第98話 示される力の差
「ライジング・ルピナス!!」
「何、これは・・・・・・!?」
さすがのルシファールも、悪魔と同じ気配を持つディステリアが光属性の技を使えるとは思っていなかった。だが、彼にとっては付け焼刃にも等しく、黒い炎でかき消した。
「なっ・・・・・・」
「気をてらったつもりだろうが、甘い!!」
左腕から生えた鉄の塊がディステリアを殴りつける。天魔剣でガードしたが、少し後ろに飛ばされてしまう。そこに再び鉄の塊が襲いかかる。
「危ない!!」
クウァルの鉄拳がそれを受け止める。その後、衝撃で下がった二人を抜きさって、セリュードがルシファールに槍を突き出す。
「甘い!ただの槍など、この闇の炎で・・・・・・」
だが、妖精の力に包まれた槍は、ルシファールが構えた右腕の炎を突き抜けた。とっさの判断で体を屈めてかわしたが、セリュードはそのまま槍を下に振り下ろした。左腕の鉄の塊を切り離して後ろに飛ぶ。間一髪、槍をギリギリでかわし、肩と胸の服を切られる程度で済んだ。
「隙を与えるな!一気に攻めろ!!」
セリュードの指示に、三人が一斉に攻撃態勢に入る。
「エアスラスト!!」
セルスが作り出した風の槍がルシファールを貫き、
「どりゃああああああああっ!!」
クウァルの鉄拳が殴り飛ばし、
「一気に・・・・・・けりをつける!!!」
黒い鎧をまとったディステリアが、最大の光の力を溜める。
「ラァァァァァイジング・ルピナスセイバアアアアアアアアアッ!!!」
鋭さを増した光の刃が、地面からルシファールに向かって斜めに突き出した。それらはかわされることなく、一瞬でルシファールに直撃し、貫いた。誰もが勝ったと思ったその時、
「―――人間ごときが・・・・・・」
そう呟いた次の瞬間、ルシファールを包み込む魔力が大きくなり、一斉攻撃を受け止めた。
「「「「―――!?」」」」
「少しばかり遊んでやれば・・・・・・調子に乗りおって・・・・・・」
膨れ上がったプレッシャー。クウァルが殴りかかるがルシファールの鉄拳を顔に受けて、殴り飛ばされた。
「クウァル!!」
すぐに駆け寄ろうとしたセルスの後ろに現れ、振り向こうとした彼女を仕留めようとする。だが、直前に飛び出したセリュードが代わりに攻撃を受けてしまった。
「がっ・・・・・・」
「セリュード!!」
ディステリアが叫ぶとセルスはとっさにクリス・ウォールを張るが、詠唱とマナの集束の時間が少なすぎたため、いとも簡単に砕かれた。偶然、杖が盾になったが、セルスは数十センチ離れた地面に叩きつけられた。
「させるか!!」
トドメを刺そうとするルシファールの前に飛び出したディステリアが立ちはだかる。だが、
「―――庇うなんて無駄だよ!!」
と言われたかと思うと、左腕を包むように現れた黒い鉄の槍が、ディステリアを包んでいる鎧ごと彼の体を貫いた。体の中に吹き出した血が、彼の口から吐き出された。
「ぐ・・・・・・強い・・・・・・」
槍が引き抜かれ、ディステリアが床に倒れた時、ついにルシファーが進み出てきた。
「・・・・・・我が出よう」
「ルシファーさま!?」
「心配には及ばん・・・・・・我が相手をしよう」
それを聞き、「クククククク」とルシファールが笑う。
「・・・・・・何がおかしい」
「あなたと戦えるからです、大魔王ルシファー。当て馬どもとのウォーミングアップを終え、やっと本命を倒せるんですよ。古き大魔王という、あなたとね」
ルシファーが「ほう」と浮かべたその笑みには、彼本来の冷徹さが潜んでいた。
「我が貴様を倒し、この魔界を新たな世界に生まれ変わらせる。我こそは、貴様を超える存在なのだから!!」
ルシファールの放った黒い鉄の槍が、ルシファーに迫る。槍の穂先が目前まで迫った時、ルシファーは右腕を振って、あらかじめ溜めていた地獄の業火を放った。業火はあっという間に槍を溶かし、その後も勢いが衰えることなくルシファールに襲いかかった。すぐさまルシファールは魔力の壁を作るが、地獄の業火はいとも簡単にそれを越え、体を焼き尽くした。
「ぐっ・・・・・・ウ・・・・・・ぐおおぉ・・・・・・」
地面に倒れそうになる体を踏みとどまらせ、「うおおおおおおぉぉっ!!」と襲いかかる。だが、ルシファーの右腕の一撃にいとも簡単に吹き飛ばされた。
「がはぁ・・・・・・ば・・・・・・バカな・・・・・・!!」
