第15話 真の力の源
戦場へと急ぐ三羽のカラスがいた。一羽はカンムリガラス。もう一羽はワタリガラス。最後の一羽はオオカラス。その三羽が話をしている。
「急がないと!!」
「そうね、モリガン。早くこの争いを止めないと・・・・・・」
「ティル・ナ・ノーグからも、多数の応援が来ると言っていましたしね」
この三羽のカラスは、モリガン、マハ、そしてバズウが変身したものだった。三人はティルノグから来るダーナ神たちからの伝言を、クーフーリンたちに伝えるために影の国に行ったが行き違いになっていた。そこで彼女らはスカアハに、クーフーリンに力の封印を解除する方法を伝えるように頼まれた。
―※*※―
そのおかげで、クーフーリンは今もピンチが続いている。地面に叩きつけられたクーフーリンは「ぐはっ」と呻く。鎧の右肩と腹部の部分が砕け、足につけている具足にもひびが入っていた。
「しつこいねぇ~。英雄ってさ、潔く散るものじゃないの?」
息を切らせているクーフーリンに、ビィウルは余裕を見せる。
「ハッ、ハッ、ハッ・・・・・・待たせている人が・・・・・・いるんだ・・・・・・ハッ・・・・・・そいつと・・・・・・約束したんだ・・・・・・必ず帰るって」
「ほう・・・・・・誓約か・・・・・・?」
「いや・・・・・・ただの口約束だ」
「そうか。よかったな、誓約じゃなくて。その約束は、守れないんだからな!!」
満身創痍のクーフーリンにビィウルの剣が迫った時、両者の間に白い斬撃が割って入った。
「なんだ?」
首を傾げるビィウルに何者かが切りかかる。受け止めたのは天魔剣、ビィウルに切りかかっていたのはディステリアだった。
「間に合ったか?」
そして、斬撃を放ったのはセリュードだった。
「セリュード・・・・・・に、ディステリアか。すまねぇ、手間をかけさせて・・・・・・」
「気にするな」
愛用の槍を剣に変形させたセリュードは、ディステリアの戦いを見守る。まだ実力が低いとはいえ、ディステリアはビィウルに決定打を与えられず、徐々に押し返されていき、最後の一撃でクーフーリンたちの側まで下げられる。
「こいつ・・・・・・やっぱり強い・・・・・・」
「こいつは力を封印されたままでは勝てない。早く力の封印を解くんだ」
「ああ」とゲイボルグを構えなおすクーフーリンだが、すぐ眉をひそめる。
「・・・・・・?力の封印?なんだそりゃぁ!!」
「やっぱり知らなかったのか?えっと、封印の解除方法は確か・・・・・・げっ、聞いてこなかった」
「なんじゃそりゃぁ・・・・・・」
膝を着いた時、「本当に万策尽きたな!」とビィウルの剣の一振りで起きた衝撃波に、三人は飲み込まれていった。
「「「うわああぁぁぁっ!!!」」」
―※*※―
ファーディアのほうは、跳ね返る斬撃を放つデンテュスに苦戦を強いられていた。
「そ~れ、もう一丁!」
音がするくらいの速さで剣を振ると、オーラに包まれた塊のような物が放たれた。その塊は、地面に落ちていた兵士の鎧を砕きながら進んでくる。ファーディアは右に避けたが、岩に当たって帰ってきた斬撃に当たってしまった。
「くそっ!」
「ハ~ッハッハッハ。どうした、スカアハの弟子もその程度か?」
高笑いするデンテュスに立ち上がりながらファーディアが叫んだ。
「まだだ。この程度で、負ける訳には行かん」
叫び、剣を構えるファーディアだが、敵の攻撃のタネがわからない以上、状況は好転しない。
「(だが、なんだ?あの斬撃は。普通は物に当たれば砕けるはずだが・・・・・・)」
「ほ~ら、考えている暇はないよ」
余裕の表情のビィウルの容赦ない攻撃にファーディアは「くっ」と呟く。
―※*※―
「あれは・・・・・・デンテュスか・・・・・・まだ、てこずっているようだな」
辺りに響き渡る音を聞き、デンテュスが戦っている所を見ているビィウルの近くには、クーフーリンが倒れていた。
「(くそっ・・・・・・身体が・・・・・・動かない・・・・・・)」
動けないクーフーリンの目の前には、ゲイボルグが落ちていた。
「(すまない、スカアハ・・・・・・せっかく、またゲイボルグを貰ったというのに・・・・・・)」
不意に、エマーの顔が浮かぶ。
―回想―
影の国のスカアハの館を発つ前、不安そうな顔のエマーが話しかけてきた。
「あの、クー」
「ん?」
「必ず・・・・・・必ず戻って来て・・・・・・」
「ああ」
―回想終わり―
必ず帰る。誓約にこそしなかったが、彼が必ず守ろうと決めていた約束。かつて、赤枝の騎士団の一員として、英雄として戦った神話時代。エマーを残して戦場で命を散らしたクーフーリンが、果たすべき約束だった。
「(あの時、俺はあの約束を誓約にしなかった・・・・・・エマー)」
エマーとの約束が頭をよぎった時、腕に力が入りだした。近くにあったゲイボルグを掴み、立ち上がる。
「(エマー・・・・・・俺は・・・・・・俺は―――!)」
動く力さえも残ってなかった筈のクーフーリンが立ち上がりだした時から、彼の体からは強いエネルギーのようなものが放たれている。それを感じたビィウルは驚きの表情で振り向いた。
「バカな。まだ立ち上がる力があるとでもいうのか!?」
「―――うおおおおおおぉぉぉぉっ!!」
ドッ!!!
