第100話 サウリカ大陸奔走中
「知っていますよ」
知らせて返ってきた第一声が、それだった。
「ラグシェ、ジェプト、ムルグラント、エスパニャ、シャニアクにスヴェロニア。さらにここ一ヶ月間、この大陸でもおかしな事件が起きている・・・・・・」
タイオワの目の前にいる一人の女性。一見すると普通の女性だが左右の腕はそれぞれ三本にわかれていた。
「そこまで知っていたのか、ナ・アシュジュイ・アスダァア」
「その名は長いから、『コキャン・ウーティ』と呼んでくれと言ったはずだ」
唖然とする太陽の神はそう返され、「うっ」と言葉を詰まらせた。
「だいたい、あなたが言いたいことはすでに考えているわ。孫のパロンガホヤやポカンホヤは北極と南極から動けないから、代わりにシナリの二人に動いてもらっているわ」
「本当かよ」と、タイオワが頭を押さえる。
「ナヘナッツァーニ、トバディシュティニ、アナイエネズザニ、ナイディギシ。この四人のシナリが、ノーサリカ大陸を周っているわ」
「・・・・・・なんでそんなに行動が速いんだ?」
「・・・・・・細かいことは気にするな」と言うと、小屋に新たに蜘蛛女が入って来た。
「あら、いらっしゃい。あなたがここに来るなんて珍しいじゃない」
「それはないんじゃない」と、入って来た女性が答える。
「フルイング・ウーティではないか。お前がここに来るなんて、本当に珍しいな」
「そういうあなたこそ」とフルイング・ウーティはタイオワに驚く。
「西の海の状況は?」
「最悪に近いわ。復活したアナイエたちが、やりたい放題で暴れているわ」
「そうか。だから、世界で起きておる事態を把握しているのか・・・・・・」
「そういうこと。だから、あなたたちは何も心配しなくていいわ」
それを聞いて安心したのか、それとも、自分たちが不要だと言われたと思ったのか、タイオワはどこか落胆したような顔で小屋を出て行った。
―※*※―
フルイング・ウーティとコキャン・ウーティの話に出て来た『西の海』は、正確には『西の海岸』のことであり、現在そこでは激しい戦いが繰り広げられていた。その中に立っているのは、幅広い刃のついた石のナイフを持った黒みがかった肌の男と、その男と背中合わせになり、雷の矢を構えた男の二人。さらに、近くにはその二人と同じような姿をした男二人が戦っていた。
「アナイエネズザニ、ナイディギシ。一度、倒したからって油断するなよ」
「ナヘナッツァーニとトバディシュティニこそ、足をすくわれないように気をつけてな」
そこに襲いかかった岩の怪物に、雷の矢を放ってけん制する。毛むくじゃらで頭のない巨大な怪物テルゲス、巨大な怪鳥ツァナハレ、両肩のところに目のような窪みがあり、手足のない双子の怪物ビナイエ・アナニ、凶悪なカモシカの怪物デルゲット。これはかつて、創世時代に猛威を振い、ゆえにシナリに退治されたはずの怪物たちアナイエだった。
「なんでまた、こいつらが暴れているんだ・・・・・・?」
「わからない。『原初の男女』は、この世界に干渉しないと言ったはずだ・・・・・・」
ナヘナッツァーニとトバディシュティニが攻撃しながら会話をする。そこに
「フォーリング・アビス・・・・・・スプラッシャー!!」
誰かの声が響くと共に、広範囲に飛び散った暗い紫色の羽の弾丸が空中のツァナハレを撃ち落とし、その穴から黒い翼が生えた男が突っ込んだ。
「あんたは・・・・・・!?」
ナヘナッツァーニの問いに答えずその男、ディステリアは右手に持つ天魔剣に光の魔力を集中させた。
「ライジング・・・・・・ルピナス!!」
剣を振り下ろしたすぐ後に立ち昇った光の柱が、辺りに群がっていたアナイエたちをなぎ払う。
「どこの誰か知らないが、やるじゃないか!!」
石のナイフで、硬い皮膚と細長い首を持った怪物、ツェ・ダー・ホジイルタリイに斬りかかる。その様子を、崖の上から見ている影がいた。
「まさか、〈ブレイティア〉が参戦してくるとは・・・・・・ククク。だが、まあいい。こちらは目的を果たせれば、それでいいのだから・・・・・・」
崖の上の影は、さらに「クククククク」と含み笑いをして、戦いを見ていた。
「とどめを刺すぞ、アナイエネズザニ!」
「了解した、ナヘナッツァーニ!」
光の力を持つ二人の戦神が、同時に技を放つ。
「太陽光の矢!!」
