第108話 早き覚醒!VS天魔の双剣士
一方、ポール・バニヤンは一人荒れた高原を歩いていた。
「あ~~、くそ~~。体力落ちたか~~・・・・・・」
右肩に斧を担いで息を切らしていると、目の前を歩く二人の男女を見つけた。
「なんだ?こんなところを人が通るなんて、珍しいな」
不審に思ったが、こんな事態でも旅をする怖いもの知らず入る。それどころか、増え続ける傾向にある。もっとも、政府が旅行を制限しており、ギルドのメンバーでもなければ自由に国境を渡ることはできない。
「(およ?ブレイティアって、ギルドなのか?組織なのか?)」
そんなことを不思議がっていると、目の前の男女は歩いて行く。
「ヘスペリア、苦しくないか?」
「うん、平気。速く合流しないと・・・・・・」
汗を拭って答えたヘスペリアに、カイネは沈んだ表情を見せる。
「・・・・・・?どうしたの?」
「お前は・・・・・・このままで・・・・・・」
言いかけて、口をつぐむ。元々引き入れたのはカイネだ。こんなことを言うのはおこがましい。
「・・・・・・・・・いや、なんでもない・・・・・・」
迷いを振り切るように頭を振ると、カイネは顔を上げて道の向こうに目をやる。
「合流しようと、俺たちの出番はないだろう。あっても、お前は戦わせない」
「どうしてよ?」
「まだ万全じゃないだろう。そんな状態で無理に戦わせるのは、クズのすることだ」
少し厳しい表情で思い声を漏らし、歩き出したカイネにヘスペリアがついて行く。二人の会話が聞こえていたポール・バニヤンは、居心地悪そうな顔で頭をかいた。
「(なんか・・・・・・やべえこと聞いたような・・・・・・)」
そしてそれが、デモス・ゼルガンクに属する者の会話だったということは、彼は全く気付いてなかった。
―※*※―
ヴォルグラードは目を見張っていた。向かってきた端から叩き伏せ、圧倒的実力差を見せ付け、絶望のふちに立たせた。それなのに目の前の男は抗い、砕けた鎧を直していく。それに見覚えはあった。見覚えはあったが・・・・・・。
「武装の修復だと?専用の魔方陣も描かずにか!?」
それはヴォルグラードに取って信じられないこと、常識を逸した現象。そんなことを、目の前のディステリアは気にも留めてないだろうが。
〔―――抜け〕
再びディステリアの脳裏に声が響く。
〔お前の中の、もう一振り〕
それを拒む理由は彼にはない。かざした右手に天魔剣が収まると、突き出したそれに左手を添え、引き抜いた。揺らめく光に包まれた、もう一つの天魔剣を。よく見ると、右の天魔剣は白みがかっており、左の天魔剣は黒みがかっていた。
「(これは・・・・・・)」
「二刀流・・・・・・貴様も、使い慣れてない二刀流を使うか。おもしろいを通り越して愚かにも感じられるぞ・・・・・・」
「どう・・・・・・」
地面に点けている足をすり出し、深めに腰を据えて両腕の剣を構える。
「―――かな!!」
前に出した右足に力を入れ、体を前に出して地面を蹴る。加速と共に右の天魔剣を振り下ろし、砕けた大剣と激突する。
「(先ほどよりも、踏み込みが深い!!)」
砕けることも構わず大剣を振り弾き飛ばすが、ディステリアは空中で後ろに回って反動を逃がし、再び右の手魔剣で切りつける。
「(二刀流・・・・・・確か、セリュードがそういう本を読んでいて、俺も見せてもらったことがあるが・・・・・・)」
戸惑う暇などない。目の前の戦いに集中する。
「(とにかく、教えられたことをやるしかない。とりあえず・・・・・・)」
「両方で―――切る!!」
ディステリアの一撃は突き出された大剣で弾かれるが、その反動を利用して体を回し、左の天魔剣を叩きつける。ヴォルグラードの右肩に光の刃が直撃し血が噴き出すが、離れた直後にすぐ傷が塞がる。
「傷が塞がった!?」
「我が魔導変化の超再生能力。あの人狼にした説明を再びするのは面倒なのでね・・・・・・」
走りながら足元に落ちていた大剣の前部分を広い、左手に持って迫る。
「―――あの世で奴に聞け!!」
