第126話 因縁の対決⑩‐三度目の直接対決
早期決着すべく、クーフーリンは空中ジャンプで飛び上がり、ゲイボルグを連続で突く。勢いをつけて振り回す鎖は厄介だが、思い切り弾けば引き寄せるまでに数秒の時間がかかる。数秒さえあれば、軽く十数発は叩き込める。
「おらあああああああああああああああああっ!!」
構えたゲイボルグを連続で突き出す。全力を込めた高速の突きは鎖を弾き、ビィウルの体を穿つが、笑みを浮かべて腕が突き出されると傷口から流れ出た血が赤い鎖となって襲いかかってくる。ゲイボルグを振ってそれらを砕き、ビィウルの肩から生えている鎖にも注意を向ける。案の定、血の鎖に混ぜて方の鎖も伸ばし絡め取ろうとしている。ジャンプの勢いが失速したこともあり、クーフーリンは始まった落下に身をゆだねた。だがそれに狙いを済ませたビィウルは鎖を振って攻め立てる。
「ぬっ・・・・・・!」
ゲイボルグを回して鎖を弾く。砂の上に足が着いて着地の衝撃で膝を曲げた時、再度ジャンプしようとしたクーフーリンを縛り付ける。
「しまった!」
一瞬の不意を突かれ、ビィウルに鎖を引かれ締め付けられる。鎧のおかげで胴体は締められることはなかったが、スーツに覆われているだけの腕が軋む。
「ぐぅっ・・・・・・」
「この形態の慣らしはすでに終わっている。三年前のようなラッキーは起こらない・・・・・・」
蔑むような笑みを浮かべて鎖を引くビィウルに、締め付けられるクーフーリンは黙っている。
「―――己の愚かさと無力さを呪って、死ぬがいい!!」
三本の腕で掴んだ六本の鎖を引き寄せ、反対の手で潰そうとする。だが、クーフーリンは動かない。
「なぜだ、なぜ動かない・・・・・・!?」
「―――お前は二つ間違っている」と、静かなクーフーリンの声がする。
「一つ・・・・・・騎士団は弱くなどなっていない。軍備は縮小したが、代わりに互いの手の届かない範囲は補い合っている・・・・・・」
力を溜める腕の筋肉が盛り上がる。
「二つ・・・・・・貴様は俺の本気を知らない・・・・・・」
「本気だと!?今、縛られていることも気付いてないのか!?」
右腕で鎖を持ち上げるが、何本か手応えがないことに気付く。伸縮性のスーツが破れることも厭わず、さらに両腕に力を入れて筋肉を盛り上げる。
「・・・・・・今、三つ目の間違いができた。些細な状況の変化に気付かない貴様に・・・・・・」
思いっきり鎖を引きちぎると同時に上半身の鎧がはじけ飛び、全身から眩しい光が放たれる。
「―――俺は倒せない!!!」
いきなり鎖が外れたことでよろめいたビィウルは、クーフーリンの変化に驚く。鎧がはじけ、スーツも破れて筋肉の付いたからだがむき出しになっている。今刃物を突き立てれば薄皮一枚は切れるかもしれない。だが、それが叶わないと思うほどの迫力を、今のクーフーリンは漂わせていた。
「・・・・・・なんだ?ようやく相手の力の大きさを感じ、怖気づいたか?」
「ほ、ほざけっ!!」
動揺を振り払ったビィウルが突っ込み左手でパンチを放つが、クーフーリンは簡単に受け止める。
「―――!?」
「おおおおおおおっ!!」
ゲイボルグを握った手で、ビィウルにアッパーカットを食らわせて殴り飛ばす。空高く舞い上がったビィウルを、ジャンプにより一瞬で肉薄したクーフーリンが左腕の手刀で砂浜に叩きつける。
「ぐぁっ!おのれ!」
高く舞い上がった砂の中から飛び出し、ビィウルは再び鎖を伸ばす。ゲイボルグすら砕けない高度の鎖、再び絡め取れば少しは有利に運べる。両腕を体に縛り付けるが、力任せに腕を振ったクーフーリンに簡単に引きちぎられてしまった。
「なあっ!?」
再び飛び上がり、左腕で殴りつける。今度は落下しきる前にゲイボルグを突き出し、自らの体重を乗せて自分もろとも叩きつけた。砂煙が晴れるとビィウルはクーフーリンの腹を蹴るが、退けることはかなわない。二度、三度蹴り、クーフーリンが自らゲイボルグを引き抜くと、そこから飛び退いて背中の手を伸ばして首を絞める。だが、左腕で二本の腕を掴むと、それをまとめて引きちぎる。
「があああっ!!」
痛みにもだえるビィウルにクーフーリンはゲイボルグの穂先を向け、踏み込みを入れて鋭く突く。胸を狙いながらも貫通はしなかったが、ビィウルの体は風圧で砂を巻き上げながら飛んでいき、海岸近くの丘に叩きつけられてようやく止まった。
「・・・・・・この姿になると、理性の制御が利かない。転生して精神面を強化しても、気を抜くと暴走してしまう・・・・・・」
湧きあがる破壊衝動を歯軋りしながら抑え、ビィウルに近付いていくクーフーリンは狙いを定める。
「・・・・・・下手をすると力に飲まれる。だが・・・・・・そんな俺を―――」
