第111話 駆けつけた救援
「あんたらは・・・・・・」
「セリュードたちに世話になったものだ。借りは変えさせてもらう」
「というか、負傷者を狙うなんて人間の風上にも置けねぇぞ!!」
トバディシュティニが怒鳴り、両手を叩きつける。向かって来るディゼアを抜いた剣で切り伏せ、それがきっかけで両者が激突する。
「助かった。クトーレ殿、しプレーザへの道を・・・・・・」
「仕方ないな・・・・・・クルス、クドラ、手伝ってくれ!」
「「了解!!」」
見上げたクトーレの言葉に、空中の二人が答える。しかしその時、
「きゃあああああああっ!!!」
高い空まで聞こえてきたメリスの悲鳴。
「今の悲鳴・・・・・・まさか・・・・・・!!」
気が逸れた一瞬を突いた怪物を、扇羽剣・飛旋翔羽出なぎ払い、悲鳴が聞こえたリプレーザのほうを見る。嫌な予感がしてリプレーザに向かおうとした瞬間、大勢の怪物が襲いかかって来た。
「邪魔だと言って・・・・・・!!」
飛旋翔羽を振るが、消耗しきった体で切り抜けられるほど易い数ではない。風の刃を突っ切ったディゼアの爪が飛天の体を打つ。
「ぐあっ!!」
「くっ!!」
翼を広げたブランシュールを構えるクトーレだが、狙いを外せば飛天に当たる危険がある。空を飛べるクルスとクドラはディゼアに囲まれ助け出せるかどうか微妙。張り詰める緊張感の中、クトーレは撃つ覚悟を固める。神経を集中させ、飛天に襲いかかるディゼアに狙いを定める。震えそうになる左腕を気力で止まらせ、魔力が溜まる刀身を狙う敵に向ける。外すことは許されない。翼の先端同士をつなぐ光の減を引く指に自然と力が入る。動きが止まっているクトーレに狙いを定めるディゼアはシナリたちが止めている。集中すべきは、飛天に襲いかかるディゼアを討つことのみ。たったそれだけのことなのに、クトーレには時間が止まったように思える。そして、弓を射る瞬間、
「―――!?」
割り込んだら移行が飛天に襲いかかっていたディゼアを焼き焦がした。
「・・・・・・?・・・・・・?・・・・・・!?」
誰もが分けもわからず目を見張っている。と、緩んだクトーレの指が玄からはずれ、放たれた矢が偶然逃れたディゼアを貫き、爆発させた。
「おい、あれはなんだ?」
ポール・バニヤンが指差したほうを見ると、一隻の船が陸上を移動していた。船は海や河を移動するものと思っていたアイアンガとカイポラは驚いたが、クトーレたちにはその船がなんなのかすぐわかった。
「量産型スキーズブラズニル・・・・・・アウグスか!?」
小型スキーズブラズニルはクトーレたちの前に止まり、甲板からシャンゴとアコッシ・サバタが飛び降りてきた。
「なんであんたらが・・・・・・」
「俺がいたら悪いのか?」と、シャンゴはカイポラに返す。
「いや・・・・・・メファジェリカの雷神がどうしてこんなところに?」
「お隣で騒動が起きてんだ。気にしちゃ悪いのか?」
「そんなに巻き込まれるのが嫌ですか?」
「嫌なら、わざわざ関わらんさ」
何やら険悪な空気にクトーレたちは居心地悪そうな顔をするが、アイアンガは腕組みをして溜め息をついていた。
「・・・・・・いつものことだ」
「は、はあ・・・・・・」
クトーレの心を読んだようなアイアンガの答えに呆けていると、いつの間にか飛天は艦体に開いた穴からリプレーザ内部に飛び込んでいた。
「あっ・・・・・・」
「あんのやろう!中がどうなってるのかわからないのに・・・・・・!!」
目を丸くしたクルスと歯軋りしたクドラが後を追おうとするが、襲い来るディゼアが邪魔になる。
「なんでメリスって人のことになると、ここまで迂闊なんだよ」
「お前が、リリナのことになると情緒不安定になるのと同じだろ」
「んなっ!?」
声が裏返って硬直したクルスにディゼアが襲いかかる。気付いたクドラが蹴り飛ばし翼を振り下ろすが、仕掛けてきたディゼアの爪をくらい、相打ちになって落下する。
「クドラ!!」
続いて襲ってくるディゼアを液体の玉が直撃する。装甲が腐食し始めたディゼアは悲鳴を上げ、他のディゼアを巻き込んで爆発した。
「注意を逸らすな、未熟者」
銃を向けたアコッシ・サバタに注意され、「す、すみません」と謝る。落ちかけていたクドラはなんとか持ち直し、まだ空を覆い尽くすほどいるディゼアの群れを見据えた。
