第118話 因縁の激突③‐闇を抱いて共に進む
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
ブロードソードを振り下ろした後から光の柱が登る。断末魔の悲鳴を上げ、ネラプシは光の柱に消えていった・・・・・・はずだった。
「―――!?」
光の刀身が砕ける。衝撃でクルスが吹き飛ばされる。光が砕かれると、狼の毛皮の上に黒い正気をまとったネラプシが現れる。
「舐めるな・・・・・・」
黒く染まった目が赤く血走り、赤い瞳に伸びている。
「舐めるな、舐めるな、舐めるな、舐めるな、舐めるな、舐めるな、舐めるな、舐めるな・・・・・・・・・舐めるなああああああああああああああ、人間がああああああああああああああああああっ!!!!」
「魔導変化ってやつか!?」
クドラが身構え、クルスが立ち上がる。突っ込んできたネラプシのスピードは突風が起こるほど速かったが、今のクルスたちなら見切ることができる。だが見切れたところで、ネラプシの規格外の一撃を防げるわけではない。三人が散会すると、空を切ったネラプシの腕が大地を吹き飛ばした。凄まじい衝撃と共に土が飛び、巻き込まれた木々が倒れる。
「ウソ・・・・・・まだ、これだけの力が・・・・・・」
「デモス・ゼルガンクの魔導変化の効力を抑えると言っていた。ということは・・・・・・」
「シラフでこのパワーかよ・・・・・・」
リリナ、クルス、クドラの順で呟き、変貌したネラプシに警戒を向ける。先の変化に加え、毛皮から黒いトゲが生えていき、被り物をしている頭も狼のそれと同化していく。
「グ・・・・・・ルル・・・・・・グウウウゥゥゥ・・・・・・」
どこか様子がおかしい。動きが鈍い今なら攻撃のチャンスだったが、クドラの野生の勘といえるものがそれに待ったをかけた。クルスのほうも、相手の実力を感じ取れる高次元の感覚と脳内シミュレーションで、下手に仕掛けると返り討ちに遭うことを予測していた。それを可能にするのは、ネラプシが持つ『野生』と呼ばれる類のものであると。
「・・・・・・・・・舐めるな・・・・・・・・・しゃしゃり出てくるな・・・・・・・・・邪魔だ、引っ込んでいろ・・・・・・」
呟きの意味をうかがい知ることはできない。クルスたちが探っているのは攻めるべきタイミング。唸っているだけのネラプシに汗が流れ落ちる。それほどの迫力を、動かないだけで出している。
「・・・・・・・・・腹くくるぞ」
「・・・・・・だな」
「うん・・・・・・」
クルスの言葉で二人が覚悟を決めた時、ネラプシが動いた。
「グゴオオオオオオオオオオオッ!!!」
足場の土を蹴飛ばすほどの脚力により距離はあっという間に縮み、振りかざされた左腕の爪がリリナに襲いかかる。常人にはとても捉えきれないスピードだが、リリナは体を逸らし、前髪数本の犠牲でかわした。追撃、というより本命として右腕が構えられた時、リリナは後ろに回転して下がり、がら空きの左側をクドラが蹴りの姿勢で飛び込んでくる。
黒い翼と鋭い爪を持った、吸血鳥に近い姿。その蹴りが入るが、硬い毛皮に阻まれ致命傷は与えられなかった。そればかりか、すぐ生えた黒いトゲがクドラの足を傷つける。
「ぐっ・・・・・・!!」
思わず足を引っ込めたクドラに右回りしたネラプシが狙いを定めるが、頭上からクルスが光の刃を降らせる。背中から仕掛けてもよかったが、クドラの失敗を考えると阻まれる危険もあった。なら頭上からの攻めは有効か。そんなこと考えるまでもなく、予測される結果も変わりなどしない。
「ガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
硬い毛皮に阻まれ、トゲに弾かれ、ほとんどの刀身は砕ける。いくつかは刺さったが、飛ばした技ゆえか浅い。
