第10話 蝶羽の姫君
最初は各神話の神々がたくさん登場します。
数日後、ある場所の会議では・・・・・・。
「なぜ、あなたたちは動かないのですか?」
石造りの柱が並ぶ神殿の中。半身半鳥の精霊、カンダルヴァがテーブルを叩き、神々の王ゼウスに聞いた。
「カンダルヴァ殿。しからばお主の主、ヴィシュヌ殿は人間たちに何か対抗をしているのか?」
「い、いや、ヴィシュヌさまは何もせずとも、人間は自ら滅ぶと見られている」
「そうか・・・・・・大体、いや、ほぼ全ての神はそう考えているだろう」
ゼウスがあごに手を当てると、近くの椅子に座っているティル・ナ・ノーグの神の一人、リールが呟く。
「滅ぶには惜しい人間もいるのに・・・・・・あの時のように・・・・・・」
「あの時とは、ノアの洪水か・・・・・・誰が起こしたんだっけ?」
別の神が口を開く。しばらくの沈黙の中で、神々が考える。その中で、先に口を開いたのはゼウスだった。
「まあ、それはおいといて・・・・・・これからはどうする」
「もうしばらく、様子を見る他あるまい」と、バルト三国の一つから来た雷神、ペルーンが呟く。
「様子を見る?正気か!?」
ペルーンの同行者であるヤロヴィートが声を荒らげる。
「なら、今すぐにでも攻め入るか?人間ごときを相手に!」
リールの同行者であるルーグが叫んだ。
「まあ、神と人間が戦ったところで結果は見えている。無益な争いはしないほうが賢いのでは・・・・・・?」
「まあ・・確かに・・・・・・」
ゼウスの指摘に呟くと、ルーグは自分の前に置かれていたコップの飲み物を一口飲んだ。しかし、しばらくすると、不思議そうな顔をした。
「我々は今、何について話し合っていたのだっけ?」
ルーグと同じように飲み物を飲んだほとんどの神が、同じように首を傾げる。それを見たゼウスには、すぐに原因がわかった。
「(誰だ!?ネクタルの代わりにネペンテを出したのは!?)」
ネクタルとは、神々の力の元となる神酒で、人間が飲めば不老不死になるといわれている。ネペンテとはそれに忘却の川の水を混ぜたもので、疲労回復の効果があり苦痛や苦悩を忘れさせるが、記憶欠落の効果はないはず。
「(まさか、誰かレーテの水と入れ替えたな・・・・・・)」
とにかく会議を続けさせようと、ゼウスは別の議題を引き出そうとしたが、ふと、頭をよぎったことがあった。
「それにしても、アースガルドの者は何をしているのだ。伝令は伝わっているはずなのだが・・・・・・」
オーディンだけでなく、その他のいくつかの国にも、代表となる神か精霊が来てない国があった。距離がありすぎて来ることができない、代表となる存在が決まっていない、国を治める仕事が忙しすぎる、様々な事情があるだろう。だが、議会の場所にも問題があった。
議会が開かれているのは〈神界〉のオリュンポス地方、人間世界で言うとエウロッパ大陸にあるラグシェ国。エウロッパ以外の大陸にある地方にいる人々は、はるか昔にラグシェ国の人間に侵略を受けた。それは人間が勝手にやったことなのだが、人間と交流が深い神にとっては、その地域に相当する神界の神々の管理不行き届きでしかなかった。
『神と思しき力を持つ者は、世界に存亡の危機が訪れ、人間たちの手に終えない事態が起きた時以外は、人間界に必要最低限の介入しかしてはいけない』と言う決まりがあるが、人間に近ければ近いほど、神々の決まりとの板ばさみに苦しんでいた。
だが、今はそんなことを言ってはいられない。下手をすると人間は自分たちの世界を自らの手で滅ぼす。つまり『世界の存亡の危機』なのだ。
「(どうしたものか・・・・・・)」
ゼウスがひげに手を当てて考えたその時、通路から足音が聞こえた。音の速さからして走っているようだ。やがてヘルメスが入ってきた。
「たいへんです!」
「どうした?」
「今しがたヴァルハラより、人間たちがアースガルドへの進行を開始したとの知らせが入った!」
それを聞いて、「なんだと・・・・・・」とペルーンが、「バカな!!」とカンダルヴァが驚き、その場にいる神々が口々に叫ぶ。
「そうか、だからオーディン殿は来られなかったのか」
海を越えた国ジェプトから来た、隼の翼と頭を持つ神、ホルスが呟いた。
「納得している場合ではない。人間がアースガルドに進出したということは、我々の存在を、いや少なくともアースガルドの神々の存在をないがしろにしたということだぞ」
