第96話 我、纏うは新たな力
「はあっ!!」
ミカエルが右手を前にかざすと、手の平からまばゆい光の槍が飛び出し、クルキドを何体も貫いた。それに続いて、ウリエルや他の天使たちが攻撃を加える。
「ライジング・・・・・・ルピナス!!」
天魔剣を地面に突き刺して、立ち昇った光の柱がクルキドを打ち貫くが、その穴はすぐに埋められて新たなクルキドが襲いかかって来た。
「ファイアボール!!・・・・・・これじゃあ、キリがない・・・・・・」
「ああ。そう・・・・・・だ・・・・・・な・・・・・・」
弱りきったような声を出してディステリアが片膝を突くと、彼の体を包んでいた鎧が消えてしまった。
「―――!・・・・・・ディス!!」
セルスの注意がディステリアに向いた瞬間、クルキドの攻撃が彼女の手から杖を叩き落とした。その衝撃でセルスは偶然にも、ディステリアの側まで突き飛ばされた。
「・・・・・・大丈夫か・・・・・・」
セルスを気にかけるディステリア。だが、彼にはもう、戦う力はおろか彼女を守る力も残っていない。
「(俺にできることは・・・・・・もう・・・・・・)」
クルキドが一斉に襲いかかった時、ディステリアは無意識の内にセルスの体を抱きしめた。その次の瞬間、クルキドの塊の一部が砕けると、そこから光が入ってきた。二人がその方を向くと、セリュードとクウァルを先頭にミカエル、ウリエル、天使の兵士たちが突っ込んできた。
「一気に勝負をかける!!皆の者、行くぞ!!」
「おぉおおおおおおっ!!」
天使たちがディステリアとセルスの周りに集まり、クルキドに向けて光の力を放ち、一気になぎ払った。クルキドは散り散りとなり、地面に足がつくなり逃げ出そうとしたものを、ウリエルやミカエルが炎の剣や光の槍で仕留めていった。こうして、天界の入り口に侵入したクルキドは全滅した。
「助かった・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
二人が気の抜けた声を出すと、不機嫌そうな顔のクウァルが前に立った。
「おい。何やってんだ・・・・・・」
言われて二人が顔を見合わせると、抱き締めていることに気付く。顔を赤くした二人は慌てて離れる。
―※*※―
クルキドとの戦いの後、体の傷を治療してしばらく休んだ後、セリュードたちはイェーガーに乗って旅立つことにした。だが、その前に。
「なんだ、話って?」
改まって聞いたクウァルに、「いや、その・・・・・・」とディステリアはバツの悪そうな顔をする。
「なんだ?言いたいことがあるなら、さっさと言え」
「そうは言っても・・・・・・まだ心の準備が・・・・・・」
「アハハ・・・・・・」
セルスが苦笑していると、イェーガーの整備を終えたセリュードがやって来る。
「整備完了。異常ないようだ・・・・・・って~、どうした?」
「いや。ディステリアが、話があるって」
「ほう・・・・・・」
目を細めたセリュードが顔を向けると、ディステリアはとうとう覚悟を決めた。
「―――すまなかった!!」
「「「はあ?」」」
頭を下げたディステリアに、目を丸くした三人は呆けた声を出した。
「いや・・・・・・ミカエルの部屋で色々言っちまっただろ・・・・・・そのことで・・・・・・」
「ああ、そんなことか」
「そんなことかって・・・・・・」
顔を上げたディステリアに、おもむろにクウァルが近づくと彼は戸惑う。
「・・・・・・殴れ」
「はあ!?」
今度はディステリアが呆けた声を出した。
「あの時、お前が卑屈めいていたとは言え、殴っただろ。一発殴れ、それでチャラだ」
「ちょ、クウァル。いくらなんでもそれは・・・・・・」
呆れたセルスが口を出すが、「ああ」とすぐディステリアはクウァルを殴る。あまりに簡単だったので、セルスは驚いた。
「一発は一発。これでチャラ、だろ?」
「おう・・・・・・おうおうおう・・・・・・調子が戻ったら早速言ってくれるじゃないか」
口元をぬぐい、笑みを浮かべたクウァルが立ち上がる。今にも殴り合いに発展しそうな雰囲気にセルスは気が気でなく、セリュードは溜め息をついていた。
「これ以上のごたごたはやめてもらいたいのだが・・・・・・」
呆れた声がすると、困った顔のミカエルがウリエルとラファエルとガブリエルを引き連れていた。
