第13話 影の国での巡り合わせ
建物の中を歩きながら、セリュードはマハに質問した。
「その伝言には、俺たちがここに来ることも入っているのか?」
「ええ。ですからわたくしは、少し間に合わなかったことになりますね」
少し落ち込んだマハに「気にしなさんな」とセリュードは言った。
「もし俺が負けそうになっても、止めるつもりだったんでしょう?スカアハさん?」
だが、「いや」と、語尾を上げて言ったスカアハの言葉に、セリュードは思わずこけた。
「お前らは、特別な力を持っている馬で弟子の橋を越えて来た。つまり自分の実力で越えた訳ではない。そのような不届き者、私の弟子にする訳には行かんからな」
「すみません。もしあなたが負けていたら・・・・・・」
マハが謝ると、「いや、気にしなくていい」と起き上がったセリュードが言った。それを待ち構えていたかのように、ファーディアが聞いてきた。
「それにしても、どうしてお前は俺の死角からの攻撃をかわせたんだ?」
「それは・・・・・・空気の音だよ」
「空気の音?」と、エーディンが首をかしげる。
「ああ。俺は集中すると聴覚が高くなるんだ。そのおかげで、真上の空気が切れるのがわかった」
「なるほど、俺が突撃した時の空気が避けた音を聞いて、死角からの攻撃をガードしたってことか・・・・・・」
ファーディアが頷くと、「人間にしてはすごいですね」とアリアンフロッドが言った。
「まあね。ま、それがわからなくてもかわすことはできたけどね」
少し自慢げに言うセリュードに、三人は「えっ?」と呟く。
「お互い移動速度が速いからな。確実に仕留めるには、真正面ではなく死角から攻めるしかない。どこから攻撃してくるかわからなかった時には、死角から攻撃するほうに賭けてかわすつもりだったのさ」
「どのみち、お前の攻撃は当たらなかったという訳か。ファーディア」
スカアハの言葉に、「そ、そのようですね」とファーディアが答えた。
「それでもすごいです」
褒めるエーディンに「まあね」と、少し沈んだ声でセリュードが答える。
「・・・・・・さっきも言ったけど、俺は幻獣の血が混ざってるんだ。そのおかげで苦労もした。どこに行っても疎まれ、避けられ、親も失った。そんな時、エオホズ王が俺を拾ってくれた。あの人は言ってくれた。たとえ幻獣の血が混ざっていようが、一緒に暮らそうという意思さえあれば、共に暮らすことができる、ってな」
「そんなこと、言ったんだ。あの人」とエーディンは少し微笑んだ。
「その時、俺は決意した。あの人に仕え、最期まで守り抜こうってな。ま、命を賭けて守ることを誓約にしようとした時、王に猛反対されたが、な・・・・・・」
その後、「はは・・・・・・」と苦笑いをしたちょうどその時、スカアハたちは建物の広間に到着した。入った途端、セリュードの話が聞こえていたのか、
「―――当たり前だ。誓約を守るということは生半端なことじゃない」
と、こちらに向かって男の声がした。そこは中央に丸いテーブルが置いてあり、その向こうには白っぽい服と長ズボンを身につけた、一人の美青年がいた。
「おお、クーフーリン」
スカアハの言葉を聞いて、「クーフーリン!?」と、エーディン、アリアンフロッド、セリュード、ディステリアは驚いた。
「ちょうど良かった。この前、オイフェから貰った菓子があるだろ。それを持って来てくれ」
「ああ、悪い。この前ファーディアと一緒に全部食っちまった」
「わっ、バカっ!!」
ファーディアが慌てると、「あっ・・・・・・」とクーフーリンが口を押さえた。
「ぬぁにぃぃぃ・・・・・・」
その途端、スカアハに怒りが満ちていったので、「「あわわわわ・・・・・・」」とクーフーリンとファーディアが慌てだす。
「貴様ら、覚悟は出来てるんだろうなあ!!!」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
「ゲイボルグ!!!」