脳裏にエマーやファーディア、スカアハやオイフェ、コンラの姿がよぎる。
「あいつらがつなぎとめてくれる。新しい仲間もいる!そいつらのところに帰るためにも、お前らにも自分にも!負けるわけには行かない!!」
「くぅっ!!」
逃げようとしたビィウルの前に先回りし、それに気付いて振り返った時、ゲイボルグを構えている。
「―――それが俺の、新しい誇りだ・・・・・・―――ゲイボルグ!!!」
突き出した槍の速度が無数の矢と共に真空の槍を放ち、ビィウルに向かって行く。逃げようとするが近くをよぎる矢に逃げ道を防がれ、真空の槍が腹を穿ち、後から一気に距離を詰めたクーフーリンのゲイボルグが体を貫いた。
「がっ・・・・・・ああ・・・・・・ああああああああああああああああっ!!!」
突き飛ばされた先の岩に叩きつけられ、口から血を流すビィウルはクーフーリンに掴みかかる。
「『誇り』だと!?そんなものでは・・・・・・国は守れない・・・・・・!貴様は・・・・・・それを・・・・・・知って・・・・・・いるはず・・・・・・だ!!」
「俺もあんたも、戦争だらけの『古い時代』しか知らん。時代は常に、移り変わっていくものだ・・・・・・」
「・・・・・・果たして・・・・・・そうかな・・・・・・?今でも起こっているよ・・・・・・。『古い時代』の・・・・・・『戦争』が・・・・・・!!」
砕けた岩が落ち、土煙が収まり、暴走寸前のクーフーリンとビィウルは睨み合う。
「・・・・・・・・・けっ・・・・・・」
忌々しそうに笑ったビィウルは、クーフーリンを反して腕を垂らす。ゲイボルグが抜けたビィウルは、砕けた岩の欠片の上に落ちて息絶えた。着地したクーフーリンは大きく息を突き、元の姿に戻るとはじけた鎧が飛んできて体にまとわれ、敗れたスーツも戻った。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・つっ・・・・・・!!」
激しい頭痛に、頭を押さえてよろめく。
「・・・・・・久しぶりだったからな。うまく制御できて良かった・・・・・・」
しかし、覚醒前のダメージもあり、加えて精神的疲労も大きかった。
「(こんなところを襲われたら、ひとたまりも―――)」
そこに、何者かの気配と共に、羽音が聞こえて来た。
「新手か・・・・・・ぐっ・・・・・・」
だが、身構えようとしたクーフーリンは地面に膝を突いた。
「(くそっ・・・・・・こんなところで・・・・・・倒れたら・・・・・・)」
立ち上がろうとしても、体がいうことを利かず、意識も遠のいてきた。
「く・・・・・・そ・・・・・・すまない・・・・・・エマー・・・・・・」
薄れ行く意識の最後に、頭を硬い物で叩かれる感触を感じた。
―※*※―
森林、とは名ばかりの、人工物の木々が生えている場所。滑らかな切断面を持つ偽物の木が、辺りに散らばっていた。その中で響き続ける金音属は、数える者などいないだろうというほど辺りに響いていた。
「ふん!」
「ではああっ!!」
何度目の激突か、ジークフリートのグラムとグドホルムの剣が火花を散らす。
「さすがグラムだ。レプリカとはいえ、これほどぶつかっても刃こぼれ一つしていない!」
「こうしてグラム同士が激突するとは、思ってなかった。改めて、グラムの力を思い知らされる」
「そうだな!お互い!」
まるで敵以外の知り合いかのように、ジークフリートとグドホルムは剣を交えていた。双方共に、鎧の所々は砕けてヒビが入っており、周りの状況も合わせて激戦を物語っていた。
「さあ!貴様を倒し、ニーベルンゲンの指輪と共にグラムを我が手中に収めさせてもらう!」
剣を弾いて着地すると、「(まだ言ってたんだ)」とジークフリートは呆れる。
「(だが、どうする?このままでは勝てない。相手の剣をかわし、懐に入れるか・・・・・・?)」
だが、グラムの柄を握り、頭を振った。
「(いや・・・・・・そのような逃げ腰では、勝てる戦いも勝てない。ここは・・・・・・)」
意を決したジークフリートはグドホルムを見据え、グラムを構える。
「―――真っ向から迎え撃つ!!」
「おもしろい!やってみろ!」
突っ込むグドホルムに向けてグラムを振る。両者の剣がぶつかった瞬間、グドホルムは体を浮かし、ジークフリートの頭蓋を砕かんと蹴りを繰り出す。ギリギリで頭を後ろにずらしてかわし、バランスを崩されないように両足に力を入れるとそのまま上体を起こし、グラムを振ってグドホルムを吹き飛ばした。
「・・・・・・ッ!!」
着地後に重心を低くし、剣を構えて突進する。勢いがあるのでかわしてその隙を突くのが定石だが、それではさっきまでと同じ。ジークフリートは真っ向から受けてたつ。
ガキイィィィィィン!!!
