第105話 守るため、つなげるため
~―回想―~
自分が人狼というだけで殺意を向ける人間たち。噛んだ者を人狼にしない自分を拒絶した同族。どこへ行っても、拒絶され続けた。
「(・・・・・・なぜ俺は、他のみんなと違うんだ・・・・・・なぜ俺は、こんな世界に生まれてきたんだ・・・・・・なぜ俺は・・・・・・こんな世界で生きている・・・・・・)」
どこへ行っても一人のロウガは、次第に世界を恨みだした。そんな時、クトゥリアと出会った。
「君はこの世界の全てを知っているのか?」
その質問の後、自らの手を差し伸べるクトゥリア。
「共に探そう・・・・・・君のいられる場所を・・・・・・なくても、作り出せばいい・・・・・・」
最初は信じなかった。だが、彼と彼の仲間が集めた者たちは、彼を受け入れてくれた。初めてできた仲間により、拒絶と孤独により傷だらけだったロウガの心を、少しずつだが癒していった。
~―回想終わり―~
―※*※―
「答えを聞こう」
その声に、ロウガはハッと我に返る。
「ロウガよ、我らデモス・ゼルガンクの軍門に下れ。今よりはマシな待遇を受けられるはずだ」
だが、ロウガは「―――断わる」と即答した。
「俺はもう、貴様が言うほど孤独じゃない!今の俺には、絶対に信じられる仲間がいる!その仲間を侮辱した貴様には、絶対に負けない・・・・・・負けてたまるか!!」
ロウガの叫び声が、炎が燃え盛る草原に響き渡る。
「君には才能がある。ブレイティアのような甘い組織では、それを腐らせるだけだ」
「・・・・・・だったら、それが俺の運命だったというわけだ」
辺りに沈黙が戻った後、ヴォルグラードが口元に笑みを浮かべる。
「・・・・・・なるほど。理想論者の次は、運命論者か・・・・・・。よくわかったよ。どうやら君は、この世界を守ろうとする愚か者どもに毒されたようだな」
「毒されてなどいない!俺は、今まで俺が求めてきたものを見つけたつもりだ。まだハッキリとしてないが、ハッキリさせるためにも貴様なんかに負けられない!!」
「ククク・・・・・・ハハハハハハ!!」
含み笑いから高笑いに変わるヴォルグラードに、「何がおかしい!!」とロウガが叫ぶ。
「虚勢を張るのは結構だ・・・・・・だが、冥土への土産に教えてやろう。どこの世界にも・・・・・・『絶対』などというものはない」
「うるせぇ―――よ!!」
呆れるような目のヴォルグラードに、ヴォルファングから矢を放った。当然のようにかわそうとしたヴォルグラードだが、突然、土煙が舞い上がり視界を覆う。そこにロウガはいくつもの魔力の矢を放ち、土煙に吸い込まれた矢を見据えていた。果たして、連射した矢は届いたのか。そんな懸念を抱き、ロウガは矢を撃ち続けた。
「くっ、ぐっ・・・・・・」
ロウガは魔力の矢を連射し続ける。土煙が晴れない内に少しでもダメージを稼いでおく。そうしなければあっという間に、やられてしまう。ロウガの本能がそう叫んでいた。だが、体の痛みに〈銃剣弓ヴォルファング〉を引く手が止まる。それに合わせて魔力の矢も止まり、ロウガは激しく息を切らせた。
「・・・・・・ハアッ・・・・・・ハアッ・・・・・・ハアッ・・・・・・ハアッ・・・・・・」
「―――最初の一、二発目が土煙で視界を防ぎ、残りの矢が標的を撃ち抜く・・・・・・」
横からした声にハッと振り向くと、高速の連続蹴りが襲いかかる。ヴォルグラードはあの土煙の中にいなかった。少し考えれば気付けたはずなのに、あまりの実力差に冷静な判断力を逸していた。
「がっ・・・・・・」
体中に激しい痛みが走るがロウガはすぐに起き上がり、痛みを堪えて矢を放つ。ヴォルグラードにとっては奇襲でもなんでもなかったが、矢の量と発射速度が上がっていたため全て避けきれず、何発かくらって鎧の欠片が舞った。
「・・・・・・旋風脚をくらっていながらこれほどの攻撃を放つとは、ますます惜しいな」
「何度、引き抜こうとしても結果は同じだ!俺は、貴様らの仲間にはならない!」
「わかっている」
突然、目の前にヴォルグラードが現れる。とっさに〈銃剣弓ヴォルファング〉の弓を引き、銃口を向けると魔力が集まってできた槍の穂先が敵を捕らえる。思わぬことで動きを止められたヴォルグラードは目を見張る。
「爆裂―――獣牙!!」
