ。あれからもう、十数年近くたっているからな。今では他の兵たちと混ざって、武術訓練を受けている」
それを聞いて「そうですか」と安堵の溜め息をついたが、すぐに「えええっ!?」と驚いた。
「彼きっての申し出でね。断るには忍びなかったんだよ」
「しかし、よろしかったのですか?素性の知れない者を訓練するなど・・・・・・」
それに対し、「いや、素性の方は、だいたい見当が付いている」と言った。
「彼の体にあるマナの性質を調べてもらった結果、天使特有のものに酷似していることがわかった」
「では、あの彼は天使なのですか?」
「いや、それがそうとは言い切れないんだよ」
その言葉に、男性は首をかしげた。ヘクターが「彼は・・・・・・」と言いかけた時、突然、警報が鳴り響いた。
《ルウェーズ地方にクルキド出現。数、三十。戦闘員はただちに出動せよ。繰り返す・・・・・・》
「ルウェーズといえば、ほぼ隣か。すぐに出動してくれ」
男性は「はっ」と敬礼をして、急いで部屋を後にした。
―※*※―
一方、訓練部屋。出動の警報を聞いた兵士たちが慌ただしかった。その中で、一人の少年が一人の男性と言い争っていた。
「なんで俺は出動できないんだ!?」
「悪いが、君はあくまで訓練兵だ。実戦に出す訳には行かない」
「だが、人手が足りないんだろ?だったら・・・・・・」
「ディステリア!聞き分けてくれ」
男性が叫ぶと同時に、ディステリアと呼ばれた少年は黙り込んだ。
「シュライク隊長。出撃準備、完了しました」
一人の兵士の報告を聞き、シュライクは「わかった。すぐに行く」と言った。
「では、私も行く。留守を頼んだぞ」
駆け出す二人の姿を、ディステリアは苦虫を噛み潰すような顔で見ていた。
―※*※―
次々と出動していく兵員輸送用のヘリを、ディステリアは黙って見送っていた。
「やっぱり、戦場に出たかったか?」
横からした声の方を向くと、ヘクターが歩いてきていた。
「仕事から離れていいんですか?あなたはこの国を治める知事でしょう?」
「いや、私は知事ではなくて市長の方だよ。どうもよそ者を嫌うのは、どの国でも同じらしい」
確かに、ヘクターはこの街の者から見ればよそ者だが、それでも国の意向を任せられているのも事実だった。
「あんたも・・・・・・俺のことを怪しいと思っているのか?」
「国を担う重役の立場としては、完全に信用するという訳には行かないが、個人的には信用したいと思っている」
ディステリアは暗い顔でうつむいた。
「(できればあの人に紹介したいんだが・・・・・・まだ早いらしいからな・・・・・・)」
ヘクターがそう思いながらディステリアを見ていたその時、再び警報が鳴り響いた。
《ロンディノス郊外にクルキドが出現。数、一個中隊クラス。繰り返す、ロンディノス郊外にクルキドが出現。数、一個中隊クラス》
「一個中隊クラス?なら、率いている奴がいるのか?」とディステリアが言う。
「わからない。だが、ルウェーズの方へ兵が出動したこのタイミングにとなると、その可能性がある。残りの兵は・・・・・・」
言い終わらない内に、ディステリアが駆け出したので、「どこへ行く!?」とヘクターが叫ぶ。
「戦う力を持っているのに、黙ってここにいるなんて耐えられない!俺が戦う!!」
それを聞いたヘクターが「ま、待て」止めようとしたが、ディステリアはそのまま街に駆け出して行った。
「しょうがないなぁ~・・・・・・」
残ったのは訓練兵と、警備のために残した最少人数の兵士。この状況では街を守るには、現存の訓練兵の中で優秀な成績を出しているディステリアに出てもらうしかなかった。
「やれやれ。我ながらぬるい判断だ・・・・・・」