右手を上げたスカアハが叫ぶと、轟音を響かせ、広間にあったテーブルはその一撃で、二人の弟子もろとも見るも無残な姿になった。
「いや、必殺の槍で攻撃したらいかんだろ・・・・・・」
セリュードのその突っ込みは、聞こえたかどうか定かではない。ちなみに余談だが、クトゥリアはその様子を『弟子と師匠の微笑ましい戯れ』位にしか見ておらず、恐れられたディステリアに引かれたという。
―※*※―
「では・・・・・・クーフーリン殿は、もう数十年も前からこの影の国で修行を?」
「ああ」
セリュードの問いに、クーフーリンが答えた。この国の伝説に伝わる英雄が、全身包帯でグルグル巻きというのはなんともシュールな光景に思えた。
「第一、俺は転生してこの影の国に来てからは、一度もアルスターには戻ってないんだぞ」
即急で直したテーブルを囲み、エーディン、アリアンフロッド、セリュード、ディステリア、クトゥリア、マハ、ファーディア、スカアハ、クーフーリンは今、コノートで起こっていることについて話していた。テーブルの上に置いてある菓子はスカアハが隠していた物で、持ってきたのはクーフーリンの妻のエマーだ。今はここでクーフーリンと共に世話になっている代わりに、身の回りの世話をしている。
「それで、ルーグ殿はなんと?」
スカアハの問いに、「はい」とマハが答える。
「オリュンポスでの会議の途中、アースガルドが襲われたという報せが入ったので、とりあえず各地の状況を知らせるということにして、一旦は解散したそうです。伝言というのは、近いうちにそちらにエーディン、アリアンフロッド、それと二人を警護しているだろう者が訪れるだろうから、できる限り協力してくれ、とのことでしたが・・・・・・」
「そちらのほうは間に合わなかった・・・・・・と」
「はい・・・・・・すみません」
謝られると、「いや、謝らなくても良いから」とセリュードが言う。
「でも、なんで私たちがここに来るのがわかってたの?」
「あの馬だな」
「えっ?」
エーディンが聞くと、菓子を食べながらクーフーリンが言ったので、アリアンフロッドは思わず聞いた。
「あの馬は親父殿が乗られる神馬、アンヴァルだ。おそらく、お前らを影の国に連れて行くために遣わせたのだろう」
「そうか。どこかで見覚えがあると思ったら・・・・・・」と、アリアンフロッドが納得した。
「だが、それでも腑に落ちないぞ。セリュードらの手助けをしたというのなら、どうしてそいつらが影の国に行くことがわかったのだ?」
ディステリアの問いにクーフーリンは首を傾げ、眉を寄せてまで考えたが答えには至らず、
「・・・・・・それは・・・・・・親父殿に聞け」
と言った。エーディンとアリアンフロッドが苦笑していると、マハがスカアハのほうに顔を向ける。
「それからもう一つ。コノートとアルスター間で起こった戦争についてですが、これは何者かが仕組んだ疑いがあるらしいです」
「何者かって、もしかしてフォーヴナハ?」
エーディンの問いに、「さあ、そこまでは」とマハは答えた。
「ただ、ミディールが収める地下の国で、この戦争を大きくする形で関わろうとする動きが見られる、とのことです」
「そうか・・・・・・」
スカアハが考え事をすると、「スカアハ?」と、ファーディアが彼女の顔を覗き込んだ。
「それにしても・・・・・・お前らの国で暴れているって言う奴・・・・・・俺の名を語るなんて許せない。今から行って、とっちめて来てやる!!」
怒り心頭に立ち上がったクーフーリンに、「待て、クーフーリン」とスカアハが言う。
「なぜ待てるか!!」
「お前、その国にどうやって行くつもりだ?そろそろ半日だ。話を聞くからには、歩いていく時間はないぞ」
そう言われて、クーフーリンは「うっ・・・・・・」と言葉に詰まった。
「でしたら、オイフェさんの戦車を貸して貰えばどうですか?」
エマーの提案に「ちょっと待った」とセリュードが割り込む。
