第120話 因縁の激突⑤‐修行の証
「がっ・・・・・・」
背中から胸を貫かれ、アポリュオンが呻く。本当は首か頭を貫くつもりだったのかは定かではないが、どっち道致命傷を負わせることはできた。だが、デモス・ゼルガンク相手にこれで有利になるはずはなく、
「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」
背中に生えた足の第二関節から新たに生えた角が、背中のディステリアを貫こうと伸びる。体を逸らしてかわし、天魔剣を抜くとすぐさま離脱する。貫かれた傷は血を流しながらもすぐ再生し、先程銃として機能した虫の足を元の形に戻し、それらを地面に付けて方向転換する。視界から外れたことを気に突っ込むセリュードだが、複数の複眼でそれを捉えていたアポリュオンは、後ろの二本の足で彼を蹴飛ばす。
「ぐおっ!?」
第二間接に生えた角のせいで思うように曲がらなくなったが、そこは第一間接でフォローする。さらに角を砲塔に変化させて、反転させた角を向けセリュードに魔力弾を放つ。セリュードは剣を槍に変形させ、それを回して魔力弾を弾く。背中に生えている虫の足の前日本と肩からは得る足四本で前方のディステリア、後足二本の砲塔で後ろのセリュードを攻撃しているが、がら空きに等しい側面からクウァルが仕掛ける。
「(・・・・・・こいつ・・・・・・)」
体を支えている虫の足で迎撃はできない。アポリュオンは自身の左腕と左足で、接近してきたクウァルの猛攻を捌く。速い速度で放たれる拳の連撃にずれ始め、それに伴って前後への攻撃もずれ始める。
「うおおおおおおおっ!!」
右足で踏み込み、右の拳を振り上げる。クウァルの攻撃でひっくり返ったアポリュオンは体勢が崩れても、すぐさま軌道を修正してセリュードに光弾を撃ち続けた。槍を回転させながら移動してかわし、弾かれたり外れたりした魔力弾が床や壁を砕く。
「(・・・・・・やはり、一筋縄ではいかない・・・・・・)」
しかし、クウァルとセリュードに焦りはなかった。弾幕の間を動き回るディステリア。彼は攻撃の機会を伺っているが、自分たちもそれに甘んじて防御に徹するつもりはない。攻撃の機会を見つければ、その時に攻めて大丈夫か、敵味方全ての動きを見て判断する。同じ攻め手を見つけた味方との同士討ちを防ぐため。それを考えない味方がいればなおさらのこと。
「そこだ!!」
そう言って突っ込んだディステリアがまさにそれ。同じタイミングでクウァルが突っ込んだら天魔剣が彼を貫いていただろう、というのは杞憂だということにセリュードは気付いていない。
弾幕を潜り抜けてディステリアが突っ込み、天魔剣で砲塔二つを切り落とす。自分に狙いを向けていた砲塔がディステリアのほうを向くと、クウァルも突っ込む。
発射される魔力弾の中、ティステリアはすでに離れており、接近するクウァルは逆手に持った炎の剣を思い切り振り切った。高熱の刃が虫の足に当たるが、ダメージを与えたものの完全に切ったわけではない。こちらの攻撃にアポリュオンが向き直ると、その顔にセリュードがヴェント・ランスを叩き込んだ。
「がっ・・・・・・」
複眼が付いたバイザーに亀裂が入る。これで捉えられる視野が減る。周囲を旋回するディステリアが天魔剣に光属性の魔力を溜め、反転すると共に振る。
「ルーチェ・フリューゲル!」
天魔剣に軌跡から放射状に広がる光の刃。三年の月日は、光の刃を広くさせるだけだった彼の技に変化をもたらしていた。応戦する砲塔を貫いた時を狙い、クウァルが飛びかかる。
「レイジング・フィスト!」
炎をまとった拳を叩きこみ、虫の足の装甲を砕く。だけでなく、左手に持つ短剣も振りダメージを溜める。噴き出す炎の刀身は焼き切ることはできなかったが、それでも熱を溜めることはできる。それにより落ちる強度。そこに拳を叩きこまれれば形の変化は免れない。
「(ちぃっ、これ以上は・・・・・・体力が持たん以前に私自身自我が保てない・・・・・・)」
アポリュオン程度での魔導変化のリスク。長くこの力を使っていると、力に飲まれ自我を失い暴走する。そうなれば全てを破壊するだけの存在に落ちる。どの道世界を破壊するために動いているのだからそれでも構わないが、ここは本拠地。ここで暴走するのだけは避けたかった。