「なんでこれだけいるんだ?軍内部に潜んでたんだろ?」
「気付かれないように数を増やしていたのか?」
いぶかしむクルスとクドラだが、空の敵に手一杯で地上に気を向ける余裕がなかった。地上では、シナリとクトーレたちが、何体ものマシーナリーに囲まれていた。
―※*※―
リプレーザ破損箇所の怪物たちは、自身の体や腕を血で汚したまま、奥へ進もうとしていた。医療部隊が張った防衛ラインも徐々に後退し、護身にと持ってきていた銃も扱いに慣れていないためか、それともそもそも威力が足りないのか、ディゼアたちに全く効果がなかった。
「くそっ。ぜんぜん効かない・・・・・・」
「これ以上下がれない。早く隊長を助けないと・・・・・・」
「バカやろう。なんのためにメリス隊長が出たと思ってるんだ・・・・・・!」
医療部隊で戦闘経験があるのはメリスのみ。それでも、正規部隊と比べて圧倒的に経験も実力もかけ離れている。それを承知でメリスが出ているのは無謀以外の何者でもない。それは医療部隊全員に言えること。だからクトーレら護衛部隊もいたのだが、現在は他の場所で戦闘中。リプレーザに突っ込んだ敵が侵入したのはここだけでなかった。
「(だったら早々に防衛ラインを後退させ、他の隊員と合流する。そうすれば、護衛部隊の負担も減る)」
だが、それは遅すぎる結論でもあった。この判断を下した時すでに護衛部隊の人数は半数を切っており、今から合流しても負担は変わらない。その上、隊長が置き去りになっているこの状況、後退の足も鈍かった。
「くそっ・・・・・・」
と、彼らの前に何かが立ちはだかる。
「・・・・・・待てよ・・・・・・ここから先は・・・・・・通さない・・・・・・」
破損している弓を構える赤い人狼に医療部隊の退院は目を見張り、ディゼアたちは警戒を強めた。
「ろ、ロウガさん・・・・・・」
「ダメですよ!安静にしてなきゃ・・・・・・」
「仲間が・・・・・・死に掛けてんのに・・・・・・おちおち・・・・・・寝てられるか・・・・・・」
「しかし、あなたは怪我人です!それも重傷の!そんな人に戦わせたら、医療部隊の名折れです!」
「そんなこと知るか!!」
吼えるなり、ロウガは全速力で怪物たちに向かっていた。自身の血で赤く汚れた腕を振るい、爪を振り上げたディゼアを引き裂く。しかし自身にも当たったのか、腹に新しい傷を作って崩れる。
「ぐ・・・・・・ふっ・・・・・・」
「ろ、ロウガさん!」
「援護だ!隙を見て、ロウガを引きずってでも連れて行くぞ!」
「無理ですよ!獣人は人間より力が強いんですから・・・・・・」
「だからって、医者がこのまま怪我人を置いて逃げられるか!」
それこそ医療班としての誇り。だったのだが、そんな彼らの心意気とは裏腹にロウガはディゼアをなぎ倒して進んで行った。やがて、彼を追って来れる医療部隊隊員はいなくなった。
―※*※―
「はあっ・・・・・・はあっ・・・・・・はあっ・・・・・・」
左肩に負った傷を右手で押さえ、治癒魔術で止血する。しかしふさいだそばから、襲いかかるディゼアの攻撃をかわし、新たな傷を負う。宙に浮かぶ人魚であるメリスだが、そのような特異性は戦闘に置いて意味をなさない。有利不利を左右する条件でもなければ、勝敗を決する条件でもない。ただ関係なく、『メリスが水中以外で移動できる人魚』たらしめている。
「フィン・・・・・・」
右手のフィンブレイカーを握り、気配を察したディゼアが反応する。
「―――ブレイカー!!」
突き出したヒレの形をした刀身から水の刃が噴き出し、床を抉る。しかしディゼアにはかわされてしまい、息を切らせてくずれたところに群れが襲いかかる。
「(くっ・・・・・・)」
「でやあああああああああっ!!」
横から割り込んだ刀の一閃が吹き飛ばす。メリスが顔を上げると、翼を持つ男が現れる。
「こんな無茶をする奴とは思わなかったぞ」
「飛天・・・・・・さん・・・・・・」
唖然とするメリスを庇い飛旋翔羽を構える飛天を前に、ディゼアは恐怖も警戒も抱かない。ただ衝動に任せて暴れるのみ。
「キシャアアアアアアアアアアッ!!!」
