第106話 激突!セリュード隊VS将軍
先住民たちの若者たちを集落に送り、カイポラとアイアンガ、シナリの四人とはそこで別れるはずだった。しかし、ナヘナッツァーニには気になることがあった。
「あのヴォルグラードというやつのことか?」
「ああ。あいつは中々できる。噂に聞く魔導変化とやらは使ってなかったようだが・・・・・・」
「それで俺たちと互角。ある意味問題だぞ」
戦いのことを思い出すトバディシュティニにアナイエネズザニが口を出す。デモス・ゼルガンクの本当の力は、魔導変化を行なって始めて発揮される。発動してない状態で互角ということは、魔導変化すれば圧倒されるかもしれない。
「・・・・・・実感がわかなければ、危機感も持てない。奴らの狙い通りか?」
「偶然だろ うと狙ってやってるのだろうと、俺たちのやることは変わらない」
「やれることをやる、か・・・・・・」
と、ナヘナッツァーニとトバディシュティニが何かを感じ、ある方向に振り返る。アナイエネズザニとナイディギシもそちらを向くと、カイポラたちは首を傾げた。
「どうした?」
「今・・・・・・何か感じたような」
「何かって、何よ?」
要領を得ないナヘナッツァーニの言葉に、カイポラは若干苛立って腰に手をやる。
「この気配・・・・・・」
「―――奴らか!?」
トバディシュティニが声を上げると、シナリの四人はハッと気付く。
「『先にあちらを片付ける』・・・・・・そういうことか」
「今から行って、間に合うか・・・・・・」
気配がする場所までの距離から考えて、この中で一番足の速いカイポラが全力疾走したところで辿り着けない。ヴォルグラードが狙っていることを報せるに関しては、すでに手遅れの状態だった。
「どうする?遅れるのは確実だが、行くか?」
「当然だ」
トバディシュティにとナイディギシは互いに頷き合い、シナリの四人とカイポラとアイアンガは現場へ向かった。
―※*※―
「なるほど。結構、重いな・・・・・・」
あごに指を当てそう呟くヴォルグラードに、ディステリアはすぐさま連続攻撃を加える。凄まじい速度で振られる剣が空気を切り裂く音を出すが、ヴォルグラードに慌てる様子は微塵もなく、それどころかディステリアの最大速度の連続攻撃を全て大剣で防いでいた。
「・・・・・・ほう、速いな。並みの者では、見切ることもできぬか・・・・・・」
最後の一撃が防がれて一端、離れたディステリアと入れ違いに、タリスマンから剣を抜いたクウァルと槍を構えたセリュードが突っ込む。
「剣!?」
クウァルが剣を握っていることに、ディステリアが驚く。
「・・・・・・ほう、我に素手では勝てないと悟り、剣を抜いたか・・・・・・」
剣を振り下ろすクウァルの一撃をかわし、その直後に突き出されたセリュードの槍の攻撃を、ヴォルグラードは右に左に体を動かしてかわした。
「はあっ!!」
すばやく周り込み、高速で繰り出されるクウァルの攻撃を、反撃もせずにかわし続けた。
「奇をてらった攻撃はいい。だが―――!」
真正面から剣を受け止め、クウァルはそれに目を見張る。
「―――剣の扱いに不慣れ過ぎる!!」
ヴォルグラードが蹴り飛ばしたクウァルが地面を跳ねる。
「まだまだ!!」
再び斬りかかったクウァルを「その程度!!」と右にかわし、後ろから手刀をぶつけた。
「ぐっ・・・・・・!!」
「―――そこだ!!」
セリュードが槍を突き出し、ヴォルグラードを捕らえた。しかし、鈍い金属音がすると、セリュードの槍の穂先はヴォルグラードの金属質の右手に真っ向から受け止められていた。
「くらうがいい!!」
「離れろ!!」
セリュードの大声が響き、四人が飛ぶと同時にヴォルグラードの左手から閃光が放たれた。
「うわっ!!」
「なんの!!」
クウァルが紙一重でかわすが、そこに左足を上げたヴォルグラードが飛びかかっていた。
「なっ・・・・・・」
目を見張ったクウァルに踵を叩きつけようとするが、
「ファイアボール!!」
とセルスが叫び、飛んできた火の玉がそれを止めた。クウァルのほうは、すでに体をかがめていたので爆風を受けずに済み、そこにディステリアが飛び込んで天魔剣を振る。振り上げられた大剣とぶつかり、轟音と共に火花が散る。背に翼を生やしたディステリアに空中戦のアドバンテージがあるはずだが、ヴォルグラードはそれを、大剣を振る反動だけで跳ね返している。地面に足が着いてからも、それが特に顕著となる。
