第16話 終幕
デズモルートは、神々しき光を放つ鎧をまとった男、ルーグを見据えていた。
「まさか、貴様が出てくるとは・・・・・・」
「俺だけではない。この争いを止めるため、そして貴様らの企みを止めるため、俺たちは来た」
「俺たち?」
セリュードが首を傾げると。「そう」とルーグがマントを広げる。
「―――俺たち、ダーナ神族が!!」
空の上を複数の光が横切った。その光が降り立ち、戦っている兵士たちを止めにかかった。
「オグマにダグダ、ヌアザ、その他ダーナの神々か。だが、いくら貴様ら神であろうと、人間どもが抱いた憎しみを止めることはそうたやすくはない。ルーグよ。貴様もここで、朽ち果てるがよい!!」
両腕を上げ、さっきより強大なエネルギーを放った。だがルーグは、静かに左手で剣を抜いて前に構えた。
「我らを甘く見るな。アンサラー!!」
光を纏った片手剣を振り降ろすと、光が放たれデズモルートの放った攻撃を打ち破る。だが本体の前で打ち消されてしまった。
「バカな!アンサラーの一撃が掻き消されただと!?―――親父殿!!」
「騒ぐな。心配ない・・・・・・」
焦りを抱くクーフーリンに、ルーグは静かに厳しい感じの声をかける。デズモルートを睨むルーグの目に宿る光は、何か判別ができない。敵に遅れをとったクーフーリンに対する怒り。かつて自分たちが住んでいた国を、争いで荒らしたデズモルートに対する怒り。それとも、この国の神として目の前の外敵を倒そうとする使命感。いや、どれとも違うと、クーフーリンは感じた。
「無駄だ。我らの力は神に迫っている。いずれ、お前らを超えるだろう」
不敵な言葉で挑発するデズモルートに、ルーグはただ静かにたたずんでいる。
「ほう。この程度では挑発にすらならんか・・・・・・なら、これはどうだ!?」
今度はさっきのエネルギーを空中に放ったかと思うと、そのエネルギーが雷のように降って来る。
「甘い。ブリューグナク!!」
右手を上げると、今度は五つの穂先を持つ長槍が現れた。槍を突き上げると、光の雷が黒い雷を打ち破った。さらに、その攻撃は弧を描いてデズモルートに直撃した。
「ぬぅおっ!?」
今度は効いたらしく、叫んで地面に膝を着いた。クーフーリンたちとは一転して劣勢のデズモルートにルーグが静かに言う。
「言っただろう?我らを甘く見るな・・・・・・と」
「確かに。しっかりと肝に銘じておくよ。だが、この激しい戦いを止めることができるかな?ふははは・・・・・・」
笑い声を上げるとデズモルートは、ビィウル、デンテュスと共にその場から消えた。
「確かに。これほど激しいと、誰もこちらの話を聞いてくれない。親父、いったいどうするつもりだ?」
不安を隠せないクーフーリンに、ルーグは余裕の笑みを浮かべる。
「姑息な手だが、ちゃんと考えてある。見ろ。太陽弾タスラム。睡眠弾スペシャル」
「「「「おおっ!!」」」」
不思議な文様が描かれた、丸い弾丸を六つ取り出したルーグに、エーディンとアリアンフロッド、クーフーリンとファーディアが期待に満ちた声を出す。
「さらに、それを撃ち出す携帯銃。ゴヴニュに作ってもらった特別性だ」
人間の世界に出回っている、リボルバータイプの拳銃を取り出す。
「「「「おおっ!!」」」」
「タスラムを6発まで搭載して、撃ち出すことが出来る」
「「「「おおぉぉっ!!!」」」」
「いっくぜ~~!!」
拳銃に弾を装填し、未だ戦いを続ける人間たちに銃口を向ける。
「いっけね。どうしたら弾が出るか、聞いて来るのを忘れてた」
「「「「おおぉぉっ!?!?」」」」
期待はずれの展開に、全員こけてしまった。こらえ切れなくなったサーカが、「だあぁっ!!」と叫んだ。
「まずそのハンマーを引く!その後、狙いを定めて引き金を引く!その後はハンマーを引いてホルダーを回転させて、新しい弾を撃つ!」
「そうか。人間が使う物を基に作っていると聞いたから、それで良いのか?よ~し・・・・・・」
銃の使い方を教えてもらい、今度こそ銃の狙いを定め引き金を引く。
ドンッ!!
ヒュルルルルルルル・・・・・・パンッ
遠くで炸裂したからか、小さな音に一同は唖然とした。
「どこが特別性だよ。何も起きないじゃあないか!!」
ファーディアの後に、「ていうか、威力低ッ!!」とサーカが叫ぶ。
「これからどうなるの!?」
エーディンも加わってギャアギャア騒いでいたその時、タスラムが撃ち込まれた一帯の兵士たちが静かになりだした。なんと、兵士たちが眠りだしたのだ。
「おっ?」
「おっ?」
「「「「「おおおっ!!」」」」」と、さっきとは打って変わって一同が声を上げた。
「よ~し、この調子で、どんどん撃ち込むぞ!」
ドン!ドン!ドン!ドン!
