第117話 因縁の激突②‐伝わった因縁
敵基地目前まで迫ったセリュードたちに、デモス・ゼルガンクの防衛部隊が応戦する。
「でやあっ!!」
セリュードの槍の一撃をかわしたディゼアの一体が、セリュードの懐に飛び込んだ。
「キシェエッ!!」
奇声を発しながら爪を突き出した暗殺用ディゼア、アサシスの攻撃。しかし、セリュードが腰の左側に抜いた剣が、アサシスを切り伏せた。
「・・・・・・俺が槍だけだと思ったら、大間違いだ」
片足を軸に体を回転させながら、セリュードは逆手に持った剣で近くにいるアサシスを斬る。不利と感じ、離れようとしたアサシスを槍で一体倒すが、他の二体は投てき武器でセリュードを攻撃しようとした。だが、攻撃に入る前に飛び出したクウァルの鉄拳に一体が叩き伏せられた。
「―――!?」
最後の一体が気付いた時、クウァルの後ろで吹いていた風が刃となってアサシスを切りつけた。
「おのれ!!」
背中の左右に黒いコウモリと白い鳥の翼、太い尻尾が生えた魔導変化状態のディザの左腕に生えた鋭い爪が、ディステリアの天魔剣とぶつかり合う。デーモの時とは違い、左腕を覆っている褐色のウロコを斬ることができず、それが盾となり、ディステリアの攻撃を防いでいた。
「貴様らが圧勝したデーモは所詮、下の存在。力が劣るものを倒したくらいで、調子に乗るな!!」
天魔剣を弾いた後、右手に持った剣でディステリアを切りつける。吹き飛んだディステリアが片膝を突いて立ち上がると、彼を淡い光が包み込む。
「ヒール!!ディステリア、大丈夫?」
「・・・・・・つ・・・・・・強い・・・・・・」
駆け寄ったセルスが回復している間、セリュードとクウァルが相手をしていた。セリュードが高速で突き出す槍を右腕の剣一本で捌き、スピードこそないがパワーのあるクウァルの拳を左腕一本で防ぎ耐え抜く。二人に左右から挟まれてもディザは互角以上に戦っていた。
「やはりこの程度か、人間ども!!」
「なめるな!!」
クウァルが拳を突き出すが、ディザは体をその腕に乗せる。そのまま背中の翼を突き出そうとしたが、クウァルはとっさに上に振ってディザを投げ飛ばす。空中で体勢を整えたところにセリュードが槍を突くが、左腕に防がれる。
「バカめ・・・・・・何度やっても同じ・・・・・・」
しかし、左腕に激痛が走る。目を凝らしてよく見ると、セリュードの槍はウロコの間に刺さっていた。
「・・・・・・残念だったな。人間でも修行を積めば、こういうこともできる」
槍を振ると、緑色の光の軌跡を描き、穂先が当たっていた部分に傷ができた。
「今だ!!」
セリュードの叫び声にセルスが杖を構え、ディステリアが天魔剣を片手に突っ込む。
「返り討ちにしてくれる!!」
ディザが左指先に魔力を集中させ、レーザーのように発射するが、
「ルーチェ・シュナイダー!!」
飛ばした黒い光の斬撃がレーザーを相殺した。
「何!?」
目を見張った瞬間、
「アイシクルランサー!!」
セルスの声がした後、突っ込むディステリアの上を、三つの巨大な氷の槍が飛んでくる。思わず左腕で防御したが、一本は外れ、もう一本は鳥の翼を片方貫き、最後の一本は左腕の傷に命中した。
「(・・・・・・しまった・・・・・・)」
すぐに抜こうとしたが、間髪入れずにクウァルがそれを鉄拳で叩き込む。
「ぐっ・・・・・・!!」
「もう一丁!!」
「そう何度も!!」
体を回して渾身の力で放ったテールスイングがクウァルに直撃した。凄まじい衝撃で吐きそうになるが、クウァルは太い尾を掴んで後ろに放り投げた。
「でぇええぇやああああっ!!!」
道路の石畳を砕いて、叩きつけられたディザが「ぐはっ」と息を吐く。左腕に刺さったツララはすでに外れていたが、ディザの体には相当のダメージが与えられた。
「くそ・・・・・・貴様らごときに・・・・・・」
体を起こしてセリュードとクウァルを睨むが、そこに突っ込んでいたディステリアが天魔剣を振り上げる。
「うぉおおおおおおっ!!!」
