第95話 知ってるはずの新たな敵
一方、セルスのほう。彼女は、ディステリアが飛んで行った方向にただひたすら走っていた。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・こんな時、セリュードのように気配がわかればいいのに・・・・・・」
幻獣の血が混ざってるセルスでも、超感覚の素質がないため習得は不可能。ないものねだりしてもしょうがない、といつも言われているので、すぐ気を取り直して走り出した。
「(何が、『みんなはそこに生きる家族とのつながりがある』よ・・・・・・。私はともかく、クウァルだって友達とのつながりは薄かったっての)」
『だが、俺には・・・・・・それがない。地上界を守る理由も』
悲しそうなディステリアの言葉を思い出し、足を止めると荒く呼吸をする。息がむせて咳き込み、落ち着くためゆっくりと呼吸をする。
「・・・・・・・・・バカディス・・・・・・」
呼吸が整い始めると、セルスは小さく呟く。
「ディステリアのバカ~~~~~~~~~!!!」
思い切り叫ぶと、近くで草を踏みしめる音がする。悪口を聞かれた、かと思ってゆっくり振り返って見ると、
「―――!?」
エルセムで見たものと姿形がそっくりな謎の魔物が複数いた。
「えっと・・・・・・どちらさま?」
表情を引きつらせたセルスの問いに答えることなく、魔物は牙を向いた。
「キシャアアアアッ!!」
「くっ・・・・・・来るっ・・・・・・!!」
タリスマンから杖を取り出して戦闘体勢をとった時、襲いかかってきた魔物たちを白い光線が直撃した。爆発と共に、直撃を避けられ吹き飛んだ何体かが地面に叩きつけられると、どこかに潜んでいた別の個体が襲いかかってきた。
「・・・・・・天界に・・・・・・こんな魔物が生息しているなんて・・・・・・」
とっさに身をかわしたセルスに攻撃を当て損ねた魔物が顔を向けるが、その直後に薄水色の翼を持つ天使が降ってきて拳で魔物を潰す。
「―――!?」
目を見張るセルスに向かず、天使は両腕を振り上げて光弾で魔物を一掃した。追撃がないことを確認すると、やっとセルスのほうを向く。
「君がセルスか。無事でよかった。私は・・・・・・」
だが、その天使が名乗る前にセルスはその場から逃げ出した。
「あっ・・・・・・おい、待て。待ってくれ・・・・・・!!」
「ファイアボール!」
「わぶっ!?」
慌てて追いかけるヴァーチャーだが、彼女が放った火の玉が起こした爆発で視界を塞がれ、彼女を見失ってしまった。
「・・・・・・これは一筋縄では、いきそうにないな・・・・・・」
溜め息をつくと、ヴァーチャーは翼を羽ばたかせてセルスの後を追いかけて行った。
―※*※―
「だぁああああっ!!」
ディステリアが放った天魔剣の一撃を受け、謎の魔物がまた一体倒れた。だが、周りを取り囲んでいる魔物の数はまだ多く、その数は全く減少などしていないと錯覚するほどだった。
「(・・・・・・こいつらから感じる、この嫌な感じ。魔界の空気とも、悪魔の力とも違う・・・・・・こいつらがまとっているこの感じは、いったい・・・・・・)」
そこまで思った時、ディステリアは自分が考えていたことに戸惑いを感じた。
「(なぜ、こいつらがまとっている空気が、悪魔の気配と違うと断言できる・・・・・・なぜ・・・・・・)」
戸惑いの理由を探すのが隙となり、謎の魔物が襲いかかって来た。一瞬で我に返り、切り伏せた後にその場からバックステップで後ろに下がる。間合いが取れたことで続けざまに襲いかかって来た二体目、三体目を切り伏せるが、再び下がった時に後ろから別の一体が襲いかかって来た。
「しまっ―――!!」
「―――ジャッジメント・ブレイズ!!」
その一体を炎の刃が切り裂くと、近くにいた何体かが巻き添えで炎に焼かれた。
「ディステリア、大丈夫か!?」
炎が飛んできたほうを見ると、ウリエルと二体のパワーが飛んできていた。
「〈穢れと災いの使徒〉!?やはり、入り込んでいたのか」
パワーの一人が叫ぶと共に、魔物の一体に切りかかった。
「クルキドだって!?」驚いたディステリアだったが、襲いかかってきたクルキドをパワーが相手をしている間、知覚に下がったウリエルに話しかけた。「・・・・・・?入り込んだ・・・・・・?それって、俺たちのせいで入り込んだような言い方だな」
