第138話 激戦、苦戦
蛇の下半身を動かし地面を這い回り、テレノグは肩から棘を撃ち出す。駆け回ってそれらをかわし、避けきれないものはブランシュールで砕きながら突撃するクトーレだが、目の前まで近付いても振り下ろされる腕に邪魔される。ブランシュールからいくつもの矢を放つが、肩から発射されるトゲに相殺される。当たったとしても、数が少ないため威力が足りず決定打とならない。
「くっ・・・・・・」
「貴様の攻撃など、接近さえされなければどうにでもなる!」
「言ったな・・・・・・七大天国、ドミニオン!」
地面に着地して翼を大きくしたブランシュールを構えるが、そこを狙ってテレノグが突進しパワーチャージを邪魔する。動きながらではチャージのスピードが遅くなってしまうが、それでも構わず矢を放ちテレノグの肩を貫いた。
「ぐっ!!」
バランスを崩したテレノグに接近する。しかしクトーレを睨んだテレノグは、両腕で彼を潰そうとする。だが、それを読んでいないクトーレではない。
「七大天国、ケルディム!」
炎の壁で拳を阻むが、そんなもので止まるテレノグではない。だが、それすらクトーレの予想の範囲ない。勢いが弱まったテレノグの拳は、クトーレに当たる直前にオーロラのような光の壁に阻まれていた。
「何!?」
「七大天国、プリンシパリティーズ。その真の特性は防御にあらず・・・・・・」
オーロラがへこむと、間にいるクトーレの突っ込む速度が上がる。オーロラに当たった攻撃の勢いを流し、包まれている者を守りつつ移動させる。それが、プリンシパリティーズの本当の効果。勢いづいたブランシュールの一撃がテレノグの胴体に直撃したが、これで倒せるとは思っていない。体を覆う装甲は切った。だが、与えたダメージは低くよろめいてすらいない。当然すぐ来た反撃にクトーレはブランシュールを構えて防ぐが、拳が当たった箇所に大きくヒビが入った。
「ぐあっ!!」
さらにそのまま地面に叩きつけられる。両腕を突き出したテレノグは、腕に生えたトゲと肩に生えたトゲを発射して追い討ちをかける。
「七大天国、ケルディム!」
炎の壁がトゲを焼き尽くすが、量の多さに焼き尽くしきれずいくつか貫通する。トゲが地面に刺さって爆発し、クトーレは吹き飛ばされる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
飛ばされながらも極太の光の矢を飛ばすが、真正面からだったためそれは受け止められ、へし折られる。地面を転がると共に起き上がり、走りながら矢を連発する。
「そんな豆鉄砲、俺には聞かんぞ!」
「鉄砲じゃないんだがな・・・・・・」
森の中に逃げるとテレノグもそれを追って森に入る。だが、人工物の木々はテレノグの巨体に押し退けられるとへし折れ、動きの邪魔となる。これなら投げ飛ばせる分、自然の木々のほうが増しだが、テレノグはそんなこと気にしない。邪魔なものは押し退けて進み、クトーレを探す。
「どこだ!逃げられはしないぞ!」
「そうだな・・・・・・逃げてばかりでは、自ら勝機を逃す」
声がしたほうを振り返ると、木の上で弓形態のブランシュールを構えるクトーレを見つける。
「そこか!」
「七大天国、ドミニオン!」
巨大な光の矢を受け止めへし折ろうとすると、木々の上を跳んだクトーレが切りかかる。
「フン!」
太い光の矢を折らずに振り回しクトーレを叩き落とすが、その姿がかすんで消える。
「七大天国、トウロンズ!」
空中を飛ぶ三つの炎の車輪を飛び移り、クトーレが上から切りかかる。
「七大天国、エンゼル!」
光の矢の連射で牽制、さらに剣で切りかかる。掴んでいた光の矢は消滅し、剣は当たる状況。だがその攻撃はテレノグの腕に受け止められる。装甲を砕いて傷を負わせることはできたが、テレノグが腕を振るとブランシュールの刀身が折れた。
「なっ!!」
今までこのようなことがなかったため、クトーレは唖然とする。それはほんのわずかな間だったが、テレノグが振り下ろした左拳が叩き落とすには十分な時間だった。木々を折って地面に落ちたクトーレは息を切らせ、すぐには起きられなかった。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・はあ・・・・・・」
ヒビが入ったブランシュールに目をやる。刀身が折れたのはテレノグに入れられたヒビのため。それにより刀身の強度が落ちた。修復は可能だが、そのためにはクトーレの生命力を込める必要があった。