「ど、どうもすいません。お騒がせして」
「まあ、構わんさ。ところで、次の目的地は決まっているのかね?」
「ええ。次は魔界へ行こうと思っています」
セリュードの言葉に、苦い表情をしながらハダーニエルが〈転移の門〉を魔界につなげた。
「では、お世話になりました」
セルスが頭を下げるとイェーガーが離陸した。
「私は直接、君たちに手を貸すことはできないが、これだけは言わせてくれ。武運を祈る」
「はい」とディステリアが答え、イェーガーが〈転移の門〉をくぐった後、ミカエルの口元が緩む。
「・・・・・・『天魔の装具』・・・・・・フフ・・・・・・そうか・・・・・・彼は・・・・・・」
静かに笑ったミカエルの言葉が聞こえた者は、その場に誰もいなかった。
―※*※―
天界を後にしたディステリアたち。〈転移の門〉を通り魔界へと向かうイェーガーの中、当初は天界へ行く時と同じように再びディステリアが苦しむんじゃないか、と心配されたが、当人は涼しい顔をしていた。
「大丈夫?」
「ああ、今のところ痛みもない」
「結局なんだったんだ、あれ?」
後ろに目を向けたクウァルが聞くが、「わからない」と言うしかなかった。
「(あの時見えた光景・・・・・・聞こえた声・・・・・・あれは、いったい・・・・・・)」
しかも情報量が多すぎたためか、思い出そうとすると記憶がぼやける。どうもキリがないのでディステリアは考えるのをやめる。
「それにしても、天界にあのような魔物がいるなんて、聞いたことがない」
「さすがに・・・・・・不自然にも程があるよね・・・・・・」
考え込むセルスとクウァルに、ディステリアが顔を向ける。
「あの魔物とは、クルキドのことか」
「うん」とセルスが答えると、ディステリアが腕を組む。
「天使から聞いた話だと、あの魔物・・・・・・クルキドは、昔エルセムに住んでいた人々の怨念や私怨の集合体なんだ・・・・・・」
「どういうことだ、それ!?」
それを聞いたクウァルは、後ろを向いてディステリアに聞いた。
「なぜ、エルセムが『汚れた聖地』と呼ばれ・・・・・・なぜ、APEに指定されているか。それは・・・・・・クルキドが関係していたんだ」
クウァルが疑問を口にしていると、ディステリアは天界でウリエルたちから聞いたこと全てを話した。
「それなら、あのドミニオンって天使が俺たちのことを疑っても、仕方がないな」
両腕を組んだクウァルが一端は納得したが、「だが・・・・・・」と切り出す。
「・・・・・・どうしてお前が、そんなことを知ってるんだ?」
「それが・・・・・・俺にもわからん」
答えると、ディステリアは再びその答えを模索し始めた。
―※*※―
「知らないくせに、無理に考えようとするな」
「―――っ!!」
ハッと気がつくと、周囲はどこまでも続く深い闇に包まれ、目の前には瓜二つの自分自身が立っていた。
「久しぶりだな、相棒」
「・・・・・・・・・お前は!」
目を見張るなり、後ろに飛び退いて身構える。
「俺にブレイティアから抜けろと呼びかけてる奴か!?」
「そうだ、相棒。俺はお前を迎えに来た・・・・・・って、そっちか!!」
ノリ突っ込みでボケたもう一人のディステリアは、腰に手を当てて顔を横に振りながら溜め息をついた。
「・・・・・・ったく、いい気なもんだぜ。新しい力を得て浮かれてんのか」
「どうしてそれを!?」
目を見張って驚くディステリアに、もう一人のディステリアも驚く。
「寝ぼけてんのか!?俺はお前だ、お前の変化くらい手に取るようにわかる!」
「あっ、そっか・・・・・・」
納得したように言いはしたが、本心では信じてすらいない。それが伝わっているのか、もう一人のディステリアは表情を引きつらせている。
「まったく・・・・・・お前は何もわかってない。あの鎧の力は、お前にはまだ早すぎる」
「そんなこと言われても・・・・・・出てきたものはしょうがないだろ」
「ちっ、そうだな・・・・・・って、いやいやいや、違う!俺は警告に現われたんだ」
「警告?」とディステリアは胡散臭そうに聞き返す。
「本当だ、そんな顔するな!ったく・・・・・・なんで俺はお前の心が読めるのに、その逆はないんだ。不便でしょうがない!」
「(こいつ、本当にもう一人の俺なのか・・・・・・?)」
頭をかきむしるもう一人のディステリアに、ディステリアは疑いを抱く。