さらにルシファーが指を鳴らすと、吹き上がった業火がルシファールを取り囲み、焼き尽くす。
「がああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
業火と共に消えるルシファールに、ルシファーは冷徹なまでの眼差しを向けている。
「これで我を超えるなどと・・・・・・おこがましい限りだな・・・・・・」
冷淡に呟き背を向けたルシファーに、ディステリアとセリュードは目を見張っていた。
「つ・・・・・・強い・・・・・・」
「圧倒的だ。これが・・・・・・大魔王ルシファーの力・・・・・・」
自分たちが全く敵わなかった敵を、一撃で葬ったルシファーの力にただただ呆然としていた。炎が消え、襲ってくるものがいないことがわかると、ルシファーはすぐさま指令を出した。
「まだ動ける者で、力のある者はすぐに負傷者を運べ!足の速い者は、リモンに治療の準備をするように通達しろ!」
「は、はい!」
その場にいた悪魔たちは返事すると共に、すぐさま行動を開始した。
「(決断力と行動力が高い。これが・・・・・・)」
全身の力が抜け、ディステリアの体が地面に突く。彼の意識はそのまま、暗い闇の中に落ちて行った。
―※*※―
〔・・・・・・ディステリア・・・・・・ディステリア・・・・・・〕
暗い空間の中で、ねちっこい声が響く。
「なんだ・・・・・・貴様は・・・・・・?」
〔ディステリア・・・・・・いや、ディルト・デュウル。お前がいるべき場所は、そこではない・・・・・・〕
「ディルト・デュウル・・・・・・?誰だ、それは!?・・・・・・いや、知っている・・・・・・俺・・・・・・?」
〔そうだ。お前は天使と悪魔、双方の血を引く者。天魔界という、天界と魔界の狭間にある異空間に存在した世界に住んでいたのだ〕
「『存在していた』・・・・・・?それではまるで、今はもうないような言い方だな・・・・・・」
〔その通り、今はもうない。天界の天使と魔界の悪魔の戦争により、滅び去ったのだ〕
「な・・・・・・なんだと・・・・・・!?」
〔我らは不条理に奪われる命を助けるため、両軍の兵士の中に幾人か仲間を紛れ込ませた。だが結果は、誰一人、助けることもできなかった〕
「生存者ゼロか。なら、俺はなんだ。貴様の話が正しいなら、俺は唯一の生存者だろ!?」
〔確かに君は、あの戦争の唯一の生存者だ。だが、それは我々が助けたからではない。君自身の手で生き延びたのだ〕
「なんだと!?どういうことだ!?」
〔君はあの戦いの中で、己の中の秘めた力を解放し、襲い来る天使と悪魔の部隊を全滅させた。それから君は・・・・・・長い時間、力に飲まれて暴走し続け、君の住んでいた天魔界を破壊しつくした。その時に君が世界の崩壊に巻き込まれなかったのは、君自身が生きようと力を放出させ続け、偶然、地上界に転移したのだよ〕
「偶然だと!?」
〔そう、まさに偶然。いや、起こるべくして起きた奇跡かも知れん〕
「そんな不明確なもので・・・・・・」
〔奇跡とは、強い思いと諦めない精神が、偶然という形で起こすものだと、私は考えている。空間の消滅の最中、君は無意識の内に生きたいと思っていたはずだ。その思いの中、無我夢中で使った君の力が君を助けたと言う訳だ〕
「御託はいい!貴様はいったい、何者だ!姿を見せろ!!」
〔この世界を修正する者・・・・・・この世界を救済する唯一無二の方法を知る者だ・・・・・・〕
「ふざけるな・・・・・・」
〔ふざけているのはこの世界だろう。何千年発とうとも、醜く争いを続けるこの世界だ。違うかね・・・・・・?〕
「違う・・・・・・確かに世界は過ちを繰り返す。だが、『もう二度と繰り返さない』と誓えるはずだ!!」
〔そうやって、いったい何千、何万回誓ったと思うかね・・・・・・?一度、誓って何年の時が流れたかね?何度誓おうが、忘れたと気に繰り返す。そんな人間の住む世界など、存在する意味はない〕
「違う・・・・・・違う・・・・・・!!」
〔違わないよ・・・・・・ディステリア。もう一度、言う・・・・・・君の居場所は〈ブレイティア〉などという陳腐な志の組織ではない。我ら、世界は修正されるべきだと知っている〈デモス・ゼルガンク〉こそ、本当に君のいるべき場所だ〕
「違う・・・・・・俺は・・・・・・」