何かがあふれ出すような音がしたかと思うと、辺りに突風が吹き荒れた。それどころか、先程と比べてクーフーリンがまとう空気が変わった。
「な・・・・・・んだ・・・・・・?この・・・・・・プレッシャーは・・・・・・」
目を見張るビィウルに、クーフーリンはゲイボルグを握って突進する。とっさに剣を盾にしたが、ゲイボルグの激突の瞬間に体を物凄い衝撃が襲い、ビィウルの体を後ろの岩に叩きつけた。
「!?・・・・・・何・・・・・・なんだ?この力は?」
さっきまで瀕死だったはずのクーフーリンに吹き飛ばされ、ビィウルは驚いた。それからもクーフーリンの連続攻撃を剣で防ぐが、さっきと同じ、いやそれ以上の力でビィウルは押されていた。
「くっ、冗談じゃない。デモズスピナー!!」
間合いを離して放った黒い魔力の塊が、回転してクーフーリンに襲いかかる。しかし、それをゲイボルグで受け止めた。
「つあああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
渾身の力を入れ、突き出したゲイボルグから放った無数の矢を貫通させ、攻撃を打ち消すと同時にビィウルの体を貫いた。
「くはっ・・・・・・ば・・・・・・かな・・・・・・」
無数の矢を体に受け、よろめくビィウル。だが、力尽きる様子はなく、
「なめるなぁ~~!!」
クーフーリンに向かって突進して行った。怒り狂ったように振るわれる剣を全てゲイボルグで捌き、その度にビィウルに槍を突き立てた。
「ごあっ。くっ、なぜだ。なぜ、勝てない・・・・・・」
膝をつくビィウルに、クーフーリンがゲイボルグの穂先を向ける。
「貴様は、なんのために戦う」
その問いに「何?」と一瞬、目を見開いたが、すぐに笑った。
「・・・・・・はっ、愚問。我はわが主の望みのため。さらに我を満足させるためだ。それ以外に理由などない」
二人はいつの間にか、ミディールたち、妖精軍の陣地の目前まで来ていた。
「なら、貴様は俺に勝てん。大切なものを守るために戦う、俺やファーディア、セリュード、この国の人たちには・・・・・・絶対に!」
「はっ?笑止。大切なものなど、戦うための言い訳に過ぎん。教えてやるよ。俺たちは、貴様らの負の感情より生み出されたのだよ。人間や妖精、さらに神のでも・・・・・・な」
「何!?どういうことだ!?」
クーフーリンが叫んだその時、近くで大きな音がしてそちらを向く。頭から血を流したファーディアと、少しえぐれた地面に倒れているデンテュスの姿があった。どちらも鎧がボロボロになっている。
「ファーディア!?」
「デンテュス!?どうしたというのだ」
息を切らしたファーディアがよろめき、剣を支えに踏みとどまった。
「ハッ、ハッ、ハハッ。どうしたって、逆転したのよ・・・・・・ハハッ」
「逆転って、お前もボロボロじゃないか。まあ、お前らはもう後がなくなったな」
ビィウルが「くっ」と噛み締めたその時、空を覆う黒雲の中から黒いモヤに包まれた何者かが降りて来た。
「心配には及ばんよ。クーフーリン殿」
クーフーリンが「何者だ?」と身構える
「わが名はデズモルート。この戦いを望みし者」
「なんだと!?」とファーディアが叫んだその時、ミディールの陣地から爆発がした。
「貴様。何をした」
クーフーリンが叫ぶと、「何も」とデズモルートが答えた。
「ただ、お前の仲間が我が分身を倒しただけのこと」
ファーディアが「何!?」と言った時、爆発の中から足音がした。ファーディアが振り向くと、エーディンをアリアンフロッド、セリュード、ディステリアがこちらに走って来ていた。
―回想―
妖精の兵たちの守りを突っ切って、セリュードがエーディンとアリアンフロッドの所に来た。
「エーディン、アリアンフロッド!!大丈夫か!!」
陣に飛び込んできたセリュードに、「セリュードさん」と二人が向く。
「何!?こいつはビィウルが止めている筈・・・・・・・」
なぜかフォーヴナハの体から少し出ている、黒いモヤが呟く。
「クーフーリンがここに飛ばしてくれたんだ。少々、荒っぽくて体を打ったが、な」
腰をさするディステリアが天魔剣を構えると、槍を構えて向かって来たミディールを止める。
「ちっ・・・・・・この力、長く持たない。おい、セリュード!本当に方法があるのか!?」
「賭けに近いが、やるしかない!!」
ディステリアがミディールを、エーディンとアリアンロッドがフォーヴナハを止めている間、セリュードは黒いモヤに迫る。その時、彼はなぜか武器を抜いていない。
「ミディールとフォーヴナハを操っているのはお前だな!くらえ!リヒトフィスト!」
構えた両拳に光が宿り、それを突き出すと光の拳が放たれる。
「ちっ、ちょっと待った・・・・・・」
