第17話 ヴァルハラ騒乱
新たな国で、新たな戦いが始まります。
アースガルドにあるオーディンの館、〈ヴァラスキャルヴ〉の中は騒然としていた。
「なぜ人間どもがここに攻め入ろうとしているのだ」
「知らぬ。あの愚か者どもに聞け!」
アースガルドの神々は怒りをこらえながら話している。その声は薄い灰色のマントに身を包んだ隻眼の神、オーディンの所まで聞こえてくる。
「ミーミル殿、どう思われるかな?」
オーディンが生首(失礼)ミーミルに聞いた。
「ううむ。なぜ人間がここに攻め入ろうとするのか、心当たりはないのか?オーディン」
「いえ、全く」と、オーディンが首を振る。
「ふうむ。なら原因は人間たちのほうに・・・・・・」
ミーミルが考え込むと、オーディンは部屋を出て行った。
「おい、わしを元の位置に戻さなくていいのか。おい、お~い」
その声を無視して部屋を出たオーディンは、「ムニン、フギン」と声を上げた。すると、二羽の鳥が飛んできて彼の肩に止まった。
「ミッドガルド側にいる人間たちの様子を見てきてほしい。できれば、なんの目的でこんなことをするのかがわかる情報がほしい。ただし、無理はするな」
オーディンの司令を受けて、二羽の鳥は飛び立って行った。〈ヴァラスキャルヴ〉の中はいまだ騒がしい。
―※*※―
アースガルドへ通じる虹の橋、ビフレスト。そこには、戦車や装甲車が押しかけていた。その中にある濃い灰色のテントの中で、簡易テーブルの上に置かれた地図の上に、両肘を置いた司令官がいた。
「指令。突入準備、完了しました」
敬礼した兵士の一人に、「うむ、ごくろう」と指揮官が頷いた。
「配置も指示通りです」
「後は・・・・・・本部からの命令が下るのを待つだけだ」
同じ頃、近くのテントの側では二人の兵士が話していた。
「ま~ったく、やってられないっすよ。こんなこと」
「まあ、そう言うな。これも任務だ」
「でもよぉ、こんなんで俺たちになんの徳があるんだよ」
「軍の上層部が決めたこと、俺たちがとやかく言うことではない」
グチを言ったことを注意され、兵士は「ちぇ~」と舌打ちをした。
「なんで俺らが、お偉いさん方の別荘地の確保をしなくちゃならね~んだよ。ちくしょう~」
その会話を木の上で聞いているものがいた。一羽の鳥が。
―※*※―
ミッドガルド。神々からの視点から見て、いわゆる人間の住む世界。その世界の中にある町の通りを、二人の通行人が横切る。
「ねえ、聞いた~。この国のお偉いさんの話」
「聞いた、聞いた~。確かどこかに別荘を建てるんですって~」
「それが別荘だけじゃないのよ。ゴルフ場やホテルも作るんですって~」
「ええ~、信じられない。この前この近くにホテル建てたのに~」
「しかもその予定地が、空中に浮かぶ島なんですって」
「うっそ~、信じられな~い。そんなのあるの~?」
「それがあったらしいのよ。どこかの科学者が偶然発見したんですって」
「へえ~。あっ、でも確かその島には神様が・・・・・・」
「あんたまだそんなことを信じてるの?そんなのは、迷信よ。め・い・し・ん」
「そうかな~」と呟いた通行人が通り過ぎると、その道の上に枝が出た木に止まっていた一羽のカラスが、大きく翼を広げて飛び去った。
―※*※―
数日後。ヴァルハラに帰って来たムニン、フギンからの報告を聞いた神々は騒然とした。
「別荘地の確保だと!?ふざけているのかっ!!」
「思い上がりもはなはだしい!!」
「何を考えているのだ!まったく!」
怒りを露わにしている神々がいる一方、冷静な者もいた。
「人間たちは我々の存在を忘れているようだ」
「・・・・・・なんか、さびしいね・・・・・・」
フレイの指摘に、暗い顔で隣にフレイアが悲しそうに呟く。
「いや、それよりも問題なのは・・・・・・」
「ああ、そうだ。人間にこのアースガルドを発見するなど不可能なはずだ」
髪の赤い雷神、トールとオーディンが切り出す。
「いったい、どういうことだ」
「・・・・・・調べる必要があるな・・・・・・」
「ああ」とトールが言うと、オーディンは手を組んで考えこむ。
「この世界の存在は、一人のある科学者が発見したらしい。その者について調べる必要がある・・・・・・」
「まさか。お調べになるつもりですか?」
「ああ」とオーディンがバルドルに答えると、「なっ・・・・・・」と辺りは絶句した。