その数秒後、建物の玄関からディステリアが飛び出した。
―※*※―
街では、異形の怪物たちが街の家々を破壊していた。ある者は翼が生え、またある者は爪が生え、またある者は一つの体にいくつもの首と頭を持っていた。そんな異形の怪物たちを相手に、人々はなす術もなく逃げ惑っていたが、人々とすれ違いに向かって行ったディステリアは鞘から剣を抜き放ち、大きくジャンプして切りかかった。
「でやああああああっ!!!」
ブン、と空気を切る音がして剣が地面に振り下ろされると、双頭の四足歩行獣の姿をしたクルキドは中心から両断された。次、と言わんばかりに他のクルキドに方に駆け出した時、後ろに殺気を感じた。振り向いてとっさに剣で防御すると、先ほど倒したのと同じ頭のクルキドが前足を振り下ろしていた。ディステリアは剣を上に振って敵の前足を上に飛ばすと、切り返しで首を切り落とした。倒したクルキドの体が地面に倒れると同時に、後ろから瓜二つの姿をした別のクルキドが襲い掛かってきた。
「もう一体!!」
同じように剣で防御をしたその時、後ろから鳥型クルキドが足を突き出して襲い掛かってきた。寸前で反応したのでかわしたが、バランスが崩れたところに先ほどの獣型クルキドの攻撃をもろに受けてしまった。
「ぐっ・・・・・・!」
唸った後、地面に着地したが、そこに爪と巨体を持つサル型のクルキドが豪腕を叩きつけてきた。とっさに地面を蹴るが、砕かれた道路の欠片がディステリアに当たった。
「ぐっ・・・・・・くそっ・・・・・・」
連携攻撃を前にディステリアは、最初の攻撃以来、相手を倒せないまま追い詰められていた。
「(これが・・・・・・実戦・・・・・・)」
今の状況は、訓練では好成績を収めていても実戦経験がない彼の心に少しずつ焦りを生み始めた。こうしている間にも、他のクルキドは街を破壊し続けている。完全に、警備兵が離れているこの時を狙っていた。実戦経験の浅い訓練兵士しかおらず、戦力が少ないこの時を。
「くそっ・・・・・・だからって・・・・・・」
ギリッ、と歯軋りをして、自分の剣を強く握り締めた。
「だからって、このまま下がって・・・・・・たまるか~!!!」
叫ぶや否や、ディステリアは先ほどよりも速いスピードで突っ込んだが、サル型クルキドはそれをかわし、逆にカウンターをかけて殴り飛ばした。
「がはっ・・・・・・」
地面に倒れるディステリア。残った力を振り絞りながら起き上がると、他のクルキドたちが街を破壊していた。それを見た時、彼の脳裏に、時々、夢に出てくる光景が浮かんだ。反射的にギリッ、と歯軋りをして、彼の意識は現実に戻って来た。体が震える。思うように力が入らない。そうしている間にも、自分が戦った三体が、破壊活動に移ろうとしている。
「くっそがああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
そう叫ぶと、自分の足に剣を突き刺した。仲間の元に向かおうとした三体が再び自分の方を向くと同時に、剣を足から抜き、突っ込んで行った。だが、力が上がった訳でもなく、サル型クルキドの豪腕が彼の剣を砕いた。さらにとどめをさそうと、彼の胴体に鋭い爪が生えた拳を打ち込もうとする。今のディステリアに避けるほどの力は残っていない。敗北=死を悟った時、彼の中に悔しさが生まれた。
「くそっ・・・・・・くそっ・・・・・・ちっくしょおぉぉぉぉぉっ!!!」
その時、彼の体から凄まじい魔力が放たれた。それにより、サル型クルキドの拳がはじかれる。さらにディステリアの前に、コウモリの翼のような刀身と鳥の翼のような形をした柄の剣が出てきた。
「(!!・・・・・・これは・・・・・・!!)」