「そうは言ってない。おそらく、今まで少しずつ〈転移の門〉をくぐっていた奴らが、君たちの訪問を機に一斉に現れたのだろう」
クルキドを一刀両断しながら、ウリエルが叫ぶ。
「やっぱり、俺たちのせいだと言いたいんじゃないか!!」
「言わない!それに、今はそんなことを言い合っている暇じゃないだろう!!」
ウリエルが体を回転させながら、剣から噴き出した炎を周りに放った。体を斬られた上に炎で焼かれたクルキドは、倒れると同時に燃え尽きた。
「今はとにかく、こいつらを殲滅することが先決だ!!」
叫ぶなり高く飛び上がり、炎をまとった剣を地面に突き刺すウリエル。その瞬間、炎が波紋状に広がり、周りに迫っていたクルキドを焼き尽くした。
「次!!パワー!!」
「ぐっ・・・・・・ダメです・・・・・・!!」
ウリエルが連れてきた二人のパワーのうち、一人は剣で攻撃を防ぎ、もう一人は戦闘不能になって地面にうつぶせに倒れていた。爪で剣を弾き、後ろによろめいたところにクルキドが攻撃を仕掛ける。
「・・・・・・!?危ない!!」
一体切り伏せたところでディステリアが気付き、パワーに襲いかかろうとしたクルキドの前に瞬間移動して、一瞬で切り伏せた。
「・・・・・・なぎ払う・・・・・・」
ディステリアが天魔剣に光の力を溜め込む。その瞬間、ディステリアの右腕に激痛が走る。
「・・・・・・ぐっ・・・・・・ぅぅ・・・・・・!!」
痛みに顔をしかめた隙を突かれ、ディステリアは腹に一撃を受けてしまった。
「・・・・・・がはっ・・・・・・」
口から血を吐き、草の上に叩きつけられたディステリアに止めを刺そうとするクルキドを、ウリエルの剣が斬り飛ばした。
「ディステリア、大丈夫か!?」
「な・・・・・・なんで助けた!!」
「君に関しては、まだ我々の答えが出ていない。答えが出て、君の処遇が決まる前に死なれる訳にはいかないだけだ!!」
ウリエルは、襲いかかって来たクルキドを、流れるような動きで切り伏せていく。体を起こしたディステリアも、すぐに立ち上がって突っ込んで行くなり、クルキドを切り伏せた。
「そんなの勝手だ!決まった処遇が幽閉や抹殺だったら、結局、俺はあんたらに命か自由を奪われる。そんな勝手・・・・・・天使だからって許されるのかよ!」
「返す言葉もないな!だが、どの道ここで、君をやられる訳にはいかない!!」
腰を落とし、自分の剣に溜めた炎を、剣を振ると同時に一斉解放する。解き放たれた炎がクルキドを焼き尽くしたが、その数はまだまだ数え切れないほどいた。ウリエルとディステリアは互いの背中を合わせ、周りを取り囲んでいるクルキドたちに剣を向け、ゆっくりと周りだした。
「・・・・・・君は、なぜこいつら・・・・・・クルキドが生まれるか知っているか・・・・・・」
「知らない。・・・・・・いや・・・・・・なぜだ・・・・・・なぜか知ってる・・・・・・?」
戸惑うディステリアにクルキドが襲いかかろうとした時、突風が吹き荒れると共にクルキドが切り裂かれた。
「今の風は・・・・・・?」
ウルエルが呟いた時、「ディステリア!!」と杖を持ったセルスが駆けていた。その後ろには、彼女を追っているらしいヴァーチャーの姿もあった。
「ウリエル殿、これは・・・・・・」
「説明している暇はない。とにかく、殲滅が最優先だ!!」
指示をしながら剣を振るウリエルもヴァーチャーが化成すると、その隙にセルスが膝を突いたディステリアに駆け寄る。
「ディス、大丈夫?」
「なんで助ける・・・・・・」
「えっ」とセルスは唖然とする。
「セルスたちにとって、俺は異端の存在だろ。助ける理由なんてないはずだ・・・・・・」
立ち上がろうとするディステリアに、「そんなこと」と言いかけるが、ディステリアは睨みつけて黙らせる。
「どう違うんだ!?どうせ俺なんか、お前らにとって都合のいい救い主なんだろ!」
「・・・・・・・・・」
黙り込むセルスから離れ天魔剣を向ける。溜めた魔力を解放する直前、後ろにセルスが立った。
「本当に・・・・・・」
「・・・・・・?」
「バカ~~~~!!」
