第101話 加速する事態
夜の荒原を進む四人のシナリの前に、突然人影が落ちてきた。全員が一斉に警戒したが、月明かりが相手の姿を映し出すとそれを解いた。
「・・・・・・イーグルカチナか。驚かせるなよ・・・・・・」
「ああ。すまない・・・・・・」と、ナヘナッツァーニに謝る。
「―――悪い報せだ。フォルプ族の若者の一団が、ハルミアに属する州の一つに向かって行った」
「なんだって!?」と、四人全員が驚く。
「先住民たちの暮らしを圧迫する政治政策に、とうとうあいつらの我慢が限界になった。手始めに、一番近い州を襲うつもりだ」
「なんということを」と、アナイエネズザニが苦々しい表情で呟く。
「部族の未来を考えての行動とはいえ、バカじゃないかというくらい迂闊すぎるぞ・・・・・・」
それを聞いて、他の三人がトバディシュティニを見る。
「すまない。まずは、どこに行くんだい?」
「この場所・・・・・・そして、フォルプの集落から一番近い場所は一箇所しかない。そこに急ぐぞ」
ナヘナッツァーニの号令に、「おお!!」と四人の戦神は答えた。
―※*※―
翌日。朝日の中を進む一団、怒りと不満に満ちた顔をして冷静さを失った若者たちが、それら二つの感情を爆発させるべく、ハルミアの属州に向かっていた。それを、離れた崖の上から見ている二つの影があった。
「・・・・・・カイネ、彼らは?」
ヘスペリアの問いに、カイネは無邪気な子供のように笑みを漏らした。
「かつて神々は人間を作り、動物を作り、それらが住む『世界』を作り上げた。長い間・・・・・・人間はそれが事実だと信じて疑わなかった」
可笑しくて堪らない、とでも言いたいかのような笑いを堪えたような顔のカイネに、ヘスペリアは悲しげな目を向けていた。
「だが、いつしか人間はその『神』を忘れ、自分が世界を統べるべく争いを続けている。一度、小さくなっては大きくなり、大きくなってはまた小さくなる。しかし、決してなくなることはない」
嘲笑から一転、カイネはどこか悲しげな顔になった。
「哀れだな、人間は。いつになっても、争いの呪縛から解放されない・・・・・・」
「・・・・・・それは」と口篭るヘスペリアに、「ん?」と後ろを振り返いた。
「生きること自体が・・・・・・『戦い』だから・・・・・・」
「・・・・・・それは、一つの見解でしかない」
冷徹な言葉で切り捨てる。一方、若者の一団がそのまま進んでいくと、やがてコンクリート式の建物が立ち並ぶ街が見えてきた。
「・・・・・・今まで奴らがしてきたことを、思い知らせてやれ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」
イルグレイの号令に若者たちは声を上げ、手に武器を持って突入した。それを見てカイネは残虐な笑みを浮かべ、ヘスペリアを一瞥する。
「行くぞ」
一方的に一言だけ命令し、彼女も黙ってそれに従って飛び降りた。
―※*※―
「敵襲!敵襲!」
町の中では、暴徒と化した先住民族と治安維持部隊が激突していた。
「何が敵襲だ!ここは元々、俺たちの土地だ!!」
「外から来て住み着いたくせに、ずうずうしいんだよ!!」
若者の武器と部隊の盾がぶつかり、至る所で火花を散らしていた。殺気立った若者たちに部隊の兵士は気圧され、防衛ラインも下がっていく。
「くそっ、あれを投入しろ!!」
一人の軍人が叫ぶと、「なっ」と他の兵士たちが驚く。
「正気ですか、隊長!?」
「かまわん!!早期解決には、多少の犠牲は仕方ない!急げ!」
「ハッ!!」と声を上げ、兵士の一人が後ろに下がった。
「精霊よ!風の力を!」
「精霊よ!雷の力を!」