その瞬間に、脳裏に再び先ほどの光景が蘇る。その町がどこか、何が起こったか、彼は知らない。だが、その中で泣いている少年は、自分自身だと直感した。
「(あの時、あそこで何が起こったかは知らないが・・・・・・もう・・・・・・あんな思いはたくさんだ・・・・・・!!)」
目の前に現れた剣を掴むと、先ほどとは比べ物にならないほどのスピードで突っ込んだ。サル型のクルキドが再びカウンターをかけようとしたが、腕を構えた時にはすでに胴体が切り離されていた。場を沈黙が支配する。
ゴトッ
だが、切り離された胴体が落ちると同時に、獣型と鳥型のクルキドが一度に襲いかかった。だがディステリアは慌てず、右足を軸にして体を回転させ、剣を振った。鳥型の方は上に上がって逃げたが、獣型は切り伏せられた。残った鳥型が群れの所へ行こうとしたが、飛び上がったディステリアが振り下ろした剣で右の翼を切り落とされ、群れの中に墜落した。それに気付いた群れは一斉にディステリアを睨む。ディステリア本人は剣を肩に担いでいた。
「どうした・・・・・・かかって―――来いよ!!」
左腕の人差し指と中指を立て挑発すると、群れが一斉に襲い掛かってきた。
「(右から来る・・・・・・!!)」
右から襲い掛かってきた獣人型のクルキドを刀身で捕らえる。
「そこだ!!」
そのまま周りのクルキドをなぎ払った。さっきまで三体に苦戦していたディステリアだが、今度は違っていた。
「(不思議だ・・・・・・剣が軽い。まるで、俺の体の一部のようだ・・・・・・)」
先ほどとは打って変わって、次々と敵を仕留めるディステリア。群れの数は最初の半数に減っていた。このままでは不利と考えたクルキドたちは、一斉に襲い掛かった。だが、彼の表情には恐れも何もなかった。
「(なんだ・・・・・・このイメージは・・・・・・)」
脳裏に浮かんだイメージに従い、体を左回りに円を描くように動かした。すると、彼の足元に白い光の魔方陣が浮かび上がる。そして彼は、同じく脳裏に浮かんだ名前を叫び、剣を地面に突き刺した。
「―――ライジング・ルピナス!!」
叫ぶと同時に、彼の周りにいくつもの光の柱が立ち上り、周りのクルキドたちを消し飛ばしていた。光が収まると、そこには無数のクルキドの死体と、息を切らしているディステリアしかいなかった。やがて体に痛みが走り、地面に膝を付く。
「(なんだ、この痛みは?戦闘のダメージ?いや、それにしては・・・・・・)」
その時、死体の中から、ムカデと人が合わさったような姿のクルキドが飛び出してきた。ディステリアはすぐに動こうとしたが、逆に地面に腕をつけてしまった。彼は、己の体力が限界に近づいていることに気づいていなかったのだった。
「(ぐっ・・・・・・しまっ・・・・・・)」
ムカデ型のクルキドの毒爪がディステリアを捉えようとした時、それを一陣の風が切り裂いた。
「―――!?」
振り向いた方には、麻のマントに身を包み、その下から剣を振っている旅姿の若者の姿があった。砂埃を避けるためのフードは被られておらず、こげ茶色の髪と四角いあごの顔がさらされていた。
「少年。次からは自分の体力を考えた方がいい」
謎の若者がそう言った時、後ろから三つ首の獣型クルキドが一斉に襲い掛かった。ディステリアが「危ない」と叫ぼうとしたが、それよりも早く、
「スラストーム」
若者が自分の体を回転させ、剣で作り出した風の刃でそのクルキドを一斉に切り伏せた。
「す・・・・・・すごい・・・・・・」
その姿はまさに圧倒的だった。やがて、勝ち目がなくなったと悟ったクルキドの残党が、町から逃げ出そうとした。
「なっ・・・・・・待てっ・・・・・・!!」
