幕間6
それから約三年後、二月八日。
雪が降る町の中を、一人の少女が歩いていた。裾に白い毛が付いた黒っぽいコートを着て、首にマフラー巻いているその少女は、時々、携帯電話を開けて画面を見ていた。
「(・・・・・・あれからもう・・・・・・三年が経たとうとしている・・・・・・)」
ボタンを操作してメールボックスを見るが、目当ての人からのメールは来ていなかった。
「(・・・・・・今はどうしているの・・・・・・クウァル・・・・・・)」
閉じた携帯電話を辛そうな表情で握り締めたその時、
「キャアアアッ!!」
悲鳴が辺りに響き渡る。誰もがそのほうを振り向くと、背中から肋骨のように湾曲した角と長い尾を持ち、全身が血に塗られた禍々しい姿の巨大な怪物が何体も立っていた。
「グルルオオォォォォッ!!」
吼えると同時に上げた爪が、逃げ惑う人々に振り下ろされると、怪物の前に現れた透明な壁が人々を守った。怪物が壁を叩いている間に町の人々は逃げて行ったが、怪物は壁を砕くと同時にその壁を作り出した少女を見つけ、すぐさま襲いかかった。
「速い!!」
すぐさま氷の壁を作り出すが、爪の一撃でいとも簡単に砕かれてしまい、その衝撃で少女が地面に倒される。
「きゃあっ・・・・・・そんな・・・・・・」
倒れた少女に容赦なく爪を振り下ろす怪物。もうダメだと目を瞑った瞬間、何かが飛び出し、鈍い音の後に影が切り裂かれた。大きな音と物凄い振動の後、恐る恐る目を開けると怪物の体が仰向けに地面に倒れていた。だが、少女の視線は、ガントレットを装備した手に剣を持って、自分の前に立っている男性に向いていた。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・」
彼女の前に現れたのは、自分が変わるきっかけを与えてくれた人。三年間、何の連絡もつかなかった、大切な人。
「大丈夫か・・・・・・フェルミナ・・・・・・」
あふれた涙が頬を流れ、フェルミナはコクンと頷いた。フェルミナの前に立つその少年からは、三年前よりも強い力強さが伝わってきた。
「―――俺が相手だ」
左の拳を向けたクウァルに、彼に気付いたディゼアビーストが襲いかかる。だが、
「―――フォーリング・アビス!!」
「―――リヒト・ラッシュ!!」
「―――ファイアストーム!!」
鋭い闇の弾丸、光の拳の嵐、炎の嵐がそれらをなぎ払う。だが、それらを突き破った一体が、クウァルとフェルミナに襲いかかる。
「ハアアアアッ!!レイジング・フィスト!!」
真正面から炎の拳を受け、消し飛ばされるディゼアビースト。ディステリアが天魔剣でなぎ払い、町で暴れていたディゼアビーストは全滅した。
「―――待たせたな!」
クウァルが振り向いた時、フェルミナは両目から涙を流していた。
・・・・・・で、終われば感動的だったのだが。
「このバカ!!」
戦闘後、クウァルはフェルミナの頭を殴った。
「いった~~い・・・・・・頭蓋骨が割れたらどうするのよ!?」
「そこのところは手加減してある。それより、どういうつもりだ!?ディゼア相手に生身で立ち向かうなんて!」
「それは・・・・・・自警団がそういう方針なのよ」
「なんだと?」
「自警団って?」
眉を寄せたクウァルを押しやりセルスが顔を出すと、フェルミナが目を丸くする。
「あっ、お久しぶりです」
「うん、久しぶり。クウァルと連絡は取り合ってたの」
「おい、今はそんなこと」
「それが聞いてくださいよ~~!!」
口を出そうとしたクウァルをフェルミナが押し飛ばし、セルスに詰め寄る。倒れかけて留まったクウァルは顔をしかめ、ディゼアの消滅を確認したディステリアが意地悪そうな笑みを浮かべて近寄ってきた。
「三年経っても仲よさそうですねえ・・・・・・」
「う・る・さ・い。お前こそ、セルスとはどうなんだ?」
「どうなんだって・・・・・・何が?」
目を瞬かせて首を傾げるディステリアにクウァルは眉をひそめ、後ろでそれを見ていたセリュードは表情を引きつらせた。
「ちょっと、クウァル。聞いたわよ~~」
「何を、だ?」と聞くクウァルに、「とぼけて」とセルスが眉を寄せる。
「フェルミナちゃんが何度もメールをしたのに無視したらしいじゃない」
「いや・・・・・・無視されたんじゃなくて、届かなかったんです。何度送ってもエラーになって・・・・・・」
「ああ、そっか。伝えてなかったな」
頭をかいたクウァルはポケットから携帯を取り出す。それは前にフェルミナが見たものとは、機種が違っていた。
「修行で壊れたから買い換えた。新しい電話番号とアドレス教えるから」
「う、うん・・・・・・」
赤外線通信して交換すると、クウァルは携帯を閉じる。
「こんな戦い、もうすぐ終わらせるから・・・・・・無茶すんなよ」
「えっ・・・・・・」
どういうことか聞こうとした時、「次の指令だ」とセリュードが口を出す。
「おう、わかった。じゃあな」
右手を振って駆け出したクウァルに手を伸ばしかけるが、届かない。やがて遠くでイェーガーが飛び去り、フェルミナはそれをただ見送っていた。
「(お帰りなさい。私に勇気をくれた・・・・・・大切な人・・・・・・)」