第119話 因縁の激突④‐パルティオンの襲撃者
風が頬に触れ、ルルカは目を覚ました。
「う・・・・・・私・・・・・・」
ルルカは草の上に仰向けで倒れており、すぐ側にはリリナが座っていた。
「リリナ・・・・・・」
「大丈夫、ルルカ?相打ちになっていたみたいだけど・・・・・・」
「相打ち・・・・・・」と呟いて、ルルカは体を起こした。
「・・・・・・っ痛・・・・・・」
「無理しないで。全身打撲に切り傷、骨は折れてないみたいだけど、無理して動かないほうがいい・・・・・・」
リリナに支えられ、ルルカはゆっくり周りを見渡す。外側へ倒れた木々や草の中で、クルスとクドラが辺りを警戒している。草木はどれも人工的に作られた偽物だが、この光景にどことなく悲しい感じがした。
「・・・・・・この森の木は・・・・・・全部、人工物だったんだね・・・・・・」
折れた木の幹には、年輪ではなく無機質な白さがあった。ここだけでなく、おそらく他の木も、ここ以外にある森の木々も、全て人工物。
「・・・・・・いつか・・・・・・」
「・・・・・・?」
「・・・・・・この戦いが終わったら、ここに・・・・・・この島に、本物の木を植えたいな・・・・・・」
「・・・・・・うん。そうだね・・・・・・」
そう呟いたリリナは、頬を赤くしてクルスのほうを向いた。
「(・・・・・・その時は・・・・・・彼も一緒に、来てくれるかな・・・・・・)」
見張りをしていたクルスと目が合い、リリナは慌てて目を逸らした。
「???」
―※*※―
とりあえずの目的地に着いたセリュードたちは、中の荒れ様に目を見張った。
「・・・・・・!?これは・・・・・・?」
辺り一面のこげ跡や散らばっている破片に四人は戸惑うばかりだったが、その時、セリュードたちを無数の砲撃が襲う。
「なっ・・・・・・」
「これは・・・・・・!!」
ディステリアとクウァルが叫び、四人はその場から離れる。爆発の合間から、上に位置する場所から砲撃するディゼア兵の姿が見えた。
「あれか・・・・・・セルス!!」
「わかったわ!!」と、セルスが杖をディゼア兵に向ける。
「エアスラスト!!」
杖から放たれた無数の風の槍が、爆発と砲撃の合間を突き抜け、彼女の目の前にいるディゼア兵を貫いた。付いていた機器がショートしたのか、貫かれたディゼアが爆発し、その爆風が砲弾の軌道をわずかにずらした。
「チャンスだ!!」
セリュードの掛け声に、背中の純白の翼を広げたディステリアが突っ込んで行くなり、左右のディゼアを天魔剣で切り伏せた。
「もう一度・・・・・・エアスラスト!!」
風の槍が、ディステリアが背を向けたほうにいるディゼアを一体ずつ確実に貫き、
「ルーチェ・フリューゲル!!」
広がるまばゆい光の翼が、前方のディゼア兵を切り裂いた。
「よし、いいぞ!!」
遠距離攻撃ができないため、待機していたクウァルとセリュードが攻撃準備に入った時、ディステリアは何かに気付き、天魔剣を縦に構えて後ろを向く。その直後、物凄い衝撃で後ろの壁に叩きつけられ、下に落ちた。
「ぐっ・・・・・・」
「ディステリア!!」と彼のほうを向いたセルスに、「来るぞ!!」とセリュードが叫ぶ。
「―――!!クリス・ウォール!!」
セルスの前に作り出された水晶の壁が、彼女に向かって来た攻撃を防いだ。
「・・・・・・ほう、あの時とは比べ物にならないほどの硬さだな・・・・・・」
「―――!?」
相手の声を聞いて目を見張る。離れた場所に着地したその相手とは、オリュンポスに乗り込んでアテナに重傷を負わせ、ラグシェ地方の町パルティオン、それからカティニヤスで遭遇したデモス・ゼルガンクの一人、アポリュオンだった。
「デーモに続きディザ・イースンを倒すとは恐れ入る・・・・・・」