振り向いたディザに一撃が入り、そのまま天魔剣を縦に振り下ろし、右へ切り、もう一度斜めに切りつけ、最後に左上から右下に切りつける。盾となるウロコに覆われている部分は左腕だけだったので、体毛に覆われただけの体に受けたダメージは防げなかった。
「ぐぁっ・・・・・・」
地面に倒れたディザに、ディステリアは止めを刺さずに体を飛び越えた。
「トドメは刺して行かないのか?」
「結構、時間がかかった」とクウァルに答える。
「そうだな。早く目的地で作戦に入らないと・・・・・・」
「急ぎましょう」
セリュードとセルスも頷くと、四人はディザを置いて城へ向かって行った。
「(・・・・・・バカな・・・・・・なぜ・・・・・・カルマが来ないのだ・・・・・・)」
置いて行かれたディザは、それだけを考えていた。そこに、石畳を鳴らしながら歩いて来る足音が聞こえて来た。残った力を振り絞って頭を上げると、道の向こうからカルマが歩いて来ていた。
「・・・・・・貴・・・・・・様・・・・・・」
「あらら~、人間に負けることはないじゃなかったの・・・・・・?」
「だ・・・・・・まれ・・・・・・。それも・・・・・・貴様が来なかったから・・・・・・ぐはっ・・・・・・」
「ああ、無理するなよ」
起き上がろうとして血を吐いたディザにかがんで言い聞かせる。だが、突然立ち上がると、魔力を溜めた右足でディザを蹴り飛ばした。
「がはっ・・・・・・」
一度地面を跳ね、後ろにある建物にぶつかると、信じられないような表情でカルマを見た。
「・・・・・・貴様・・・・・・何を・・・・・・」
「『我が盟友ディザ・イースンは、敵組織ブレイティアの最強部隊と戦い、名誉の戦死を遂げた』。このほうが、意思のないディゼアも士気高揚ができるかも・・・・・・」
「・・・・・・上司を・・・・・・裏切るのか・・・・・・」
「別に・・・・・・」と、罪悪感を微塵も覚えてない顔のカルマが、瀕死のディザに近づく。
「―――あんたは俺を部下として見るが、俺はあんたのことを上にも下にも見ない。最初から馬が合わなかったんだよ・・・・・・」
それを聞いて「ハッ・・・・・・」と呟く。
「・・・・・・どうやら、俺は知らず知らずの内に、お前の不評を買っていたようだ・・・・・・」
抵抗しないディザに、カルマはゆっくり足を上げる。
「・・・・・・俺たちは『人間でない存在』になった『元人間』。結局、人間臭さがその名残になったか・・・・・・」
「―――みたいだね」
呟いた瞬間、カルマの蹴りがディザに直撃し、建物の壁を砕いた。煙の中でディザの体は、デーモと同じように光の粒子に分解された。
「―――さて、いい具合に技が溜まった。そろそろ行くか・・・・・・」
口元に笑みを浮かべ、カルマは道を歩いて行った。
―※*※―
「ジェラレ!!あなただけは・・・・・・絶対に許さない!!」
激昂するルルカの蛇腹剣が再びジェラレを切りつける。
「同じ手が、何度も通用するか!!」
受け止めたジェラレは、一度、離した右腕の爪で蛇腹剣のつなぎ目を叩き切る。
〔ぐっ・・・・・・〕
「もう一人の私!?」
思わず声を上げたルルカを見て、ジェラレは「ハハ、なるほど、やっぱりなぁ!!」と声を上げた。
「―――お前の裏人格が手出しできるのは、その剣のおかげか!!」
「ぐっ・・・・・・」と唸ったルルカに、ジェラレは早くも勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「・・・・・・ダメだ、完全に見抜かれた。もう一人の私、手はず通り・・・・・・やるよ・・・・・・」
だが、裏ルルカは〔いや・・・・・・〕と呟いた。
「・・・・・・どうしたの?この剣の仕掛けを見抜かれた以上、戦い慣れたもう一人の私が出て、私が魔力の制御に回るしかないよ・・・・・・」
それを聞いたジェラレは、「ハハハ、何もわかっちゃいないな」と笑った。
「・・・・・・本来、一つの体を二つの意思が使うということは、それだけ体の機能を活性化させるということ。今のお前らの高い戦闘力は、それによる物が大きい」
