第94話 明かされた秘密
ミカエルは部屋に着くなり、「さて」と呟いて窓側にある机の前に立った。
「ラファエルが言っていたことを私も確かめたい。少しばかり見せてくれないか」
ミカエルの申し出に、「ちょっと」とセルスが声を出した。
「力を見せろ、って・・・・・・ディステリアは光属性と闇属性の力を使うと・・・・・・」
だが、それをさえぎって「いいですよ」と、天魔剣を取り出したディステリアが前に進み出た。
「どうせ俺たちには・・・・・・拒否権なんてないんでしょ・・・・・・?」
その言葉にミカエルが違和感を覚えた瞬間、ディステリアは背中に天使が持つ純白の翼を広げた。その穢れのない白さに、ラファエルとウリエルは驚きのあまり目を見張った。
「・・・・・・まだ力は使ってませんよ・・・・・・まずは、剣に光の力・・・・・・!」
ディステリアが天魔剣を握る右手に力を込めると、白い光が揺らめくと共に、漆黒の天魔剣の刃が白く光り始めた。
「(あの剣に満ちていた闇属性の力が、光属性の力に変わった・・・・・・!?)」
今まで見たことがない事象に、ウリエルが目を見開く。
「・・・・・・さらに・・・・・・両翼に闇の力・・・・・・」
息を吐きながら意識を集中させると、翼の色が純白から漆黒に変わった。
「(・・・・・・純白から漆黒に・・・・・・?属性を変換したためか・・・・・・だが・・・・・・)」
ラファエルはメガネの下から、冷静な眼差しを向けて分析する。と同時に、ディステリアに興味深そうな眼差しを向けていた。
「・・・・・・なんなら・・・・・・技も見せましょうか・・・・・・ッ・・・・・・!!」
呻くと同時にディステリアが床に膝を突くと、魔力の集中が途切れ、天魔剣と翼が元に戻る。
「ディステリア!」
セルスが駆け寄ると同時に、彼の容態を見るためラファエルもディステリアに駆け寄った。
「・・・・・・確かに俺は、光属性の技も闇属性の技も使える・・・・・・だが、使えば俺は体に反動を受ける。克服したと思ったんだが、エルセムでの戦いでぶり返してきた。その理由はわからない・・・・・・」
右手に魔力を溜めて治療していたラファエルは、驚きからメガネの下で目を見開く。
「・・・・・・確かに悪魔が持つ力を感じますが、同時に天使の力も感じられます。まるで・・・・・・」
そこまでラファエルが言った時、その場にいる全員が気付いた。
「まるで・・・・・・なんですか?」
「何が言いたいか。それは君自身のほうがよくわかってるのではないか?」
ラファエルに聞き返され、ディステリアは黙り込む。
「じゃあ・・・・・・ディステリアは・・・・・・」
「おそらく、天使と悪魔の間に生まれ、なおかつその力を維持する者。それが君だ」
ミカエル言葉にショックを受けるディステリアに、セルスたちは驚く。
「・・・・・・・・・ありえるんですか?」
「今まで事例がないからなんとも言えない。天使と悪魔の関係は今でも水と油だ。二つの種族のちが交わるなど、ありえない・・・・・・」
しかしそれこそがありえない。そのことを、ディステリアの存在が証明している。
「・・・・・・俺を排除しますか?」
「えっ・・・・・・」
立ち上がって自嘲気味に微笑んで聞いたディステリアに、ミカエルは眉をひそめ、セルスは唖然とする。
「天使と悪魔は水と油、決して混ざり合うことはない。つまり俺は・・・・・・」
「―――ディステリア!」
厳しいセリュードの声が遮り、ディステリアが彼を睨むと鋭い視線で睨み返される。
「・・・・・・それ以上は言うな」
「口にしなければ、ごまかせるんですか?」
「それは・・・・・・」
「おい、卑屈もいい加減にしろ・・・・・・」