二度目の必殺技で穂先を押し込み、ヴォルグラードの鎧を削る。ヴォルグラードの足の周りの地面が砕け、足がめり込む。
「―――ふん!!」
だが、両腕を振って槍の穂先が砕かれた。そこにロウガが矢を連射、鎧を削っていく。ヴォルグラードは大剣でなぎ払いたかったが、あいにく土煙の中から出た時に置いてきてしまった。デッドウェイトだったからではない。単なる気まぐれ。
「(いや・・・・・・影響は、ない!)」
〈銃剣弓ヴォルファング〉から連射される矢を、指を伸ばした両手を剣のように振るヴォルグラードが捌く。距離を詰めていき繰り出す攻撃を、ロウガは弓についた刃と盾で捌く。
「我らの仲間にならない時点で、貴様の命運は潰えた。足掻くな、潔く諦めろ」
「利用できないとわかった時点で切り捨てる・・・・・・それが、貴様らのやり方か・・・・・・!!」
「違う・・・・・・!この世界に住む人間どものやり方だ!」
「なっ」と目を見張った瞬間、ロウガの体は伸びた右腕に貫かれた。
「・・・・・・ッ・・・・・・」
周りを炎が燃えている草原の中、真っ赤な血が飛び散った。
「言っただろう。貴様の命運は尽きた・・・・・・」
「・・・・・・・・・決め付けるな」
口から血を流し睨みつけたロウガの迫力に、ヴォルグラードが一瞬押される。と、振り上げた左腕の〈銃剣弓ヴォルファング〉の刃が、ヴォルグラードの鎧を砕いた。
「くっ・・・・・・!?」
「―――ダメ押しだ!!」
〈銃剣弓ヴォルファング〉の銃身の先端の刀剣を突き刺そうとするが、ヴォルグラードの腕鎧に阻まれる。そのまま後ろに飛び退いたヴォルグラードは、笑みを浮かべた。
「面白い・・・・・・倒すべき敵にこの感情を抱いたのは、久方ぶりだな」
そう言って自らの鎧の襟に手をかけ、カチッと音がすると、ヒビだらけの鎧が外れる。下から現れた体はおろか、服にすら傷ついていなかった。ただし、先ほどの〈銃剣弓ヴォルファング〉の刃を受けた体には、浅い切り傷が刻まれている。
「―――無傷!?」
「何を驚いている。鎧の役目は装着者の体を守ること。そんなことも理解してなかったのか・・・・・・」
「くそっ―――!」
悪態をつきつつ、〈銃剣弓ヴォルファング〉のマガジンラックに目をやる。魔力を込めたカートリッジは数発。自身の魔力は余裕。ただし、魔力を操るのは下手なため、〈銃剣弓ヴォルファング〉の補助術式なしでは有効打は期待できず、それを示すゲージは溜まっていない。
「人狼。そうまでして生き残りたいのか?」
「当たり前だ・・・・・・」
「ならなぜ、我らデモス・ゼルガンクの軍門に下らない?我らについたほうが、利益があるぞ」
「利益・・・・・・ね」と呟いて、皮肉を込めて笑うロウガに眉をひそめる。
「お前らは、利益云々で動いているのか?」
「当然だ。それ以外、何で動く?よもや信頼か?それこそ愚かしい」
「他人・・・・・・仲間は信じないのか?」
ヴォルグラードに注意を向けつつ、〈銃剣弓ヴォルファング〉のゲージに目をやる。量は黄色のラインを超え、緑に入ったばかり。
「価値すらない。利害一致で動き、不要となれば捨てる。そのような世界に苛まれ、我らは集まった」
「なんだ。結局、俺らと同じか?」
「世界を変えられる、変えていけるとうぬぼれている貴様らと一緒にするな。変化も、和解も、進化もない。そんな停滞した世界からソウセツさまは我々を見つけ出し、導いた。愚かしいこの世界・・・・・・いや、偽りを一度壊すため力を貸して欲しい、とな」
「だ~か~ら・・・・・・」
ゲージに目をやる。満タンまであと少しだが、待ってはいられない。
「―――決め付けんな!!」
〈銃剣弓ヴォルファング〉を発射する。だが、ヴォルグラードは事前に展開していた魔方陣から大剣を取り出し、その砲撃を受け止めた。
「なっ―――!?」
「貴様が時間を稼いでいたことくらい、見抜いていたわ!!」
切りかかるヴォルグラード。〈銃剣弓ヴォルファング〉を連射するが、大剣を持っているにしては速すぎるスピードで動かれ、狙いが定まらない。
「くっ・・・・・・」
距離を取るべく後ろに下がろうとするが、
「―――逃がすか!!」
敵のほうが速い。一瞬で踏み込まれ、ヴォルグラードは大剣を振り上げる。〈銃剣弓ヴォルファング〉で受け止めるが、その刃が砕けた。