「その程度か!ヴァンパイアハンターが聞いて呆れる!!」
「別に・・・・・・あんたに出会ったら死を覚悟しろ、と教えられていたくらいだ」
つまり、逃げるか生き残るか、その意気は教えなかった。それだけでブレイティアから見れば、クルスの属していたルマーニャの抱える大儀は、組織としてたかが知れている程度。
「今もあんたが怖い。だが、仲間と一緒なら、立ち向かえる!」
「ほざけえええええええええええええええええっ!!!」
雄叫びを上げて爪を振り、とっさに形成した光の盾が砕かれる。衝撃で飛ばされたクルスは木を二本折って地面に倒れる。
「ヴァンパイアハンターとヴァンパイアが仲間か!おかしすぎて、返って笑えないな!」
「そんな一般論がなんだ!!」
翼に集中させた闇の魔力で剣を形成し、懐に飛び込んでネラプシを切りつける。毛皮に覆われていない腹部はがら空きで、切られたことで鮮血を散らせる。
「このガキャああああああああああああああああああああああっ!!」
「っ!まずい、クドラ!その声を聞くな!!」
言われずともわかっており、クドラとリリナは耳を塞ぐ。雄叫びが上がると共に衝撃波が起き、砕けた土と周りの木々が吹き飛んだ。ネラプシが立っていた地面以外はクレーターになっており、倒れた木の下からクドラたちが出てくる。
「うえっ、ぺっ、ぺっ!ちっ、土が口に入った・・・・・・」
「大丈夫・・・・・・そうだな。くっ・・・・・・」
「クルス!!」顔をしかめて手を突いたクルスにリリナが寄り添う。
「ごめん、私を庇って・・・・・・」
「バカ言うな。お前が無事でよかった」
「でも・・・・・・クルスに何かあったら、私・・・・・・」
泣きそうになるリリナに、「おい・・・・・・」と顔を引きつらせたクドラが口を挟む。
「そういうのは後にしろ」
「じゃあ、是が非でも生き残らないとね」
「うん・・・・・・」
涙を拭ったリリナに微笑むクルスだが、ふと違和感に気付く。
「ネラプシは、なぜ仕掛けてこない?」
「おかしいな。破壊の咆哮の後、別段反動がくるということはなかっただろ・・・・・・」
不審に思ってネラプシを見て見ると、彼は胸を掴んで苦悶の表情を浮かべていた。
「・・・・・・・・・だ・・・・・・まれ・・・・・・口を・・・・・・出すな・・・・・・」
クドラにやられた傷の近くで、血が流れることも構わず爪を突き立てる。
「・・・・・・貴様らの力など・・・・・・いらない・・・・・・俺はネラプシ・・・・・・最強の吸血鬼だ!!」
怒鳴り、抉り出した宝玉を握り潰す。それは魔導変化を可能にする宝玉で、それが見えなかったクルスたちはネラプシが何をしたのか知ることができなかった。
「なんだ?何を砕いた?」
「クク・・・・・・貴様らには関係のない話だ」
「そりゃそう・・・・・・」
クドラはクルスに目配せし、彼が頷くと二人同時に鳥の翼を生やす。それに魔力を込めて刀剣を形成し、
「―――だ!!」
タイミングを見計らって二人が同時に飛ばした光と闇の刃を、規模が小さな咆哮で掻き消す。二人構えに突き出した翼をジャンプ台にして、魔力をまとったリリナが高く飛び上がる。
「バカ!狙い撃ちされるぞ!」
「遅いわ!!」
嘲笑ったネラプシが深く息を吸い込むが、その瞬間にリリナが右腕に溜めた魔力を、槍投げの要領で飛ばす。足元で爆発してよろめいたネラプシに、チャンスとばかりにクドラとクルスが突っ込む。
「はあっ!!」
「でやっ!!」
二人でタイミングをずらし、時間差ですれ違いざまに切りつける。クルスが切り返しで翼を振り上げ打ち上げると、追撃をクドラに任せて自身は落下するリリナを受け止めて着地する。
「クルス、投げて!」
「お、おう!」
翼の大きさを生かし、リリナを放り投げる。突っ込む中で再び魔力をまとい、クドラが離れたネラプシに切りかかる。