戦場にタスラムが撃ち込まれる度に、兵士たちは次々と倒れていった。
「何、何。なんで私たちの軍の兵が、次々と眠っていくの!?」
慌てるメイヴに、コノート兵が報告する。
「わかりません。いったい、何が・・・・・・おわっ!?」
爆発で兵が吹き飛ばされると、ヌアザが入って来た。
「アリル、メイヴ。貴様らがなぜ?」
「ぬっ、敵だ。迎撃せよ」
アリルの命令で兵士たちがヌアザに襲い掛かる前に、アリルの顔を殴りつけた。
「アリル。この・・・・・・」
短剣を振りかざしたメイヴに、「クラウ・ソナス!!」とヌアザが一撃を放つ。
ゴンッ!!
鞘付きのクラウ・ソナスが音を立て、メイヴの頭に直撃した。
「いった~い。何すんのよ~」
「このような争いを起こすからだ」
「・・・・・・争い?」
首を傾げたメイヴだが、場の状況を知ると驚いた。
「のわっ、何これ?なんでこんな所にいるの?」
慌てるメイヴをよそに、ヌアザは驚いたような顔をした。
「まさか、メイヴとアリルも操られていたのか。神をも操るとは、恐ろしい敵だ」
実質、軍の司令塔は潰され、さらに睡眠作用のあるタスラムにより戦場にいた兵士たちは次々と戦闘続行不可能となって行った。こうして、大混戦を極めた戦いは終幕した。
―※*※―
戦いが終わって、数分後。
「クーフーリン。よかった、無事で。あなたに力の封印の解除方法を・・・・・・」
駆け寄るモリガンに、「「いまさら遅い!!」」とクーフーリンとファーディアが声を合わせて叫ぶ。
「はうっ・・・・・・」
「我々より10分も早く来ていたお前らより我が先に着くとは、戦場を飛び回っていたな?」
「ううっ・・・・・・戦女神の悲しい定め・・・・・・」
落ち込むモリガンに、「なんだかなぁ」とセリュードが言った。
「俺が戻って来た頃にはクーフーリンはもう力を解放して戦っていたから、てっきり教えてもらったのかと」
「俺は教えてもらってないぜ。ただ、絶対に負けられないと思ったら、なんか体に力が湧いてきて・・・・・・」
不思議そうな顔のクーフーリンに、ルーグが歩み寄る。
「大切な人との約束を守りたい、という強い思いが力の解放の鍵のようだな」
「はい。『絶対に負けられないという強い心』と、それの源になる『想い』が力の封印を解く鍵なんです」
モリガンの言葉に、「そうだったのか・・・・・・」とクーフーリンが言った。
「それより、お前ら。早く医療テントに行って傷の手当てをしてもらえ。ディアン・ケヒトたちが治してくれるはずだ」
「わ、わかりました」
ルーグに言われてファーディアが答え、クーフーリンが歩き出すと、エーディンが近くに座り込んでいるサーカにも手を差し出した。
「ほら、あなたも」
「なんで、敵の俺まで」
「もう戦いは終わった。敵も味方も関係ないよ」
「それに、助けてもらったしね」
「あれは・・・・・・俺たちを利用した借りを・・・・・・」
アリアンフロッドに言いかけたサーカの言葉を「はいはい」とルーグが遮った。
「クーの馬に救護用の戦車を引っ張ってきてもらったから、それに乗ってテントに行け」
いつの間にか、幅の広い戦車を引いたマッハとセイングレイドが来ていた。
「すまない。親父」
「フッ、気にしなさんな」
ルーグが答えると、クーフーリンたちは二頭が引く戦車に乗り、ディアン・ケヒトたちがいる医療用テントに向かった。それを見送ると、身体を起こしているディステリアに目を向ける。
「・・・・・・お前が、クトゥリアの弟子か?」
「弟子じゃない。鍛えられてはいるが、それは人探しを終えるまでのつなぎみたいなものだ・・・・・・」
「腕が鈍らないように、か」とルーグは含み笑いをする。が、すぐ鋭い目付きになる。
「だが、俺はお前らをあまり信用しない。太陽神という性質上、お前ら人間の行いは全て見られる。それこそ、善悪を問わず・・・・・・」
「細かく言えば、俺もセリュードって騎士も人間ではないですよ」
皮肉を込めて言うディステリアに、「何、バカなことを言っている」とルーグは眉をひそめた。
「現世に生きる存在は、皆同じ『人間』だ。種族、人種などは関係ない。そんなものは些細な問題だ」
ルーグの言葉に、ディステリアは衝撃を受けたような顔になる。人ならざる力を持つ自分は人間ではない。どこかそう思っていたことを否定されたような気がした。悪い気はせず、しかし動揺のためかいい気もしなかった。
