第107話 こじ開ける限界
「やれやれ。結局私も口先だけということか・・・・・・」
自らを嘲笑いながら大剣を構えるヴォルグラードに、位置に付いたセルスが杖をかざす。
「ストーム!ファイアボール!!」
杖を構えたセルスが、下級魔法のファイアボールを呪文で起こした小型の嵐で巻き上げて火の玉を大きくした。
「その程度か!?」
剣を振って発生させた衝撃波が火の玉を相殺するが、それが起こした爆発で視界を塞がれ、他の三人を見失ってしまった。
「(・・・・・・ほう・・・・・・)」
煙が晴れそうになった時、その中から飛び出したクウァルが手甲を付けた両腕を振りかざす。
「うおおおっ!!」
最大速度で繰り出すクウァルの拳を、全て剣で防いでいた。
「(速い・・・・・・このままでは、いずれ押し切られる・・・・・・)」
連続攻撃を受ける大剣の強度が心配になるヴォルグラードだったが、不安を抱いていたのは彼だけではなかった。
「(俺たち全員の必殺技をぶつけると言った。だが・・・・・・俺にはそう呼べる技がない)」
ただ、力を込めた拳で殴りつけるだけ。それだけでも技と言えなくはないが、必殺技と言えるかどうか問われれば否だろう。
「(作るしか・・・・・・いや、今完成させるしかないんだ!!)」
覚悟を決めたクウァルはふんばっていた足を蹴り上げ、ヴォルグラードを打ち上げる。急に攻め方を変えたクウァルに眉を寄せるが、そんなことお構いなしに、腰溜めに構えた拳に魔力を溜める。
「(裏技を使っていたとはいえ、アレスだって魔術を技に乗せられた。俺だって・・・・・・)」
左手で逆手に持った剣の表面に魔力が揺れ、集中するクウァルの拳に赤い魔力が宿っていく。わずかな時間で魔力制御の訓練をそれほど受けてなかったクウァルがこうなるのは、本当ならありえないことで驚くべきことだった。が、そんなことを気にかけられる、時間も余裕もこの戦場にはない。
「―――そこだ!」
ヴォルグラードの着地と共に、槍を変形させた剣と別のタリスマンから取り出した剣に、魔力を溜めて切りかかる。
「(・・・・・・二刀流の型は本の中でしか知らないが、それでも時間稼ぎにはなるはずだ・・・・・・!!)」
右手の剣で切りかかった後、体を回転させて左手の剣で切りつける。少々、ぎこちない動きながらも、地面に足がついてないヴォルグラードを押し続けていた。
「(ちっ、押されてるか・・・・・・だが、動きが段々と鈍くなっている)」
左腕を振り上げ、右腕も振り下ろした状態でセリュードの動きが止まる。
「(―――隙あり!)」
地面に爪先をつけてヴォルグラードが剣を突き出したが、セリュードは手先の操作だけでストッパーを外し、伸ばした槍の柄でそれを弾く。その反動で体が右に傾き、そのまま左手の剣で切りつける。
「(ちっ、素人同然の動きの奴が、ここまで・・・・・・)」
踏ん張らず足の力を抜いてわざと吹き飛ばされる。距離は取ったつもりだったが、それはすぐ無意味になる。
「―――つぁあああああああっ!!」
動きが完全に止まったセリュードを踏み台にして、飛び越えたディステリアが天魔剣で切りかかる。真っ向からの一撃は簡単に止められるが、そこにディステリアが鎧の装甲に包まれた右足で、ヴォルグラードの頭を蹴った。手応えはあったが、ヴォルグラードがとっさに体を逸らしたため、軽かった。
「(セルス・・・・・・まだか・・・・・・)」
そう思っても、敵に悟られないように振り向くことができなかったが、その間にもセルスは目を閉じて、マナを練るための詠唱に神経を集中させていた。
「私に気付かれないようにしているようだが、残り一人が何かしていることぐらいわかっているわ!!」