「くっ・・・・・・」
「その程度か?その人狼以上に楽しませろ!」
「ロウガのことを・・・・・・人狼、人狼言ってんじゃねぇ!!」
「ディステリア、下がれ!」
セリュードの声で冷静さが戻り、一端身を引く。ヴォルグラードの大剣が空を切ると、舌打ちの音が聞こえる。がら空きになった横から、セリュードが槍を真っ向から突き出すが、また簡単に受け止められる。
「まだまだ!!」
叫び、別のタリスマンから取り出した剣を、左手に逆手に持って切りつける。だが、セリュードの腕には固い物を叩きつけたような凄まじい衝撃が伝わった。
「ぐっ・・・・・・!?」
顔をしかめるセリュードに、ヴォルグラードが大剣を突き刺そうとする。とっさに剣を縦に構えるが、突き出された剣先は突然、上を向き、セリュードの顔に向かう。首を傾けて頬を掠める程度で済ませたが、次の瞬間、物凄い衝撃でセリュードが吹き飛ばされた。その一瞬で何が起こったのか、三人にはわからなかった。
「(あの一瞬で、剣を振り下ろした・・・・・・!?)」
間近で見ていたセリュードでさえギリギリ見える限界速度で、地面に叩きつけられた彼にヴォルグラードが迫る。
「「そうはさせない!」」
ディステリアとクウァルがほぼ同時に動き、わずかに近いディステリアが連続で切りつける。が、決定打は与えられない。クウァルもタイミングを合わせて短剣を振るい、隙を見て左腕で殴りつける。が、ガントレットを装備した拳の一撃でも、ヴォルグラードの鎧の硬さに痛みを被った。
「つっ・・・・・・!!」
それが隙となり、ヴォルグラードが振り切った大剣を切り返してくる。それを回り込んだディステリアが天魔剣で止める。その一瞬でクウァルは下がることができたが、代わりにディステリアが吹き飛ばされる。空中で回って着地し、天魔剣を構えて同時に光の力を溜め込む。
「ライジング・・・・・・ぐうぅぅぅっ!?」
その瞬間、ディステリアに激痛が走る。動きが鈍ったディステリアに、ヴォルグラードは攻撃の目標を変更する。
「ぐっ・・・・・・こんな時に・・・・・・」
痛みに顔を歪めるディステリアに容赦ない一撃が放たれる。その一瞬の動きにクウァルとセルスはもちろん、攻撃を受けたディステリアも対応できなかった。
「・・・・・・がっ・・・・・・はっ・・・・・・」
「ディス!!」
地面に落ちたディステリアにセルスが駆け寄る。そこに攻撃を仕掛けようとしたヴォルグラードの剣を、飛び込んだセリュードとクウァルが受け止める。
「ディス・・・・・・大丈夫・・・・・・?」
とっさに翼を盾にしたものの、ディステリアは体に傷を負っていた。治癒魔法で治療しているセルスに、うっすらと目を開けたディステリアが何かを呟いた。
「えっ・・・・・・何・・・・・・?」
耳を近づけたセルスは次の瞬間、目を大きく見開いた。
「セルス・・・・・・今の、お前の最強の技は・・・・・・なんだ・・・・・・」
―※*※―
一方、ヴォルグラードの相手をしているセリュードとクウァルは、
「でやあああああああっ!!」
「はっ!!」
離れた間合いを生かして槍を突き、下がった所をクウァルが殴りつける。身を屈めて回るとその上を槍が突き出され、大剣で防がれると、回る時に左手に持ち替えた短剣でそれを弾き飛ばす。
「だああああああああああああああああああっ!!!」
右足で地面を踏みしめ、右腕を腰に据え、踏み込んだ左足を伸ばし、思い切り殴りつける。手応えはあったが、後ろによろめいたヴォルグラードは覚めた目をクウァルに向けた。
「それで終わりか・・・・・・?」
「ちぃっ―――!」
大剣を振り上げたヴォルグラードに対し、あえてクウァルは突っ込み両腕で殴り飛ばす。さすがに耐え切れず飛ばされるが、ダメージを受けたわけではない。全力で駆け出していたセリュードが、鎧と鎧の隙間を狙う。
「(いくら重厚な鎧をまとっていても、その隙間を攻撃すれば手傷は与えられるはず・・・・・・)」
走るスピードを槍の一撃に加える。ダメ押しに連続且つ高速で繰り出す。狙い通りの場所に当たり火花が散ったが、それを確かめる余裕はない。あらかた打ち込み吹き飛ばすが、地面に着地したヴォルグラードはごく自然な様子で立ち上がった。