追いかけようとしたディステリアだったが、体にダメージが溜まり体力の限界だった彼に、追い駆ける力は残されていなかった。倒れたディステリアの元に、男性が駆け寄った。
「やめておけ。今の常態じゃ、追いついてもやられるのが関の山だ」
「だが―――」
「今、ルウェーズに向かった守備隊の半分が、国境から戻ってきている。彼らが始末を付けてくれるだろう」
「・・・・・・あんたは・・・・・・いったい・・・・・・」
聞いたが、ディステリアは意識を失い、道に倒れた。若者が彼を抱えると、そこへ「クトゥリア!?」と声がした。声の方を向くと、そこには武装したヘクターが立っていた。
「よお、ヘクター。いいのか?この町の市長が、武器なんかで武装して?」
「仕方ないだろ、人手不足なんだから。それより助かったよ。奴らを倒してくれて」
「よせやい。ここまでやったのはこの小僧だ。俺は最後にチョコっとね」
「えっ?ディステリアが、この群れを・・・・・・?」
周りを見渡すヘクターに、クトゥリアが「ああ」と笑って答える。
「かなり早い内から見ていたが、こいつ結構やるみたいだ。まあ、内に秘めた強大な力に、振り回されている節がある」
「そうか・・・・・・。まあ、立ち話もなんだ。後の始末は自警団や部隊に任せて、俺たちは退散しよう」
「ああ、そうだな。先ほどまで戦闘があった町中に君がいるとあっちゃあ、後々、大騒ぎになるからな」
そう話しながら、二人は足早にその場から退散して行った。
―※*※―
現実か幻か、ハッキリしない。全く光がない暗闇の中に、まるで浮かぶようにディステリアの意識があった。
〔・・・・・・ディステリア・・・・・・ディステリア・・・・・・〕
どこからかねちっこい声が響き、ディステリアの名を呼ぶ。
「―――誰だ・・・・・・!?」
〔―――力に目覚めたようだな、ディステ~リア。我はその時を待っていた・・・・・・〕
「・・・・・・待っていた・・・・・・だと・・・・・・?」
〔―――ディステリアよ・・・・・・我と共に来い・・・・・・〕
「・・・・・・!?」
〔―――我なら理解してやれる。・・・・・・お前の辛さ・・・・・・痛み・・・・・・〕
「・・・・・・何を言っているんだ。第一、貴様は何者だ!?どこにいる!」
〔―――そうだったな。お前は我と会ったことがない。だが、我はお前のことを知っているぞ。おまえが生まれる・・・・・・ずっと以前から・・・・・・〕
「・・・・・・何を・・・・・・言って・・・・・・」
〔・・・・・・お前は力に目覚めたばかりだ。まだ知らないことが多すぎる。おまえ自身の力のこと・・・・・・この世界がいかに醜いか・・・・・・〕
その言葉に「!?・・・・・・なん・・・・・・だと・・・・・・」と、ディステリアは怒りを覚えた。
〔・・・・・・怒りを覚えたか・・・・・・。やはり、君はまだ知らないようだ・・・・・・。いずれわかると思うよ・・・・・・我が言っていることが・・・・・・〕
「待て!姿を見せろ!!」
〔―――君の力が強くなれば、この空間の中でいずれ会えるよ。いずれ・・・・・・な〕
それを最後に、謎の声は響かなくなった。
「―――・・・・・・いいだろう・・・・・・」
ディステリアは、歯軋りしているような感覚を覚えていた。
「・・・・・・俺が強くなれば、ふざけた貴様の姿を拝めるのだな・・・・・・。だったら、強くなってやるよ!!」
拳を握って、高らかに宣言する。それが、自分に接触してきた者の罠だったとしても・・・・・・
記号(―※*※―)は場面が変わることを表してますが、わかりづらいでしょうか。あと、前後のスペースももっととったほうがいいかな。