「「「「ばれていた!?」」」」
四人が思った途端、セルスの杖に集まったマナがわずかに散り、ディステリアのほうも脇腹辺りに手刀を当てられた。
「(・・・・・・グハッ・・・・・・しまった・・・・・・)」
鎧を身につけているにも拘らず、体に大きな衝撃が伝わって意識が飛びそうになる。だが、なんとかつなぎとめてヴォルグラードを睨みつけた。
「こ・・・・・・のっ!!」
渾身の力を込めてディステリアが天魔剣で吹き飛ばしたところに、セリュードの槍とクウァルの斬撃が放たれた。轟音の後、
「―――クリスタル・ソード!!」
セルスが叫び、水晶の剣を落とす。剣は地面に刺さり、内何発かはヴォルグラードの鎧を掠める。轟音と共に牧夫こった土煙が晴れないうちに、準備完了となったクウァルは駆け出した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
叫び声を上げながら突っ込むと当然土埃が口に入るが、そんなこと今は些細なこと。炎に包まれた拳で何度も殴りつけられ、ヴォルグラードの鎧が赤く熱されていく。第一波を受けた後、生じた隙に大剣を割り込ませ第二波に備える。拳を防ぐことに成功するが、前もって強い衝撃を受けていた大剣の強度は限界に近くなっていた。だが、クウァルの拳の炎が弱くなっていく。
「―――ダメ押しだ!!」
脇に落ちていた水晶の剣を掴み、ヴォルグラードの大剣に振り下ろす。消える直前だったこともあり水晶の剣は簡単に砕け散ったが、引き換えに大剣にもヒビを入れることができた。
「ぬぅっ!!」
続けて近くで形を保っている水晶の剣を掴むが、クウァルの握力で砕ける。
「くっ・・・・・・!」
「―――下がれ!」
クウァルが横に飛ぶと、アクロバティックな動きで上を飛び越えたセリュードが、そのまま回転しながら槍を突き出して突っ込む。それが風をまとい、中心の槍がヴォルグラードの鎧を穿った。
「(ぐっ、しまった!)」
あろうことか構えを解いていたヴォルグラードはそれを悔やむ。着地したセリュードは槍を剣に変形させ、もう一つの剣とあわせて交互に切りつけた。
「(―――リヒヴェンス・コンビネーション!)」
光と風の魔力をまとった、二つの武器による攻撃。しかしその動きには無理な部分があり、剣と槍を振り終わった瞬間をヴォルグラードは見逃さなかった。
「―――そこだ!!」
「ぐあっ!!」
掌底を腹にくらい、吹き飛ばされる。地面を転がったセリュードに追撃をかけられずよろめいたヴォルグラードに、空からディステリアが切りかかる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
闇の刃をまとった天魔剣を振り下ろし、ギリギリ気付いたヴォルグラードに受け止められる。が、その衝撃で大剣の傷がさらに広がる。
「ぐっ・・・・・・!」
跳ね飛ばされ地面を滑るも、体勢を低くして突っ込む。何度も激突し、苦もなく大剣を振り続けるヴォルグラードに少しずつ押され出す。
「まだ、あんな力が・・・・・・」
息が切れるセルスは再び集中して魔力を集め始める。今度こそ仕留める。そのつもりで。自分が無理でも、仲間が倒せるくらいまで体力を削れれば。そのために集中を続ける。死力を尽くしてぶつかるディステリアも吹き飛ばされた後、クウァルとセリュードの相手をするヴォルグラードを見て歯軋りする。
「(これじゃダメか!もっと手数を!)」
二人が大剣の一振りで飛ばされた後、天魔剣に光の力を溜めようとする。
「(いいのか・・・・・・?)」
ふとそう思ってしまい手を止めてしまい、胸倉を掴まれたクウァルが投げ飛ばされても気付かなかった。
「どわっ!!」
「ん?ぐわっ!!」