「アポリュオン!?」
「性懲りもなく出て来たか!?」
身構えたセルスとクウァルに対して、アポリュオンはゆっくりと両腕を上げ、素早く振った後、身構える。
「・・・・・・だがここまでだ。デモス・ゼルガンクの力を舐めるな・・・・・・」
「―――!?」
その構えに目を見張るセリュードたち。伝わってくる強い殺気とプレッシャーを感じ取り、気圧されはしないものの気を引き締める。
「―――奴らほどの魔導変化はできないが、私はデーモとは違うぞ・・・・・・」
「(・・・・・・こいつ・・・・・・)」
「(・・・・・・パルティオンやカティニヤスで戦った時よりも強くなってる・・・・・・)」
「(・・・・・・なるほど、確かに桁違いだ。・・・・・・だが・・・・・・)」
クウァルとセルスが目を見張る。警戒を強めながら身構える三人をよそに、ディステリアが真っ向から突っ込んだ。迂闊としか思えない行動にセリュードたちは目を見張ることはなく左右に散り、アポリュオンは左腕で振り下ろされた天魔剣を受け止める。
「―――関係ない!お前がどれだけ強かろうと、俺たちは先へ進む!!」
そのまま振り上げ、アポリュオンを向こうの壁に吹き飛ばした。
「・・・・・・ただのゴリ押しでこれほどか・・・・・・なるほど・・・・・・」
黙って天魔剣を構えているディステリアに、クウァルが右、セリュードが左から飛びかかる。左右からの攻撃をいなすアポリュオンに、セルスは少し経ってからディステリアの後ろについて詠唱をしていた。
「―――おもしろい。それからどうするのだ!?」
アポリュオンは手を伸ばし、クウァルの拳を受ける。が、止めようとしたその拳に押し切られ、後ろに大きく体勢が崩れる。そこに攻撃を仕掛けたのはアポリュオンの後ろに立っているセリュードで、振り返ると共に突き出される槍をかわす。だが、速度は申し分ないが最初から狙いが甘い月にアポリュオンが不審を抱く。ディステリアが突っ込み、横一線で振られた天魔剣は身を屈めてかわされる。が、そこにセルスがイグニート・ブラストを撃ち込み、壁に叩きつける。
「どう!?」
セルスが声を上げるが、これで簡単にやられるようなら三年前に圧倒はされない。埃が晴れてアポリュオンが姿を現すと、着地したディステリアにセルスたちが駆け寄った。
「強い。魔導変化の核を壊したと言っても、あいつの実力は未知数ってわけね・・・・・・」
「悪い。タイミングずらした」
「ドンマイだ・・・・・・つっても、あんまり余裕はない」
クウァルの言う通り、スポーツじゃないのだから一度の失敗が命に関わる。そこから生き残るのも強さの証なのだが、そんなこと戦場に立つ者全てに求めるのはお門違い。
「切り替えろよ・・・・・・沈んだ気持ちのままじゃあ、何もできずに終わる」
「誰に言ってる」
不敵に笑って返したディステリアだが、後ろで心配そうな顔をするセルスを見て、本当に悪いと思い始めた。
「反省したなら、目の前の敵に集中しろよ」
「ちょっと待て、なんでお前に注意されるんだ」
と怒ったディステリアだが、アポリュオンの放つ殺気から相手が本気だと感じた。
「―――・・・・・・行くぜ・・・・・・!!」
ディステリアの天魔剣を受け止める。そこに、右側からクウァルが突っ込む。
「(・・・・・・予想―――というより、定石どおりだな・・・・・・)」
クウァルのほうをわずかに見たアポリュオンの肩から、黒い槍が二~三本生えて向かって行く。しかし、クウァルはジャンプでかわすと空中で回転し、アポリュオンを飛び越える。
「(バカめ。仲間とぶつかるといい!!)」
だが、クウァルはセリュードの上も飛び越える。剣に炎のエネルギーを溜めるセリュードはすぐにジャンプで間合いを詰め、クウァルはその背中を蹴り飛ばす。その勢いに乗ったセリュードの剣が、アポリュオンに炸裂する。