若者たちは精霊の力を呼び寄せ、吹き荒れる突風や鳴り響く雷で治安維持部隊の兵士を圧倒していた。
「この土地の解放のため、この地に宿る精霊たちよ!力を貸してくれ!!」
だが、イルグレイが叫んだその時、突然、風や雷が止んだ。
「なっ・・・・・・なんだ・・・・・・?」
「これは・・・・・・いったい・・・・・・」
戸惑うイルグレイたち。その時、立ち並ぶビルの奥から、いくつもの巨大な影が現れる。その怪物の姿に、若者たちは目を見張った。
「バカな・・・・・・イェイーツォーだと・・・・・・」
「原初の・・・・・・怪物・・・・・・」
怪物の体は所々にいびつな機械がついていて、原型はあまりとどめていない。正体を知っているイルグレイたちは恐れおののいていたが、その意味を知らない兵士たちはそれを見て強気になった。
「よし、敵は浮き足立っているぞ!!一気に畳み掛けろ!!」
「おぉおおおおおおっ!!」
兵士たちがイルグレイたちに殺到し、押し返し始める。精霊が応えなくなったことと原初の怪物の出現に、若者たちは浮き足立っている。横一列に並んだ兵士の何人かが怪物の一体の前に立った時、その怪物が兵士たちを踏み潰した。
「ぐえっ!!」
「がはぁ・・・・・・ば・・・・・・バカな・・・・・・!!」
他の兵士たちが気付いた時、後ろから別の一体が巨大なワニ口を開けて襲いかかって来た。
「ぎゃああぁぁぁぁぁっ!!」
道路のアスファルトを砕き、怪物は兵士を貪り食う。それに恐怖を覚えた若者は、腰を抜かして悲鳴を上げた。若者だけではない。怪物を投入した治安維持部隊の兵士たちも、その本質に気付いて逃げ出し始めた。
「くっ・・・・・・精霊よ・・・・・・!!」
だが、フォルプのシャーマンがいくら呼びかけても、精霊の力が発動することはなかった。
「・・・・・・バカな・・・・・・精霊が・・・・・・」
目を見張るイルグレイに、怪物が口を開けて襲いかかる。
「(・・・・・・じいちゃん・・・・・・)」
「―――レイ・スピッド!!」
飛んできた三つの光の玉がワニの怪物を打ち、閃光に目がくらんでよろめいている。目を開けたイルグレイが呆けていると、上から降ってきたディステリアが天魔剣を突き刺した。
「グゥ・・・・・・」
天魔剣を引き抜いてなお襲いかかるワニの怪物に、ディステリアは光の刃を伸ばす。
「ルーチェセイバー!」
横一線の光の刃に両断され、やっと怪物は沈黙した。
「あ、あんたは・・・・・・」
「ちっ、また会ったな・・・・・・」
後ろを向いているグレイに気付くと、巨人の怪物に拳をぶつけていたクウァルが飛ばされてくる。
「ちっ、なんつうパワーだ」
「お前より力が強いのか?」
天魔剣を構えるディステリアだが、「いや」とクウァルが止める。
「攻め方は・・・・・・わかった!!」
再び飛び出したクウァルに、巨人の怪物が再び拳を振り下ろす。拳が目の前に迫り、クウァルはタイミングを見計らって地面を踏みしめ、後ろに引いた右拳を突き出した。重心をかけ踏ん張った足の支えで繰り出した拳は、巨人の怪物の拳を打ち返す。よろめき、仰向けに倒れた怪物を、セルスのイグニート・ブラストが焼き尽くした。
「あ、あんたたちは・・・・・・」
ごたごたで混乱していたとはいえディステリアたちが自軍でないことにようやく気付いた治安維持部隊の兵士に、別の巨人の怪物を倒したセリュードが振り返る。
「ブレイティアの者だ。これはどういうことか、説明願いたい!」
「ぶ、ブレイティア!?だ、ダメだ。それは我が軍の最高機密だ!簡単に話せない!」
「その最高機密が、どうして暴動鎮圧のために使われてるんだ!?
