第14話 大混戦
その頃。エオホズの城の中では衛兵たちが奮闘していた。だが、戦場にクーフーリンがいるということは精神的プレッシャーが大きく、エオホズの衛兵たちは押されており、赤枝の戦士団は士気が上がっていた。
「このままでは・・・・・・」
その時、城の中から飛び出した影が赤枝の騎士団をなぎ払う。城を守る騎士たちには影の正体はわからなかったが、エオホズにはその正体がわかった。
「ディステリアさん!?」
「増援は俺だけじゃないぜ!」
笑みを浮かべた直後、上から虹が降りてきて赤枝の戦士団の兵士たちをなぎ払い始めた。
「なっ、この虹は・・・・・・」
「おお、あれを・・・・・・アリアンフロッド殿」
城の天辺にはアリアンフロッドが立っていた。かつて彼女は、虹を使って地上の暴力を一掃したのだ。ということは?
「ん?うわああぁぁ、こっちにも来た~!」
当然、暴力を起こしかねない武器を持った衛兵たちも、この虹の攻撃対象になる。
「何!?敵味方お構いなしなのかよ―――!!」
怒鳴るディステリアを虹が吹き飛ばすと、アリアンフロッドは申し訳なさそうに両手を合わせた。
「一旦、武器を捨てて退避~!」
慌てて衛兵たちが武器を捨てると、虹が衛兵たちに向くことはなくなり、まだ武器を持っていた赤枝の戦士団の兵士たちは全員、城の外へと押し出された。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」
吹き飛ばされた兵士たちに、「何やってんの」とデンテュスが叫ぶ。
「そんなこと言ったって、全員あの虹に押し出されたんですよ」
兵士が指差すほうを見ると、所々壊された門に新しく扉ができたかのように、虹の壁が張ってあった。
「ちっ、こっちはもう駄目か。サーカ!!」
「ふん、わかったよ」
こちらのほうでは、クーフーリンとその偽者の激しい戦いが繰り広げられていた。大男の繰り出すラッシュを、クーフーリンは全てゲイボルグで受け止めていた。
「ハッハッハ。どうした。手も足も出ないか!?」
渾身の一撃を見舞ってクーフーリンを飛ばした。それもゲイボルグで受けて防いだが、ヒビ一つ入っていない。
「なっ、バカな・・・・・・」
「この程度で俺の名を名乗ろうなど、千年早い」
一瞬、クーフーリンの姿が消えた。と思うと、突然、大男の目の前に姿を現す。
「顔を洗って・・・・・・出直して来い!!」
彼の鉄拳がと顔に炸裂し、轟音を立てると、「グハッ・・・・・・」と大男は撃沈した。
「な、クーフーリン殿が・・・・・・」
驚くマルカスに対し、「だから、さっきから言ってるだろ?」と倒れた大男の側を通りながら言った。
「俺が本物だってよ」
クーフーリンの名を名乗っていた偽者はあっけなく、目の前の不敵な笑みを浮かべる本物に倒され、アリアンフロッドが放った虹のおかげで城の中にいた兵士は全て追い出された。おかげで赤枝の戦士団は背水の陣。
「どうする?かかって来るか?」
クーフーリンの挑発に乗った兵士が、何人か向かってきた。しかし、どれも右腕一つで撃退された。
「あ~、なるほど。この程度の奴は素手で倒せるのか」
「ぐっ、貴様ぁ・・・・・・」
「隊長。ここは俺が・・・・・・」
拳を握るマルカスに、飛び出してきたサーカの攻撃を、ゲイボルグで受け止めた。
「スジは良いな。貴様、名前は?」
「サーカだ。覚悟は良いだろうな、クーフーリン!!」
もはや勝敗は決したこの戦況で、サーカの攻撃は自棄に近い。しかし、ビィウルとデンテュスは何か様子がおかしかった。その時、向こうの山からたくさんの足音と羽音が聞こえてくる。やがて山の向こうから、鎧に身を包んだ大群が姿を現す。
「なんだ、ありゃあ!?」
城の塔の上から見ていたエーディンは目を見張る。
「あれは・・・・・・ミディール!!」
大群の先頭にいたのは、地下にある妖精界の王―――ミディールだった。
「人間どもは敵だ。全軍かかれ~!!」