ルーグの言葉に、「許せぬ。すぐにでも神罰を」とヤロヴィートがいきり立つ。
「だが、オーディン殿は人間に負けるほど弱くはあるまい」
カンダルヴァの指摘に、「いや、フェンリル狼に負けるほどだから・・・・・・」とホルスの同行者の女神、イシスが呟く。
「なんということだ」
慌てる神々に、「今ここで言い合っている場合ではあるまい」ゼウスが声を上げる。
「このような事態、いつあなた方の国にも起こるかわからない。この会議場には最低限のメンバーを残し、後は各自で事態に対応して行こうと思っているが、どうだろうか?諸君」
ゼウスがそう言うと他の神々は、「確かに」、「さすが『大神』と呼ばれるだけはある」と言い合ったが、中には「これで浮気癖がなければ」と言う声もあった。
「こらこら、誰だ?余計なことを言ったのは?」
呆れたホルスの声に、その場は一気にしらけた。
「では、それぞれいったん帰り、情報伝達能力に長けた者を集結させるのはどうだろう」
ルーグの後に、「よし。だが、その集合場所はどうする?」とカンダルヴァが聞く。
「うむ。問題はそこだな」
腕を組むホルスに、ペルーンが案を出す。
「あの場所はどうだ?この世界で、まだ人間が住み着いてない場所があっただろう」
リールが「そうだな。そこが良い」と頷く。
「では、各々方。いつかまた、その場所で」
ゼウスの後に「うむ」と一同が頷いた。
―※*※―
トゥアハ・デ・ダナーンがティル・ナ・ノーグに戻って、わずか半日。その空を一匹の蝶が飛んでいた。いや、蝶ではない。彼女は蝶の羽根を持つ者。一応、幻獣の部類に入るのだろう。彼女の名は、エーディン。元々は人間であった彼女が蝶の羽根を持つようになった経緯を説明すると、とても長くなってしまう。
「はあ~~~~。平和ねぇ~~~」
半日前にオリュンポスで行われた会議の内容を知らないとはいえ、呑気なことを言っている。
「そういえば、オリンポス・・・・・・とかなんとかいう所で、どんな会議が行われたのかな?後で誰かに聞いてみよう」
「そう呑気なことを言っている場合では、なさそうですよ」
突然した声に、「誰?」と後ろを振り向くと、そこにいたのはオレンジ色の長髪に銀の髪留めをした、群青色の服を着た女性。エーディンの友達のアリアンフロッドだった。
「あ~、フロッド~」
「略すな~!!」とアリアンフロッドは怒鳴った。
「ティル・ナ・ノーグの宮殿が騒がしいの。それと、急いで戻ってくるようにとアイルさまが・・・・・・」
「お父さまが?わかった。で、何かあったの?」
「それが・・・・・・・」
言いかけて、宮殿に向かおうとした二人の前に突然、誰かが飛び出してきた。
「誰?」
二人は呟いたが、飛び出してきたのは遠い昔、エーディンに一目惚れをしたミディールの妻で、エーディンを蝶に変えた張本人のフォーヴナハ。数百年たった今でも、エーディンは彼女に会っていい気分にはならない。
「どうなされたのですか?こんな所で?」
そう聞いた途端、フォーヴナハは右腕を振り上げ竜巻を起こした。二人が「え?」と思った瞬間、竜巻に巻き込まれ、あっという間に遠くに吹き飛ばされてしまった。
「きゃあぁぁぁぁぁ~~~~~!!」
悲鳴を上げた二人を巻き込んだ竜巻を見送るフォーヴナハ。その後ろに、黒いモヤのようなものが出てきた。
「これで邪魔者は消えた。ふはははははははは・・・・・・・」
黒いモヤが笑うと、フォーヴナハの姿は消えた。
―※*※―
「・・・・・・・・・おい、クトゥリア・・・・・・」
「ん、なんだ?ディステリア」
不機嫌そうな少年と、何も気にせず地図を広げている男性。二人は木以外何もない森の中を歩いていた。
「ここは、どこだ?」
「それを今、地図で探している」
地図の上で目を凝らすが、この場所と同じと思われる部分に森はない。ということは、
「こりゃ、迷ったな。確実に・・・・・・」
そう結論付けて地図を畳んだ。
「・・・・・・ここはエウロッパじゃない、ってことか?」
「おお、察しがいいな。考えられる原因は、あの船だ。恐らく、そこで乗り違えたんだろう・・・・・・」
「・・・・・・ウソだろ」
意気消沈して座り込むディステリアに、「ふむ」とあごに手を当てたクトゥリアが横目で彼を見る。