「それが本気か?その程度で俺を楽しませられるのか・・・・・・?」
「お前のために戦ってるわけじゃない!」
クウァルが叫ぶと、「それは失礼した」と見下すように言う。
「なら、改めて聞こう。その程度で我らを倒せるのか?」
痛いところを突かれ、セリュードとクウァルは構えると共に身を強張らせる。
「(確かに、これだけ打ち込んでもまるで堪えてない・・・・・・)」
「(だが、だからって退けるか・・・・・・)」
ここで無闇に引いたら、後ろで負傷者を収容中の医療部隊が危険に晒される。勝ち目の有無に係わらず、セリュードたちはまだ退くことができない。
「・・・・・・さすがに・・・・・・強いな・・・・・・」
「ああ・・・・・・俺たちがまだまだというのも、あるだろうが・・・・・・」
激しく息を切らせている二人に対して、ヴォルグラードは余裕の表情をしていた。
「どうした。もう来ないのか・・・・・・?」
攻めあぐんでいる二人に対して挑発するヴォルグラードに、セリュードとクウァルは悔しさを感じずにはいられなかった。
「(いずれ来るとわかっていた幹部。奴らの企みを潰していけば、俺たちも互角に戦えると思っていたが・・・・・・)」
甘かった己の認識にセリュードが歯軋りすると、無意識の内に槍を握る手に力が入る。
「そちらが来ないなら、こちらから行くぞ!!」
「イグニートブラスト!!」
ヴォルグラードが攻撃に入ろうとした時、声と共に炎の本流が飛んできた。ヴォルグラードは大剣を軽々と振ってそれらを叩き落としたが、その隙にセリュードとクウァルがセルスの所まで後退した。
「セルス、助かったぜ・・・・・・」
着地したクウァルがセルスのほうを向く。
「二人とも・・・・・・ディステリアがね・・・・・・」
―※*※―
ディステリアの攻撃を捌きながら、作戦の打ち合わせをする三人を見てヴォルグラードは甲冑の下で眉を寄せる。
「なんの相談だ」
「てめえを倒すための作戦会議だ!」
「ほう・・・・・・」と、ヴォルグラードは笑みを浮かべる。
「だが、それを立てる暇を与えると思うのか!?」
「だったら、俺が稼ぐ!!」
天魔剣を振り上げると、それを防いだヴォルグラードが吹き飛ばされ、甲冑の下で目が見開かれる。
「(何―――!?)」
驚きつつも着地して気を見据えると、再び目を見張る。突っ込むディステリアは、天界でクルキドと戦った時にまとっていた、金のラインが入った黒い鎧を身に付けていた。
「だあああああああああああああっ!!!」
「(なんだ、これは―――!?)」
光をまとった天魔剣を受け止め、その衝撃でわずかに後退する。
「ぐっ・・・・・・!」
「(行けるか!?)」
〔やれやれ。もう一人の自分の忠告は無視か?〕
「―――!?」
―※*※―
声が響き、気がつくと自分はどこかの空間に浮いていた。周りは光に包まれており、自分以外何もわからない。
「どこだ、ここは・・・・・・ヴォルグラードは!?」
〔落ち着いて。この空間は、現世と時間の流れが違う〕
「誰だ!?」最初に聞こえたのは、どこか呆れた男の声。今聞こえたのは、優しそうな女の声。
〔ちょっとお話しましょう、ディステリア〕
「話だと?俺にはそんなつもりも暇もない!」
〔落ち着け。そんなに慌てなくても、現世では時間が止まってるに等しいほどしか経ってない〕
男の声に目を見張ると、どこからか溜め息をつく音が聞こえる。
〔やれやれ。まったく、この落ち着きのなさは誰に似たんだか・・・・・・〕
〔さあ、誰でしょうね・・・・・・〕
「お前ら、誰なんだ?」
〔もう一人のあなたと同じ存在・・・・・・かしら?〕
〔違うぞ。あれはディステリア自身・・・・・・俺たちは、彼が存在している空間にいさせてもらってる状態だ〕
「あいつがいる空間・・・・・・?アストラル界か?」
ディステリアが声を出すと、空間内の空気が変わった。どこか驚いたような、同時にどこか呆れたような。
〔・・・・・・・・・お前にその名を教えた人物、意味を理解して言ってるのか・・・・・・?〕
「ど、どういうことだよ・・・・・・」
〔その様子じゃないみたい〕
〔・・・・・・・・・だな〕
呆れる二つの声に、「おい、なんなんだ!」とディステリアが叫ぶ。
〔どういうことか説明を求められても、俺たちにはできない。そもそも、俺たちに理解できるかどうかも怪しい〕