「死ぬつもりはない!!」
真っ向から迎え撃った迎撃を弾き返し、空中から左右の天魔剣を振るディステリアの剣戟を捌く。
「ロウガも死なせない!俺たちが相手をしている間に、医療部隊に搬送はされたはずだ!」
「それが可能な状況だったか?昨日今日配属された新兵でもあるまい!」
握力だけで砕けた刀身を掴み攻撃を捌くヴォルグラードは右の天魔剣を弾いた後、刀身を突き出す。だが、ディステリアはそれを左に避けてかわす。
「それくらいわかるだろう!!」
「どうかな!うちのスタッフは優秀だ!!」
―※*※―
そのロウガは、セリュードたちがヴォルグラードの相手をしている間、すでに安全な場所まで運ばれ、治療を受けている。
「出血止まりました!」
「止血しても血液の量が足りなきゃ、どの道危ないだろ!輸血はまだか!?」
「ワーウルフ用の輸血なんて、もって来ていませんよ」
「バカか!人間の輸血で延命はできる。それくらい覚えておけ!」
「試験運用中の装甲車には!?」
「ダメです!医療ブロックの機器も、完全におしゃかで使い物になりません」
「薬類も全滅でした」
「ここじゃろくな手当てもできないか・・・・・・。もっと安全な場所に運ぼう」
医療班は負傷者を連れてさらに離れていく。その間に戦闘は激しさを増して行き、衝撃で飛ばされた土や装甲車の残骸が飛んでくる。
「我々を信用してくれているのはありがたいが、あまり過度な期待はされたくないぞ・・・・・・クトゥリアの秘蔵っ子よう」
そんなことを言いながら、医療部隊の隊長は下がって行った。
―※*※―
剣と剣がぶつかり合う。無事に近い天魔剣と、強度が限界に近い大剣。砕けないでいられるのは、ヴォルグラードの剣捌きのおかげか、それとも大剣自体の強度によるものか。それを判別する術などない。あるのは、勝負はまだわからないということ。
「ライジング・ルピナス!!」
光をまとった左手の天魔剣を振るい、光の柱でヴォルグラードを打ち上げる。服の上から皮膚が焼けるが、即座に再生する。フォーリング・アビスを放つべく右手の天魔剣に闇の力を溜めるが、ヴォルグラードは腕を高速で振り、それを阻んできた。
「うおっ!?」
「クク、そうだ。私にはこの攻め方があった」
次は両腕を高速で突き出し、槍を振るうように鋭く突いてくる。天魔剣で防御するが、響いたのは金属音。速度で皮膚が硬くなるはずがなく、これも魔導変化の効力かと思った。攻撃を捌き続ける防戦一方だが一瞬も気を緩めない。隙を見計らって左の天魔剣を振り上げ、振り被っていたヴォルグラードの右腕に当たる。しかし切り飛ばされず、目を見張った隙を突いて鋭い突きが放たれる。
「ぐっ・・・・・・!!」
「あの程度で動揺するとは・・・・・・」
なんとか天魔剣を交差させて防いだものの、腹に蹴りを入れられて飛ばされる。翼を羽ばたかせて空中で姿勢制御、そこに恐るべき跳躍力で接近するヴォルグラードが砕けた大剣を構える。その大剣の砕けたはずの箇所は、徐々に直っていた。
「―――!?」
目を見張るディステリアだが、敵が迫っているのに驚いているのは素人も同じ。突き出された大剣を左の天魔剣で弾き、右の天魔剣で切りつける。胴体に直撃するが、ヴォルグラードは怯むことなく左手を鋭く突く。反応が間に合わず右肩を直撃、そこを覆っていた鎧が砕け散る。その反動で少し上がった右腕を振り天魔剣で一閃を放つ。少し時間をずらし、左腕も振り下ろす。白と黒、二つの剣が振り抜かれ、ヴォルグラードの体に新たに二つの傷が刻まれる。だが、
「・・・・・・・・・ぬるいわ」
振り下ろされた大剣に、それを受け止めた左腕の鎧が砕ける。腕に痛みと痺れを覚え、顔をしかめた瞬間、大剣を振り切られ地面に落とされる。再び羽ばたいて姿勢制御。しかし、今度はそれがヴォルグラードに追撃のチャンスを与えることとなってしまった。
「この程度のミスを!!」