「(・・・・・・これぐらいで音を上げるとは、メンタル面が鍛えたりないな。彼に会うまでにどう鍛えようか)」
そう考えていると、近くで枝が折れる音と何かが落ちる音がした。クトゥリアはその方角に目を向け、ディステリアも立ち上がる。
「なんだ!?」
「行ってみるか?」
「当然だ!!」
音が聞こえた場所に向かって、二人は迷わず駆け出した。
―※*※―
「う~・・・・・・ここは・・・・・・?」
エーディンが気付くと、二人はどこかの土地に飛ばされていた。
「ここは・・・・・・前にも来たような・・・・・・」
周りを覆う木々を見渡していると、アリアンフロッドが起き上がる。
「痛たたたた・・・・・・ひどい目にあったわねぇ」
エーディンが「ええ」と頷く。
「ところで、ここはどこなの?」
「うーん。前にも来たことがあるような気はするんだけど・・・・・・」
二人が考えていると、近くで羽音がする。
「あら、お二人さん。こんな所で出会うなんて珍しいわね」
二人が上を見上げると、一羽の大きなカラスが降りてきていた。
「どちらさまですか?」
その途端、カラスはズコッ、とこけて落下。地面にぶつかった。
「・・・・・・この姿にならないとわからない?」
カラスがそう言って起き上がると、光に包まれて女性の姿になった。縁が尖っている緑色の服にクリーム色のスカートをはいており、背中からは黒い翼が生えている。
「黒い翼の鳥人間さん?」
ドシャッ!
黒い翼の女性はまたこけた。
「モリガンです、モリガン。まったく・・・・・・あなたたち、まさかわざとやってない?」
二人が「ええ、わざと」と答えると、またずっこけたモリガンは、呆れた表情をしながら起き上がる。
「全く・・・・・・あなたたち、今この世界がどういう状況になってるのか、わかってるの?」
「ええ。確か人間たちが神々や精霊の領域に立ち入ろうとしているのですよね」
アリアンフロッドの答えに、「まあね」とモリガンが言う。
「でも、それだけじゃないの。人間たちがまた戦争を始めたの。このアルスターとコノート間でね」
それを聞き、「なんですって!?」とエーディンが声を上げる。コノートとはアイルランド北西にある国で、エーディンの故郷アルスター王国の隣国である。
「あなたたち、とてもまずい時に来たね。特にエーディン。コノート王の娘のあなたがここにいるということが知られれば、事態はもっと悪くになる」
「なんですって?まったくフォーヴナハってば。最悪な時に最悪なことをしてくれたわね」
アリアンフロッドの言葉に、「なんだって!?」とモリガンが驚く。
「じゃあ、あんたたちがここにいるのにはフォーヴナハが関わっているのかい?」
驚きの表情で聞くモリガンに、アリアンフロッドは「ええ」と頷く。
「なんてことだい。じゃあ、やっぱミディールのとこでも何かあったのか」
「え?どういうことなの?」とエーディンが聞く。
「どうもこうも、もうめちゃくちゃよ。人間たちなんか、昔の戦争の時には使わなかった奇妙な武器を使うし。まあ、私たちには効かないけど。ええと、アルスターとコノート、さらにミディールの治める地下の国が介入して三つ巴の戦いになっちゃって、それから・・・・・・」
その時、森の中に凄まじい音が響き渡った。と思ったら、いきなり茂みの中から大量の兵士が飛び出してきた。身に着けている鎧は迷彩柄で手には槍を持っている者もいれば、機関銃を持っている者もいる。
「な、な、何、何、なんなのよ~!?」
パニック状態のエーディンを見つけると、兵士たちは何やら相談を始めた。
「おい、女だ・・・・・・」
「なぜこんな所に女が・・・・・・?」
「怪しいな・・・・・・おい、女!!貴様、見かけない顔だな。どこから来た」
「見かけないも何も。サーカ、お前いつも訓練場の中にいて町には一度も言ったことがないだろ」
「確かにそうだがよぉ~。こんな美人、町にいたか?」
美人と言う言葉に顔を赤らめるエーディンだが、すぐにそうも言っていられなくなった。
「おい、この女。背中から蝶の羽が生えているぞ!」
「あっ、本当だ」
三番目と五番目に出てきた兵士の言葉に、他の兵士たちも緊張が高まった。
「と言うことは、妖精族の者か」
一番目の兵士が三人を睨みつける。
「こっちの女は鳥の翼が生えているぞ!」