だが、飛天にとっては恐れるに足りない。がら空きの胴体、脇腹、首、足元、腹部。次々と飛旋翔羽を打ち込み叩き切る。
「(す・・・・・・すごい・・・・・・)」
自分とはまったく違う身のこなし。それも、自分が知ってるよりもさらに洗練された動きにメリスは目を見張っていた。同時に、自分と飛天がすごした場所の違いも思い知らされた。
「(もう・・・・・・私は前線に出るべきじゃないんだね・・・・・・)」
握っていたシザークローの柄をさらに強く握り、メリスは悔しさを抱く。その間に、飛天は通路を占拠しているディゼアの群れを次々と倒していく。
「道ができたらすぐ下がるんだ!」
だがメリスから答えはなく、ディゼアを切り伏せて振り返った飛天は声を上げる。
「メリス!!」
ハッと我に返ると、またどこかでディゼアの咆哮と爆発音が聞こえてくる。
「くっ・・・・・・・俺は他の戦場に行く。お前は他の医療班と合流するんだ」
「わ、わかった・・・・・・」
もはや自分にできることはない。そう悟ったメリスは下がることに文句はなかったが、それよりもこの状況で負傷しているに等しいメリスを一人で行かせるほど飛天は迂闊ではないし、彼女ほどの優秀なスタッフを、死亡する確率が高い場所に置き去りにするのも得策ではない。が、彼女を送ろうとすれば他の現場に辿り着くのが遅れるのも事実で、ディゼアと遭遇していない医療スタッフを探すとなると大幅なタイムロスが伴う。
「どうしよう・・・・・・」
メリスの小さな声が耳に届くが、飛天の答えは決まっていた。どの道危険が伴うのならば、メリスを連れてスタッフと合流し、彼女を任せてまとめて下がらせる。負傷したメリスを守りながら生存者を探すのは、実は得策と言いがたい悪手でしかない。だが、機動力より負傷者の生存率を高め、且つ仲間を助けるにはこの妥協案を取るしか飛天に思いつかなかった。
「行こう」
「う、うん・・・・・・」
手を引く飛天にメリスが頷く。この判断の先にある結末を、まだ誰も知らない。
―※*※―
シナリ、カイポラ、アイアンガは、周りを取り囲む機械の軍団を見て表情を引きつらせていた。
「おいおいおいおいおい・・・・・・まさかとは思うが・・・・・・」
嫌な予感しか感じないカイポラが眉を動かすと、マシーナリーたちが一斉射撃を行う。カイポラたちはクトーレを抱えて飛び退き、銃弾をかわす。
「こいつら・・・・・・敵か!?」
「ああ。しかも、あんたらを襲っているハルミアの非合法兵器ときたもんだ!」
「なんだと!?」
カイポラに抱えられたクトーレが驚く。が、早い段階から疑われていたデモス・ゼルガンクの協力者ではないかと疑われていたハルミアの、そういう事実に驚くのはおかしい。驚いたということは、心のどこかで『協力はありえない』と思っていたということ。この世界に生きる生命ならそれを滅ぼそうとするデモス・ゼルガンクに協力しないと思い込んでいたことになる。それは油断であり、迂闊な考え。奴らは現実の組織の不覚に入り込み、立場を利用して部下を言葉巧みに操り、知らず知らずの内に協力するよう誘導していた。それが奴らの手口だと、ようやく思い出した。
「・・・・・・・・・ちっ。最近裏方周りばかりだったからか、そう言うとこすっかり鈍くなっちまったようだな」
「なんだ、言い訳か?」
「かもな・・・・・・」
苦々しく眉を寄せたクトーレを下ろし、カイポラは迫り来るマシーナリーに手をかざし、ツタを生やして動きを封じる。そのまま締め付け、脚や銃を引きちぎる。間接部から切れたコードから火花を散らし、放り投げられたマシーナリーを、敵と認識した他のマシーナリーが撃ち落とす。そこを突き、し成り立ちやアイアンガが懐に飛び込んで叩き伏せた。
「所詮は、心を持たぬ機械か!」
「自分で挑む覚悟がないなら、すっこんでろ!!」
アイアンガの拳とトバディシュティニの剣がマシーナリーを撃退する。数で攻める後方のマシーナリーは、空中に上がったシャンゴが武器を掲げて起こした雷を受け、ショートした。
「はん、手応えがないな・・・・・・」
「空中の敵を放置して何言ってる!」
悲鳴を上げたアコッシ・サバタは腐食毒の弾を撃ちまくり、それに当たらないよう注意しながらクルスとクドラも応戦している。だがその怯えた動きが、アコッシ・サバタは気に触ったようだった。