〔・・・・・・愚か者どもに毒されていて、残念だよ。だが、ディステリア。いずれ君も気付くはずだ。この世界がいかに醜く、修正されるべきか否かを・・・・・・〕
「・・・・・・ふざけるな・・・・・・ふざけるな・・・・・・」
闇に包まれた空間の中、ディステリアは声を振り払うように両耳をふさぎ、激しく頭を振る。だが、謎の声はまとわりつくように笑い続けていた。
「・・・・・・ディステリア・・・・・・ディステリア・・・・・・!!」
―※*※―
幼さが残る少女の声が、ディステリアの思考を現実に引き戻す。だが、まだ視界がはっきりとせず、目の前の女性の顔がぼやけている。
「・・・・・・ディステリア・・・・・・大丈夫・・・・・・?」
ハッと気がつくと、ぼやけた顔がはっきりセルスの顔になった。
「・・・・・・ディステリア・・・・・・大丈夫?かなりうなされてたみたいだけど・・・・・・」
「あ・・・・・・ああ・・・・・・」
呟きながら頷くと、ディステリアはゆっくり体を起こした。
「・・・・・・セルス・・・・・・お前は・・・・・・大丈夫だったか?」
抑揚のない声で聞かれたので、「えっ・・・・・・う・・・・・・うん」と戸惑いながら答えた。
「・・・・・・そうか。よかった・・・・・・」
小さく呟くとゆっくり体が倒れたので、「ちょ!?」とセルスがその体を受け止める。心配そうに顔を覗き込むと、ディステリアはスースーと寝息を立てていた。
「(疲れた・・・・・・それとも・・・・・・安心したのかな)」
そう言うセルスも、うとうとし始めた。
「(あれ・・・・・・眠い・・・・・・私も・・・・・・安心しちゃったのかな・・・・・・)」
だんだん意識が遠のき、いつしかセルスも眠ってしまった。
「おーい、セルス。ディステリアが目覚めたら・・・・・・」
決して軽くない怪我をしたはずのセリュードが、ケロッとした表情で入ってきた。
「おやおや、これは、これは・・・・・・」
表情を緩めたセリュードは、互いにもたれあって眠っている二人を見て、溜め息をついた。
「こりゃ、一気に進展か?・・・・・・なあ、クウァル」
意地悪な笑みを浮かべ振り向くが、そこからは何も返ってこない。だが、しばらく笑顔を向けていると、
「・・・・・・・・・どうしてわかったんですか?」
根負けしたクウァルが、物陰から出てきた。
「覗きとは、趣味が悪いな」
「そんなんじゃない。それより、いつから知ってた?」
赤くした顔を背けながら、バツが悪そうにクウァルが聞く。
「部屋に入る前、ドアが少し開いているのが見えてね。俺の前に誰かが入ろうとしたが、中の様子を見てやめ、俺の足音を聞いて慌てて隠れた・・・・・・って訳だろう」
「・・・・・・かなわんな」と頭をかいたクウァルに、セリュードが呆れた表情をする。
「で、嫉妬でもしてる訳?」
「どうして・・・・・・そう思う?」
「セルスが寄り添っているディステリアに対しての嫉妬と、彼への仲間意識が複雑に入り混じっている。そんな顔をしてる」
「ハハハ・・・・・・我ながら呆れるよ。こんな時に、仲間に嫉妬の感情を向けるなんて・・・・・・」
「こんな時だからこそ、胸の内にある思いを伝えたいものだろう。戦場に立って戦う以上、いつ死ぬかわからないとから、な」
「戦場だけとは限らないだろ」と、クウァルは弱々しく笑った。まるで、自分自身をあざ笑うかのように。
―※*※―
一連の騒ぎが一段落した後、万魔殿の謁見の間では、ルシファー、ベリアル、アスタロトがいた。
「彼のあの変化。あれはいったい・・・・・・」
ベリアルが言う彼とは、ディステリアのことであった。
「光と闇の属性の魔力を合わせ持つと言うことはさておきとして、彼の背中に現れるあの翼は、間違いなく天使のものです」
アスタロトが指摘するが、ルシファーは無表情でイスにもたれる。
「しかし、あの純白が闇属性の力を使う時には漆黒になる。そのような変化が起きることが、どうにも解せん」
「それは、彼自身も思っていることだろう。それに、相反する属性を合わせ持つにしては、どうにもおかしい部分がいくつかある」
ルシファーの指摘に、二人が「ウーム」と腕を組んで考える。
「彼が持つ光と闇の力。どれも人間が使うものと比べて、我々が使う純粋なものに近い。ということは・・・・・・」
「彼は天使・・・・・・もしくは悪魔の血族と言うことですか?ルシファー」