「何を驚いている。人間どもが何を考えているか知るには一番いいと思うが」
「なっ、何もあなたさまがいかなくとも・・・・・・」
「そうですよ。危険です」
「誰が?」
フレイとシフにオーディンが聞き返すと、神々は「えっ?」と唖然となる。
「誰も私が出るとは言ってはいない。ヴァルキリーたちやムニン、フギンに頑張ってもらう。まあ、こき使っているようであまり気は進まないが・・・・・・」
「はあ、そうですか」と、ヘズが呟いた。
「そうですね。さすがにもうあなたに出てもらう訳には行かなくなりました」
フレイに指摘を受けオーディンは「ふむう」と考え込んでしまった。
「あの者ならどうでしょう」
不意にフレイアが口を開くと、「誰だ?申してみよ」とオーディンが聞き返す。
「えっ、でも、オーディンさま・・・・・・」
戸惑うフレイアに、「構わぬ。申してみよ」とオーディンが言う。
「はあ、では・・・・・・」
「まさか、ロキではないだろうな」と、トールが口を挟むとその場は慌ただしくとなったが、一番、驚いたのはフレイアだった。
「なっ、何を言うのですか。私がオーディンさまに彼を推薦するとお思いですか!?」
抗議をするフレイア。オーディンにとってその名はあまり聞きたくないものだった。
「私が推薦するのは、ジークフリートです」
また場が慌ただしくなった。ロキほどでもなかったが、その名もあまり聞きたくなかった。しかしとりあえず、ミッドガルドに様子を見に行くということで一致した。
―※*※―
同日。ミッドガルドの町を二人の男女が歩いている。男性のほうは白い服と灰色の長ズボンをはいており、女性のほうは薄手の薄緑色のコートを着て、クリーム色のスカートをはいている。
「なんか、こうしてミッドガルドに来るのって久しぶりだよね」
女性のほうがそう言うと、一緒に歩いていた男性が「ああ」と言った。すると女性は振り返って、悲しそうな顔をする。
「もう、あんなことになっちゃ嫌だからね・・・・・・ジークフリート・・・・・・」
ジークフリートと呼ばれた男性は、「もっ、もちろんさ。ブリュンヒルド」と慌てて言った。
「ほんと?」
ブリュンヒルドと呼ばれた女性が聞き、「ああ、もちろんだとも」とジークフリートが答えると、
「オホン、オホン」
わざとらしい咳払いが聞こえた。二人がそのほうを向くと呆れ顔の男がいた。彼も薄手のコートにズボンと、一般的な格好をしている。
「二人とも、オーディン様から言われた任務を忘れてないか」
男にそう言われて二人は、「え?あ、あは、ははは・・・・・・」と申し訳なさそうに笑った。
―回想―
数分前、ヴァラスキャラヴ。アースガルドの神々の会議が終わって、約一時間後のことだった。
「ヒミンビョルグのヘイムダルより伝令!人間の軍隊が動き出したとのことです」
エインヘリヤルの報告を聞き、「動き出したか」とオーディンは呟いた後、鎧に身を包んだ一人の男性のほうを向いた。
「ジークフリート、先ほども言った通りだ。虫が良いと言うのはわかるが今は頼めるのは君しかいない。・・・・・・頼んだぞ」
「・・・・・・はい・・・・・・」
頷いたジークフリートに、「ほんとに行くの?本気なの!?」とブリュンヒルドが叫ぶように問いただす。
「ああ、本気だ」
静かにジークフリートはそう言った。ブリュンヒルドが何を心配しているのか、オーディンには見当がついていた。かつて結ばれるはずだった二人はある人物の陰謀により引き裂かれてしまった。もしかすれば、その陰謀はある呪いによって引き起こされたのかもしれないが、今この場にいる二人はすぐにでも言い争いを始めそうだった。それを見かねたオーディンは二人をなだめた。
「ふう~。わかった、わかった。こちらから一人つけよう。二人水入らずのところに誰かつけるのは、見張りをつけるみたいで私としても嫌なのだが・・・・・・よろしいかな?」
「えっ、あっ、はい。よろしくお願いします・・・・・・」
戸惑いながらも二人は承諾する。そうして、ジークフリートとブリュンヒルド、そしてあと一人はミッドガルドに行くことになった。
―回想終わり―
その男、スキールニルは不服そうな顔で、「こっちとしては迷惑だし・・・・・・」と文句を言う。
「こんな時こそ、主であるフレイ様の下にいなくてはならないのに・・・・・・」
