第128話 因縁の対決⑫‐移り行く戦況
合流したアレスとブリュンヒルド、そしてミディールらの部隊は、ネクロにより蘇らされたと自称するアドニスたちと対峙する。アレスらオリュンポスに恨みの強い彼らとの戦いは熾烈を極める予感をさせる。はずだったが・・・・・・
「・・・・・・・・・はあ」
「だから、いつまでもいじけんなよ、アドニス!リーダーだろ!」
「そのリーダーの指示も待たず、好き勝手してるのはどこの誰でしょう・・・・・・」
視線がサルモネウスに集中する。すると、顔を引きつらせたサルモネウスが姿を消す。
「あっ、逃げた!」
「これだから、自分をゼウスと呼ばせていたうぬぼれ野郎は!」
「いや・・・・・・うぬぼれてんのはお前らも同じだろ!」
サルモネウスを罵倒するイクシオンとシシュポスに、アトランテがまたツッコミを入れる。本当ならすでに仕掛けるべきだったが、あまりの間抜けさに誰もが唖然としている。それは敵味方同じで、特にアドニスはさらに落ち込んでいる。
「そんな癖の強い連中をまとめられないよ、ネクロさん・・・・・・」
「(ネクロですって!?)」
アドニスのグチにブリュンヒルドが反応する。彼らが言っていたことから考えれば、アドニスたちは数百年も前に死んでいる。それを、ネクロにより蘇らされた兵ということになる。同時に頭をよぎったのは、先ほど倒した強敵のこと。
「(まさか―――グナテルたちはテストケース?)」
そう考えるのは早計だが、あれで手応えを感じたと見てまず間違いない。加えてあの二人と同じ実力なら、苦戦は必至。
「・・・・・・アレス。腹くくったほうがいいわよ」
「あん?どう言う意味だ、そりゃ?」
身構えるブリュンの様子からただならぬものを感じ、エインヘリヤルたちも身構える。だがアレスだけは、それは意味するものを察することができなかった。
「ちぃっ、ペイリオス。アドニスを立ち直らせておけ」
「待て、イクシオン。攻めるなら俺が行く」
「そうやって、アドニスを俺に押し付ける気か!?」
「何!?貴様のような姑息な奴と一緒にするな!」
言い争いを始めたペイリオスとイクシオンに、アレスは完全に侮って気を抜いている。それにアクタイオンが気付くと近くの草むらから白い猟犬が飛び出してアレスに襲いかかる。猟犬が向いた牙が入る瞬間、ミディールの槍がそれを貫いた。
「―――!?」
「やれやれ・・・・・・仲間が言い争ってるうちに、伏兵を仕込んでいたわけか・・・・・・」
貫いた猟犬が消えた槍を担ぐミディールに、「ええ」とアクタイオンが笑みを浮かべる。
「隙を晒したままにしておくのは、よほど余裕がある奴か、ただのバカですよ」
「待て、アクタイオン!それって、私がバカということか!?」
「ええ。アトランテすら、行動してるんですよ?」
こっちに叫んだシシュポスにアクタイオンが答えると、マナナン・マク・リールとアトランテが武器をぶつけている。すばやい攻撃をするアトランテ攻撃に翻弄されるエインヘリヤルたちだったが、ただ一人マナナン・マク・リールだけがその動きを捉え、対応していた。
「デモス・ゼルガンクがどういう連中か、わかって協力してるのか?」
「好きで協力してると思ってるのか?私はともかく、あいつらはオリュンポスに復讐できれば、世界なんてどうでもいいんだ」
案外、納得する。一方で、アトランテは違うのかと疑問が浮かんだ。その瞬間アトランテの槍がマナナン・マク・リールの首筋を狙うが、身を屈めてかわされ、その先端が切り落とされる。
「ちっ、さすがアンサラーの元の持ち主。代わりの剣も持っているか」
「あいにく。こいつはアンサラーとは切れ味が違う・・・・・・」
高速で後ろに飛び退くアトランテをマナナン・マク・リールが追う。動きを止めるため足を切りつけようとするが、そこに巨大な質量が降ってきて、即座にかわす。着地したマナナン・マク・リールが見たのは、鎖につながれた丸い岩を振り回すシシュポスだった。
「ゼウスを倒す前の小手調べだ。巻き込まれた不運を悔やむといいさ!」