「俺の弾にびびるんだったら、もっと他のとこの敵を片付けろ!」
「ひええええええっ!」
「す、すいません!」
思わず謝って奮戦しだした二人に、「・・・・・・ったく」と口を尖らせる。
「ハハハ。まあ、わからんでもないな。敵味方区別つけず、当たったらお陀仏な弾だから」
「お前、ケンカ売ってるのか?」
からかうシャンゴのあごに、青筋を浮かべてアコッシ・サバタが銃を突きつける。傍から見れば気が気でない光景だが、二人にとってはなんでもないことになっている。アコッシ・サバタハからかいを真に受けてはおらず、シャンゴもこれくらいのことで撃たれるとは思っていない。そんな二人に飛行ディゼアの大群が迫るが、
「おりゃあああああああああああああっ!!」
「はあっ!!」
すれ違い、帯電する斧を振り下ろすシャンゴ、銃を撃つアコッシ・サバタ。雷光と毒の弾幕が前後から迫る飛行ディゼアの群れを薙ぎ払う。数は減らせなかったが、手痛いダメージは与えられた。
「一丁前に抵抗力つけてきやがる・・・・・・」
「関係ない。倒すだけだ」
「だよな!!」
二人は向かっていく。ただ目の前の敵を倒すために。なぜならブレイティア医療部隊の救出は同じブレイティア隊員の仕事なのだから。彼らはその露払いを自ら買って出ていた。
―※*※―
アコッシ・サバタに追い払われた(?)クルスとクドラは、リプレーザの近くに差し掛かっていた。飛行ディゼアはしゃんととアコッシ・サバタのほうに行き、こちらの数は少なくなっている。それをチャンスと思い、二人は迎撃しながら突っ切った。
「着いた!」
「こ、これは・・・・・・」
中に入ったクルスとクドラは目を見張った。破壊された壁や通路、血まみれで息絶えている医療スタッフ、何より通路には血の匂いが漂っていた。
「(血の匂い―――!?)」
目を見張ったクルスは無意識の内にクドラに目をやる。クドラは吸血鬼。仲間になった今でも、濃い血の匂いを嗅ぐと本能が刺激されるという。外で深呼吸することで抑えてはいるが、ここでは不可能。
「クドラ・・・・・・」
自我が衝動に押し潰されたら、戦うことになる。クトーレからはそう忠告を受けており、前に任務で戦う寸前まで陥った。その時はルルカの平手打ちで自分を取り戻して収まったが、今はそれに期待するわけには行かない。今のところ静かだが、いつ本能が目覚めるか。「ん?」その懸念は、酸素マスクをして振り向いたクドラを見て、ボロボロに崩れ去った。
「・・・・・・・・・おい」
「こうなった時の供えって、クトーレが渡してくれた」
「それが・・・・・・酸素マスク・・・・・・」
気休め程度にしかならないのはわかりきっている。わかりきってはいるが、ないよりましということが多いのも事実。だが、どうにも気が抜ける。
「・・・・・・っと。めいってる場合じゃない」
「そうだ。速く艦内に侵入した敵を倒さないと・・・・・・」
戦闘向きではない医療部隊に護衛部隊を同行させて入るが、その結果がこれでは期待はできない。
「急ごう!クトーレさんも来ている筈だ」
「ああ」
駆け出したクルスとクドラの前に、早速ディゼアが現れる。しかし背中の翼や爪は折れ、どこかの戦闘で負傷している。だが、関係はない。怪我しているからと逃がせば、後々響く。二人は情けも容赦も捨て、そのディゼアたちに向かって行った。
「ブランシュール!!」
そんな二人に水を差す眩い光の一閃。その攻撃を受け吹き飛ばされなかったディゼアを仕留めてから、二人は後ろを振り向いた。
「クトーレさん・・・・・・下のほうは?」
「部隊の生き残りとシナリたちに任せてきた」
だが、悔しそうにアゾットを持った右手を握り締め、歯軋りまでする。
「中のほうは通信が取れなくて把握できない。情けない限りだ・・・・・・」
「そんな・・・・・・」
そこに、通路の向こうから他のディゼアが現れる。狭い通路で邪魔になる翼はたたまれており、爪には血がこびりついている。
「くそっ。こいつら、ハルミアの部隊だろ!?どうなってるんだ・・・・・・」
向かって来るディゼアと戦いながら、クトーレは続ける。
「自分らの部隊の把握はできてないのか!!」