「でやっ!このっ!このっ!」
「ちっ!うっとうしい裏切り者が!」
魔力の爪をいなし、自身の爪を突き出す。それをいなしたリリナが左腕に意識を集中させると、表面で波打っていた魔力が収まり左腕に揺らめく剣が現れる。
「何!?」
「三年前はまとうので限界だったけど!!」
そのまま振りぬき、ネラプシにダメージを与える。
「今はこういうこともできる!」
切りつけ、連続で振り、さらに突き出す。魔力をまとうことで筋力強化されたリリナの攻撃は女性のそれと違い、吹き飛ばされたネラプシはクレーターの底を転がる。
「まだまだ!!」
「調子に乗るな!!」
飛びかかったリリナを放出した魔力で弾き飛ばす。着地の瞬間に当たるように、タイミングを合わせて魔力弾を飛ばす。
無論防がれるだろうが、ネラプシにとってそれは些細なこと。
リリナが吹き飛ばされた時、すでにクドラとクルスが突っ込んでいた。半人半鳥の姿でいられる時間は限られているが、まだそれまで余裕がある。問題は、本気を出したネラプシ相手にペースを今のままで保てるかどうか。もっとも、そんなこと気にする余裕のほうがあるかどうか。
「―――っ!!」
どちらが息を呑んだかわからない。ヴァンパイアに対して絶大な攻撃力を誇るクルス、闇の力で純粋に攻撃力が高いクドラ、どちらが来るかはわからない。攻撃は同時か、はたまた時間差か。ほんの一瞬の仲で長い読み合いが続いていると、近くで爆発と共に土煙が舞い上がる。
「なっ―――!?」
注意が逸れた一瞬、ネラプシは横に逃れる。リリナに向けてはなっていた魔力弾は、直撃こそしなかったが彼女が着地した地面をえぐる。ネラプシが逃げることを察したクルスが光の刃を伸ばすが、間に合わず切っ先が掠めるに至る。
ヴァンパイアにとってはこれだけでも致命傷、となるはずだったが、それは並みのヴァンパイアでの話。ネラプシクラスなら、自らの体を蝕む聖なる力を打ち消すことができる。黒い魔力の放出は、まさにそれ。
構わずクルスは踏み込み、距離を詰めて光の剣が付いている翼を振り切った。黒い魔力を切り裂き、ネラプシの体に到達し、鮮血の変わりに黒い魔力を噴出させて振り切る。だが、敵も去るもの。切られながらも下がるクルスの胸倉を掴み、後ろに叩きつけた。
「ぐあっ!!」
「しゃああああああああああああああああああっ!!!」
雄叫びを上げ、左腕の爪を突き立てようとする。かわせないと覚悟した瞬間、その腕が弾かれる。切られたのだろう、毛皮の付いた腕から深く傷が刻まれているが、それでも腕がつながっているのは丈夫な毛皮が刃を受け止めたためか。
胸倉を掴んでいる腕の力が緩むと、クルスはネラプシの腹を蹴って抜け出す。それを押さえようと手を伸ばすネラプシに、左腕を斬りつけたクドラが鎌のように変化させた魔力の刀身で斬りつけた。
後ろから切りかかるのが卑怯、と思ったわけではない。この形にしたほうが、クルスを追うネラプシを引き止められるから。刃を割られながらも体全体を回して思い切り振り抜き、ネラプシを後ろの土壁に叩きつける。
「貴様ああああああああああああああああっ!!」
激昂したネラプシの咆哮がクドラを吹き飛ばす。全てを破壊する破滅の咆哮だったが、ダメージが大きいためか威力が落ちている。
クレーターの向こう側に叩きつけられ、体を起こすとネラプシの懐はがら空きになっていたが、クドラは大きなダメージのためすぐ動けない。そこに飛び込むべくクルスは突っ込むが、それより先に敵の懐に飛び込んだ者がいる。鋭い魔力の爪を振りかざしたリリナが、ネラプシの体を思い切り引っ掻きまくる。
「ぐおおおおおおっ・・・・・・!!」思わぬ攻撃に晒され呻く。あらかた引っ掻いて装甲を削ると、リリナは後ろに近づくクルスを感じたのかその場から跳んで離れる。クドラが飛ばしたテネブラエ・フェザーが突き刺さって回避の手を奪い、両腕に溜めた魔力を合わせたクルスが大きく振り被った。