「(なら、早々に片付ける!!)」
片足を上げ、連続で撃ち続けるクウァルの拳をわざと体に受ける。もろに食らった代わりに肩から生える足はクウァルを突き飛ばせた。さらに空中から攻めるディステリアには、左側に体重を乗せて体を起こし、右側の虫の足全てで地面に叩き落とす。
「まだこんな力が・・・・・・」
思えば当然のこと。セリュードたちだって、圧倒的不利な状況からわずかな勝機を見出す。そんな火事場のバカ力的なものを敵も持ってる可能性はある。
「はあああああああああああっ・・・・・・!!!」
ディステリアを蹴飛ばし、足元に魔方陣を展開して黒い雷を放つ。エリウ国でデズモルートが放ったノワール・ボルテ。猿真似に等しく威力が低いのが救いだったが、それでも防がないわけにはいかない。
「くうっ・・・・・・」
防戦一方のセリュードの前に水晶の壁が現れ、黒い雷を防ぐ。当然、それはセルスのクリスウォール。本日何度目かわからなかったが、使ったセルスは息切れ一つしていない。その上に飛び上がったディステリアが乗る。攻撃を防がれて目を見張ったアポリュオンを見据え、思い切り水晶を蹴った。
「―――真っ向から突っ込むことしかできないのか!?」
嘲りながら、水晶の壁で防がれていた時から魔力を集めていた右腕を、突っ込んできたディステリアに向ける。左側の注意が反れたその隙を突いて、アポリュオンの懐に飛び込んだクウァルが右拳で右手を殴り飛ばす。
「―――!?」
「・・・・・・決めろよ」
呟いた後、左右の足を使ったステップでその場を離れ、入れ違いにディステリアが飛び込んだ。
「―――!!」
ギリギリまで踏み込んだディステリアが、今までと物にならない光属性を天魔剣につぎ込む。
「終わりだ!!アポリュオン!!」
光の刃が大きく広がり、それに悪寒を感じたアポリュオンはとっさに後ろに下がる。しかし、五歩ほど下がった時、背中に硬いものが当たった。
「―――!?これは・・・・・・」
三年前、自分を閉じ込めた技、プリズン・クリュッタロス。しかし、その時よりも硬度が上がっているため、いくら拳や虫の足を叩きつけても砕けなかった。
「だが、これでは仲間の攻撃も届かないぞ!!」
「わかってる!!」
セルスは、今度は無数の水晶の槍を作り出し、ディステリアの正面の水晶の壁に向けて放つ。水晶でできた剣と壁が共に砕けると、ディステリアはアポリュオンを捕らえた。突っ込む同時に一気に振った天魔剣がアポリュオンの体に直撃する。
「ぐおぉおおおおおおおっ!!」
「うおぉおおおおっ!!ジャッジメント・ブレイズ!!」
炎に包まれた天魔剣を一気に振りぬき、アポリュオンは水晶の壁を突き抜けて遥か後ろの壁を突き抜けた。
「ぐわぁああああっ!!!」
壁を砕いて爆音が響き渡り、壁の向こうのアポリュオンは魔導変化が解け、同時に力尽きていた。
―※*※―
「・・・・・・はい。これで大丈夫」
治癒魔法で傷を治してもらったディステリアは、「すまないな」と謝った。
「いいよ、謝らなくて。・・・・・・むしろ、私・・・・・・」
「・・・・・・?どうした?」と、ディステリアが聞く。
「結局、私たちの故郷を襲ったアポリュオンはディステリアに倒してもらっちゃったわけだし・・・・・・クウァルと比べて何もできてないし・・・・・・三年経っても私、足手まといになってないのかな、って思っちゃって・・・・・・」
「そんなことはないさ」
「・・・・・・そう・・・・・・かな?」
ディステリアにセルスは自信なさげに呟いた。
「セリュードが攻撃を捌き切れなくなった時、クリス・ウォールが防がなかったら、少なくともセリュードがやられていた。もっと自信を持っていいと思うぞ」
ディステリアの言葉に、セルスは少し楽になった。
「ありがとう・・・・・・ディステリア」
そこに「もしも~し」と、呆れ気味のクウァルの声がした。
「・・・・・・いちゃつくのはいいんだが、時と場合を考えてくれ・・・・・・」
「「い・・・・・・いちゃついてなんかないよ!!」」