「それがどうしたの!?」
叫ぶルルカに対し、裏ルルカはその言葉の意味を知っているため暗い表情になった。
「人間を初め、地上界に生息している全ての生物は、無意識の内に自らの体にリミッターをかけている。これは幻獣や精霊もしかりだ」
「だ・・・・・・だから、どうしたのよ」と言ったが、すでにルルカにも気付いていた。
「精霊にもそうしたリミッターはかけられているが、その限界レベルは並みの生物と比べて遥かに高い。だが高いだけで『ない』というわけではない・・・・・・」
ルルカは構わず攻撃を仕掛ける。蛇腹剣に仕込んだタネ、表裏人格による身体能力の強化とそのリスク。それらを見抜かれた以上、これ以上、長引かせるわけには行かなかった。しかし、真ん中辺りを砕かれている上、ルルカ自身も焦っていたので、簡単にかわされた。
「くっ・・・・・・」
「どうやら、裏の人格が出たようだな。その状態で・・・・・・」
一瞬でルルカの前に現れ、握っている剣をつかんだ。
「―――こいつを砕けば、どうなるかな・・・・・・?」
ハッと気付き、瞬時にルルカの人格が入れ替わる。剣が根元から砕かれ、ルルカの意識は一時、混濁した。その隙を突き、ジェラレが蹴りを見舞った。
「がはっ・・・・・・!!」
草むらに叩きつけられた衝撃で我に返ったルルカは、裏ルルカに呼びをかけた。
「(・・・・・・もう一人の私・・・・・・もう一人の私・・・・・・ねえ、返事をして・・・・・・!!)」
だが、いくら呼びかけても、裏ルルカは応えなかった。
「・・・・・・そんな・・・・・・」
「やはり、その剣がお前の裏人格の発現を助けていたようだな・・・・・・」
歩いてくるジェラレを、ルルカはキッと睨んだ。
「何をしたの?」
「とんでもない・・・・・・ただ裏人格の発現を促していた物を破壊しただけのこと。ただ、機能の消失と共に、裏の人格も巻き込まれた。それだけのこと・・・・・・」
ショックを受けルルカは、言葉が出なかった。ここまで一緒に歩んできた相棒との、突然の別れ。メリスとロウガが死んだ時から覚悟していたが、それでも割り切ることはできない。
「・・・・・・安心しなよ。すぐに同じ場所に送ってやろう」
突き出した爪を水の壁が防いだ。水の固まりのはずなのに、ジェラレの爪は表面の水を散して中ほどで止まる。
「(高水圧の水の固まり・・・・・・魔術でこれを作り出せるとは・・・・・・)」
「・・・・・・さない・・・・・・」
「!?」
「・・・・・・もう一人の私だけでなく・・・・・・私のお父さんとお母さん・・・・・・他にも多く罪のない人を・・・・・・いったい何人、殺したの!?」
睨むルルカに、「ハハハハハハ!!」と笑い出す。
「じゃあ貴様は、罪のない人を守る正義の味方か?くだらん!!」
「そんなことを言うつもりはない。・・・・・・でもみんな、平穏の中で暮らしている。世界から見れば小さなものだけど・・・・・・誰も壊されたくないと思ってる!!」
ルルカが立ち上がると水の壁が散った。その衝撃で、ジェラレが二~三歩下がる。
「・・・・・・うるさいな。俺はそんな甘ったるいことを言うやつらがひしめく、この平和な世界に飽き飽きしてるんだ!!」
「じゃあ・・・・・・自分の楽しみのために、人を殺したっていうの!?」
「そうだ。一度は精神不安定ということで釈放されたが、どこにいても退屈は変わらない。また殺しをやって、牢屋にぶち込まれて、今度は脱獄して・・・・・・そんな時、あいつに出会ったんだ。ラトデニのおっさんに、よ・・・・・・」
「―――!?」
「あいつは俺の死を偽装する代わりに、俺に協力を求めてきた。もちろん、俺は、それを受けた。俺は自由の身となり、さらにこの力まで手に入れた!ハハハ、最高だよ!俺は、さらなる楽しみを手に入れたんだ!!」
「・・・・・・最低・・・・・・」
「バカか?俺のような奴なんて、世界中にゴロゴロいるぞ!!」
ルルカは、自分の右腕に魔力を集中する。