振り下ろされた丸い岩をかわして鎖を狙うが、シシュポスはすぐに岩を引いて剣を弾く。マナナン・マク・リールが今持つ剣はゴブニュが魔術で鍛えた剣であることは間違いないが、切れ味はアンサラーと比べて遥かに劣る。
「(さて、どう攻めるか・・・・・・)」
―※*※―
「来るぞ!隊列を組め!」
剣を構えるエインヘリヤルが横一列に並び、アクタイオンの呼び出した猟犬の群れを迎え撃つ。牙を向く猟犬はエネルギーの塊のようなものだが、エインヘリヤルたちには関係ない。問題は群れの後ろからアクタイオンが放つ矢。猟犬を貫通した矢は猟犬のエネルギーを吸収し、貫通力を上げて向かってくる。
「ぐあっ!!」
「おのれ!!」
鎧もろとも腕や肩を貫かれ、エインヘリヤルの組んだ隊列が一部崩れる。そこからアクタイオンが突っ込むが、それをミディールが迎え撃つ。
「おっと!」
弓の弦を反転させ、変形させて槍を受け止める。ミディールの頭上から奇襲をかけようとしたアトランテは、ブリュンヒルドが放った魔力の矢を宙返りでかわす。
「疲れてるんだろ、休んでろ!」
「そんな悠長なこと言えれば、ね!」
左右の手に持った短い槍を振るアトランテを、剣を抜いたブリュンヒルドが迎え撃つ。隊列が崩れかけるエインヘリヤルたちを襲うアクタイオンの猟犬は、アレスの従属神であるフォボスとデイモスが応戦した。
「おら、おら、おらあああああああああああっ!!」
「先行しすぎては囲まれるぞ!」
「わかって―――らあっ!!」
孤立しかけた所を後ろから襲ったアクタイオンの猟犬を剣で切り、それが消えた後に飛びかかってきたものをフォボスの剣が切る。アクタイオンはミディールの相手をしているため、猟犬を追加することができない。
「くっ、出遅れた。おい、アドニス!いい加減立ち直れ!」
いても立ってもいられなくなったペイリオスは、アドニスを急き立てて背中の剣を抜いて飛び出す。
「ふお~~い・・・・・・」
まだ落ち込んでいるアドニスは、左腕の籠手をいじる。埋め込まれている弾が赤黒く濁ると、アドニスはそれをアクタイオンの猟犬に応戦しているアレスに向けた。
「―――!?」
「ブラッディ・バレット・・・・・・」
先ほどまでの、頼りないリーダーの雰囲気は微塵もない。冷徹に敵を刈る兵士。血の色をした弾丸を飛ばしたアドニスはそんな目をしていた。
「うおっ!!」
とっさにかわし、アクタイオンの猟犬を弾丸が撃ち貫く。全力で駆けたアレスはアドニスを切りつけるが、噴き出した血が赤い霧になって視界を塞いだ。
「なっ!?これは・・・・・・!?」
「葬技・血飛沫のまやかし霧・・・・・・」
「くだらない。そんなもんで誤魔化せるとでも思っているのか!?」
赤い霧の中ででたらめに剣を振るアレスの後ろに霧が集まり、アドニスの腕が生えて頭を掴もうと伸ばす。
「おっと!!」
掴まれる寸前に体を屈め、剣を振り上げて腕を切り飛ばす。噴き出した血が地面にかかり、落ちた腕は赤い霧となって雲散霧消する。
「あんなもんが奇襲になると思ったのか?」
「いや。奇襲にならないどころか、こちらの狙い通り反応してくれると思ったよ」
「負け惜しみを!」
声のするほうに駆け出そうとするが、足元に広がる血溜りに足を踏み入れた瞬間、噴出した炎がアレスを焼いた。
「血飛沫の噴火焔・・・・・・」
「ぐ―――あっ!?」
炎が消えて膝を突くアレスの真正面にアドニスが現れ、顔目掛けて殴りつける。
「ぐあっ!・・・・・・くそおっ!!」
剣を振るアレスだが、アドニスは再び霧と同化して消える。周りを見渡すアレスの周囲に現れては殴り、こちらが振り返る前に消えて攻撃を外させる。それを繰り返し、アレスを翻弄する。
「くっ・・・・・・」
「所詮あんたは力だけ。風の魔法かなんかで吹き飛ばされたら僕はお陀仏だけど、あんたの相手をしていればそうなることはない!」
「ああ、そうかい。吹き飛ばせばいいのか・・・・・・」