声を合わせて言った二人に、「はいはい」と溜め息をついた。
「なんだ、クウァル。ひがみか?」
見張りから戻って来たセリュードに、「だ・・・・・・誰が」と目を反らした。
「・・・・・・それより、ディステリア。さっきのジャッジメント・ブレイズだが・・・・・・」
「あ・・・・・・ああ」と、ディステリアは不思議そうな顔をした。
「まさかとは思うが・・・・・・ウリエルが?」
「ああ、教えてもらった」
その瞬間、クウァルとセルスが目を丸くした。
「まあ、信じられないわな・・・・・・」
「あいつら・・・・・・てっきり地上の争いには無関心かと・・・・・・」
「そうなんだろうな、天使たちにとっては。天界が守れさえすれば、あとはどうとでもなると思ってる」
それが、『自分たちさえ無事なら他はどうでもいい』ととるか、『地上にいる存在は、自分たちが手を出さずともいかなる困難も乗り越えられる』ととるかは、知った者の自由である。それでも、不干渉を望む天界を守る天使たちが、ディステリアに技の手ほどきをしたとは信じられない。
「・・・・・・なんか、シャニアクでの一件で心変わりしたんだとよ」
「・・・・・・何があったんだ?」
「うーん・・・・・・」
セルスが頭をひねるがわかるはずもなく、事情を詳しく知らないディステリアもわけがわからないまま放置している状態なので、改めて考えるとより天使たちの行動の不可解さが目立った。
「・・・・・・・・・機会があったら聞いて見るか?」
「そうだな。機会があれば・・・・・・」
それが訪れるかはさておき、一息ついたクウァルは見張りをしているセリュードのほうを見た。
「ところでセリュード、外の様子は・・・・・・?」
話しかけられたセリュードは、厳しい面持ちでクウァルのほうを向いた。
「・・・・・・限界だ。新手が来た。数も多い」
「そうか。傷も癒えてきたことだし、そろそろ行くか」
立ち上がったディステリアに全員が頷くと、四人はデモス・ゼルガンク基地を奥へと進んで行った。
―※*※―
一方。セリュードたちがいる基地から向かって左の場所を、ある一個小隊が進んでいた。光輝、弥生、サツキ、アオイ、信玄の五人からなるこの小隊は、本来は飛天・クトーレの二名と組むはずだった信玄が加わっていた。その理由は、どうにも情けないもの。
「・・・・・・クトーレははぐれ、彼を探しに行った飛天とも連絡が取れない。・・・・・・お前らに会わなかったら、俺はお陀仏だったかも知れん・・・・・・」
「それほど危ない所だから、単独行動は慎むように言われてたのに・・・・・・あんたたちは何をやっているの・・・・・・」
「ちょっと待て、俺もかよ!」
「連帯責任よ!!」
溜め息をついたアオイに信玄が言い返そうとすると、ビシッと、音が出んばかりに指差す。信玄はアオイに敵わないと言わんばかりに溜め息をついた。
「・・・・・・こう、木が多くちゃ、イェーガーで進めない・・・・・・」
サツキに「仕方ない」と信玄が言う。
「・・・・・・時間はかかるが、地道に歩いていくしかない・・・・・・」
「木がなければいいんですよね?」
「そりゃあ、まあ・・・・・・」
光輝の質問に信玄が答えると、光輝は先頭に出てかけているメガネをわずかに下ろすと、目を閉じて精神を集中させる。
「―――まさか・・・・・・」
弥生が呟いた次の瞬間、目を開いた光輝が向いているほうにある木が、透明で巨大な鈍器でなぎ払われたように吹き飛んだ。信玄とアオイとサツキは驚いたが、弥生はそれ以上に光輝の体が心配だった。
「・・・・・・!大丈夫だよ、弥生」
力の暴発を抑える眼鏡をかけなおして、光輝は弥生のほうを向いた。
「・・・・・・使いすぎさえしなければ、体にそれほど負担はかからない。晴明さんもそう言っていたし、俺自身もその実感がある。あとは彼が言ったように、視野に入る範囲を注意すれば・・・・・・」
「コツは掴んだと言っていたが、本当に大丈夫か?」
「大丈夫です。出なければ、ここに来たりはしません」
「・・・・・・・・・信じていいんだよね」
「うん・・・・・・」
少し不安だったが、弥生は三年前以上に光輝を信じることにしていた。