激突した二人は、すぐに別の行動に移る。弾かれたグラムを振り下ろすが、肩鎧の棘を切り落としただけ。グドホルムが突き出した剣をグラムで横に流す。そのまま剣先を胴に向け、横に振って切ろうとするが、グドホルムはとっさに後ろに下がったので、胴鎧の表面を切るだけにとどまった。
ギィン!!ギィィィン!!
互いの剣が火花を散らす。鎧を砕く。敵の命を奪わんと放たれた一撃を、ギリギリで身を逸らしてかわす。地面の草を踏み鳴らし、土を蹴飛ばし、敵に向かって切りかかる。それで埒があかない切りあいに、両者は隙をうかがうべく走り出す。だがそれでも結局、二人に退く気配はなく、激突を続ける。常人を越えたパワーとスピードで繰り広げられる戦いは、激突の度に衝撃を放ち、切り落とされた人工の木々を吹き飛ばす。
「―――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「―――りゃああああああああああああああああああああああああっ!!」
突っ込み、振り下ろし、激突した二つの剣が互いの力に押され、刃と刃がこすれあう。
「フンッ!」
一瞬、笑みを浮かべたグドホルムが剣を振り上げ、がら空きなった胴体に蹴りを入れようとする。だが、直前にそれを悟っていたジークフリートはその勢いを利用して間合いを離した。
「・・・・・・体力切れを狙ってるのか?だったら、無駄だと言っただろ」
剣を降ろすと蔑むような笑みで自分を、握り拳に立てた親指で指す。
「・・・・・・『疲れ知らずの体にしてもらった』。その意味を、まだ理解していないのか!?」
「・・・・・・理解してないのはそっちだろ」
グラムを下ろしてジークフリートが呟いた時、グドホルムは全身に脱力感を感じた。
「な・・・・・・んだ・・・・・・こりゃ・・・・・・」
「『疲れ』は体が限界を知らせる危険信号。それを感じなければ、体の機能が死滅する・・・・・・」
「貴様、それを狙って・・・・・・」
目を見張って顔を上げるグドホルムに、「まさか・・・・・・」と答える。
「もっとも、俺だって兵士だ。狙っていた節はあるかも知れんな・・・・・・」
自分を皮肉るジークフリートに、「ククク・・・・・・」と笑い出す。
「何がおかしい・・・・・・」
「俺さえこんなのだ。貴様はとっくに限界が近いだろう。違うか?」
体力の限界が近いことを言い当てられ、「ちっ」と舌打ちした。
「お互い最後の一撃か・・・・・・。勝つのは俺さまだが、な」
「そうか・・・・・・なら俺は、貴様から勝ちを奪い取る・・・・・・」
グラムを構え、情けも何もない覚悟を秘めた表情で呟く。
「それが戦場だ」
「ハハハ・・・・・・違いねぇ・・・・・・」
グドホルムが笑うと剣を構える。互いに構えを取り、沈黙が流れる。風が吹き荒れ、人工の木々が音を立てる。繰り返し発生した衝撃の影響で折れかけた枝が落ちた時、両者が動いた。
「おおおおおおおおっ!!!」
「・・・・・・・・・」
絶叫するグドホルムに対し、ジークフリートは黙って突っ込む。脚力に力を込めて突進するグドホルムと、グラムに左手を添えるジークフリート。残り1メートルを切ったところでジークフリートが踏み込み、加速する。そして一閃を描き、両者が切り結ぶ。金属音が響き、すれ違った両者が地面に足を着く。突撃の勢いで距離が離れている。風が吹き抜けた後、砕けた金属片が辺りに散らばる。
「へ・・・・・・へへ・・・・・・」
体から血を流しながらグドホルムは笑っている。鎧だけでなく、彼が握っている剣も刀身が砕けていた。砕けた刀身の欠片はグラムと激突した部分から広い範囲に及んでおり、残っている剣も根元までヒビが入っている。
「・・・・・・特殊合金製とはいえ、やはりレプリカでは敵わなかったか・・・・・・」
地に伏せるグドホルムだが、沈黙しているジークフリートのグラムは、刃の一部が欠けていた。
「・・・・・・いや。お前の剣が砕けなければ、おそらく砕けていたのは俺のグラムだ・・・・・・」