後ろから思い切り杖で叩かれ、ディステリアがよろめく。
「いっつ~~~~・・・・・・何しやがる!」
「つながりが薄いのが自分だけだと思ったら、大間違いなんだから!!」
怒鳴るセルスにディステリアが目を丸くする。その間、ウリエルとヴァーチャーがクルキドを減らし続ける。
「くそっ、いつの間にこんな数・・・・・・」
「詮索は後だ!こんな状況だと言うのに、地上組みは何やってるんだ!」
飛びかかったクルキドの攻撃を左右に散ってかわし、ウリエルが炎の剣で切り、ヴァーチャーが光を放つ拳で殴り飛ばす。
「クウァルだって、制御し切れ中入り気のせいで化け物呼ばわりされてたし、セリュードさんだって妖精の血が混じってるって知られて苦労してたのよ!聞いてたから知ってるんでしょ!!」
セルスに怒鳴られて、ディステリアはハッと思い出す。
「それに住んでる世界?あんただって今は地上に住んでるんでしょ!天使?悪魔?ハン、だから何よ!あんたの居場所は私たちを同じ世界でしょ!!」
ウリエルとヴァーチャーの最前線を飛び越え、クルキドがディステリアとセルスに迫る。
「あっ!」
「しまった!」
ディステリアから目を話したセルスは、跳びかかるクルキドに杖を向ける。
「それを―――忘れんなあああああああああああっ!!」
杖から起きた竜巻がクルキドたちを捕らえ、吹き飛ばす。控えのクルキドを巻き込んだのを見て、ウリエルとヴァーチャーは唖然とした。
「(そうだ・・・・・・みんな、命を賭けて戦っている。自分の痛みを押して・・・・・・そうやって絆はつながれて・・・・・・居場所はその先に出来上がるんだ。なのに・・・・・・なのに俺は・・・・・・)」
自分からそれを壊そうとした。己の不甲斐なさに憤りを感じずにはいられなかった。それに呼応するかのように、ディステリアの握る天魔剣に光属性の力を集まっていることに気付いた。
「キシャアアアアアアアアアアッ!!」
「ハッ!」
振り返ったセルスがクルキドに吹き飛ばされる。
「―――セルス!」
「ジャッジメント・ブレイズ!」
追撃をかけようとするクルキドに切りかかろうとするが、後ろから何体ものクルキドが取り付き、炎を揉み消す。
「なっ―――!?」
重さで動きが鈍ったウリエルに、クルキドが口から禍々しい光線を吐き出す。
「ぐあああああああああああああっ!!」
「ウリエル!!」
「うわあああああああああっ!!」
特攻するクルキドの体当たりを受け、ヴァーチャーがよろめく。なんとか踏みとどまるが、度重なる体当たりにとうとう倒れてしまった。
「・・・・・・光る拳の?」
「――――知らないなら知らないと言ってくれええええええっ!!」
倒れるほどのダメージを受けたにも拘らず、ヴァーチャーは大きな手で地面を叩いた。だがボケてる場合ではなく、セルス、ウリエル、ヴァーチャーは大きなダメージを受けている。
「(俺は・・・・・・)」
構えた天魔剣に、今までの戦いの時以上にディステリアは光と闇、ぞれぞれの属性の力を天魔剣と翼に集中させる。だが同時に、右腕と翼全体に激しい痛みを感じていた。
「ぐっ・・・・・・うううぅぅぅっ・・・・・・!!」
止めようとするセルスに「―――黙っていてくれ!!」と思わず怒鳴る。また拒まれたのかと不安になったが、ディステリアの顔には仲間を守る決意が見て取れた。
「頼む、やらせてくれ!!」
痛みに歯を食い縛り、ディステリアは復帰したウリエルとヴァーチャーが戦っているクルキドを睨みつけた。
「(これぐらいの痛み・・・・・・耐えられないでどうする・・・・・・今まではできたではないか・・・・・・!!)」
セルスを、目の前で戦っているウリエルとヴァーチャーを、いずれここに駆けつけるであろうミカエルやセリュードとクウァルを、仲間を守りたい。
「(俺は―――俺たちは、こんなところで・・・・・・)」
クルキドに吹き飛ばされ背中合わせになったウリエルとヴァーチャーが、息を切らせ膝を突く。
「―――終われるかあああああああああああああっ!!」
その途端に強くなった両属性の力を感じ、ディステリアとセルスのほうを見る。ちょうどその時、セリュードとクウァルが駆けつけ、さらにミカエルとガブリエル、極めつけはミカエルが引き連れてきた天使の軍勢が駆けつけた。