「(だが・・・・・・奴を倒すには、それしかない・・・・・・)」
素手ではテレノグは倒せない。並みの武器では通用すらしない。なら、自分の命を削ることになろうが、ブランシュールを修復するしか手はない。
「ふう・・・・・・!!」
右手首を掴んで意識を集中させると、ブランシュールのヒビが塞がっていく。だが、構わずテレノグが迫る。
「自分の命を削って直すか。だが・・・・・・その命も、じきに俺が奪う」
「なら・・・・・・そうならないよう、抵抗させてもらおう・・・・・・」
「貴様の、小手先の作戦は通じないのに、か?」
挑発するテレノグに対し、立ち上がったクトーレは静かに身構える。足を肩幅に開き、体は少しかがめている。
「見せてやる、俺の切り札。七大天国・・・・・・」
ブランシュールを突き出して意識を集中させる。表面に揺らめいた白い魔力がやがてクトーレを包み込む。
「アークエンゼル・・・・・・」
大きく振ったブランシュールを少し上に向け、広がった翼がさらに大きく広がり、凄まじいエネルギーを纏ったブランシュールが、クトーレの身の丈を遥かに超える巨大な光の剣を作り出す。
「バカが!そんな大きすぎる剣で何ができる!?」
「何ができるか・・・・・・お望みとあらば、見せてやるよ」
右腕を返して地面を蹴ると、その姿が一瞬で消える。目にも止まらぬ速さで周りの木々が切り倒され、テレノグの目の前に現れたクトーレがブランシュールを振る。とっさに体を反らしてかわし、後ろの建物が切られる。攻撃をかわされてがら空きになったところに、曲刀を生やした左腕を振るが、ブランシュールから生えていた光の翼がそれを防ぐ。
「(何!?)」
目を見張った後、翼がテレノグの腕を弾き、その反動で背を向けたクトーレはそのまま回転し左足のかかとを落とす。装甲に覆われていない首の辺り。ブランシュールの剣先を地面に着けるとよろめいたテレノグを蹴り飛ばし、腕を回すと共に体も回して後ろに下がる。ブランシュールの剣先を抜き、落下の勢いを利用して剣を上げると地面を蹴って切りかかる。大きさゆえに取り回しが難しい巨大な剣を自在に操るクトーレに、テレノグは唖然としていたがすぐ冷静に戻る。
「なるほど・・・・・・だが、それがなんだという?先ほどは奇襲でごまかしたが、まともにぶつかって勝てるとでも思っているのか?」
テレノグの指摘は的を射ている。取り回しの難しい巨大剣状態のブランシュールを振り回せたのは、クトーレの身体能力をブランシュールで無理やりに近い状態で上げてるため。だが、そんな無茶な状態が長く続くわけはないし、今の攻撃で仕留められなかったためテレノグに警戒させてしまった。
「わかっているさ・・・・・・やっぱ、これしかないか」
わかりきっていたかのように呟いたクトーレに、テレノグは不審を抱く。が、それを気に止めず、クトーレはブランシュールを突き出した右手首に手を回す。
「真の姿を見せろ!七大天国、アークエンゼル!」
まとった魔力が集まり形を成す。白い装甲で形作られた鎧。ディステリアのものに似ているが、肩の鎧はパーツが少なく簡略化されている。
「なるほど、〈天魔の具足〉か。だが、それをまとったところで変わるかな・・・・・・?」
「?何言ってるんだ?」
不審そうに眉を寄せたクトーレに、テレノグも意外そうに目を丸くする。
「〈天魔の具足〉という装備は、ディステリアの専用装備だろ?」
「これは驚いた・・・・・・まさか知らないのか?」
意外そうに、そして呆れるようにテレノグが肩を竦める。隙を作るためのブラフだと警戒を怠らないクトーレを嘲笑うように、テレノグは回り込んだ。
「逃がさん!」
一瞬で回り込んでブランシュールで切りつける。反撃に振られた爪は体を仰け反らしてかわし、腕を引いてテレノグの左腕を切りつける。装甲に亀裂を入れ、すぐそこに追撃を仕掛けるが体を回転させたテレノグにかわされる。ブランシュールを連続で突いて追撃をかけ、回転が止まったテレノグの右腕を左腕の盾で防ぎ、タイミングをずらした尻尾の波状攻撃をかわした。直後に飛ばしたトゲは、七大天国ケルディムで防いだ。
「ム―――ン!!」
殻が砕けている腕に力を込め、筋肉が盛り上がった左腕を合えて炎の壁に突っ込む。だがクトーレは臆せず、その手にブランシュールを突き立てる。踏ん張っている両足が後ろに滑り、刀身が砕けていく。耐えようとしたことが裏目に出て、テレノグの手をぶつけられたクトーレは後ろの地面を跳ねた。その度に地面が砕け、土埃が舞う。追撃をかけるため距離を詰めるテレノグに、土埃を突っ切っていくつもの光の矢が飛んでくる。背中の翼で体を覆い、それを防ぐ。威力は対したことない。だが、そう守りに転じたことがこの後の反応を遅らせた。