二本の光の矢がいくつにも別れ、アナイエに群れに直撃する。
「よし、俺たちもやるぞ!」
「了解!トバディシュティニ!」
闇の力を持つ二人の戦神が、同時に技を放つ。
「暗闇の矢!!」
こちらも、闇の矢がいくつも別れてアナイエの群れに直撃し、大きな爆発が捲き起こった。光と闇の技を放った四人の戦神に、ディステリアは驚くと同時に憧れのようなものが沸き起こる感じがしていた。
「(すげえ、こいつら。連携に全く隙がない)」
そこに、「ディステリア~」とセルスの声が聞こえて来た。
上を見上げると、ホバリング体勢のイェーガーがゆっくりと降りてきていた。
「終わったなら行くよ~」
「ああ」と答えると、ディステリアは翼を広げてイェーガーのほうに飛んでいった。
「あいつらって確か、ヴァナハの集落に来た奴らだよな」
「ああ。確か、大陸中の集落を周るとか言ってたな・・・・・・」
「うわっ・・・・・・大変そう・・・・・・」
ナイディギシの言葉に、表情を引きつらせたトバディシュティニが呟いた。その後、イェーガーが飛び立ち、四人の戦神も去った頃、崖の上の男が下に飛び降りてきた。
「さて、と。それでは、私の仕事に取りかかるとしましょうか」
その男ガレゼーレは、辺りに散乱しているアナイエの死体にゆっくりと近づいていった。
―※*※―
数日後。サウサリカ大陸にある軍基地でアウグスが交渉している間、ディステリアたちは小型スキールブラズニルとの通信でユーリたちと話していた。
「エルセムでそんなことが・・・・・・」
《ああ。あそこは、黒い怪物の巣窟となっていた》
《天使たちは確か、あいつらをクルキドと呼んでいた》
「クルキド?」とユーリが首を傾げると、《知らないのか?》とディステリアが聞き返す。
《正式名称不明の謎の怪物だ》
「ああ。あの魔物とは違うとか言われてる・・・・・・」
ディステリアが世話になっていたイグリース以外では、仮の名称すら知られてなかったようだ。それだけ国同士の連携が取れてないということなのか。
「しかし、アウグスの奴遅いな・・・・・・」
同行者のクルスが頭の後ろで手を合わせてイスにもたれると、ユーリが振り返る。
「サウサリカ大陸は農耕とスポーツ発展に重点を置いているから、軍が基地を置いてる場所はここだけだ。だからすぐ終わると思ってたが・・・・・・」
《魔物が出現した時は、どうするんだ?》と画面越しにクウァルが聞く。
「現地の神々や先住民が押さえるらしい。ここの人たちは、現代文明を取り入れながら地元精霊とのつながりを失わなかったらしい」
《そうなのか・・・・・・》
ノーサリカ大陸で精霊に見放されたヴァナハ集落の若者を見ていたディステリアやクウァルは、サウサリカ大陸にある集落の様子が想像できない。と、そんな時アウグスが戻って来た。
「いや~~、まいった、まいった。連中に疑われて拘束されちまったよ」
「ここ数日音沙汰なかったのはそのためか!?」
驚いたクドラが立ち上がると、「怒るなよ、仕方ないことだから」とアウグスがなだめた。
「とりあえず、ハルミアが何を言ってきても慎重に動く、ってことを取り付けてきた。まあ、最近きな臭かったらしいから変わってないようだが・・・・・・」
《そこの軍とハルミアの軍って、同盟を組んでるのか?》
セリュードの問いに、「同盟も何も・・・・・・」と疲れた顔のアウグスがソファに座る。
「同じ軍だぜ、ハルミアの軍もここの軍も」
「あっ、そう。駐在勤務、ってことか?」
そう言ってクドラはイスに座る。画面越しに聞いていたセリュードもディステリアもたいして驚かなかったが、クウァルたちは目を瞬かせていた。
《にしても拘束か・・・・・・ノーサリカ大陸でも思ったが、俺たちってそんなに不信感持たれてるのか?》
「まあ、な。神界の連中でさえ敵視されている」
《ウソ・・・・・・》とセルスが唖然とした声を出す。
「本当だ。お前ら知らないか?エスパニャの使節団がこの大陸に入って来た時の話」
ディステリアとクウァルが顔を見合わせ、他のみんなも首を横に振る。
「今から百数年ほど前の遥か昔・・・・・・エスパニャが『侵略者の国』と呼ばれるようになった頃の話だ・・・・・・」