グチを言うスキールニルを、ブリュンヒルドが「まあまあ」となだめる。
「まあ、その主と他ならぬオーディンさまの頼みだ。断る訳にはいかなかったが・・・・・・」
まだ、しばらくぶつぶつ言っていた。
「しかし、いったい何を調べればいいのかな。お主ら、心当たりは?」
そう聞かれた途端、二人は固まってしまう。
「そうか、わからぬか。実は、私もそうなのだ」
彼自身も、自分に呆れながら溜め息をつき、「困ったな・・・・・・」と頭を抱えた。ミッドガルド内でどう動けばこの事態の発端を見つけ出せるか、彼らにはわからなかった。
「とりあえず、アースガルドを発見したという奴を探し出すか。まずはここからだ」
スキールニルの提案で、三人はある図書館を訪れていた。
「この世界で起こったことを書いている紙の束があるはずだ。確か、新聞とか言ったかな」
「どんな物なの?」と聞くブリュンヒルドだが、「さあな。俺も実際に見たことはない」とスキールニルが答える。
「俺も、だ」
「うーん。だったら絶望的じゃない?」
「ええい。ここでこうやっていてもラチが明かない。行くだけ行って見よう」
三人が図書館の中に入るなり、「わあ~。本がいっぱい」とブリュンヒルドが声を上げた。
「当たり前だ。図書館といえば、本がたくさん置いてある場所だ。ヴァルハラにもあるだろ」
溜め息混じりのスキールニルに言われ、「わ・・・・・・わかってますよ~」とブリュンヒルドは言った。
「さて、どこにあるんだろう」
「知らん」
周りを見渡しながら呟くジークフリートに、スキールニルは答えた。三人が「うーん」と考え込んでいると、「あの」と一人の女性に声をかけられた。
「はい?」
「何かお探しでしたら、受付の所までお越しください」と、声をかけた女性はそう言った。
「実は私も受付譲なのですけど」
「じ、じゃあ尋ねるが・・・・・・・」
早速、聞くスキールニルに、「はい、なんなりと」と受付譲は聞き返す。
「新聞、という物はどこにあるかな」
そう聞かれた受付譲は一瞬、変な顔をした。
「は、はあ。過去の新聞記事をまとめた物でしたら、別館のほうに置いてありますが」
「そうか、ありがとう」
お礼を言って別館に行こうとしたスキールニルを、「ちょっと待った」とブリュンヒルドが引き止めた。
「その別館ってどこにあるの?」
「それでしたら、本館の東のほうにございます。あちらの通路から行くことができます」
スキールニルは礼を言うと、別館のほうに歩いて行った。それを見送った受付譲は、怪訝そうな顔をする。
「さっきの少年と茶髪の人といい、なんでわざわざ図書館で最近の新聞を読みにくるのでしょう・・・・・・」
―※*※―
「うわぁ~」
「たくさんあるなぁ~・・・・・・それで、どうする?」
「うーん。そうだなぁ~・・・・・・とりあえず、虱潰しに見ていこう」
三人はそれぞれ作業に取りかかった。
三時間後。三人は「うう・・・・・・う~」と音を上げていた。ジークフリートとスキールニルは椅子の背もたれにもたれているし、ブリュンヒルドは机の上にうな垂れていた。
「な~にやってるのよ」
すると背後から声がしたので、三人はそちらのほうに目を向けた。
「あっ、あんたは!」
「グリームヒルド?!」
二人は驚きの声を上げて、椅子から立ち上がった。クリーム色のドレスに身を包んだ彼女は、この二人の非業の死に深く関わった存在だから。
「グリームヒルド!どうしてここに!」
ジークフリートの問いに「さあね・・・・・・」と、グリームヒルドははぐらかしながら椅子に座る。
「まさか、またジークフリートを・・・・・・」
半ばけんか腰にたずねるブリュンヒルドに、「まあ、そう思うのも仕方ないけど」と肩をすくめた。
「安心しなさい、もうあんなことはしないから。それどころか、頼みがあるの」
「たっ、頼み~?」
驚くジークフリートとブリュンヒルドに、「ええ」とグリームヒルドが頷く。
「冗談じゃない!!!!私たちがあなたの頼みなんて、聞けると思ってんの!?」
一方的に叫ぶブリュンヒルドに対して、グリームヒルドは黙り込んでいる。
「ブリュンヒルド、それくらいにしてやれ」
静かに言うジークフリートに「でっ、でも・・・・・・」と、心配そうな声を出す。
「そうそう、ジーク君の言う通り。ブリュンちゃん、それじゃあまるで弱いものいじめだよ」