号令と共に妖精の兵たちが突撃して来た。すると、空がだんだん黒雲に覆われてきた。
「妖精族だと!?全軍、撃退しろ!!」
残りの兵士たちは、マルカスの号令と共に妖精族の兵に向かって行く。
「妖精族の介入だと!?争いを好まない彼らが、なぜ!?」
サーカと組み合ったままで困惑するクーフーリンに、無数の矢が飛んでくる。思わずサーカを蹴飛ばしたが、その時に矢が肩を掠めた。途端に体の力が抜けた。
「これは、妖精の矢」
妖精の放つ矢を受けると、体の力を奪われるといわれる。クーフーリンは、矢に当たらないように注意しながらエオホズの城へ進んだ。
「王、妖精族が介入してきました」
「バカな、彼らは決して争いを好まないはずなのに!?」
その時、塔の上からエーディンが飛び立つ。
「ご先祖さま、何を・・・・・・!?」
「私、ミディールを説得してきます!」
「ミディールを?やめてください!恐らく彼を説得できるのは、妖精王のオベロンぐらいです!!」
静止の声も聞かず、エーディンはミディールの所へと急いだ。その時、赤枝の戦士団が放った無数の矢が、エーディンに迫ってきた。
「はっ!!」
矢が刺さると思った瞬間、虹が出て矢を弾いた。
「アリアンフロッド!?」
「まったく。あなたがこんな無茶するなんて」
「ごめんなさい」
エーディンが謝ったその時、「なっ、お前ら」と、地上からクーフーリンの声がした。
「早く戻れ!!ミディールがおかしくなっているとしたら、説得なんて聞いて貰えないぞ!!」
「そんなこと、やってみなくちゃわからないよ!!」
そう叫ぶと、エーディンとアリアンフロッドはミディールの所へ飛んで行った。
「おっ、おい・・・・・・!?」
ドゴオオォォォッ!
クーフーリンの近くで爆発が起こった。即座に砲弾が飛んできた方向を見ると、そこにはアリルとメイヴが率いるコノートの軍が来ていた。
「・・・・・・くっ・・・・・・最悪じゃぁねぇか・・・・・・」
苦笑いしていると次々と砲弾が撃ち込まれ、そこら辺で爆発が起こった。
「コノート軍だ!くそっ、こんな時に・・・・・・」
「我らの邪魔をする気か。人間どもが!」
マルカスとミディールが、コノート軍のほうを睨みつける。
「国内が真っ二つに割れている、今がチャンスだ。この国を制覇せよ!」
兵士に命令を送るメイヴ。いまやここは、アルスター国の赤枝の戦士団、コノート軍、ミディール率いる妖精軍の三つ巴の戦いが行われる、修羅場へと化そうとしていた。だが、それを見て、黒いモヤに身を包んだ何者かが呟いた。
「クククククク。全ては、計画通り」
―※*※―
「撃て、撃て、撃て~!!」
「やめてええっ!!」
妖精兵に命令をするミディールの前に、エーディンとアリアンフロッドが降り立った。
「やめて、ミディール。こんなことしてたら人間と同じになっちゃうよ!!」
「なんだ、小娘?邪魔をするな!!」
「私よ!エーディンよ!忘れたの!?」
「エーディン!?ぐっ!?ぐわあぁぁぁぁぁっっ!!」
エーディンの名前を聞いた途端、ミディールが苦しみだす。
「あ、頭が割れそうだ・・・・・・うっ、ぐおおぉぉぉっ」
「ミディール!!」
思わず駆け寄ったエーディンに、ミディールは槍を向けた。その目は赤く不気味な輝きを放っており、普通じゃなかった。
「我を裏切った小娘に用はない。消え去れ!!」
「エーディン!!はあぁぁぁぁぁっっ!!」
とっさにアリアンフロッドがエーディンの前に虹の壁を作り出し、槍の一撃を止めた。
「ちょっとミディール!いくらふられたからって、『裏切った』はないでしょう!『裏切った』は!そんなんだからあの時、エーディンは自分の意思でエオホズの所に行ったんでしょう!!」
「(ちょっと関係ない気が・・・・・・・)」
アリアンフロッドがミディールに対して文句を言っていた時、フォーヴナハが割り込んできた。
「・・・・・・倒す・・・・・・」