「あんたとそのオイフェという奴は、とても仲が悪いと聞く。マハについても、声を聞いた戦士は必ず戦死すると聞くし・・・・・・・」
不安そうに言うと、スカアハはフッと笑った。
「つまらん冗談だな。そのようなこと、もう数百年も昔のことだ。クーフーリン、ファーディア。この者たちと共にオイフェの所に行き、アルスター国で暴れて来い」
「フッ、合点承知!」と、クーフーリンが右手拳を左手に当てる。
「ここでの修行の成果、見せてやりますよ」
二人が意気揚々としているところに、「あの、クー」とエマーが話しかけて来る。
「ん?」
「必ず・・・・・・必ず戻って来て・・・・・・」
不安そうな顔のエマーに、「ああ」とクーフーリンが頷く。その時、彼の手にゲイボルグが投げられた。
「戦場に行くにも丸腰ではまずいだろ。選別だ。持って行け」
「し・・・・・・しかし・・・・・・」と戸惑うクーフーリン。
「お前は一度、ここでの修行を終えている。使いこなすのは造作もないことだろ」
「スカアハ・・・・・・恩に切る」
こうして、クーフーリン、ファーディア、エーディン、アリアンフロッド、そしてセリュードとディステリアは一路、オイフェの所へと向かった。
「・・・・・・お主は行かんのか?」
「ん?」と聞き返したのは、残ったお菓子を頬張ったクトゥリアだった。噛み砕いて紅茶を流し込に、「ふうっ・・・・・・」
一息ついてスカアハに目を向ける。その視線は、真剣そのものだった。
「あなたに、色々お聞きしたいことが・・・・・・」
「ほう・・・・・・」
―※*※―
影の国にある巨大な建物。スカアハの命によりクーフーリン、ファーディア、セリュード、ディステリア、エーディン、アリアンフロッドは、もう一人の住人であるオイフェを訪ねるために、そこの門前にいた。
「ここにオイフェと言う、もう一人の影の国の住人がいるのか・・・・・・?」
「さあな。ここまで来たのは、俺も初めてだ・・・・・・」
セリュードが聞くと、クーフーリンが答える。門を開けると、そこにはスカアハの住む物とほぼ同じ形の建物があった。
「俺たちが準備している間に、マハが報せに来たはずだ」
クーフーリンが周りを見渡していると、「お待ちしておりました」と、門を入って右からマハの声がした。
「オイフェはあちらで、戦車の調整をしております」
それを聞いたファーディアが、「調整?」と首を傾げた。
「はい。もう、そろそろ終わるはずです」
するとそこに「今、終わったぞ~」と声がした。全員が声のほうを向くと、スカアハとほぼ同じ格好をした女性が、両腕を上に伸ばしながら歩いて来ていた。ただし、彼女のほうが髪は短かった。
「お疲れ様です、オイフェさん」
「よう。久しぶりだな、オイフェ」
マハの後にクーフーリンが挨拶したが、彼の顔を見るなり、オイフェは苦虫を噛み潰すような顔になった。
「・・・・・・おい。いい加減、会う度にその顔になるのはやめろ」
「無理ですよ。不可抗力なのだから・・・・・・」
二人のやり取りに首を傾げながら、セリュードは戦車が置いてある場所に行った。
「あの二人、前に何かあったのか・・・・・・?」
すると、セリュードとディステリア以外の全員が、微妙な表情をする。
「な・・・・・・なんだ・・・・・・?俺、何か変なことを聞いたか?」
戸惑うセリュードに誰もが答えを渋っていたが、それを見たファーディアが溜め息をついた。
「俺らの口からはなんとも・・・・・・。何があったか知りたかったら、本人にでも聞いて見るんだな・・・・・・」
ちょうど近くにクーフーリンが来たので早速、聞いてみようとした時、
「じ、準備できました~」
と慌てたエーディンの声がしたので、セリュードは後回しにすることにした。
―※*※―
「撃てぇ~!!」
マルカスの号令の後、大砲から次々と弾が撃ち出され、それら全てが城を囲んでいる結界に当たる。
「王。もう長くは持ちません。脱出の準備を」
「うむ、仕方ない。無理をしないことを誓約にかけたからな」
ガッシャァァァァン!!