「戦闘中に考え事か!?話にならんな」
「ディステリア、そういうことは後にしろ」
「わかったよ。ルミナランス!!」
「おっと!!」
天魔剣を突き出して発射された光の槍を大剣で受け止める。ヒビに直撃していたため亀裂が広がるが、構わず光の槍を砕く。突っ込むディステリアを飛び越えクウァルが殴りかかり、さすがに大剣が持たないと感じたヴォルグラードが後ろに下がってかわす。
「飛べ、クウァル!ルーチェ・フリューゲル!」
横薙ぎに振った天魔剣の刃が広がり、下がりながらヴォルグラードは大剣を振って何発か砕く。
「(これじゃダメだ!もっと・・・・・・もっと!!)」
〔―――抜け!!〕
距離を詰めるべく駆け出すディステリア。頭に響いた声に、まったく気付かない。
「迂闊な!!」
真正面から来るディステリアに大剣を振り下ろし、天魔剣を弾く。体勢を崩したディステリアに、切り返された大剣が迫る。
「―――ディス!!」
セルスの悲鳴が響く。目を見張るディステリアに、回避の術はない。
〔―――抜け!お前の中の、もう一振り!!〕
天魔剣に添えていた左手を握り、振り切った。金属音が響き渡り、ヴォルグラードを含め誰もが目を見張る。彼の左手には、淡い光に包まれたもう一つの天魔剣が握られていた。
「(とっさに持ち替えたか!!)」
誰もがそう思い、ディステリア自身もそう思い、右手を添えて天魔剣を押す。事実彼の右手に天魔剣は握られておらず、そう間違えてもおかしくなかった。
「テネブラエ・・・・・・!」
「―――っ!!」
「―――セイバー!!」
そのまま闇の刃を肥大化させ、亀裂に食い込んで大剣を砕く。そのまま振り切り鎧にも一撃見舞う。よろめいたヴォルグラードの胴体に、ディステリアの顔の横を突っ切って拳と槍が突き出される。
「ヴェントランス!!」
「おりゃああああああああああっ!!」
テネブラエセイバーで傷が入っていた鎧に拳と槍が直撃し、さらに大きく吹き飛ばされる。が、地面に爪先が着いたヴォルグラードは耐え、そのまま着地する。
「合わせるぞ!」
「おう!」
地面を蹴ったセリュードとクウァルが同時に駆け出し、まずクウァルが距離を詰める。
「レイジング・フィスト!」
先程より大きな炎をまとった拳を連続で叩きつける。ガントレット越しに伝わる熱で痛みを伴ったが、それで攻撃の手を緩めることはない。最後の一発で大きく殴り飛ばすと、クウァルの肩を蹴ってセリュードが飛び出す。
「リヒヴェンス・コンビネーション!!」
槍を突き出して体を回転させ、残っていた炎を巻き上げて竜巻を起こし突っ込む。勢いが弱まって着地し、すぐ光をまとった剣で切りつける。
「フォーリング・アビス!!」
上空から奇襲したディステリアが天魔剣を振り下ろし、黒く染まった翼から闇の弾が降り注ぐ。
「ライジング・ルピナス!!」
続けて天魔剣を振り上げ、立ち上った光の柱がヴォルグラードを打ち上げた。そして、三人が離れる。
「クリスタルソード!!」
二度目の水晶剣を落とし、一度目より大きな爆音が響く。
「どうだ・・・・・・?」
着地したクウァルがセリュードに聞く。
「ここにいる全員、ありったけの力と魔力を込めたんだ。これで効かなければ、お手上げ・・・・・・」
「この程度か・・・・・・?」
全員が声のほうを向くと、晴れた土煙の中からヴォルグラードの姿が現れた。身に着けていたボロボロの鎧は砕け落ちるが、露わになった服やそれをまとう体は無傷に等しく顕在だった。
「我が鎧を砕いて終わり。今のが、貴様らの全力か・・・・・・?」
険しい顔でディステリアは剣を構えるが、他の三人は動揺していた。
「そうか・・・・・・ある意味、残念だ・・・・・・」