「さ、話は終わりだ。怪我を治し次第、どこへでも行くといい・・・・・・」
「そうしたいのは山々だが、連れがいない。あいつがいないと、人探しは手がかりなしになる」
「ふん。勝手な奴だな・・・・・・」
背を向けて何やらぼそぼそと呟いたが、ディステリアには聞き取れなかった。
―※*※―
医療テントでは、白いひげを蓄えた白衣の中年男性とクトゥリアが、何か話しをしていた。
「・・・・・・で、彼らの手口は?」
「特殊な薬品と催眠術で、意識を自分らの支配下に置く。それが奴らの常套手段なのじゃろう」
「解く方法は?」
「まだケースが少ないからなんとも言えんが・・・・・・ワシらが所有している薬でなんとかできるだろう。例の領主とやらに洗脳されておった妖精たちも、ポーションと静養で正気に戻った」
「あなた方の所有する回復薬は、人間界で出回っているものより効果が強いことをお忘れなく・・・・・・」
そう言ってクトゥリアは、懐にしまっていた紙の束を差し出す。
「例の領主の隠し部屋にあった、薬の成分表だ。これで中和剤は作れそうか?」
「やってみよう」
ディアン・ケヒトが紙の束を受け取ると、ちょうどディステリアが入って来た。
「・・・・・・・・・何やってんだ?」
「ちょっと、な・・・・・・それよりどうだ、ディステリア?この戦いに参加して・・・・・・」
率直な感想を求めるクトゥリアに、ディステリアは複雑な表情で顔を逸らした。
「・・・・・・・・・よく、わからない。人間同士が命を賭けた・・・・・・それも国同士の戦い。数百年も昔によくあったことは教義で習ってたが・・・・・・」
「目の当たりにするのは初めてか。まあ、今の世代を生きる者は当然だろうな」
肩をすくめたクトゥリアは、「それに、お前は運がいい」と続ける。
「今回は死人が出なかった。本物の『戦争』はこれよりも陰惨だ。人が人の命を奪うことが、国単位で行われる・・・・・・」
「どうして、そんなことが平気でできるのでしょう・・・・・・」
「下の者は上の者の命令に従う。それが組織だ。だが、俺はそれぞれの信念が優先できる組織を造りたかった」
「それは不可能でしょう?」
眉を寄せて言うディステリアに、「ああ」とクトゥリアが悲しそうに答える。
「信念というものは、人の数だけ存在する。反発する信念もあるだろう。それを知った時、俺は俺の造りたかった組織が夢幻だと知った・・・・・・」
「じゃあ、今は?」
その質問にクトゥリアは答えない。悲しそうな顔を誤魔化すように、彼のほうに笑顔を向けた。
「さ、行こう。ディアン・ケヒト。駄賃として回復薬はいくつか持ってく」
「おう。毎度あり・・・・・・」
回復薬がいくつか入ったバッグを肩に担ぎ、クトゥリアはテントを出て行く。
「そういえば、そのバッグ。いつもはどこにあるんだ?」
「秘密・・・・・・」
いつもないはずのバッグを指差してディステリアが聞いたが、クトゥリアは意地悪な笑みを浮かべて誤魔化した。
―※*※―
闇に包まれた、ある建物の中。そこの中に丸いテーブルを囲んだ、八つの影がある。その内の一つが、黒いマントに身を包んだ人の形を取ったデズモルートだった。
「計画通り、アルスターの二ヶ国、コノートの戦いにミディールたち地下の妖精たちが介入し、戦闘が拡大しました」
「そうか。しかし、計画が成功したとは・・・・・・言えない」
「なっ、なぜですか!?」とデズモルートが声を上げると、先程の声が答える。
「確かに怪我人が多く出たし、負の感情のエネルギーもたくさん確保できた。しかし、この戦いで死亡した者がいない」
「実質、失敗したという訳だ」と、最初とは別の影が割り込む。
「そんな、カーモルさま。ネクロ、それは確かなのか?」
カーモルと呼んだ影の、左の席に座っている影に向かって叫ぶ。
「ええ。間違いなく」
それを聞くと「くっ・・・・・・」と、悔しそうに声を出す。
「だが、あと数日で別の地域の人間どもがアースガルドへ進行する。ネクロが流した情報によってね」
「ええ。では、そろそろ私は行くとしましょうか」
席を立つネクロに、「どこへ?」とデズモルートが聞く。
「ミッドガルドですよ。あそこでやることもありますしね」
「では、頼んだぞ」とカーモルが言うと、ネクロは「ハッ」と頷いた。
「我らの、理想の世界を作るために」
闇に包まれた部屋の中で、八人の声が同時に木霊した。
一つの島国の戦い
それは・・・・・・さらなる戦いの、序幕に過ぎず