「―――!!」
「七大天国、パワー!」
大きさが少し小さくなったが、それでもまだ十分大きな光の剣で切りつける。左の翼を切り落とされたテレノグは、意地と言わんばかりにクトーレを殴りつける。地面に落ちると思われたが、事前に放っていた七大天国トウロンズの車輪で落下を防いだ。
「ムン!!」
その車輪ごと地面に叩きつけようと殴りかかるが、他の二つの炎の車輪がその腕を阻み、さらに装甲を砕く。
「ぐ・・・・・・あ―――っ!!」
高熱と回転の摩擦に唸り、腕を振って車輪を弾く。あのままだと焼かれるか切られるかのどちらかで、その行動は本能的な危機察知によるものに近い。左右に視線を走らせると、空中を飛ぶクトーレの姿を捉える。彼が切りかかるのとテレノグが右腕を突き出したのはほぼ同時だったが、リーチの差でテレノグに軍配が上がり、殴り飛ばされたクトーレは地面に叩きつけられた。
「ぐ・・・・・・はっ・・・・・・かっ・・・・・・」
体に受けた強い衝撃で呼吸もままならない。なんとか体を起こそうとするが、接近したテレノグが殴り飛ばす。
「ぐあああああああああああああっ!!」
砕けた地面をバウンドし、何度か転がった後その先の樹にぶつかる。金属製の人工物の衝撃は鎧を着けていても、体がどうにかなってしまいそうだった。
「がっ・・・・・・かっ・・・・・・あっ・・・・・・」
閉じることもままならなくなった口から、唾液に混じって血が流れる。木にもたれながらもなんとか立ち上がり、蛇体をくねらせ近付いてくるテレノグを睨む。
「げほっ・・・・・・くっ・・・・・・」
もうろうとした意識をなんとかつなぎ、ブランシュールを突き出す。その意図がわからずテレノグは進みを止めると、ブランシュールから十個の光の球が放たれる。四つの球がひし形を描くように配置され、左右の球の下に二つずつ、その間の四つの球から見て真ん中にあたる場所とその下に二つの球が配置され、最後の一つがその下に置かれる。線で結ばれてないためわかりづらいが、その配置はセフィロトの樹と酷似していた。
「七大天国の技を全て極め・・・・・・昇華させた者だけが得ることを許される・・・・・・終の秘奥義・・・・・・」
ブランシュールを上に掲げるに連れ、並んだ光の球が起き上がっていく。腕を盾に構え、白い光の翼が開くと、クトーレは弓を引くように左手を引く。
「セフィロート・クラスター!!」
引いていた左手を放し、矢を放つ弓のように翼が跳ねる。セフィロトの樹を模した光の球が線で結ばれていき、各所から無数の矢が放たれた。
「(矢の―――壁!?)」
目を見張るテレノグの全身を光の矢が貫く。いくつか装甲が砕け、矢が刺さった体からも血が噴き出す。爆発までも起きるが、テレノグはまだ健在。こういう大技は放った後に大きな隙が生じるのが道理。それを突くべくテレノグは速度を落とさず迫る。だが、煙を突っ切った先には誰もいなかった。
「(なっ―――!?)」
目を見張って思わず止まる。それが愚にもつかぬ行動と気付いたのはその直後。頭上で左手に、ブランシュールと違う光の剣を持ったクトーレが斬りかかって来た時だった。
「隠された剣―――!!」
落ちてくるクトーレに右腕を突き出す。爪とその剣はぶつかり共に砕ける。それで終わりではないことくらいはわかっている。すぐもう片方の武器を振る。お互いのその判断はどちらが先か、そんなことを気にすることができる第三者はこの場にはいない。鈍い音が響き、テレノグの後ろにクトーレが着地する。
「ぐっ・・・・・・!」
どちらかが苦しそうな声を漏らした瞬間、テレノグの胴体装甲が砕け、黒いモヤが噴き出した。そして、ゆっくりうつ伏せに倒れる。残ったクトーレがブランシュールを下ろすと、ヒビ割れている鎧が光の粒子となって消える。
「・・・・・・ハッ。柄にもないことを・・・・・・しちまったな・・・・・・」
ブランシュールが砕け散り、元の右腕に戻ってクトーレも倒れた。
―※*※―