ヴォルグラードがゆっくりと右腕を上げ、三人の上に黒い魔方陣が展開され、黒い雷が落ちる。
「―――!?ライジング・ルピナス!!」
即座にディステリアは光の柱を魔方陣にぶつけ、セリュードは呆然としているセルスとクウァルを突き飛ばした。魔術で作られた雷撃は自然のものより速度が遅く威力も低い。それが幸いしたものの、魔力のチャージが甘いライジング・ルピナスでは押し切られる。相手との実力にかなりの差があるなら、それは当然の理。セルスとクウァルが地面を転がると、ディステリアとセリュードもすぐに逃れるが、
「・・・・・・甘い」
指を鳴らした途端、軌道を変えた雷がディステリアたちの上に雷が落ちてきた。
「きゃあああああああっ!!!」
「なんだ・・・・・・これは・・・・・・」
雷が収まると、クウァルとセルスが倒れていった。武器を支えにしてかろうじて立っているセリュードの前に、ヴォルグラードは瞬間移動し、高速の回し蹴り、旋風脚で武器を砕いた。
「がはっ・・・・・・」
ダメージに加え旋風脚の衝撃もあり、セリュードは何もできずに地面に倒れた。
「やはりこの程度か・・・・・・」
それを見て、呟いたヴォルグラードは踵を返す。
「・・・・・・興醒めだ。この程度ならいつでも殺せる」
「ぐっ・・・・・・待・・・・・・て・・・・・・」
ヴォルグラードがその場から立ち去ろうと歩を進めようとした時、呻き声がした。冷めた面持ちで振り向くと、ただ一人、立っているディステリアがこちらを向いていた。しかし、先程までまとっていた鎧はひび割れており、曲がった膝は笑っており、立っているのがやっとということはまるわかりだった。
「俺は・・・・・・まだ・・・・・・やれる・・・・・・」
よろめきながら歩を進めるディステリアだが、ヴォルグラードはそんな彼の前に瞬間移動し、胸部に右手を打ち込む。砕けた鎧の欠片が宙を舞い、飛ばされたディステリアが地面に落ちる。
「がっ・・・・・・」
「笑わせるなよ、小僧。その体で、貴様に何が出来るというのだ」
ヴォルグラードが冷淡に呟いた後、ディステリアがゆっくり体を起こす。
「(奴の鎧が消えない?)」
ディステリアの鎧が彼の感情の高まりで出現するのなら、それが消えないことは心が折れてないことを示す。
「(・・・・・・おもしろい)」
そう思ったのもつかの間、ヴォルグラードは冷めた表情に戻る。
「もう動くな。後悔するほど痛めつけられるだけだ」
「・・・・・・・・・決め付けんな」
その言葉にヴォルグラードは眉をひそめる。ディステリアとロウガの姿が重なり、何かが湧き上がる。
「貴様ら・・・・・・貴様ら、ブレイティアという者は・・・・・・」
憎悪に満ちた声を漏らし、漏れ出す殺気にディステリアは目を見張る。
「・・・・・・なぜそうも・・・・・・自ら苦しむ道を行く―――!!」
「(な・・・・・・んだ・・・・・・プレッシャーが・・・・・・強く・・・・・・)」
体が震え、歯が鳴る。気を抜く、抜かない以前に、こんなプレッシャーを前に理性を保てるか、圧倒的絶望感の前に戦意を保てるのか。
「死にたいのか?無謀な戦いを挑んで・・・・・・後続のために玉砕するつもりか・・・・・・」
なんと愚かな、と嘲笑するヴォルグラードに、ディステリアは歯軋りする。
「そんな・・・・・・妥協は・・・・・・」
震える声を漏らし、天魔剣の切っ先を足に突き立てる。丈夫な素材で作った靴のおかげで貫通はしなかったものの、痛みにより意識は覚醒した。
「そんな妥協は・・・・・・―――しねえ!!!」
叫んだディステリアから白と黒のエネルギーが放出され、煽られた風が吹き荒れる。ひび割れ、砕けていた鎧が直って行き、ヴォルグラードは目を見張った。