「(・・・・・・こんな奴に・・・・・・負けたくない・・・・・・!!)」
ルルカが駆け出すと、気付いたジェラレも飛びかかる。
「―――負けるわけには、いかないからだああああああ!!!」
清らかな青と禍々しい黒の魔力がぶつかり、辺りを突風が吹き荒れた。
―※*※―
一方。ネラプシと戦っているクルス、クドラ、リリナのほうは、優勢に立っていた。リリナは魔力をまとい身体能力を強化、クルスとクドラは半人半鳥の姿となって戦っている。クルスはヴァンパイアハンターとしての技とクルースニクの能力を、クドラは並外れた身体能力とクドラクとしての力を融合させている。二人がここまで形にしたのは三年の月日があってこそ。リリナは三年前より、動き、魔力制御共に、より洗練されていた。
「テネブラエ・フェザー!!」
ディステリアの技を自分流に会得した闇の羽の弾丸を、ネラプシが黒い波動でかき消す。
「うおぉおおおっ!!」
斜め前からクルスとリリナが飛びかかる。ネラプシは左腕でクルスを弾き飛ばし、右手でリリナを捕まえた。
「があっ!!」
「クルス!!」
地面に叩きつけられたクルスに、リリナが叫ぶ。一瞬、笑みを浮かべたネラプシだが、左腕に激しい痛みを覚える。気が反れたその一瞬に、リリナはネラプシに蹴りを入れて逃れ、クルスの側まで離れた。再び捕まえようとしたネラプシに、クドラのテネブラエ・フェザーが撃ち込まれる。
「(ぐっ・・・・・・どういうことだ。先程とは比べ物にならないほど・・・・・・速い・・・・・・!!)」
前に立っているクドラに、さらなる変化はない。だが、その奥にいるクルスのブロードソードの刃に、白い光が灯っていた。
「(そうか。さっきの痛みは、奴が剣に流していた光属性の魔力の刃でダメージを受けたから。だが、いつのまにそんなことが・・・・・・)」草を踏む音を立ててリリナが肩幅まで足を広げ、腰に腕を構える。
「・・・・・・ようやく慣れてきたよ。ごめん。結構、時間かかって・・・・・・」
「俺だって、ようやく高速発射のコツがわかったところだ・・・・・・」
クドラがそう言うと、クルスが立ち上った。
「二人とも、俺と比べて急ごしらえに近いからな。・・・・・・とか言う俺も、『気』による回復法はまだまだなんだが・・・・・・」
三人の会話に、ネラプシは目を見張った。
「(バカな・・・・・・たったあれだけの短時間で、技をものにしただと・・・・・・こいつら・・・・・・)」
戦闘センスのようなものを感じ取り、ネラプシは後ずさりする。
「(今、気付いた・・・・・・本当に注意するべきは、ヴァンパイアの女じゃなかった。こいつら、三人だ・・・・・・)」
後悔するネラプシに、三人はクルスを先頭に三角形の陣形を取る。
「いくぞ!!」
クルスの号令に「おう!!」「うん!!」とクドラとリリナが答え、三人はネラプシに突撃した。
「でやあああああっ!!」
ネラプシは、クルスの一撃をジャンプでかわすが、彼を踏み台にして飛び上がったリリナが左足で宙をかき、右足で蹴り上げる。あごに当たって仰け反ったところに、さらに高く上がっていたクドラが発射速度を上げたテネブラエ・フェザーを叩き込む。
「ぐっ・・・・・・おのれ・・・・・・」
着地しようと体制を整えるネラプシに、クルスが突っ込む。
「おのれ!!このままで終われるか!!」
ネラプシの腕とクルスのブロードソードが、激しく火花を散らす。
「―――我こそは最強のヴァンパイア、ネラプシ・ウゴドラクなるぞ!!」
左腕から放った衝撃波が、クルスのブロードソードの刀身を折った。
「そのまま、逝け!!」
黒い衝撃波に飲み込まれるクルス。
「クルス!!」
息を呑むリリナ。だが、白く輝く刀身が衝撃波を突き破る。それは、クルスが折れた剣に継ぎ足した、光属性の魔力の刃だった。
「この土壇場で・・・・・・!!」
「ネラプシ!終わりだぁあああああっ!!!」
高く掲げた光の剣を思いっきり、渾身の力を込めて振り下ろした。受け止めようとするネラプシの両腕を、轟音を響かせて切り裂いた。