エーディンが慌てるが光の拳はフォーヴナハの体をすり抜け、後ろにいる黒いモヤに当たった。
「ぐはあぁっ!!ばっ、バカなっ!」
黒いモヤが光を放つと、「ウソ。爆発するのかよ!!」とセリュードが慌てた。
「えい。虹の壁!!」
アリアンフロッドが、ミディールとフォーヴナハの前にも虹の壁が張った。そのおかげで、爆発が起こっても全員無傷ですんだ。
―回想終わり―
「なるほどな。だが、もう遅い。我らの目的は達せられた」
「何!?」と、セリュードがデズモルートと名乗った黒いモヤを睨む。
「この戦場を見ろ。この激しい戦いをもう止める術はない。多くの死者が現れ、我らの兵となる者がたくさん誕生する」
「なんだと!?」と今度はクーフーリンが叫ぶ。
「やがて、この世界を破壊しつくし、新たな世界を作るための!!」
「そんなこと・・・・・・させるか~!!」
残像が見えるほどの速さで、クーフーリンがデズモルートに迫る。しかし、軽くかわされてしまった。
「ぬっ!?」
「ビィウル、デンテュス。ウォーミングアップは終わったのか?」
それを聞き、「「うぉ、ウォーミングアップだと!?」」とクーフーリンとファーディアは驚いた。
「あ、ああ。だが、このざまだ」
ビィウルの答えに「いいではないか」とデズモルートが返す。
「どうせ本当の力の半分しか出せないように抑止しているのだから」
「(なんだと!?あれだけの強さで半分だと!?)」
目を見張って驚いているクーフーリンたちをよそに、デズモルートは喋り続ける。
「いきなり本当の力を使えば、お前らの体は崩壊する。こういう慣らしは必要だ。では帰るとしようか。ビィウル、デンテュス」
「待て。逃がすか!!」
ゲイボルグを構え、突っ込んで行くクーフーリン。だが、デズモルートは「ふんっ」と笑うと、向かって行ったクーフーリンを腕の一振りで叩き落した。
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「クーフーリン!」とエーディンが叫び、セリュードも驚きを隠せなかった。
「なんて奴だ。ダメージを受けているとはいえ、あのクーフーリンを一撃で・・・・・・」
「こんな奴が我らの脅威になるとは到底思えんが、あの御方の命令だ。片付ける」
「させるか~!!」
トドメを刺そうとするデズモルートに、セリュードとファーディアが左右から同時攻撃を仕掛けるが、それぞれ片手でたやすく受け止められ、
「ふんっ!!」
腕の一振りで二人とも地面に叩きつけられてしまった。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「セリュードさん!」
「ファーディア!」
エーディンとアリアンフロッドが二人に駆け寄ると、白い翼が広がったディステリアが跳びかかる。
「おおおおおおおおおおっ!!ライジング・ルピナス!!」
痛みを堪えて雄叫びを上げ、ディステリアが天魔剣で切りかかる。攻撃を受け止めたデズモルートだが、彼の顔を見た途端、白い目を見張る。
「き、貴様・・・・・・」
「―――!?」
不審そうに眉を寄せたが、その瞬間をついてデズモルートはディステリアを吹き飛ばす。
「うわああああああっ!!」
「ディステリアさん!!」
「貴様は引っ込んでいろ!!」
地面に叩きつけられたディステリアから視線を外し、デズモルートはクーフーリンたちのほうに突き出した両腕にエネルギーを込めだした。
「・・・・・・終わりだ」
冷たく呟いたその時、「させるか~!!」と、声がした。デズモルートはチャージをやめ、放たれた一撃をとっさにかわす。
「ん?貴様は?」
大声と共に割り込んできたのは、なんとサーカだった。
「―――赤枝の戦士団、サーカ。我らを利用した借りを返しに来た!」
速いスピードで槍を振るうが、全てかわされてしまった。
「バカな!!」
「人間にしては面白かったよ・・・・・・」
その後に槍の一撃をかわして、後ろ蹴りを放った。サーカはクーフーリンたちの所に落とされた。
「ぐわっ!!」
地面に倒れたクーフーリンたちに、改めてトドメを刺そうとする。
「では皆さん、死んでもお元気で!!」
両手にためたエネルギーを一気に放った。誰もがもう駄目だと思った時、白いイカズチが割って入り、デズモルートの放ったエネルギーを打ち消した。
「なんだ?今のは!?」
「い・・・・・・今のは・・・・・・まさか・・・・・・」
ゆっくりと後ろを向くと、神々しい光を纏った一人の雄雄しい男性がこちらに歩いて来ていた。
「・・・・・・親父・・・・・・」
「太陽神・・・・・・ルーグ・・・・・・」
クーフーリンもセリュードも、その存在の出現に目を見張っていた。