「いいか。ピンチになったからってつかおうとするな。力に慣れてないうちに最大出力を出せば、暴走じゃすまなくなる!」
「俺自身の力に潰される、と言いたいのか?」
「なんだ、わかってんじゃねえかよ」ともう一人のディステリアは言う。
「そうか・・・・・・じゃあ、使っても慣れない内は最大出力にしなければいいんだな?」
「お、おう・・・・・・・・・なんか気になる言い方だが・・・・・・」
首をひねっていると、もう一人のディステリアの姿と共に周りの闇が揺らめく。
「と、とにかく・・・・・・早まるんじゃねぇぞ!」
「ああ・・・・・・」
「(なんか不安だ・・・・・・)」
未だ頭を抱えているもう一人のディステリアが消えると、辺りが光に包まれてディステリアは夢から覚めた。
―※*※―
「・・・・・・・・・起きたか」
目を覚ますと、そこはイェーガーの中。コクピットを覆うハッチが開け放たれており、ディステリアは夜のような闇に包まれた空を見上げた。
「着いたのか」
「ああ。お前がぐっすり寝ている間に、な」
クウァルが嫌味を言うが、シートから立ち上がったディステリアはそれを流す。クウァルは面白くなさそうな顔をするが、食ってかかるようなことはしなかった。
「ここが、魔界か・・・・・・」
「なんだか、想像していたのとはずいぶん印象が違うな・・・・・・」
それが、万魔殿の前に着陸していたイェーガーから降りた、クウァルの第一感想だった。
「・・・・・・本当。空が黒いこと以外、地上と同じ・・・・・・」
セルスの言葉に「お前らな~」と、セリュードが気の抜けたような声を出す。
「ここの住人たちにとったら、これが普通かもしれないし、今は夜かもしれないだろう」
そこに、鎧や槍で武装した悪魔たちがやって来た。彼らはセリュードたちの前で止まると、先頭に立って兵士たちを引き連れていた一人の悪魔が進み出る。
「地上から〈転移の門〉をくぐり、天界経由でここに来たのはそなたらか?」
「あなたは?」とセリュードが聞く。
「私はレオナール。大魔王ルシファーさまの命により、君たちを迎えに来た」
「天界より、扱いがよくないか・・・・・・?」
そう呟いたクウァルに、「バカ。油断するな」とディステリアが注意する。
「なっ・・・・・・てめえ、バカとはなんだ!!」
「確かに、用心に越したことはないが・・・・・・ディステリア・・・・・・お前、少し変だぞ・・・・・・」
セリュードに指摘され、「そう・・・・・・だな」と戸惑った。
―※*※―
出迎えられたセリュードたちはすぐに、大魔王ルシファーが座っている謁見の間に通された。
「ようこそ。私がこの魔界を治める大魔王、ルシファーだ」
「大魔王・・・・・・ルシファー・・・・・・」
その大魔王がまとう王者の風格に、クウァルもセルスも目を丸くしていた。
「はるばる地上界からよく来たね。何も出すことは、できないが歓迎するよ」
ルシファーの言葉にセルスとクウァルはもちろん、セリュードも内面は驚いていた。
「・・・・・・なんだか、イメージしていたのと全然、違うね」
「ああ。それどころか、迎え方が天界と真逆だ・・・・・・」
驚きを隠せないセルスとクウァルに、「俺も、だ」とセリュードが言った。
「案外、ルシファーさんって話がわかりやすいのかも・・・・・・」
「そうでなきゃ、大魔王も勤まらないんじゃないか」
セルスにセリュードがそう言った時、「いや、わからないですよ」とディステリアが警戒するように言った。
「相手を油断させておいて、隙を見せた時を突く。というのも、戦略的にありなんですよね」
「あ・・・・・・ああ」
唖然としながらセリュードは頷く。確かに、騙し討ちは戦術的に有効な手の一つだが、相手が悪魔だからといってそれを狙っていると考えるのはいささか早計すぎている。それ以前に相手は、すべての堕天使の中で最も偉大だと言われるあの大魔王ルシファーだ。とても不意討ちを狙っているとは考えづらかった。何より、今いるこの部屋の中にはそれを狙う気配はおろか殺気すら感じず、心から自分たちを迎えている、というのがセリュードの正直な感想だった。
「さて、疲れているところ早速で大変申し訳ないが・・・・・・君たちがここに来た訳を話してくれるか?なんなら、部下に茶菓子でも持ってこさせよう。ちょうど今、地上界の美味しい菓子が手に入ったところなのだ」