大きな音をたててガラスが割れるかのごとく結界が崩れ去った。
「なっ、もう・・・・・・」
「結界は崩れ去った。全軍、突撃~!!」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!」
サーカの号令と共に、大勢の兵士たちが勢いよく兵城の門に殺到した。跳ね橋は上げていたが、コノールの軍は堀に新しく橋を架けていた。
「王。これ以上は持ちません!!」
攻撃を受ける城門を、後ろから支えていた衛兵たちが叫ぶ。
「くっ、そこはもう良い。全員、城の中に避難!!」
門を押さえていた衛兵たちが「はい」と言った後、全員そこから放れて城の中へ向かった。そのすぐ後、門の扉が破壊されたくさんの兵士がなだれ込んだ。と思いきや、あまりの大人数のため門の間につかえてしまった。
「な~に、やってんの!!」
デンテュスの後、サーカが「おのれ、どけ!」と槍を持って飛び出した。
「無理ですよ。ほとんどの兵がつっかえて・・・・・・わわっ、待ってください。うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
サーカが槍を縦に構えると、まだ動ける兵士たちは慌てて門の前から逃げ去った。
「あれをやるのか?兵を減らすようなことはするな」
マルカスに「わかってる」と言うと、サーカは黒くなった槍を城に向けた。
「デスト・ブロード!!」
突き出した槍からは、黒い穂先(槍の先端部)のようなエネルギー波が飛び出し、兵がつかえている門の周りを破壊した。それにより門の壁は崩れ、つかえていた兵士たちは自由になった。
「よし、このまま中を制圧するぞ!!」
マルカスの号令で、「おおおおぉぉぉぉぉっっ!!」と兵士たちが突撃する。その時、
「―――ゲイボルグ!!」
どこからか男の声がしたかと思うといきなり地面が爆発し、門に向かおうとしていた兵士たちが吹き飛ばされた。
「―――なんだ!?」
マルカスが周りを見渡すと、「む、あれは・・・・・・」とビィウルが何かに気付いた。その方角には、黒い馬と灰色の馬が引いた戦車と、それに乗った白銀の鎧を纏った青年がいた。
「なんだ、あれは!?」
「・・・・・・あれは、クーフーリン。アサシスの奴ら、しくじりおったな・・・・・・」
驚くマルカスをよそに、ビィウルは何やらブツブツ呟いている。
「間に合ったようだな・・・・・・」
馬車の上で呟くクーフーリンに、セリュードが言う。
「そりゃあ、あれだけアンヴァルを飛ばしたんだ。おかげであいつはヘロヘロだし、この戦車もガタガタ・・・・・・」
「オイフェが持つ戦車も、たいしたことないなぁ」と、クーフーリンが溜め息をつく
「あの人に聞いたんだが、この戦車はあの人が持っている物の中で一番、耐久力が低いんだって、よ」
「何!?じゃあ俺たちは、あの中で最も戦車として不向きな物を借りてきたってのか!?」
「不向きではあるまい。急いでここに戻るには重量の軽い物が良い」
向かってきた砲弾をかわす戦車の中で、ファーディアが冷静に話す。こうしている間にも、戦車は敵陣に近づいていた。
「それより、エーディンたちはうまく戻れただろうか」
城のほうを向いてクーフーリンが呟くと、セリュードも馬車の上に乗る。
「戻れたとしても、じきに脱出ということになるかも、な」
その頃、エーディンをアリアンフロッドは、アンヴァルに乗って地下通路から城へと急いでいた。
「それでは・・・・・・俺たちがここに来た意味がねぇだろ!!」
クーフーリンが敵陣の中に飛び込むや否や、ゲイボルグを振り回し、群がっている兵士をなぎ払った。
「さっきも思ったんだが、これ昔と違って威力が落ちてんじゃあないのか?」
ゲイボルグを挙げて不満そうに言う。それと同時に、敵の兵士がまた数人斬りかかって来たが、あっという間になぎ払った。
「国の間での戦争が盛んだったあの頃と違って、今では『不殺主義』って奴が広まってるからな。ゲイボルグも、それに合わされているんじゃないのか?」
「へえ~・・・・・・」
ファーディアの答えにクーフーリンは興味なさげに返して、また襲いかかって来た兵士を殴り倒した。
「何!?」
「強い!!」
「やはりな・・・・・・」
マルカスは驚き、サーカは叫び、ビィウルは押し殺した声で小さく呟いた。その隙にセリュードたちを乗せた馬車は城の門へ走って行った。
「クッ、おのれ。このサーカが成敗してくれる」
槍を構えて向かってきたサーカを、戦車から飛び出したクーフーリンは真正面から受け止めた。
「やるな、貴様!」
「貴様じゃない。俺の名はクーフーリンだ!」
その時、残りの兵士たちの中にざわめきが起こった。同時に、目を見張ったサーカはクーフーリンから離れた。
「クーフーリンだと?」
「しかし、クーフーリン殿は・・・・・・」
「では、どっちが本物だ・・・・・・?」
ざわめく兵士たちの間から、「おもしれぇ」と、彼らがクーフーリンと呼んでいた大男が出てきた。
「この天下の大英雄さまの名を語るとは、貴様覚悟は出来てるんだろうな」
「貴様こそ、俺の名で好き勝手にやったこと・・・・・・・後悔させてやる!!」
睨みあう二人。特に自分の名前を使われたクーフーリンは、怒りのあまり眉間に深くシワを刻んでいる。両者が地面を蹴ると、凄まじい気が激しくぶつかり合った。