「なっ・・・・・・!!」
「―――驚くな!!」
重さを乗せて振り下ろされる大剣。食らえば胴体切断などは確実。武器で受け止める手段もあったが、無残な姿になった〈銃剣弓ヴォルファング〉がそれを否定する。後は、回避するだけの暇があるか。地面を蹴ってギリギリ。ここから避けきるには・・・・・・。
「おおおっ!!」
〈銃剣弓ヴォルファング〉の矢を大剣の横に打ち込む。軌道がずれた大剣は地面を深くえぐり、ロウガは右腕の毛を何本か切られる程度で済んだ。
「こしゃくな―――!」
再び振り上げられようとする大剣。地面に深く切り込まれているのに、何事もなかったかのように引き抜かれようとする。
「させるか―――!!」
それを止めるべく、ロウガの一撃がヴォルグラードの右腕を強打した。ワーウルフを始め獣人は筋力が強い。格闘戦を主に鍛え、決して軽くはない〈銃剣弓ヴォルファング〉を振り回せるロウガの筋力は、並みの獣人より強い。その一撃を素手に食らえば、神でもなければただでは済まされない。
「ぎっ・・・・・・ぐっ・・・・・・」
右腕の骨を折られ、苦悶の表情を浮かべるヴォルグラード。だが、抜かれる大剣は止まらなかった。
「なっ!?」
気付いて脇に避けるが、今度は遅かった。えぐった地面の土を跳ね上げ、ヴォルグラードの大剣がロウガを切りつける。
「がっ・・・・・・!!」
「・・・・・・愚かしいな」
虚しそうに呟く。が、何か違和感を覚える。刃の折れた〈銃剣弓ヴォルファング〉と血まみれの右手が大剣を受け止めており、鬼気迫る表情のロウガがヴォルグラードを睨んでいた。
「―――!?」
「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」
体が切られることも構わず大剣を抱え、さらに破損した〈銃剣弓ヴォルファング〉を突きつける。
「(もうすぐ増援が来る・・・・・・そいつらが勝てると限らない。なら・・・・・・!!)」
「きさ―――!!」
「―――腕の一本はもらうぞおおおおおおおおおっ!!!」
〈銃剣弓ヴォルファング〉の引き金が引かれ、ゼロ距離で爆発が起こった。
―※*※―
四人を乗せたイェーガーは空を進んでいた。やがて前方に、草原から上がる赤い火の手が見えた。
「見えたぞ!!」
クウァルが指差すと、セリュードが高度を下げる。コクピットから下を見下ろしたディステリアは目を見張った。
「なっ・・・・・・これは・・・・・・」
イェーガーのディステリアたちは絶句した。すぐにイェーガーを着陸させ、ディステリアたちは兵士たちに駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
ディステリアが兵士を抱きかかえたその時、前のほうから突風が吹き付けるような感じがした。ディステリアは一瞬、そちらのほうを向いたが、
「う・・・・・・うぅっ」
血まみれで倒れている兵士が呻きだすと、すぐにそちらのほうを向いた。
「おい・・・・・・大丈夫か?」
「俺はなんとか、大丈夫だ・・・・・・それより敵が・・・・・・まだ奥に・・・・・・」
「敵?・・・・・・この基地を襲った奴らか?」
そこにちょうど、部隊に同行していた医療班の男性が四人、通りかかった。
「おい」
ディステリアは反射的に呼び止めると、医療反のスタッフが短い会話をし、二人がこっちにやってきた。
「この近くに、怪我人を運べる所はないか」
「私たちはちょうど、運ぶ必要がある怪我人を探していた所です」
そう言って、二人の医療班の男たちは担架を置き、ディステリアが抱えた怪我人を乗せた。
「それなら頼む。この近くに、まだ敵がいるらしい」
「わかりました」
そう言って怪我人の応急処置を始めると、この部隊を襲った敵を探し出すためディステリアは駆け出す。儚い願いだが、その敵が医療班のいる場所にいないことを祈って。
―※*※―
「ば・・・・・・かな・・・・・・」
渾身の一撃がかわされたにも関わらず、ロウガは目を見張っていた。あの瞬間、あのタイミング、ゼロ距離からの攻撃をかわす方法は限られる。だが、ヴォルグラードが取った方法は、ロウガが考えうる中で一番ありえない方法。折れたはずの右腕で〈銃剣弓ヴォルファング〉の銃口をずらす。