〔だから・・・・・・似てるというだけで名称を借りるのは、余計な混乱を招くのよね・・・・・・〕
「そ、そうなのか・・・・・・クトゥリアの奴・・・・・・」
ディステリアが表情を引きつらせると、〔まあ・・・・・・〕と男の声が響く。
〔俺たちが出て来た理由と、アストラル界の間違った解釈は関係ない〕
「ないのか!?」
〔ああ。全くな〕
〔話を脱線させるなんて、いったい誰に似たんだか・・・・・・〕
反論しかけるディステリアより先に、〔さて〕と男の声が響く。
〔ディステリア。技の力を制御できるようになったようだが、お前に〈天魔の具足〉をまとうのはまだ早い。鎧だけでもかなりの負担がかかるぞ〕
「もう一人の俺にも言われた。だが、魔界である程度慣らしたはずだ」
〔あの程度で慣らしになったとでも?ただ、仲間や周りに迷惑をかけただけだろ〕
「うっ・・・・・・」
図星を指され、眉を寄せて唸る。ルシファーやその部下の悪魔たちは許してくれたが、本来の性質のままだったらああなっただろうか。運がよかった。それだけかもしれない事実に、ディステリアは息を吐く。
〔このまま無理に力を使い続ければ、他の武装も引き出される。その力を制御できるようになる前に、お前が潰れる可能性が高い〕
〔だから、〈天魔の具足〉が出てきてもそれはすぐに消したほうがいい〕
声の調子からして、声の主が本気で心配していることが伝わる。だが、ディステリアの心は決まっていた。
「断わるよ」
〔〔―――!!〕〕
「今戦っている敵は、それで片付く相手じゃないんだ。自分の安全欲しさに出し惜しみしていたら、仲間がやられてしまう!」
続けて「だから!」と声を張り上げる。
「退けないんだ!どんな危険があろうとも・・・・・・退ける状況にいないんだ、俺たちは!!」
響いた声が消える。声の主は、〔ふう・・・・・・〕と息をついた。
〔その頑固さ・・・・・・いったい誰に似たんだか・・・・・・〕
〔師事した人でしょ?〕
〔なるほど・・・・・・それがよかったのか、悪かったのか・・・・・・〕
「・・・・・・で、てめえらはなんだ?」
眉を寄せたディステリアに、声の主二人は首を傾げたようだ。
「言いたいだけ言って、自分たちは姿を見せずか。何様だ?」
〔悪い。こういう仕様なんだよ〕
〔そうそう。だから許して、ね〕
どこか懐かしい響きに戸惑う。と、感覚がハッキリしてくる。
〔そろそろ意識が覚醒する。言ったからには・・・・・・死ぬなよ〕
〔その命はあなた一人のものじゃない。忘れないで〕
「待てよ!あんたらは・・・・・・!」
答える間などなく、ディステリアの意識は覚醒した。
―※*※―
「本気か!?」
ディステリアが立てた作戦の内容をセルスから聞き、クウァルは目を見張って声を上げた。
「そもそも、作戦ですらない・・・・・・俺たち全員の必殺技をぶつけるなんて・・・・・・」
「でも・・・・・・ディステリアは、それ以外に手はないって・・・・・・」
不安そうなセルスの表情に、セリュードもクウァルも戸惑いを隠せない。だが、戸惑いつつもセリュードは、あごに手を当てて冷静に考えていた。
「確かに・・・・・・この状況のままじゃ、不利を通り越して危険だ。長期戦に持ち込んで奴を倒せる力は、我々にはない。それならば、いっそのこと・・・・・・」
「賭けに出てみよう・・・・・・という訳か。それ以外に手がないなら・・・・・・」
「―――乗るしかない・・・・・・だろ」
ヴォルグラードの攻撃を防ぎ、その勢いで後退して来たディステリアに三人が振り向く。
「ディステリア、その鎧は・・・・・・」
「よくわからない・・・・・・だが、こいつを着けていると・・・・・・技の反動を受けないんだ」
クウァルに答えた後、ディステリアは握り拳を鎧の上から胸に当てる。さっきこの鎧をまとった時、誰かの声が頭の中に聞こえた気がした。もう一人の自分とは違う、優しさと厳しさを持った二人の声。初めて聞く声なのに、ひどく懐かしかった。
「(それに・・・・・・どういうわけか、誰かに守れている・・・・・・そんな気がする・・・・・・)」
二つの声の主の正体は気になるが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「行くぞ!!」
セリュードの掛け声に「おお!!」と答え、各自散会した。