ニヤリと笑みを浮かべたアレスに、霧と同化して様子を伺うアドニスは不審に思う。
―※*※―
一方、アテナは森を駆けていた。アレスの従属神のエニュウアレオスやその近親者ポレモス、その姉妹であるエニュオと連れのキュドイモス。アレス以上の実力を持つ戦神とエインヘリヤルの混同部隊は、ピンポイントでかけてくる奇襲のため、アレスの部隊が戦っている場所まで辿り着けない。
「間違いなく、敵は私たちの位置を把握している」
「しかし、どうやって?しかも、まるでこちらの動きを知っているかのように兵を潜ませている・・・・・・」
「・・・・・・・・・向こうに預言者でもいるのかしら」
その発想は、アテナがゲルシャ国の神ゆえ。戦争で有利に戦えるようにしたり、自分ではどうしようもない悩みを解決したりするため、ゲルシャでは古来より神官や預言者による神託が行われていた。時に理不尽とも言える神託が下されることもあるが、人々はそれを覆せない神の啓示として従っていた。だが、同行者であるヘイムダルは溜め息を付いた。
「己の知恵ではなく、神託などにすがるか。当時にデモス・ゼルガンクが暗躍していれば、奴らの天下だったな」
皮肉を込めた言葉であったが、言われてみればその通り。デモス・ゼルガンクは兵器で神の領域に踏み込み、侵すほどの力を持っている。シャニアクでは神のふりをしていたので、恐らく世界の神託をしているどこの国でも神のふりをして戦争を引き起こせる。いや、かものふりなどしなくても、人間を少し煽れば戦争の一つや二つ起こせただろう。彼らにとって、人間とはそこまでたやすい存在でしかない。
「・・・・・・で、目の前のことに集中しよう」
アテナがそう言い、戦場での当然をする思考に戻す。無論、奇襲する敵を武器でなぎ払いながら。
「向こうに預言者がいるとして、奴らは我々の動きを予期できているのか?」
「?どういうことだ?」
「神託は我らが与える啓示。だが、やつらは我らに反抗している。そんな連中が、神の力を借りる神託で預言などできるのか?」
槍を振るいながら呟かれるアテナの疑問はもっとも。つまりは神の力を借りる以外の方法で未来を予期してるということ。だが、それは占いのような不確定なもの。神の力を借りなければ、当たるも八卦、当たらぬも八卦が限界なのだ。
「それを覆すものは・・・・・・なんだ・・・・・・?」
「それが、我らに馴染みのある『神託を与える概念的な存在』として・・・・・・それが作用する範囲はどのくらいだ?」
「あの~~・・・・・・話が見えなくなってきたんですけど・・・・・・」
眉を寄せたヘイムダルに、木の上に隠れていたディゼアが飛び掛る。しかしその刃が届くことはなく、彼の後ろを横切った雷の奔流に呑まれた。
「遅くなった!デーヴァ神族インドラ、現時刻を持って参戦いたす!」
「同じくビビサナ、ヴィシュヌ(ラーマ)との盟約に従い馳せ参ず!」
白く輝く肌を持つ鎧姿の男性は雷をまとった二刀流で、黒く光る肌を持ったラセツの男は風が渦巻く剣を振り、木々に隠れているディゼアを吹き飛ばした。翼を持つ者が空中に飛び出し、そこから砲撃を放とうとキャノン砲を構える。が、それらは灼熱の本流に飲まれる。
「ヴリトラ推参!シュラの炎を持って焼かれたいのは、どこのどいつだあああああああああああああっ!!」
本来敵対しているインドラとヴリトラ、そしてビビサナが同じ敵を倒す。それは本来ありえない奇跡。それを理解しているものはここにはいない。そして敵もさることながら、まるでわかっていたかのように統率された動きで増援を取り囲んだ。
「よし、この間に敵の預言者を探す。この対応の早さだ、いると見て間違いない」
「ちょっと早計な気もするが・・・・・・頑なにありえないと思ってて手遅れになるよりはマシだな」
だが、それ以上に腑に落ちないことがある。もし敵がこちらの行動を予見できるのなら、ディステリアやユーリの部隊が深くまで潜り込めているのはどうにも不自然に思う。
「(奥に誘い込んでいる?いや・・・・・・それにしたら、敵にとってリスクが高い気がする・・・・・・)」