再生を続ける大剣を振り下ろし、受け止められても構わず力と体重をかけ続ける。それにより勢いが増し、程なくしてディステリアとヴォルグラードは地面に落下した。衝撃で盛り上がった地面がセリュードの体を打ち、彼の意識を覚醒させる。
「げほっ・・・・・・俺たちは・・・・・・ヴォルグラードはどうなった・・・・・・」
全身の痛みに顔をしかめつつ顔を上げると、一人ヴォルグラードと戦うディステリアに目を見張った。
「あいつ・・・・・・」
両腕の天魔剣を振るい、少し押されてはいるものの圧倒されてはいない。誰かの援護があれば勝てるかも知れない。
「(だが・・・・・・それが可能な者が、どこにいる・・・・・・?)」
自分はダメージの大きさに動けず、攻撃力が高いクウァルも、後方支援ができるセルスも気を失っている。できることといえば、ここで悔しさを噛み締めながら見守るだけ。
「(くそっ・・・・・・)」
そんな仲間の悔しさに気付く余裕もないディステリアは、両腕の天魔剣に魔力を溜める。右に闇、左に光。
「(属性が逆の魔力を同時に集める!もうそんな芸当が・・・・・・!?)」
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ルーチェセイバーとテネブラエセイバーを同時に放つ。再生途中の大剣で防ぐが刀身が完全に砕け、全身にも無数の傷を負った。いくら再生能力があるとはいえ、これだけのすぐに治すのは不可能。
「(おまけに、こうもダメージを受け続けると鎧を生成する暇もない。さっさとケリをつけないと、本気でやばい・・・・・・!)」
だが、焦りはない。この状況下でヴォルグラードが導き出したのは、これ以上長引かせれば押し負けるということ。逆を言えば、長引かせなければヴォルグラードに負けはないということ。そしてそれは、彼にとって造作もないこと。
「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・」
ディステリアは息を激しく切らせ、右肩と左腕の鎧が砕けている。両腕に持つ天魔剣から洩れる魔力が弱まっているだけでなく、鎧にもヒビが入っていく。
「吼えた時に見せた武装の修復、もうできないようだな」
「うる・・・・・・せえ・・・・・・」
「最初に吼えた元気はどうした?」
挑発してみるが流される。きれやすいほうのディステリアでも、戦闘時は冷静にいられるよう教え込まれていた。それこそ、荒っぽいで済まされるかどうか怪しい方法もとっていたが。そんなことを思い出しながら、ディステリアはいつでも飛びかかれるよう構える。
「(私の余力が尽きる前に奴のほうが先に力尽きる・・・・・・)」
それはうぬぼれでも楽観視でもない。ただの冷静な分析。だがどんな状況下に置いても、予測を上回る事態は起こりえる。だからヴォルグラードはいかなる状況でも過信はしない、楽観視もしない。ただ冷静に分析し、冷徹に動き、冷淡なまでに敵を狩る。
「(全ては、ソウセツさまの望みのため・・・・・・)」
とはいえ、獲物二つを持っている相手に素手というのは心もとない。ヴォルグラードは転移用魔方陣を展開し、新たに二本の細身剣を召喚した。
「剣を二つ!?」
「私用のオーダーメイド以外は、耐えられずすぐ折れるのだが・・・・・・」
言い終らない内に地面を蹴り、「―――な!!」と振ってくる。防御した天魔剣を持っていた左腕が跳ね飛ばされると、ヴォルグラードが振った剣が折れた。
「―――!?」
「ちっ、久しぶりだから加減を間違えた・・・・・・」
「(よく言う・・・・・・)」
その間に突き出された左の細身剣を右の天魔剣で防ぎながら、ディステリアは後ろに下がる。闇の刃を肥大化させて振るが、地面を転がったヴォルグラードにかわされる。弾かれた左腕を無理矢理振り、自身は空中に上がる。背中に構えていた剣に受け止められ弾かれると、回ったヴォルグラードは折れた右手の剣で切りつける。折れている刀身の長さも考慮し、それが届くよう間合いも詰めて。折れた先端が鎧を掠り火花を散らすも、ディステリアもヴォルグラードの胴体を狙って闇の刃で切りつけていた。