」天魔剣を振り下ろしてワニの怪物を倒したディステリアの言葉に、脂汗をかいた兵士が何か言おうとした時、銃撃がしてその体が飛ばされた。
「「「「―――!?」」」」
ディステリアとクウァルが目を見張り、セルスが息を呑む。ただ一人早く我に返ったセリュードが振り返ると、町の外から長方形のボディーに、節足動物のようにたくさんの足がついた機械がいくつも向かってきていた。
「なんだ、あれは・・・・・・?」
前進しながら頭頂部に付いた銃を乱射するマシーナリーに、フォルプの若者も治安維持部隊の兵士も浮き足立っていた。怪物を改造し戦力として所持していた治安維持部隊の隊長もマシーナリーのことは知らず、アンノウンとしか認識していない。それが、より現場を混乱させた。
「クリス・ウォール!!」
足に怪我をして逃げ遅れた兵士を、水晶の壁で囲んで守る。銃弾が弾かれると、頭を押さえた兵士は顔を上げた。
「早く逃げて!」
「は、はい・・・・・・!」
水晶の壁の後ろに立ったセルスに言われ、無事な兵士に肩を担がれ下がる。セルスが前を向くと水晶の壁が砕け、再び銃弾が飛んでくる。
「くっ・・・・・・クリス・・・・・・」
「そんな早く出せるか!ルーチェ・フリューゲル!」
セルスの上を飛び越えたディステリアが天魔剣を振り、光の刃を飛ばして銃弾を相殺する。地面に刺さった光の刃に銃弾が防がれて助かった先住民の若者の前に、ディステリアが着地する。
「早く下がれ!」
「た、助けてくれなんて、言った覚えはないぞ、よそ者!」
「知るか、そんな都合!死にたくなければ早く逃げろ!」
「お、俺たちはここを取り戻すためなら、死ぬ覚悟だって―――」
食い下がる若者の胸倉を掴み、無理矢理立たせる。
「簡単に死ぬなんて言うな。本当に守りたいんだったらな・・・・・・生きて、それから命をかけて守りきれ!!」
彼の迫力に先住民の若者は飲まれ、放されると後ろによろめいた。ディステリアは振り返ると、迫り来るマシーナリーに向けてルミナランスを放ち、後ろにたたずむ若者を一瞥した。
「さっさと行け!!」
「は、はい!!」
気圧されて走り去った先住民の若者を見送ると、残ったディステリアたちは集まり目の前に迫ったマシーナリーの大軍に武器を構える。
《ピッ・・・・・・ピッ・・・・・・ピッ・・・・・・》
中央に付いている二つの赤いランプが点滅すると、最前列のマシーナリーが銃を向ける。
「―――散開!!」
セリュードの指示に散り、複雑に動きながらマシーナリーの狙いをぶれさせる。ビルを蹴って上からディステリアが跳びかかるが、別のマシーナリーが刀剣付きアームを出して防いだ。
「ちっ!」
「ディステリア、危ない!」
セルスが悲鳴を上げるのと、別のマシーナリーが銃を乱射したのはほぼ同時。しかしディステリアは天魔剣で防ぎ、光の魔力を溜めて足元のマシーナリーごと銃弾を薙ぎ払う。
「ほっ・・・・・・」
「一喜一憂してる暇があったら、詠唱しててくれ」
セリュードに諌められてはっとしたセルスは、「は、はい!」と杖を横に構えて集中する。
「やらせるか!」
彼女に狙いを定めたマシーナリーの機関銃を、上に乗ったクウァルがへし折る。すでに先住民の若者も、治安維持部隊の兵士も半数近くがマシーナリーに殺されている。これ以上の被害を防ぐため、逃げている者を逃がすため、セリュードたちは気合いを入れた。
―※*※―
ウロギートとバーレンダートが、暗い実験室の中で何かのデータを見ていた。
「例の怪物たちは、ディゼア・ビーストと合成中です」
「成功確率は・・・・・・?」
「ほぼ、百パーセントです」
それを聞くと、バーレンダートは「そうか」と呟いた。
「これが成功すれば、大幅な戦力強化がなせる」
部屋の中を少し歩き、「そう」と続ける。
「ディゼア・ビーストの合成体!!」
暗闇の中、バーレンダートは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「ヴォルグラードはどうしている?」
「ヴォルグラードさまは、邪魔者退治をしているはずです」
「そうか。なら、そこは彼に任せるか」
暗闇の中、「クククククク」と不気味な笑い声が響き渡っていた。別の部屋では、緑色の不気味な液体が入ったカプセルがいくつもあり、その中にはシナリとディステリアに倒されたアナイエが入っている物もあった。
―※*※―
イルグレイたちが攻め入り、ディステリアたちが駆けつけた街から数メートル離れた草原。底に一隻の巨大な軍艦が止まっていた。そのブリッジでは、艦長の座る中央のイスに座る男がいた。横に延びる、整えられた髭を持つ中年の男性で、戦闘区域であるにも拘らず、横に立つメイドらしい女性の用意した紅茶を飲んでいた。
「れ、レゼンプ艦長・・・・・・」
脂汗をかいたオペレーターに話しかけられると、その男は視線を向ける。