「・・・・・・呆けてる場合か?」
腹に蹴りをくらい、地面に叩きつけられる。放された血まみれの大剣が地面に落ち、ヴォルグラードはそれを拾い上げる。
「な・・・・・・ぜ・・・・・・」
「我が魔導変化の能力。それは再生能力だ」
「魔導変化・・・・・・すでにしているのか?」
「そうか・・・・・・貴様らは、変動した者にしか会ったことがないだろうな」
目を細めたヴォルグラードが左手に持った宝石を見せる。それがデモス・ゼルガンクに圧倒的な力を与えている魔導変化の核ということは、ロウガの部隊も知っている。なら破壊すればアドバンテージは得られるだが、今のロウガの状態でそれを許すほど、目の前の敵は甘い存在ではない。
「魔導変化が可能なもので、自我を失って能力を劣化させる者は多数いる。たまに自我を保っているは強大な戦闘力を得る者もいるが、代償か発動の度に怪物じみた姿になる」
「それが・・・・・・時々、俺たちの前に現れる・・・・・・」
「実行部隊だ。もっとも、そいつらに手こずるようでは、我らには勝てん」
冷たく言い放ち宝石を握ると、その体に重厚な鎧がまとわれた。
「―――!?」
「我ら八幹部は、魔導変化をしても元の姿を維持できる。もたらされる力は、実行部隊の比ではない」
起き上がったロウガは、折れそうになる心を必死に保たせる。
「ちなみに、この鎧は私の皮膚が変化したものだ。とはいえ、大量の皮膚組織を使うため生成が容易ではなくてな。持ち前の再生能力でも材料確保が難しく、一度壊れれば再びまとうのに時間がかかる・・・・・・」
「それを敵に教えて、どうする気だ?」
「我相手にここまで耐えた褒美・・・・・冥土の土産というものだ」
余裕を示すヴォルグラードに、ロウガもまた笑みを浮かべる。
「へっ・・・・・・俺が今の会話を何かに録音していたら、仲間に伝わるぜ」
「ククク・・・・・・無駄なことだ。もしそうでもそれを壊せばすむことだし・・・・・・何より、知られたところで何も変わらん!」
「わからないぜ!」
立ち上がるロウガだが、体の痛みで満足に動けないどころか、膝が笑っていつ倒れてもおかしくない。
「哀れな・・・・・・仲間とやらを信じ、そのために己の命を捨ててまで俺にて傷を負わせるつもりか」
「ただ捨てるつもりはない。覚悟はしたが、死ぬつもりもない!」
叫んだロウガに、「・・・・・・愚かな」と哀れみを込めた視線を向ける。
「武士の情けとやらだ。現実を教えてやろう・・・・・・」
「こっちも・・・・・・諦めの悪い奴が足掻くさまを見せ付けてやる!!」
「「―――勝負!!」」
互いに最後の勝負をかけるべく、己の敵に向かって行った。
―※*※―
炎が燃える草原の中を駆け抜けるディステリアの前に、手に大剣を持っている一人の男を見つけた。その男の前にいるのは、赤い毛に包まれた人狼。
「(・・・・・・!?違う。あの色は、炎と血の色・・・・・・)」
次の瞬間、ディステリアはハッと気付いた。胴体を剣で貫かれた人狼は、
「・・・・・・ロウ・・・・・・ガ・・・・・・」
声に気付いた謎の男がディステリアのほうを振り向くと、突然、辺りの空気が重くなったような感覚がした。
「(な・・・・・・なんだ・・・・・・!?この押し潰されるような感覚は・・・・・・!?)」
「―――ディステリア!!」
そこに、セルスの声がして仲間たちがやって来る。だがその場の光景を見た途端、両手で口を覆ったセルスはへなへなと地面に座り込む。
「ひどい・・・・・・」
「これは・・・・・・貴様がやったのか?」
珍しく怒りを露わにして、セリュードが叫ぶと、「いかにも」と男は隠す様子もなく答えた。
「我が名はヴォルグラード。デモス・ゼルガンクを率いる、将の一人だ」
それを聞いたディステリアたちは、騒然となった。
「将って・・・・・・『将軍』のことか!?そんな奴が直々に手を下すと言うのか!?」
叫ぶセリュードに、「いや」とヴォルグラードが答える。
「―――これは単なる気まぐれだ。こいつは上々だったが、ザコどもの相手でちょうど退屈していた。貴様らは強いのか?」
「貴様・・・・・・!!」
切りかかってきたディステリアの攻撃を、ヴォルグラードは剣で意図も簡単に受け止めた。
「なっ・・・・・・!?」