アウグスが話したのは、ある日の会議に出て来たエスパニャとサティシュカの話。他の大陸の民族と交流を深めようと送られた使節団の一つが訪れた国、そこで起こった習慣の違いによる悲劇、他の二文明であるルーフェとインディカが受けた災い、その果てに今も続く確執。
「そんな・・・・・・」
少しのすれ違い、食い違いで起きた悲劇に、息を呑んだリリナの小さな声が洩れる。
「・・・・・・だが、今もそれを引きずっているわけには行かない。この大陸の神々に疎まれようと、俺たちはこの国で活動しているデモス・ゼルガンクを見逃す訳には行かないし、奴らの思い通りにさせるわけにも行かない」
「強いんですね、アウグスさん・・・・・・」
「そんなんじゃないさ」とリリナに返す。
「ただ、この先苦しくならないように・・・・・・臆病にしているだけ・・・・・・」
自嘲気味に笑い「かな?」と締めくくると、画面向こうのセリュードたちは顔をしかめる。
《そんな風に言わないでください。事実、奴らを放置していれば状況はより苦しくなるんだし》
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ」
セリュードに笑いかけると、アウグスは伸びをする。
「さて・・・・・・一端帰るか」
《ありがとうございます。俺たちの仕事を請け負ってくれて・・・・・・》
「いや、何。俺も納得できなかったんだよ。帰ってきたばかりの奴らに任せる仕事じゃないしな」
《ああ、そうだぜ》
怒鳴って腕組みしたディステリアに、今度はアウグスが苦笑する。
「何事もなければ、お互いこのまま帰れる。その辺の苦情も直接言えると思うぜ」
《そうか・・・・・・待ってろよ、クトゥリア・・・・・・》
わなわな拳を震わせるディステリアに、「タハ、ハ・・・・・・」と苦笑し、アウグスは通信を切った。
―※*※―
世界のどこかにある建物の中。その一室で、分厚い鎧に身を包んだ一人の男が、厳しい顔で手に持つ資料を睨んでいた。そこに扉からノックの音がする。
「失礼します・・・・・・」
答えが返ってきていないにも拘らず、部屋に一人の男が入ってきた。しかし、部屋の中の男は黙ったままたたずんでいる。
「ヴォルグラードさま。先の作戦の報告書です。それと、ソウセツさまがお呼びです」
すると、「ガレゼーレ」と部屋の中にいたヴォルグラードが話しかける。
「この報告書には、結果はなんと書かれてある」
「は?」
質問の意図がわからず聞き返した瞬間、ヴォルグラードに睨みつけられ、ガレゼーレは「ヒッ―――!」とすくみ上がった。
「そ、それは・・・・・・報告書を見ていただければ、すぐにでもおわかりになるかと・・・・・・」
「この作戦の結果、私は貴様に問うているのだ!!」
「ヒッ!」
再び睨まれ、すくみ上がった後、恐る恐る「し・・・・・・失敗です」と答えた。
「ちっ、やはりな・・・・・・」
受け取ったばかりの資料を忌々しく机に叩き付けると、ヴォルグラードは立ち上がって窓の外を見た。
「最初の作戦・・・・・・ケルト国内の二カ国、アルスターとコノートを争わせ、両国の兵力をそぎ落とす。結果は・・・・・・」
ガレゼーレが弾かれたように姿勢を正し、報告を始める。
「へ・・・・・・兵力の削減には成功いたしましたが、死者がいなかったためこちらの兵力を増強できず・・・・・・事実上は失敗にございます・・・・・・」
「その調子で結果を答えろ。次に、我らの障害になりえる邪魔者。その一つであるアースガルドの神々を、人間に討たせる作戦・・・・・・」
「神と人間の実力差があまりにも大きく、反撃にあい失敗。ケルト国と同じく、死者の数がゼロのためこちらの兵力増強にはならず・・・・・・」
「次、ファンラスでの作戦・・・・・・そこに住む人間で脅威になる可能性がある者の排除・・・・・・加えて、その怨念の採取・・・・・・」
「首尾は上々でしたが、邪魔者がいたとはいえ担当者の詰めの甘さにより露見。さらに担当者二名も倒されて、失敗」
「・・・・・・現時点において最大の失敗だ。次・・・・・・ラグシェ・ジェプト両国でほぼ同時に展開した作戦・・・・・・。まずはラグシェ側」
「オリュンポスへの攻撃には成功したものの、追撃時に部隊は全滅。運用試験中のテュポニウスも喪失・・・・・・」
「次、ジェプト側」
「まず、アーマンの捕獲は失敗。作戦の過程でアポピスを解放した際、偶然にも混沌の深遠への通路が開き、罪深き死者の魂を凝縮して得られる」