エーディンは「なっ・・・・・・」と息を呑む。その時のフォーヴナハからは、有り得ないくらいの殺気が漂っていた。
「(くっ、いったいミディールたちに何があったっていうの・・・・・・)」
アリアンフロッドにいきなりフォーヴナハが突っ込んできた。エーディンとアリアンフロッドはとっさにかわしたが、地面が音を立てて砕けた。
「そんな・・・・・・」
「バカな・・・・・・」
二人はその光景に唖然とした。近くにいるエーディンに向いた時、かろうじて旋風が彼女の腕にドリルのように纏われているのが見えた。
「逆巻く旋風の手刀!?」
二人は目を見張った。フォーヴナハはかつて、魔法の竜巻でエーディンをアルスターのほうに飛ばしたことがある。それなので風の魔法は使えることになるが、攻撃に使えるかは不明である。
「倒す・・・・・・大竜巻!!」
竜巻が起こり、エーディンとアリアンフロッドに襲いかかる。
―※*※―
竜巻は妖精と人間関係なく巻き込み、吹き飛ばしていく。ゲイボルグの一振りで竜巻を消したクーフーリンは、二人が向かったミディールの所へと急いでいた。
「(まったく、どうしてこんな無茶を・・・・・・)」
途中、何人かの妖精に襲われたが、とりあえず殴り飛ばして進んだ。その時、一人の兵士が立ちはだかった。
「貴様をミディールの所に行かせる訳にはいかん」
「何!?貴様は・・・・・・」
「そう・・・・・・赤枝の戦士団のビィウルだ」
目を見張ったクーフーリンに、兵士は呟くように答える。一瞬、ゲイボルグを構えようとしたが、これ以上、余計なものを相手にする時間はなかった。
「なんの用だ。赤枝の戦士団なら、俺がミディールの所に行くのになんの不都合もないはずだ」
「ところが大有りなんだよ。貴様が行けば、ミディールの洗脳が解かれる可能性が100%確実になってしまう」
「洗脳だと!?」
ビィウルの言ったことが信じられず、クーフーリンは思わず目を丸くする。
「(バカな・・・・・・トゥアハ・デ・ダナーンの一人を洗脳だと?そんなことが出来るのか?)」
「貴様が今、考えていることはだいたい見当が付く。だが、知った所で・・・・・・どうにもならん!!!!」
その時、ビィウルが剣を振りかざし、信じられないほどの速さでクーフーリンを攻撃した。
「(なっ・・・・・・)」
驚く間もなく、そのまま後ろにあった岩に叩きつけられた。
「ぐはっ・・・・・・」
「とっさに槍を盾にして防いだか」
砕けた岩が崩れると、クーフーリンが立ち上がる。
「くっ、速い・・・・・・」
眉をひそめるクーフーリンは立ち上がるが、すぐ違和感を覚えて眉を寄せる。
「(いや、速すぎる。コイツ、本当にただの人間か・・・・・・?)」
「ハッハ。さすが、腐っても元英雄だな。手加減は出来ん」
更なる追撃をビィウルが加える。右から二発、左から三発。その速すぎるスピードに、常人には同時に放たれたように見えるが、クーフーリンの目はそれを正確に捉え、ギリギリで捌かせていた。
「(くっ・・・・・・早い。普通の人間が、この速さで攻撃できるのか・・・・・・?)」
攻撃を全て捌ききったクーフーリンだが、すぐ後に降られた一撃を真正面から受けて、後ろに飛ばされてしまう。その常人には考えられない圧倒的な力の前に、クーフーリンはあっという間に窮地に立たされていた。
「伝説の英雄もその程度か?もっと楽しませて見せろ!!」
剣と振ると地面を砕くほどの衝撃波が放たれた。クーフーリンは起き上がりざまに、ジャンプで衝撃波をかわす。
「なめるなぁ!!ゲイボルグ!!」
ゲイボルグを思い切り突き出したが、ビィウルと離れすぎているために当たらない。
「バカな。あの時は無数の矢が出てきたのに、なぜ・・・・・・」
驚いている隙に、ビィウルの攻撃を三発食らってしまった。
「ぐはっ!!」
「戦場でボ~ッとしてるんじゃない。つまらん。これで終わらせる」
高々と上げた剣からは、黒い光が放たれていた。
「あばよ」
―※*※―