カーモルとクーリアを相手に善戦するセリュードたちだが、状況は芳しくなかった。ヴォルグラードと同等かそれ以上の実力を持った相手二人に苦戦を強いられ、突破することができない。クーリアは殴りかかるクウァルの拳をいなし、腕に装備しているカギ爪を振って仕掛ける。ディステリアとセリュードはカーモルに仕掛けるが、どのような攻撃もローブに阻まれて有効なダメージを与えられない。隙を見てセルスが魔術を使うも、タイミングを見切られてかわされてしまう。
「弱いな。この程度でヴォルグラードを落とせたのか?」
「それとも、奴との戦いでスタミナ切れか?」
挑発するクーリアとカーモル。ヴォルグラードと互角に戦うことができたのは四対一だったため。それが一番わかっているのはセリュードたちのほうだった。だが今はそのアドバンテージは半減し、四対一に持ち込もうとクリスウォールで壁を作ったり床や天井を崩したりするが、そんな姑息な手は通じないと言わんばかりに瓦礫や水晶の壁を壊したり、こちらの行動を止めたりして、自分たちの有利を保っている。
「(このままではよくて共倒れだ・・・・・・。それでは、誰がソウセツを倒す・・・・・・)」
固まって四方に警戒を向けるセリュードたち四人に、ゆっくり回って様子を伺うカーモルとクーリア。
「(全員でも戦ってかも体力を浪費するだけ。ならば、いっそ・・・・・・)」
セルスとクウァルに目配せすると、二人は全てを悟ったように頷く。
「何か・・・・・・手はないのか・・・・・・」
ディステリアに「あるぞ」とセリュードが呟くと、「本当か!?」と振り返る。
「こいつらの相手は俺たちが引き受ける。お前はその隙に、ソウセツを倒せ」
「なっ・・・・・・」と驚き、ディステリアは目を見張った。
「おもしろい。いいだろう、行くがいい・・・・・・」
我が耳を疑ってクウァルが、「どういうつもりだ!?」と叫ぶ。
「我が主の望みを叶える。それだけのこと・・・・・・」カーモルは淡々と語る。
「奴らが本当に通してくれるとして・・・・・・お前らを犠牲にしろというのか!?そんなの・・・・・・」
「おっと・・・・・・勘違いするな。犠牲になるつもりはないし、勝負を捨てたつもりもない」
「俺たちは後で追いつく。約束する・・・・・・」
「だから、ディステリア・・・・・・行って!!」
セルスの声に押され、ディステリアは飛び出していた。本当ならば確実に攻撃されていただろうこの突撃を、二人は静観する。
「―――わけないだろ!!」
黒い魔力の雷を右腕に溜めたカーモルと、黒い炎を溜めたクーリアの攻撃を、セリュードたちの攻撃が阻む。
「行け!!!」
セリュードが叫ぶ、翼を羽ばたかせたディステリアが加速する。カーモルもクーリアもこれ以上は手を出さず、ディステリアは止まることなく扉を抜けていった。
「―――後世に残る偉業を成しとげる者は、仲間すら平気で切り捨てる。ご愁傷さま・・・・・・」
「そうやって引き入れようとしても無駄だ!!」
クウァルの一撃で飛ばされたクーリアは、「そのようだな」とカギ爪を構える。
「セルス。双方の援護を同時にするのは不可能に近い。俺はいいから、クウァルの援護を・・・・・・」
「ちょっとセリュード。私のこと、見くびってない?」
槍を構えるセリュードに、杖を握ったセルスは強気な顔を向ける。
「わかった。だが、無理はするな!!」
突っ込むセリュードとクウァルを、カーモルとクーリアがそれぞれ迎え撃った。
―※*※―
扉を潜り、通路を突き抜ける。羽ばたく翼から白い羽が舞い落ちる。
「(待ってろよ、みんな・・・・・・。すぐに終わらせて・・・・・・)」
途中で湧き出すディゼア兵をなぎ倒し、ディステリアは進み続ける。さすが奥に首領がいることもあり、出て来るディゼアの強さも一般兵と比べ物にならない。
「(それでも―――!!)」
諦めるわけにも止まるわけにも行かない。そうなれば、このような無茶をして送り出し手くれたセリュードたちに申し訳ない。後ろを振り返らず、両手の天魔剣を振ってディゼア兵を倒していく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
雄叫びを上げ、両腕で斧を振り上げている、巨大な体をしたディゼアを一刀両断する。目の前に現れた大きな扉を抜けると、エントランスとも思えるほど大きな部屋に出た。
「ここは・・・・・・」
そこに、パチパチパチ、と手を叩く音がする。
「ようこそ、よくここまで辿り着きましたね」
部屋の中にあるテーブルの近くに、一人の若者が椅子に座っていた。
「やあ、始めまして。と言っても、君のほうは知っているよね」
「ソウセツ・・・・・・」
その名を呼び、ディステリアは歯軋りする。