負ける未来を予見したのなら、その結果が来ない部隊や人員を配置をするか、そもそも戦力の消費を避けるためあえて道を開けるはず。それがされることなく、デモス・ゼルガンクの基地に突入した部隊は遭遇した敵を倒している。
「(予見によって見た『負ける未来』を避けられない運命と諦めている。いや、それは考えられない・・・・・・)」
むしろ、がんじがらめになった世界に抗っている。もっとも、やり方に問題は大有りだが。
「(何かを狙ってるにしろ、私はこの奇襲をかけている敵の正体を探らなくては・・・・・・)」
まず、周りにある森の木々に目をやる。この人工物はただの擬態でなければ、こちらの動きを察知する監視装置の可能性もある。だが、戦っている部隊の報告から、その木々をなぎ倒していると聞いている。そこに奇襲をかける者もいるにはいるため、気から様子を伺い弱ったところを襲う、というわけではないようだ。木が監視装置なら、それが壊れた時点で弱ってることもどこにいるかも知れないはず。
「やはり・・・・・・別の要因が・・・・・・」
それが預言という確証はないが、なんにせよこのままにしておくわけにはいかないのは確かだった。
―※*※―
その頃。デモス・ゼルガンク基地と海岸線の中間地点の森を進む一団がいた。額に目の形をした飾りを付けた、虚ろな目のローブの女性が乗る馬車のような車をディゼアが引く。その側を、蛇が絡みついた杖形の銃を持ち、右眼にレンズが付いた眼帯をした神官風の男が歩いていた。その男が脇の草むらに目をやると、そこから剣や槍をつけた杖を持った神官が現れる。
「プレギュアスか。どうした?アドニスのところで何かあったのか?」
「いや、問題ない。お前のほうはどうだ、ラオコーン?」
「こちらも問題ない。カサンドラの預言により、ブレイティアの動きは予測できている。ただ・・・・・・」
「何か気がかりでも?」
眉を寄せたラオコーンに、「いや」と笑みを含ませながら首を横に振る。
「こいつがネクロにより自我を奪われているせいで、話し相手がいなくて暇だったんだ。敵にも会えないしな・・・・・・」
「なら、交代してやろうか?俺が敵かどうかは、カサンドラの預言でわかる」
「そこは預言でなくて、神託だろ・・・・・・」
もっとも、神を敵視する自分らが神の啓示である神託を頼るとは、皮肉以外の何者でもない。と言っても、デモス・ゼルガンク独自の技術によって得た、疑似的な神託だったが。
「で・・・・・・どうだ、カサンドラ?こいつは本物のプレギュアスか?」
「・・・・・・本物、間違いない・・・・・・」
虚ろな声で答え、「そうか」とラオコーンが満足そうに笑みを浮かべる。
「奇襲も予見しなかったってことは、後をつけられてもいなかったわけだな」
「当然だ」とプレギュアスは杖で地面を突く。
「俺の後をついて来ていた奴は、返り討ちにしてやったわ」
よく見れば、ラオコーンの杖に付いている槍や剣には、うっすらと血がこびり付いている。
「・・・・・・10分後、アテナとヘイムダルが現れる」
「アテナだと!?ポセイドンは!?」
「いない・・・・・・」
カサンドラが答えると、「くそっ!」とラオコーンは歯軋りする。
「お前が恨むオリュンポスの神か?」
「そうだ。我らの故郷を滅ぼした一因・・・・・・神といえども、その恨みを忘れはしない・・・・・・!!」
「共にいるヘイムダルという奴が気になるな。おい、カサンドラ。そいつは何者だ?」
「アースガルドの入り口に立つ番人・・・・・・その剣に、プレギュアスが倒される・・・・・・」
カサンドラの答えに、プレギュアスは眉を寄せて考え込む。
「アガメムノンはどこにいる?」
「美しい女神や精霊を探して奔走中・・・・・・女神の部隊と戦う。戦わなければ森を抜けた先でルーグの槍に貫かれ、倒される・・・・・・」
「傲慢で非情なところは変わらず女好きになってるからな、あいつ・・・・・・」
「すぐにこちらに合流するよう言えばどうだ?」