「なら、こっちのオレンジの髪の子も妖精族か何か、か・・・・・・残念、美人なのに・・・・・・」
がっかりした五番目の兵士に、三番目の兵士が「バカ者!!」と怒鳴った。
「幻獣と思しき者は見つけ次第抹殺せよ!それがアルスター王の命令だぞ!!わかっているのか、クァイル!!」
それを聞き、エーディンは「(アルスター王の命令?なぜ!?)」と驚いた。
「そうは言うけどよ~、サーカ」
「問答無用だ。全員、任務遂行!!」
サーカの号令と共に兵士全員が武器を構える。モリガンは戦闘向きでは無い、エーディンとアリアンフロッドを庇う形で身構えた。
「どうするの?」と聞くエーディンに、「どうするって・・・・・・」と答えるアリアンフロッド。
「とりあえず、逃げるのよ。さすがの私でもあなたたちを庇いながら戦えない」
モリガンに促された二人は、森の奥へ駆け出した。それを見たサーカは「逃がしはしない」と、逃げる二人に槍を構えて向かって行く。
「させるか!!」
モリガンは突風を起こし、兵士たちの動きを封じる。「クッ」と腕を顔の前に上げた一番目の兵士、部隊長のマルカスや二番目の兵士ビィウル、四番目の兵士デンテュスが唸る。
「今のうちに」
そう言って駆け出した時、突風を突き破ってサーカが突進してきた。
「逃がしはしないと、言ったはずだ!!」
槍が二人に迫った時、草むらの中から飛び出した何かがそれを阻む。
「―――待ちやがれ!!」
「何!?」
驚くサーカに、森の中から飛び出した少年は蹴りを食らわせる。後退したサーカに他の兵士が駆け寄り、少年はエーディンらを庇いながら剣を構えた。
「ディステリア、そいつらは自国防衛の兵士だ。殺すなよ。殺したら問題になる」
「何!?自国防衛ってことは・・・・・・自衛隊?」
「そういうことになるかな」と後から飛び出した男性が肩をすくめた。
「クトゥリア・・・・・・だったら、おかしくないか?」
「貴様らこそなんだ!!」
質問の声を遮り飛び込んだサーカの槍を、横から飛び出した刃が広い別の槍が阻んだ。
「武器を収めてもらおうか」
「貴様・・・・・・我らを裏切るのか」
「そのつもりはない」と答えた槍の持ち主を、サーカは睨んでいた。
「じゃあ、なぜその子たちを庇う?惚れたのか?セリュード」
クァイルが問う槍の持ち主は、サーカたちとは違う青い鎧をまとった、金髪の男性。彼が漂わせる気配に、ディステリアは違和感を覚えた。
「バカを言うな。この娘はアルスター王エタアさまのご息女にして、エリウ王エオホズ・アレイヴさまのお妃であられるぞ」
その途端、「何!?バカな!!」と騒然とするマルカスたち。
「あの~、言いにくいんですけど・・・・・・」
すぐに訂正しようとしたエーディンだが、
「ちょっと待った。しばらくは話をあわせよう」
とアリアンフロッドに言われ、しばらく黙っていることにした。
「大体、君たちの主であるコノール・マクネッサ殿も、半神の英雄クーフーリン殿を味方に加えられているだろう」
セリュードの言葉に、「それとこれとは関係ないだろ!!」とマルカスが叫ぶ。
「いや、あるね。半分であろうと神の血を持つ者。ある意味、幻獣なのでは?」
「貴様!黙って聞いておれば・・・・・・」
デンテュスがいきり立つが、「と・に・か・く!!」とセリュードが押さえる。
「この娘たちの身柄はこちらが保護いたす。何か用があるのならエオホズさまにお取次ぎを。」
エーディンたちのほうに向き直り、「では行きましょうか」と言った。
「は、はあ・・・・・・」
モリガンとアリアンフロッドのほうを向き、「あなた方もどうぞ」と言った。
「いえ、私はここで失礼するわ」
そう断るとモリガンは、ワタリガラスの姿になってどこかへ飛んで行ってしまった。
「我々も行きましょうか」
「はい」とエーディンが答えると、三人は悔しそうな表情の兵士たちを置いて、森の中を進んで行った。
「いいのですか、隊長。あいつらをこのまま行かせて!」
デンテュスの問いに、「仕方あるまい」とマルカスが答える。
「あの者はエオホズ王の側近。下手に攻撃すれば、この国を二つに割ることになる」
「くそっ。ふざけやがって!!」とサーカが叫び、近くの木に拳を叩きつけ、その木を折った。
ケルト神話の中でお気に入りの妖精と女神を出します。自己満足みたいですが・・・・・・それで不快になった方、なんかすいません。