「今度こそ―――終わりだああああああああああああああああああああああっ!!!」
「ほざけええええええええええええええええええええええっ!!!」
皮膚が裂けることもいとわず無理矢理刃を引き抜き、砕き、クルスの振り下ろした光の剣を受け止め、砕くべく爪を突き立てる。互いに体力、魔力、精神共に限界。どういう形であれ、押し切られたほうが負ける。
「貴様らはなぜそう馴れ合える!ヴァンパイアとそのハンター!敵味方同士で―――!!」
「俺たちはそれでも、『仲間』であることを選んだ!だから―――!!」
光の刀身にヒビが入り始めるが、それを受け止めている腕からも血が噴き出し、ネラプシは徐々に押されている。臆することも鬼気迫るネラプシに気圧されることもなく、クルスは叫んだ。
「―――乗り越える道を選んだんだ!!」
「ほざけええええええええええええええええええっ!!」
ネラプシが吼え猛り、刀身が砕ける。欠片が散る中クルスが両腕を振り下ろしており、眼前のネラプシは・・・・・・
「・・・・・・・・・がはっ」
胴体から鮮血を噴き出し、後ろに倒れた。折れた光の剣が消失する。周りに散った光の欠片も消えていく中、クルスはどこか解せないような表情をしていた。
「・・・・・・・・・戦いの中でお前が砕いた宝玉・・・・・・魔導変化すれば、お前が勝ったかも知れない」
「まるで・・・・・・魔導変化して蹂躙して欲しかったような言い方だな・・・・・・」
嘲るネラプシにクルスが眉を寄せ、後ろのクドラとリリナも顔をしかめる。
「ククク・・・・・・失念するな。我は、最強の吸血鬼・・・・・・ネラプシ・ウゴドラク・・・・・・ヴァンパイアとワーウルフの力を以って・・・・・・敵を蹂躙するが我・・・・・・」
そうやって、罪のない人々を殺した。特に母親を殺されたリリナは、なぜか怒りが湧かなかった。
「魔導変化だかなんだか知らぬが、あんなものに頼るなど・・・・・・我が誇りが許さん・・・・・・」
「誇りだと・・・・・・?」
理解できないクドラが、深いそうに眉を寄せる。それはクルスとリリナも同じで、それを感じ取ったネラプシは嘲るように笑みを浮かべた。
「ヴァンパイアでありながら・・・・・・人として暮らす・・・・・・それが可能とは到底思えないが・・・・・・」
笑みを浮かべる言葉に今までと違うものを感じ、クルスたちは疑問を浮かべる。
「・・・・・・それが貴様らの誇りなら・・・・・・最後まで貫いて見せろ・・・・・・。地獄に落ちた時・・・・・・どんな顔をするか・・・・・・楽しみだ・・・・・・」
最後に歪んだ笑みを浮かべ、「あばよ・・・・・・」と呟き、灰のようになって崩れ去った。三年前に苦渋を舐めさせられた強敵に勝ったにも拘らず、三人が得たのは歓喜とは程遠い。
「・・・・・・・・・こいつが魔導変化しなかったのは」
おもむろにリリナが呟き、クルスが振り返る。
「・・・・・・・・・意地、だったのかな・・・・・・」
「わからないが・・・・・・」
そうクドラが呟くと、歩き出したクルスがその続きを呟く。
「・・・・・・多分、俺たちには理解できないことだ」
なぜネラプシが、不利な状況にも拘らず自分が有利になれる手段をわざわざ手放したのか。自分たちにとって理解しがたい、ネラプシの意地と誇り。それによる自滅と考えることはなぜかできなかった。それは自分たちがまともな証か、それとも戦士として未熟ゆえか。その答えを知ることは、この場では許されていなかった。
「さっきの爆発、行ってみよう」
「確か、ルルカのほうだったな」
立ち昇った土煙が収まったほうに駆け出す三人。その様子を、木の陰から黒髪の少女が見ていた。