その言葉に「ぶりゅ・・・・・・弱いものいじめ?」と、少し戸惑った。
「それに・・・・・・君たちが彼女に会った時から、いったいどれだけの時間が経っていると思っているんだい」
スキールニルの指摘に、今度はブリュンヒルドが黙り込んだ。そう言われてみれば、ジークフリートとブリュンヒルドの二人がグリームヒルドに会ってから数百年の年月が経っている。それなのに彼女の肌にはしわひとつない。ということは。
「あなた・・・・・・まさか・・・・・・」
わなわなと震えながら指差すブリュンヒルドに、グリームヒルドは頷いた。
「あなたまさか、不老不死の力に手を出したんじゃあ」
グリームヒルドは椅子から滑り落ちた。スキールニルは「だめだこりゃ」という顔をしていた。
「・・・・・・にっ、鈍い・・・・・・」
立ち上がりながら言うグリームヒルドに、「なんですって!?」とブリュンヒルドがかみつく。
「はあ~。誰かの力で、蘇ったのだろう」
呆れながら口を挟んだ彼に、ブリュンヒルドが「えっ?」と振り向く。
「ええ、そうよ。さすがジークフリート、鋭いわね。誰かさんと違って」
「なんですてぇ~」
「あ~も~。お前ら、いい加減にしろ!!!」
叫んで掴みかかろうとするブリュンヒルドに、堪りかねたスキールニルが叫んだ。
「グリームヒルド。そのことについて話を聞きたい。話してくれるよな」
「ええ、いいわよ。私はそのつもりでここに来たのだから」
「わかった。では、単刀直入に聞こう。お前を蘇らせた奴は何者なんだ?」
「・・・・・・この戦いを、裏で引いている者よ・・・・・・」
グリームヒルドは隠しもせずに答えた。その回答に、スキールニルとジークフリートとブリュンヒルドは戦慄を感じた。
「この戦いは仕組まれたもの、だということか」
ジークフリートの問いに「ええ」と頷くと、「・・・・・・いったい誰が」とブリュンヒルドが呟いた。
「奴は、あいつは私の他に父上やグンテル兄さままで蘇らせたわ」
「グンテルって・・・・・・あのグンテル・ギービヒェか」
「ええ。あのグンナル・ギービヒェもよ」
ブリュンヒルドが「なっ」と、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「知っているのか?」
「思い出したくもない・・・・・・」
それもそのはず。そもそもこのグリームヒルドは、ジークフリートとブリュンヒルドと浅からぬ因縁がある。
「とにかく、その『奴』というのが気になるな」
話を戻すとグリームヒルドが、「案内するわ」と言い出した。それを聞いた時、ジークフリートとブリュンヒルドの脳裏をある考えが横切った。
「(・・・・・・これは、罠なんじゃないのか・・・・・・)」
その時、「ちょい待ち。その前にどうしても聞きたいことがあるんだ」と、割り込んだスキールニルを三人は見た。
「町で聞いた、アースガルドの存在を突き止めたっていう科学者について調べたいのだがそれに関して書かれた物はないのか」
「・・・・・・さあ、わからないわ」
「そうか・・・・・・。よし、ジークフリート、ブリュンヒルド。お前ら二人はグリームヒルドについて行け」
この指示に二人は「・・・・・・はっ?」と、唖然とした。
「いや、だから。お前ら二人はこいつについて行け」
二人が「はあ~~~!?!?」と叫ぶ。二人にはスキールニルの指示が全く理解できなかった。
ディステリアとクトゥリアが登場しな~~い!!クトゥリアはともかく、ディステリアは主人公なのに・・・・・・。
さて、本編中にやるとうるさくなる補足説明を
ジークフリート、ブリュンヒルド、グリームヒルド間の因縁
この世界では、ジークフリートとブリュンヒルドは相思相愛の関係。ブリュンヒルドと婚約をしたジークフリートに、一目ぼれしたグリームヒルドが自らの城に招いて薬を盛り記憶喪失にした上、その彼を使いブリュンヒルドをグンナルと結婚させた。その後はジークフリートが持っていたニーベルングルの指輪のせいか、彼はグンナルとグトホルムに殺され、ブリュンヒルドも自らその後を追った。
その後、ブリュンヒルドはオーディンの特命によりヴァルキリーに復帰し、ジークフリートはエインヘリヤルに転生された。
原点の話に添ってるようで、全然違うということに最近気付いた。神様はなんでもありか・・・・・・と思われた方がいると思います。