アスタロトの問いに、「ウーム」と考える。
「ハッキリしないな、魔界の大魔王ともあろうお方が・・・・・・」
「いや・・・・・・ハッキリさせるほうが難しいだろう」とルシファーが呟く。
「どういうことだ?」
「彼は・・・・・・天使と悪魔のハーフかも知れん・・・・・・」
「「なあっ!?」」とベリアルとアスタロトが驚く。
「それなら、彼が我々を過敏に警戒した理由も見当がつく。天界でも同じようなことがあったらしい」
「天使の奴ら・・・・・・我々のこと目の敵にしてますからね」
ベリアルが怪訝そうな顔で呟くと、ルシファーは遠い目で謁見の間の天井を見上げた。
「彼は天使であり、悪魔でもある。二つの血を受け継ぐもの・・・・・・天界でも魔界でも辛い目にあったのかも知れない」
ルシファーの確証のない言葉、否定することも肯定することもできなかった。
―※*※―
「今回の一件で、君たちと敵側には、圧倒的なまでの力の差があることが、判明してしまった訳だな」
「・・・・・・すみません。情けない限りです」
王座に座っているルシファーの言葉に、セリュードは申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「いや、君たちはできるだけのことはした。戦場を潜り抜け、生き残りさえすれば、君たちは何倍にも成長できるはずだ」
ルシファーにそう言われて、セリュードたちは少し気が楽になった。
「ディステリアくん・・・・・・だったね。どうだろう?この戦いが終わった後、魔界で暮らす気はないかい?」
ルシファーの突然の申し出に、「えっ?」と困惑するセリュードたち。
「もちろん無理にとは言わない。だが、ここには元は天使だった者たちもいる。天界より、風当たりは強くないと思うが・・・・・・」
しばらく沈黙した後、ディステリアがルシファーの顔を見上げる。
「・・・・・・お気遣い、ありがとうございます。でも俺・・・・・・ここまで旅をしたみんなと一緒に、最後まで戦います」
「ディステリア・・・・・・」
セルスが呟くと「なんと恐れ多い」と近くにいたベリアルが信じられないという顔で呟いた。
「・・・・・・そうか」
が、ルシファー本人は穏やかな顔をしていた。
「すみません、せっかくのご好意を・・・・・・」
「いや、むしろ逆に安心している」
ルシファーの言葉に、その場にいる全員が「えっ?」と聞く。
「君が『最後まで共に戦いたい』と、思える仲間に会えたことに・・・・・・」
どこかうれしそうな顔で、王座から立ち上がる。
「君と君の仲間たちに、武運があらんことを・・・・・・」
ルシファーの激励に、「ありがとうございます」と四人は答えた。
―※*※―
パンデモニウムを後にしたセリュードたちの、次の目的地は。
「本部からの連絡だ。今度は、ノーサリカ大陸に行かなければ行けないらしい」
コクピットにある画面に、次の指令のメールが来ていた。
「なんだよ。俺たちは、使い走りの何でも屋じゃないんだぞ~。休みくれたっていいじゃないか~」
席で足を投げ出すディステリアに、「まあまあ」とセリュードが言う。
「任務で戦うと言うのは、こういうもんさ。それに、〈ブレイティア〉は人手不足も同然だし・・・・・・」
「俺たちのような『使い走り』が出るのも、仕方なし・・・・・・というわけか。どうも気に食わんな」
「なんだ?珍しく意見が合うじゃないか」
クウァルが悪態をつくと、ディステリアがからかうように言う。
「やめてよ。地上に戻ったら大雨でした、なんてことになったらどうするの・・・・・・?」
セルスがそういうと、「おいおい」とセリュードが口を挟む。
「『珍しいことがあったら、雨が降る』なんて、因果が証明されてない迷信だ。下らないこと言ってないで、行くぞ」
セリュードがイェーガーにエンジンをかけると、ベリアルが開いてくれた〈転移の門〉をくぐって地上界に戻って来た。しかし、その直後、セリュードたちが乗ったイェーガーは暴風雨に出くわした。
「うわっ!嵐の中に出るなんて、なんてついてないんだ~」
早速、クウァルが悲鳴を上げる。
「やっぱり、二人の意見があったから、大雨どころか嵐に出くわしたんだわ!」
「俺たちのせいかよ!?」
セルスにディステリアとクウァルは言ったが、「そんな訳あるか!」と即座にセリュードが突っ込みを入れた。