一方、別の場所。突然、巻き起こった爆発にファーディアが気付く。ちなみに戦車は、妖精軍の攻撃で走行不能になってしまっていた。
「なんだ。あれは・・・・・・まさか・・・・・・」
そこへ、天魔剣で兵士を気絶させるディステリアとセリュードが駆けつける。
「ファーディア。エーディンとアリアンフロッドが、ミディールの陣に・・・・・・」
「何!?」とファーディアは驚いたが、さらに驚かされることになる。
「さらに二人を連れ戻しにクーフーリンが・・・・・・」
「おいおい、アイツはある程度力を封印されていることを知らないんだぞ。早く行かなきゃ・・・・・・!!」
その時、「そうは行かないよ」という声と共に、三人の前にデンテュスが立ちはだかった。
「力を封印されているとはいいことを聞いた。なら、ますますあんたらを行かせる訳にはいかん。もっとも、いくらクーフーリンといえど、力を解放してもさほど変わらないと思うが・・・・・・」
「ちっ。ディステリア、セリュード。お前は先に行け。ここは俺が食い止める」
「何!?」
「くっ、わかった。コイツも只者じゃあなさそうだ。気をつけろ!!」
「させないよ!!」
「お、おい!勝手に決めるな!」
講義するディステリアを押して駆け出したセリュードに、デンテュスは剣を向ける。
「それは・・・・・・こっちのセリフだ!!!」
耳を突く大きな音と共に、ファーディアからは凄まじい気が放たれていた。
「なんだぁ?」
「俺は、力の封印を解く方法を聞いていたんでね」
「面白い。例え真の力を解放したとしても埋まらない、圧倒的な差を見せてやろう」
凄まじい衝撃が放たれ、半径10m以内にいた兵士たちは口々に「うわっ」「なんだぁ?」と叫びながら、吹き飛ばされた。セリュードも危うく、それに巻き込まれる所だった。
―※*※―
所変わってここは影の国。ここでは今、スカアハ、オイフェコンビとバロール、クロークルワッハ、その他フォモール族の大群が戦っていた。
「ぐおわあぁぁっ。どこが一人だけだから楽勝だよ。二人いるじゃあないか」
「しかも、めちゃめちゃ強い」
「グワァァ・・・・・・・」
圧倒的な数で攻め入っているはずのフォモール族の大軍は、スカアハとオイフェのたった二人を相手に追い詰められていた。
「この程度の輩、数さえそろえばここを落とせると思ったか」
「甘く見ないでいただきたいですね」
スカアハとオイフェ。本来、ありえないコンビに、一つ目の巨人(といってもここでは人間サイズ)バロールは「くっ」と、苦悶の表情(わからないけど)を浮かべていた。
「なぜ、貴様らフォモールの者がここを襲うのだ」
スカアハの問いに、「言えば、我以外の者の命は助けてくれるのか・・・・・・」とバロールが言う。
「なっ、バロールさま」
「約束しよう。オイフェもな」
オイフェは黙って頷いた。
「フッ。貴様らが人間に力を貸し、我らに対し攻撃しようとしていると聞き、ここを攻めただけだ。だが、どうやら我らは、その話を持って来た者に利用されていたようだ。貴様らが人間の戦いに手を貸すなどありえんからな」
「人間だとしても、資格ある者には技を伝える、としてもか」
「フッ。人間ごときが、お前の教えを生かせるとは思えんが、な」
「我は教えはせん。それより、その者は何者だ?」
「わからぬ。一見すると人間のように見えた。だが、あの力は人間のものとは全く違う。その者は近いうちに、アルスターという国の中で大きな戦いが起こる。その中でお前ら二人が、弟子二人を連れて我らを討伐しに来ると言った」
それを聞き、「一見すると人間?」とスカアハが眉をひそめた。
「・・・・・・まさか、あいつらの所にそいつはいるんじゃあないだろうな」
「だとしたらそのままでは勝てない。スカアハ、クーフーリンに封印している力の解放法は・・・・・・?」
「しまった。ファーディアには教えていたが、あいつには教えていなかった」
そのやり取りに、バロールは「教えないんじゃあ、なかったのかよ」と呟いた。