「「「「(美味しい菓子が手に入った!?)」」」」
四人はこの言葉に驚かずにはいられなかった。世界中の悪魔や堕天使に恐れられている大魔王が、茶菓子を持ってこさせることに対するギャップが大きかった。だが、四人の中で一人だけ、違うことを考えている者がいた。
「その菓子に毒でも入っているのか?」
そう聞いたのはディステリア。セリュードたちの心には焦りが湧き、ルシファーの横に立っていたアスタロトは怒りが込み上げた。
「貴様!ルシファーさまがその様なことをすると思っているのか!?」
「しないことはないだろう。あんただって悪魔・・・・・・それもその頂点に立つ大魔王だ」
「貴様・・・・・・」と槍を握るアスタロトを、「まあ、落ち着け」となだめる。
「しかし!!」
「君・・・・・・ええと・・・・・・なんという名だ?」
「ハン」と鼻で笑おうとしたが、「彼、ディステリアって言います」とセルスが先に答えてしまった。
「なっ、セルス。てめえ・・・・・・」
「ディステリア・・・・・・さっきから様子が変だよ。ううん。ずっと前・・・・・・天界に行った時から変」
「変、だと?俺はいつも通りだ」
「そんなことない、絶対に変だよ。〈転移の門〉を抜けて天界に着いた時から、妙にイライラしてるもん」
「だから、いつも通りだ。なんの変わりもない」
「嘘!」
「嘘じゃねぇ!」
叫ぶセルスに怒鳴り返すディステリア。それにクウァルは、溜め息をついた。
「すみません。重要な話や用件については、自分がします。ここはうるさいので、どこか別の所で・・・・・・」
「わかった。アスタロト、その者たちのことはお前に任せる。しかし、軽はずみなことはするなよ」
「クウァルも頼む。時と場合によれば、お前の判断に任せる」
「わかった」
二人が答えると、セリュードとルシファー、彼が供にしたベリアルは謁見の間から別の部屋に移った。その間も、セルスとディステリアは口喧嘩を続けていた。
―※*※―
「なるほど、天界にも行って来たのか。ミカエルは元気だったか」
「ええ。それにしても、どうして大魔王であるあなたが、大天使であるミカエルのことを心配するのですか?お二人は敵同士では?」
すると、「ハハハ」とルシファーは弱く笑った。
「私と彼は、双子の兄弟でね。私が〈永久の主〉に逆らって魔界に落とされて、長らく会っていなかった。最後に会ったのは、この魔界と天界の間に条約を結ぶ時だったな」
「条約・・・・・・?あなたとミカエルがなんらかの条約を結んだということは、地上界のどの文献にも載っていません」
セリュードとて、全世界にある全ての文献を調べた訳ではなかったが、神話や伝説について書かれたどの文献にも書いてあることは同じで、違うことといえば中に出てくる英雄や幻獣の名前やつづりが違う程度だった。
「それはそうだろう。その条約を結んだのはつい10年ほど前。古代より伝わる文献に載っていなくて、当然だ」
「ハハ・・・・・・なるほど」
呆けた声を出した時、セリュードは目の前にいるルシファーに違和感を覚えた。
「どうした?いや、わかっている。私が文献に伝わるものと違うので、意外だと驚いているのだろう?」
「いえ、そんなことは」
「アッハッハ。気にするな」
気を害したと思ったセリュードは取り繕うとしたが、先に笑われてしまった。
「正直、私も戸惑っていた。私はこんなにも気さくな存在だったのか、と考えたこともあったよ。まあ、悩むことはなかったがな」
「は・・・・・・はあ」
意外な悪魔の意外な軽さにセリュードが呟いたその時、慌てた様子で一人の悪魔が駆け込んできた。彼はセリュードたちを出迎えた、山羊頭の悪魔だった。
「大変です!!」
「どうした、レオナール?・・・・・・まさか、また侵入者か!?」
厳しい表情になったベリアルに、「侵入者」とセリュードが眉を寄せる。
「それはもしかして、俺たちのことですか?」
自分を指差すセリュードに、「いやいや、そうではない」とルシファーが言った。
「君たちはあくまで客人だ。ここは、天界よりは規制されていないからね。それで、何かあったのか?」
「ええっと・・・・・・」
言葉に詰まったレオナールは、「と、とにかく来てください」と言った。