「合流すれば死なず・・・・・・敵と、戦う・・・・・・」
「わかった。アガメムノンに、こっちに来るよう伝えろ」
プレギュアスの命令を受け、「ギィ」とディゼアが通信機を使う。
「東に移動・・・・・・ジークフリートと鉢合わせして負ける・・・・・・西に進むと、倒れているクーフーリンを見つける・・・・・・」
「なら、奴にトドメを刺すか」
「いや、待て」とラオコーンにプレギュアスが意見を言う。
「トドメを刺そうと構えた三秒後、それを阻もうとするファーディアに私たちは倒される」
「なら、西にも東にも行けないか」
「南東に行けば、戦いは避けられる」
「このまま居続ければアテナと戦えるが、我らの役目はカサンドラの警護。だが、恨みを張らせるとなれば、好きに動いていいとネクロも言った。どうする?」
「む・・・・・・むう・・・・・・」
プレギュアスの問いにラオコーンは眉を寄せて唸った。
「カサンドラ。こいつの判断は従っても問題ないか?」
「何!?それはどういう・・・・・・」
ラオコーンが声を上げるが、黙り込んでいるカサンドラに二人は眉をひそめる。
「カサンドラ?」
顔を近づけたプレギュアスが話しかけるが、カサンドラは虚ろな目を開けたまま黙り込んでいた。
「また思考停止だと!?」
「このところ多いな。ネクロがメンテナンスした時には異常はなかったはず・・・・・・」
「その整備責任者は今どこにいるんだ?」
「わからない・・・・・・」
「わからないって、貴様な!」
胸倉に掴みかかるプレギュアスを、杖を割り込ませたラオコーンが引き離す。
「ネクロについては預言から除外されている。おそらく、監視されることを嫌ったのだろう」
「俺たちのことは、しっかり監視するようにしてるのに、か!」
苛ついて近くの木を殴り、へし折る。それに溜め息をつきつつ、ラオコーンはカサンドラに目をやった。黙り込んだままのカサンドラに、表情を険しくする。
「まさか、な」
「なんだ?」
「なんでもない。それより先の預言どおり、南東に向かうぞ」
杖を振ったラオコーンの命令に従い、ディゼア兵はカサンドラの乗る荷車を引く。ラオコーンとプレギュアスもそれに続いて歩き出した。荷車に揺られるカサンドラは、わずかな自我で言葉を返す。
「(私に呼びかけるのは・・・・・・誰・・・・・・?)」
―※*※―
動けるようになった信玄はアオイと共に、デモス・ゼルガンクのディゼア兵を相手にしていた。とはいえ傷が完全に癒えている訳では決してなく、敵兵を引きつけつつ戦場をかき乱す陽動に近い役柄であった。加えて、自身の体力を考えて味方部隊との合流を考えて移動していた。
「(とはいえ・・・・・・きついものがあるな・・・・・・)」
ザコとはいえ満身創痍の状態で戦うため苦戦を強いられている。それでも、信玄とアオイは並み居るディゼア兵を薙ぎ払い突き進んで行った。だが、森を抜けるかと思われたその時、
「―――!?」
急に信玄がブレーキを駆け、目の前の地面が爆発した。舞い上がる土煙の向こう側、足音が聞こえると共に人影が揺らめく。
「これは、これは・・・・・・健気にも味方との合流を目指して、移動中の愚か者ですか」
挑発じみた声に信玄とアオイはさらに警戒を強める。土煙が収まり、声の主が姿を見せる。土埃を被ったような、くすんだ白衣を着た男性。
「―――お初にお目にかかります。デモス・ゼルガンク八幹部の一つ、および科学開発部隊隊長を務めます、バーレンダートと申します・・・・・・」
「幹部ですって・・・・・・?」
「あらら・・・・・・」
消耗した身でとんでもないものを引き当てた。信玄はそう思い、表情を引きつらせた。
※ビビサナについて
各国の神話・伝承に伝わる悪魔が登場する某ゲームに合わせて『ビビサナ』という名前で登場させていますが、本来の発音は『ヴィヴィーシャナ』らしいです。マイナーな神話上の存在まで調べて登場させるそのゲームのスタッフが、本来の発音のほうを使わないのは、恐らくわざとかと。