「これは・・・・・・天使の持つ力・・・・・・」
「だが、悪魔の持つ力も感じるぞ・・・・・・」
「いったい・・・・・・どういうことだ・・・・・・?」
困惑する天使たちを差し置いてミカエルは音もなく、セリュードとクウァルに近づいた。
「なぜ彼が、光属性と闇属性の力を使うたびに傷つくのか・・・・・・なぜ、彼からは天使と悪魔の力を感じるのか・・・・・・その答えの一つが明かされそうだ・・・・・・」
「・・・・・・!?それは、どういう・・・・・・」
セリュードが聞きかけた時、力が一気に弾け飛び、その衝撃で辺りに突風が吹き荒れた。
「うっ・・・・・・これは・・・・・・!」
「光と闇の・・・・・・反発作用・・・・・・」
ほとんどの天使たちが吹き飛ばされた中で、早めに体を伏せていたセリュード、クウァル、ミカエル、ガブリエルは、突風が収まった後に見たものに目を見張った。
「・・・・・・こ・・・・・・れは・・・・・・」
それは、ディステリア本人も同じだった。驚愕に目を見開いた彼は、金のラインが入った黒い鎧をまとい、腰に悪魔の翼のようなアーマーを身に着けていた。
「これはなんだ・・・・・・いや、知ってる・・・・・・」
戸惑いながらもディステリアは自らの左手を見る。
「・・・・・・そうだ・・・・・・これは・・・・・・俺だけの力・・・・・・!!」
両拳を握ると共に金色のオーラが彼を包み込み、それに煽られるかのように彼の髪がなびく。
「『光』と『闇』・・・・・・二つを抱き、振るわれる力・・・・・・!!」
一斉に襲いかかって来たクルキドにディステリアは腰を落とし、天魔剣を握った右腕を大きく後に構えた。
「うおぉおおおおおおおおおっ!!!」
今までと比べ物にならないほどの光属性の力を天魔剣につぎ込むと、ディステリアは思い切り右腕を振った。一瞬、空気が張り詰めたかと思うと、物凄い爆風と共に飛びかかって来ていたクルキドは全て吹き飛んだ。爆風と共に発生した轟音に耳をふさいだセルスが、恐る恐る顔を上げる。
「(・・・・・・すごい・・・・・・今までとは比べ物にならないほどの量の光と闇のマナが、ディステリアに集まってる・・・・・・)」
だが、驚きのあまりセルスは失念していた。天界には光属性のマナしかなく、それ以外の属性は薄い。それにも拘らず、ディステリアの両手や天魔剣には視覚可能なほど濃い二属性のマナが集まっていた。「ギ・・・・・・ギ・・・・・・」
「(クルキドが・・・・・・怯えている?)」
ウリエルが眉を寄せた瞬間、クルキドたちは全方位から一斉に襲いかかる。先程のように右側と前方に放つ攻撃では防ぎきれない。すぐにセルスが杖を構え、セリュードとクウァルも飛び出そうとする。だが、ディステリアは天魔剣を握り締めると、背中の両翼を大きく広げる。
「フォーリング・アビス・・・・・・スプラッシャー!!」
まるで水が飛び散るかのように、ディステリアの両翼から黒い紫色の羽の弾丸が全方位に放たれた。一体、五体、十体と、一度に仕留める数を増やしていくが、その度に飛びかかるクルキドの数も爆発的に増える。
「まだまだああぁぁぁぁぁぁ~!!!!」
それでも羽の弾丸を撃ち続けるが、経るどころか増える数に周りを埋め尽くされ、押し潰されるのも時間の問題となった。だが、ディステリアはもちろんセルスも諦めていなかった。
「ファイアボール!!ファイアボール!!」
他の属性で中級以上の魔術は愚か、攻撃魔法すら覚えていない。しかし、最も得意なクリスウォールや現在、唯一の派生技ファイアウォールでは、かえってディステリアの攻撃の邪魔をしてしまう。消去法でセルスに使える技は、下級魔法のファイアボールだけだった。
「俺たちだけ見てるなんて真似ができるか!行くぞ、セリュード!!
「言われるまでもない」
駆け出したセリュードはクルキドの固まりに突っ込んで、魔力を溜めた槍を突き刺した。突き飛ばされたクルキドに、飛びかかったクウァルが連続で拳を叩きつける。
「我々も傍観している訳にもいくまい。総攻撃をかけるぞ!!」
「了解。皆の者!ミカエルさまに続け!」
ウリエルの号令に、「おおぉぉぉっ!!」と天使たちは武器を構えて一斉に突撃した。