「よし、これぐらいの距離なら、イェーガーで一気に突っ込めるほどの勢いを作り出せる」
信玄はカプセルから、多目的戦闘機イェーガーを召喚すると、みんなそれに乗った。
「みんな、行くぞ」
信玄は操縦桿を握って、イェーガーを発進させた。だがそのコクピットの中で、サツキはとてつもない不安を感じていた。
「(・・・・・・嫌な予感がする・・・・・・)」
―※*※―
その頃。クトーレと飛天は、ディゼアの大群と対峙していた。飛天はヤスデのような形の剣、飛扇翔羽を握り、突風を巻き起こしている。一方のクトーレは、左腕は鉱石のような質感をした翼がついたブランシュール、右腕は斧、槍、弓を合わせたような大剣―――アゾット・スピリットドライブモードを持っていた。
「クトーレ、戻れ!」
「お断り!」と、目の前から飛びかかったディゼアを右手の大剣で斬る。
「いくらお前でも、ここでの単独行動は無茶としか言いようがない!早く戻れ!」
「何度も言わせるな。第一、信玄と別れた場所から、どれだけ離れたと思ってるんだ」
飛天はハッと気付いた。クトーレを探すために飛んだ距離は、とても生身の人間が移動するには遠すぎる距離だった。それを短時間でここまで移動した。
「・・・・・・クトーレ・・・・・・お前は、いったい・・・・・・」
クトーレのほうを向いた飛天にディゼアが襲いかかる。飛天がそれに気付いたのは、ブランシュールの刃がディゼアを貫いた後だった。
「・・・・・・お前こそ、俺なんかと付き合っていいのか?」
「な・・・・・・何・・・・・・?」
ブランシュールを振ってディゼアを払ったクトーレに飛天は戸惑った。
「・・・・・・ここにはおそらく、メリスやロウガをやった奴がいるはずだ。そいつと戦うために、体力と溜めておかなくていいのか」
「仇討ちをするつもりはない・・・・・・だが・・・・・・」
「迷ってるくらいなら、行け!!」
「・・・・・・すまない!!」
ブランシュールと大剣でディゼアに切りかかったクトーレにそう言って飛天は飛び去っていった。それを追おうとしたディゼアを、クトーレが切り伏せる。
「・・・・・・勘違いするなよ。お前らの相手は、俺だ・・・・・・」
―※*※―
飛び立った飛天は、思い悩んでいた。
「(・・・・・・本当に・・・・・・これでよかったのか・・・・・・)」
自分が突入部隊に入ったのには、戦いを終わらせる以外にも理由がある。それは、このような作戦には決して持ち込んではいけないもの、私怨だった。今の飛天は、その私怨と作戦に加わると言う自覚の間で板ばさみになっていた。
「(ダメだ・・・・・・これでは、仲間の足手まといになるだけだ・・・・・・)」
その時、目の前に、木々を押し倒しながら進む何かを見つけた。何か気になり近づくと、その何かが木々の間から飛び出す。それは、ブレイティアに支給されている多目的戦闘機、イェーガーだった。
「なっ・・・・・・」
コクピットを見て、さらに驚く。その中には、自分が置いてきた信玄が乗っていた。
「・・・・・・信玄・・・・・・」
飛天は、罪悪感を抱くような顔で目を逸らした。
―※*※―
「あ~~~!!いた~~~!!」
イェーガーの近くを飛んでいた飛天に気付き、信玄は間抜けとも取れる大声を出す。
「おい!!単独行動は厳禁だと言われていただろ!!聞いてるのか!?」
コクピット内で騒ぐ信玄を、「まあまあ」と光輝がなだめていると、飛天はイェーガーから離れて行った。
「あいつ・・・・・・」
「まあまあ。今は突入するのが先決でしょ」
アオイが操縦桿を傾けると、イェーガーは前方に見えた建造物に向かって行く。
「・・・・・・大分、遅れているはず。一気に突撃するよ!!」
突撃するイェーガーの後ろに付き、飛天は共に建造物に突っ込んで行った。何をするかと言えば、それは最後の手段として知れわたっていたが決まって常に嫌われていた戦術。コクピットにいる面々は、焦りに満ちた表情で掴まっている。
「突撃~~~~!!」
「なんで~~~!!」
全員が悲鳴を上げるのも構わず、アオイの操縦するイェーガーはデモス・ゼルガンク基地に激突した。