「ぐっ・・・・・・」
なんとか左腕で防いだものの、クウァルの蹴りで加速したセリュードの一撃に、予想外のダメージを受けた。
「くっ・・・・・・なんという衝撃・・・・・・」
セリュードが剣を振って弾き飛ばしたアポリュオンに、クウァルがセリュードの肩を踏み台にして、飛びかかる。目の前で踏み込んで右拳の一撃を加えた後、さらに飛ばされたアポリュオンにディステリアが空中から切りかかる。
「ちっ・・・・・・舐めるな!!」
受け止めたアポリュオンはディステリアを床に叩きつけ、反動で上がったところに蹴りと拳を放ってセルスにぶつけた。
「つぁっ・・・・・・しまった、詠唱が・・・・・・!!」
体勢を整えたようとしたセルスとディステリアに、その暇を潰そうとがアポリュオンが襲いかかってくる。しかし、左右から交差したクウァルとセリュードの剣が、アポリュオンの両腕を止めた。
「邪魔させねぇよ・・・・・・」
クウァルは左手に持っていた剣を右に持ち替え、思い切り踏み込む。防御体勢を取っていなかったアポリュオンの腕は簡単に弾かれ、クウァルの剣は体に直撃した。すさまじい力で跳ね飛ばされながらも、アポリュオンは両手から黒い魔力の光弾を撃ち出すが、セリュードが槍を回転させて防ぐ。
「エアトラスト!!」
飛ばされたアポリュオンを風の槍が襲いかかる。全方位と言えるほどの数が取り囲んでいたが、着地したアポリュオンは苦もなくそれらを掴んで防ぐ。だが、セルスにとっては、それは囮。
「(私の本命、それは・・・・・・)」
エアトラストに混ぜたアイシクルランサー、だったのだが、そうとは知らないディステリアは構わず突っ込んでいた。
「(あっれ~~!?)」
一瞬唖然としたセルスだが、クウァルも動いていた。風の槍が全て潰され、時間差で氷の槍が放たれるが、アポリュオンは風の槍を自らの力に変換し、腕を振ると共に放つ。氷の槍はあっけなく砕かれたが、ディステリアが辿り着く頃には懐ががら空きになっていた。
「ふっ!!」
「ちぃっ!!」
手元に剣を召喚し、ディステリアの天魔剣を弾く。背中の翼を羽ばたかせて自在に動くディステリアを捉えられないアポリュオンに、正面からクウァルが突っ込む。ディステリアだけに注意が向いているため、彼に気付いていない。
「イグニス・セイバー!!」
いつの間にか抜いていた短剣に炎の魔力を溜め、気付いたアポリュオンに向けて振る。豪腕が放つ一撃は重く、体に受ければダメージが大きいのは必須。吹き飛ばされたアポリュオンは後ろの壁に叩きつけられる。
「はああああああああああああああっ!!」
誰もがそう思った。雄たけびと共に黒い魔力が放出されるまでは。それが晴れると現れたのは、背中から生える、鋭い爪を持つ細長く黒い虫の足、肩から生える四本の足。見間違うはずもない、アポリュオンの魔導変化形態。
「やはり、またできるように・・・・・・」
そう呟くクウァルを、アポリュオンに生える虫の足から放たれる突きが吹き飛ばす。短剣を構えたクウァルだったが、止められず吹き飛ばされた。追撃をかけるべく虫の足を引いたアポリュオンに、ディステリアとセリュードが切りかかる。三年前、カティニヤスと同じ状況。あの時は虫の足の強度に阻まれた。
「(バカの一つ覚え・・・・・・)」そう嘲笑い、虫の足を合わせて盾を作る。これで防ぎ、肩から生える虫の足で突き飛ばす。そこからいくらでも料理できる。それがアポリュオンのよそうだった。だが、
「「だああああああああああああああああああっ!!!」」
二人の剣は、そう目論むアポリュオンの盾を両断した。
「―――!!!」