「「(―――入った!!)」」
セリュードもディステリアもそう思った。しかし、闇の刃は左手に握られた細身剣に止められており、ヴォルグラードが後ろに飛び退くのを助けただけだった。
「(いつの間に!?)」
ヴォルグラードが着地した瞬間、左手の剣も折れた。舌打ちをしつつ、地面に落ちる直前の刀身を爪先で受け止め、ディステリアに向けて蹴り飛ばす。右の天魔剣で弾いた直後、ディステリアは左の天魔剣に力を溜めつつ接近する。
「(折れた剣なら、間合いが短いからなんとかなる)」
それがいかに甘い考えか、これまでのヴォルグラードの動きで察しておくべきだった。魔力の刃で刀身を伸ばした二つの天魔剣をずらして振り下ろすが、突っ込んだヴォルグラードは折れた剣でディステリアの鎧を切りまくる。火花が散るだけでダメージは少ない。だが、セリュードは嫌な予感を覚えた。
「ディステリア・・・・・・下がれ・・・・・・!」
だが、体力を使い果たしたセリュードの声はかすれるだけで、ディステリアに届かない。天魔剣の柄で殴りつけ、体勢を崩したところに両腕を振り下ろすが、あえて突っ込んだヴォルグラードはディステリアの腹を肩で打ち、そのまま投げ飛ばす。
「くあっ!!」
空中に放り出されたディステリアは翼を羽ばたかせて体勢を整える。
ヴォルグラードは冷めた視線を向けるが、重ねてある両腕の天魔剣が集めている魔力の光を見て目を見張った。
「(なん・・・・・・だ・・・・・・と・・・・・・)」
別々の武器にとはいえ光と闇、相反する二つの力を集めている。その状態で反発もさせず、混ぜるような形で集束を続けさせている。
「(バカな!このようなこと、あの噂でしか聞いたことがない!!)」
「シャイン・デュアル・シャドウ・・・・・・」
「なんだと!?」
「くらえええええええええええええっ!!」
両腕同時に天魔剣を振り上げ、光と闇の混ざった魔力の剣を振り下ろす。とっさに召喚した予備の細身剣四本を持って防ぐが、それはあっという間に折れ、地面をえぐった。
「うぐあっ!!」
衝撃と舞い上がった土埃がセリュードを直撃する。寝ていたため頭を抑えるだけで耐えることができたが、ディステリアの放った技にはセリュードも目を見張っていた。
「(相反する属性の魔力を一箇所に集め、同時に放つ。そんなことは高位の魔術師でも無理・・・・・・ましてやディステリアは剣士だ。魔術は基礎すら・・・・・・)」
いや。そこでハッとした。〈名も無き島〉で、クトゥリアから『ディステリアは魔術の基礎も教えてある』と言われていた。そして、暇があれば教えてくれと。セリュードも魔術に詳しいわけではないので基礎くらいしか教えてなかったが、それでこの芸当ができたとは思えない。
「(だったら、いったい・・・・・・)」
黒く染まった鳥の翼、それを見て弾かれたように気付く。天界でわかった事実、ディステリアは本来ありえないはずの天使と悪魔の子。ありえないはずの存在が目の前にいるのだから、『ありえない』と思っていたことが覆されるのは、ある意味当然かもしれない。それでも、すぐに受け入れられない。
「(光と闇の力を同時に振るう。いや、それを混ぜてまでも・・・・・・それは、ディステリアだからこそできるのか・・・・・・?)」
「・・・・・・ありえぬ」
歯軋りするヴォルグラードの声が耳に届く。
「世の常識の破壊・・・・・・それはソウセツさまにしかできぬこと・・・・・・」
「何?」とセリュードが眉を寄せる。
「それが貴様などに・・・・・・この世界を守ろうとする愚か者である貴様らなどに・・・・・・できてなるものか!!」
「こっちだって、わかんねぇよ」
黒い魔力を溜めた天魔剣を向けるディステリアも、実感がわかないように呟く。
「だが・・・・・・これでてめえを倒せるなら、考えるのは後だ」
例えそれでどのような反動が来ようとも、ディステリアに引くつもりはない。ヴォルグラードはそれを覚悟と見ると同時に愚かと見て、セリュードは言いようのない不安を覚える。