グラムを振って鞘にしまい、ジークフリートは歩き出した。
「・・・・・・いつか近い将来、グラムを越える名剣が生まれるかもしれない、な・・・・・・」
もしも生まれた時は、良い使い手の手に渡ることを静かに願いながら去って行った。
―※*※―
ファーディアたちは上陸地点から結構、離れていた。分散したクーフーリンたちの戦闘によるものか、砲台や砲塔は破壊されており、辺りには倒されたディゼアやエインヘリヤルが倒れている。エインヘリヤルは不死のため放って置いても死ぬことないが、戦闘不能からの回復まで時間がかかる。地上界ではその時間が、倍近くかかるとされている。
「はあっ!!」
「ギギャッ!!」
飛び出したミディールの槍が、動けないエインヘリヤルをさらおうとしたディゼアを貫く。
「・・・・・・ったく。回復までかかる時間を利用されてさらわれるなんて、間抜けもいいところだ。エインヘリヤル」
「まあまあ、そう言うな」
なだめるルーグの長槍、ブリューナグから放たれた閃光が、遠くから迫るディゼアの大群をなぎ払う。
「長居しすぎると、こちらも力を削がれる。手早く済ませるぞ!」
ルーグが駆け出すと、「オーライ!!」とエインヘリヤルを担いだミディールが駆け出す。
「シャアアアアッ!!」
「どけぇぇぇぇぇぇっ!!」
鞘から抜いた剣アンサラーで、襲ってきたディゼアを斬り伏せて行く。脇から飛びかかったディゼアにはミディールが槍を振るい、エインヘリヤルたちを運び出す。
「俺たちは不死じゃないから、気が抜けないな」
「それって・・・・・・エインヘリヤルが不死ゆえに気が抜けてる、って言いたいのか?」
「ハハハ、まさか」
げんなりした顔のミディールに硬い表情で笑う。やがて、自分の陣地が見え、二人はそこに飛び込んだ。
「新たな負傷者だ。回復するまで頼む」
「わかった」とディアン・ケヒトが答える。
「アミッド、キュアン。こやつらを運んでおいてくれ」
呼ばれた二人が負傷者を奥に運ぶと、陣地の入口で爆発がして一人の一つ目男が飛び出した。
「ルーグか。よもや我らフォモールとトゥアハ・デ・ダナーンが共に戦うなど、思いもよらなかった」
「バロールか。そうだな。だが、この戦争が終われば、再び敵同士かもしれん」
「それでも今を生き残れるなら、喜んで手を貸そう」
フォモールの兵士が戦っている所に向かったバロールを見て、ルーグは肩を落とす。
「父上と母上のこと、まだ許す気はないのだが・・・・・・」
「もう許してるのではないか?」と、マナナン・マク・リールが出て来る。
「傷はもういいのか?」
「ああ。ディアン・ケヒトが持ってきた〈治癒の泉〉のおかげで」
ミディールとマナナン・マク・リールが会話をしていると、ルーグが何かを感じる。
「この気配・・・・・・まずい、ヌアザのほうだ!」
「何かまずい・・・・・・」
駆け出したルーグに言いかけ、マナナン・マク・リールもハッと気付く。
「この気配・・・・・・懐かしいではないか」
「・・・・・・どの口がそんな脳天気なことを」とミディールが呆れながら言う。
「ルーグが向かったから大丈夫だろう。それより・・・・・・」
「他に気になることが?」
マナナン・マク・リールが聞くと、そこに「負傷者、多数発見!距離、北西二キロ!」と巨大なカラスの声がする。
「マハの報告だ。確かあそこは、アレスって奴とエインヘリヤルの部隊だったな」
「力で押し切るタイプらしいからな。エインヘリヤルと組ませても、変わりはなかったか」
「効果的だと思ったんだが」とミディールは溜め息をつく。
「さらわれては面倒だ。救助に向かおう」
「俺たちって、そんな役回りばかりだな」
駆け出したミディールはふと呟き、ルーグは顔を引きつらせる。
「ジークフリートやブリュンヒルドは大丈夫だろうか」
「大丈夫だろう。エインヘリヤルやヴァルキリーの中で、相当の実力を持つと聞く。それに・・・・・・」
「―――本人にとって、決着をつけたい相手なんだろう」
簡単にやられないと信じ、二人は現場へ向かった。