「結果は?」と聞くと、「痛み分けです」と答える。
「次。天界・魔界、両世界への間者の侵攻―――」
「すこぶる難航。よって、現在進行中・・・・・・」
少しでも気分を変えるためノリを軽くして離していたので、ヴォルグラードの鋭い目で睨まれてしまった。
「・・・・・・すみません、まじめにいたします」
「いや。ふざけていたのは気になるが、事実そうだ。次・・・・・・」
「シャニアク国での作戦行動。全国の大名とかいう支配者に戦闘を呼びかけ、そこで命を落とした兵士・民間人の負の思念の採取・・・・・・。これの結果は、ノルマを大幅に超えています」
「ネクロも『今までの失敗を埋めるほどの収穫』と言っていた。まさに愚かなシャニアク人、様様だ」
「・・・・・・はい。我々の作戦行動で、唯一の成功と言っても間違いありません・・・・・・」
機嫌が直ると思い一息ついたガレゼーレを、「まだあるだろ」と睨む。
「は??」
「そこには確か、前々から同胞に加えようと目をつけていた者がいたな。その者の引き抜きはどうした?」
一瞬にして、ガレゼーレの顔色が悪くなる。
「ざ・・・・・・残念・・・・・・ながら・・・・・・」
やっぱりとでも言うように、「フン」と笑い後ろを振り返る。
「さらに、大魔王ルシファーの暗殺失敗。このような失敗続き、もはや見ておれん。私が出る。目的地はサウリカ大陸だ」
「お・・・・・・お待ちください。いくらソウセツ様直属の八幹部とはいえ、そのような勝手をあの方がお許しになるわけが・・・・・・」
「いや、許すよ」
突然した声に二人が驚いてそのほうを見ると、いつのまに開いたドアにソウセツが立っていた。
「いつまで待っても来ないから、自分から来たぞ」
「申し訳ございません、余計な手間をかけさせてしまって・・・・・・」
「全くだよ」と言ったソウセツは、偽りもなく笑っていた。
「し・・・・・・しかし、まだ機は熟していないと・・・・・・」
止めようとするガレゼーレに、「機ならとっくに熟してるよ」と答える。
「それに・・・・・・例の邪魔者どもはカティニヤス国に部隊を集結させている。一気に片づけるチャンスだ」
「わかりました」と、ヴォルグラードが答える。
「ならばこのヴォルグラード。ソウセツさまの崇高なる計画を邪魔する愚か者どもに、二度とそのような気を起こさないよう、骨の髄まで恐怖を切り刻んでやりましょう」
すると、ソウセツはげんなりとした表情でヴォルグラードを見る。
「・・・・・・・・・その堅苦しい喋り方、どうにも好かないんだよね」
「いえ。これは私が、あなたさまに忠誠を誓っている証。いくらあなたの言いつけでも、やめる訳には参りません・・・・・・」
「わかった、わかった。好きにするといいよ」
諦めて部屋を出て行ったソウセツに、「ハハッ」と頭を下げた。
「必ずや、実現させて見せましょう。あなたの夢見る理想郷・・・・・・」
―※*※―
フォルプ族の集落。事態は急速に動き出していた。
「あいつらが政府の回し者だったらどうする・・・・・・?」
「俺たちの計画が知られたかも知れん。どうする、イルグレイ?」
「・・・・・・急いだほうがよさそうだ。明日にでも仕掛けるぞ」
「おおっ!」と若者たちが解散すると、物陰からタカの頭を模った装飾をした男が顔を出した。
「これは、まずいことになりそうだ」
男はそう呟き、突風のように姿を消した老イルグレイ族長次の瞬間、一瞬で現れたのは現族長である老イルグレイの家だった。
「これは・・・・・・イーグルカチナ殿、どうなされたのですか・・・・・・?」
老イルグレイはもちろん、彼の側にいた二人の男もそのカチナに膝を折った。
「・・・・・・信じたくはないだろうが、心して聞いてくれ。かねてから、貴殿が心配していた通りになった」
それを聞き、「そう・・・・・・ですか」と老イルグレイが辛そうな顔になった。
「老イルグレイ殿・・・・・・辛いだろうが・・・・・・」
「わかっている」と、老イルグレイはイーグルカチナに答える。
「いつか、こうなることはわかっていた。だが・・・・・・ワシらはここを離れる訳には行かない・・・・・・」
「わかっています。ここは、四人のシナリに任せましょう」
イーグルカチナの姿が消えると、「すまない」と老イルグレイは唸った。