「よ、よろしかったのですか?あれは我が軍の最高機密であり、運用テストが不十分な未完成品・・・・・・」
「君ね。オペレーターの分際で、いつから艦長に意見できるほど偉くなったんだい?」
「す、すみません・・・・・・!」
身を強張らせて画面を向いたオペレーターに、「冗談だよ」とレゼンプは笑った。
「だから、今テストしてるんだよ。データは取り逃すなよ」
「は、はい・・・・・・」
ディステリアたちの前に現れた機械。それは、ハルミア軍の一部が極秘裏に開発していた自立AI搭載型の軍事機械で、それに関わるレゼンプはデータ収集のために発進させた。無論、それで被害が出ることも構わず。
「・・・・・・・・・それにしても、ブレイティア。あんな胡散臭い部隊がここにいるとは・・・・・・」
「殲滅ですか?」と空のカップにポッドから紅茶を注いだメイドが聞く。
「まずは様子見だ。彼らのデータも逃すなよ」
「は、はい・・・・・・」
中央の大画面には、マシーナリーと対峙するディステリアたちが映し出されていた。空になった紅茶のカップを置いたレゼンプは、肘掛けに両肘を置いて背もたれにもたれた。
「がんばりますね、彼らも・・・・・・」
「はい。試作品とは言え、これだけの数のマシーナリーが破壊されるなんて・・・・・・」
「誰がお前に発言を許可した。私はレインに聞いたのだ」
「す、すみません・・・・・・」
謝る部下に冷たい視線を送り、レゼンプは側に立つメイドに顔を向ける。
「で、どう思う?」
「どう思うと言われましても・・・・・・わたくしは、戦闘に関してはまったくの素人です。あなたさまには及びません」
「またまた、謙遜して」
そういうレゼンプは、少し嬉しそうに笑みを含め前方の画面を見る。息をついたレインというメイドは、一瞬だけレゼンプに蔑むような視線を向けた。
「(・・・・・・こんな下等種に取り入らなければならないなんて・・・・・・)」
内心忌々しそうに呟くと、ブリッジ内に警報が響く。「な、なんだ・・・・・・!?」
驚いたレゼンプが椅子から立ち上がると、オペレーターの一人がコンソールを打ってレーダーで確認する。
「前進していたマシーナリー部隊で異常発生。後方のマシーナリーが一部爆発を起こしました」
「なんだと!?敵は街の中だぞ、そんなバカなことが起きるか!」
「し、しかし・・・・・・」
「言い訳は聞かん!すぐにマシーナリーを追加しろ」
「お言葉ですが・・・・・・」と他のオペレーターが口を挟む。
「この艦に乗せているのはすべて機密レベルの自立マシンです。無闇に出すのは・・・・・・」
「黙れ!運用テストとテロリスト殲滅を同時にやっているのだ。奴らのデータを持ち帰ればいいだけのこと!それにマシーナリーは所詮機械。また作ればいい」
レゼンプの発言に誰もが目を見張る。すぐ言おうとしたが、レゼンプは真横に腕を振る。
「これは艦長命令だ!逆らったら次はないぞ!」
「は、はい・・・・・・」
最初に意を唱えたオペレーターはしぶしぶ機器を操作して、戦艦の下部ハッチから増援のマシーナリーを出撃させる。だが、街のまで数メートルの地点に入った途端、またマシーナリーが爆発した。
「今度はなんだ!?」
「最前列のマシーナリーが全滅!・・・・・・これは・・・・・・!」
コンソールを操作しているオペレーターが目を見張り、「どうした、早く続きを言え!」とレゼンプが命令する。オペレーターが振り返ると同時に、マシーナリーの機体が打ち上げられ、他のマシーナリーに叩きつけられて煙を上げた。
「なんなんだ。説明しろ!」
「高速で動く何かの攻撃を受けています!」
「街に入ったマシーナリー部隊、残機40パーセントを切りました!」
「このままでは全滅です」
「な、なんだと!?」
他のペレーターの報告に、レゼンプは顔面蒼白になる。
「艦長、機密を失うわけには行きません。これ以上投入すれば、残骸が証拠として他の部署に押収されます」
「下がらせるというのか?冗談ではない!ここで手を緩めたら、テロリストどもに隙を・・・・・・」
焦りに満ちた表情で叫び返していると、「映像、出ます!」と声がする。前方の画面には、草原の上ではイノシシを駆る女神カイポラがマシーナリーの群れの中を駆け抜け、同士討ちを誘っている様子が映った。彼女の狙い通り、マシーナリーはカイポラのスピードを捕らえ切れずに、ガトリングで同士討ちしていた。
「なんだ、あれは・・・・・・魔物か!?」
さらに別の所では、マントのような毛皮に身を包んだ、鹿の頭を持つ男が、己の拳を使ってマシーリナーを砕いていた。
「・・・・・・・・・魔物と結託したテロリスト・・・・・・討ち取れば私の株も上がる」
脂汗を流しながらも笑みを浮かべるレゼンプに、ブリッジにいるオペレーターたちは戸惑いの色を浮かべていた。