信じられず目を見張るアポリュオンを、目の前に着地したセリュードがジャンプと共に切りつける。仰け反った所にディステリアが切りかかり、両腕に持った二本の天魔剣で交互に切りつける。
「フリーズランサー!」
よろめいたアポリュオンを氷の槍が襲う。体を覆う装甲がそれを受け止めるが、何発も撃たれるうちに表面が削れていく。その氷の槍に紛れて突っ込むクウァルは、重厚な装飾付きガントレットを付けた両腕の拳に炎を灯していた。
「おらああああああああああああああああああああっ!!!」
雄叫びを上げ、何度も思い切り殴りつける。肩から生える爪で応戦するが、クウァルはそれらにも拳を打ち込む。視線を動かさず、ほぼ周辺視野のみで視野に入る範囲の攻撃を察知し対応する。
「(バカな、こんなことが・・・・・・)」
そのようなことを可能にする人間が実在するのか。アポリュオンはもとより、『人間の可能性』を否定してきたデモス・ゼルガンクの幹部や実行部隊の者はそれが信じられなかった。『所詮この程度』、『これが人間としての限界』。そう決め付けて可能性を否定してきた彼らだからこそ、今の世界に絶望し滅ぼそうとしていた。
「(それが・・・・・・こんな・・・・・・)」
そのための、神をも脅かす力を手に入れたデモス・ゼルガンクが、不確かな可能性を信じ守ろうとするブレイティアに押されている。薄っぺらなり総論を口にする理想論者に打ち負かされる。屈辱以外の何者でもない。
「(バカな・・・・・・バカな、バカな、バカな・・・・・・)」
やがて、振り下ろし続ける肩の虫の足の先端が砕ける。一つ、二つ、三つ、四つ。そして打ち込まれる胸部装甲にヒビが入り、踏み込みを込めた最後の一撃が首の付け根に炸裂する。高熱の拳を何度も打ちつけられ、さすがに限界に達した。
「(ありえん。そんなこと、あってはならん・・・・・・)」
ひび割れた装甲の欠片を散らせ、吹き飛ばされたアポリュオンは破損した虫の足を向ける。
「あってはならんのだ、絶対に!!」
傷口が殻に包まれ、中心に銃口が生える。乱射される魔力弾をクウァルが叩き落とすが、狙いが定められていないでたらめな弾道のため周りにも被害が及ぶ。ディステリア、セリュードは武器を振って防ぎ、セルスはクウァルの所に駆け出す。
「おのれえぇえぇええっ!!!」
激昂し、光弾の発射速度と量が増加すると各々防ぎきれなくなり、何発かの光弾が後ろに抜けて壁を砕いた。
「(勝機!!)」
地面に足が届くと共にアポリュオンは体勢を低く構え、魔力弾を乱射する。乱射により態勢を立て直す機会を奪う。しかし、自身も魔力の浪費というリスクを抱えており、あらかた瓦礫が砕けて埃が舞い、視界が覆われると、アポリュオンは虫のようなバイザーをつけて周りの様子をうかがった。バイザーに付いた複眼が埃すら透視し、ディステリアたちの動きを捉える。埃に紛れて機をうかがうセリュード、腕で口を押さえながらも立っているクウァル、その後ろでむせているセルス。だが、ディステリアだけは捉えられてない。
「(一人だけ捉えられてない?どこだ!?)」
複眼を動かしまわりを見渡す。本来、虫のそれは動かないが、アポリュオンの複眼は目玉の集合体のようなもので自在に視野を動かせる。と、ディステリアを視界に捉える。
「おおおおおおおおおおおおっ!!!」
ただし、その時にはすでに手遅れだった。光と闇の力を使いこなすためにまとう鎧。それを二重にまとって落下したディステリアは一つに戻した天魔剣を突き立てた。ただし、彼は失念していた。魔力でマナを収束して作られた物質は『霊器』と言われる類のもの、見た目と違い軽いということを。だがそれも仕方ないこと。それをしるのは、今から遥か未来でのことだから。それでも、ディステリア自身の体重と落下の勢いを載せて天魔剣を突き立てた一撃は、アポリュオンを貫いた。