言いかけたセリュードを遮り、クウァルがディステリアに詰め寄る。
「天使にしろ、悪魔にしろ、同じ人間の血が混ざってるなら関係ないと思った・・・・・・実質、俺も人間以外の血が混ざってるからな」
「だが、俺にはない。それに、本来ならありえない存在だ。俺は・・・・・・」
「言うな。殴るぞ・・・・・・!!」
怒りを含んだ声ですごむクウァルにセルスは不安を覚え、弱々しく笑うディステリアはせせら笑いながら呟いた。
「・・・・・・異端ってことか」
瞬間、クウァルの拳がディステリアの顔を打つ。殴り飛ばされたディステリアはドアにぶつかり、向こうで盗み聞きをしていた天使を下敷きにした。
「クウァル!やめて・・・・・・」
「・・・・・・ちっ」
舌打ちして顔を背けたクウァルに、「・・・・・・ハハ」と笑った。ここに来るまでに、天使たちがディステリアに向けた眼差し。その答えが、彼がここにとって『異端』の存在だったから。『異端』は認めず排除する。どれだけ彼らのために尽くしても、どれだけ彼らのため命を削っても、ただ『異端』というだけで排除する。
「・・・・・・なるほど、な・・・・・・」
体を起こしたディステリアはいつも異常に弱々しく見え、それがセルスとクウァルには信じられなかった。
「天界の者から見れば、俺は悪魔の子。魔界の者から見れば、俺は天使の子。俺はどっちつかずの半端者なんだな・・・・・・」
「俺には・・・・・・つながりがなかったんだな」
「どういう意味だ?」とクウァルが聞く。
「みんなはそこに生きる家族とのつながりがある。友達とのつながりがある。だが、俺には・・・・・・それがない。地上界を守る理由も・・・・・・」
「それがどうしたのよ」
「やっとわかったんだよ・・・・・・夢の意味が・・・・・・」
唐突な言葉の意味がわからず、セルスたちは疑問を浮かべる。
「炎に包まれた街・・・・・・崩れた建物・・・・・・瓦礫の中で死んでいる・・・・・・翼を持った人・・・・・・」
それを聞いた時、ミカエルとウリエルが眉を動かした。
「異端の存在が生まれる場所を・・・・・・それを認めない者が滅ぼした。どういうことかはわかってるみたいですね」
「やはり、君は・・・・・・」
表情を険しくし呻くミカエルに、ディステリアはただ見つめる。
「いずれ、ブレイティアも・・・・・・俺を・・・・・・」
「待てよ!誰もそんなこと言って・・・・・・!!」
クウァルが怒鳴るが「お前らに何がわかる!」と、さらに大きな声でディステリアが叫ぶ。
「自分たちの住む『世界』に『つながり』を持つお前らに!!」
そう叫んで、ディステリアはミカエルの部屋の前から駆け出した。
「待って、ディステリア!!」
後を追うセルスを、「おい、待て」と止めようとするクウァルだが、逆にセリュードに止められてしまった。
「すみません。見苦しい所を・・・・・・」
陳謝するセリュードに、「いや」と答えるミカエル。
「元はと言えば、これは我らが起こした問題。魔界から天使を排除し、天界からは悪魔を排除する。それは、互いに相容れない存在だからこそ起こる確執だ」
天使と悪魔が、水と油のような関係であることは、セリュードもクウァルも知っていた。だからこそ、天敵同士の血を合わせ持つディステリアは、『つながり』のある世界を持っていない。
「しかし、仮に両者がわかり合えたとしても、光に満ちたこの世界では悪魔は棲めず、闇に包まれた魔界では我々は命を留めることさえ難しい。我々がわかり合えないのは、絶対に覆せない定めなのだ」
「では・・・・・・ディステリアは地上で?」
セリュードが首を傾げると、「限らない」とミカエルは首を横に振る。
「かと言って、ここでもなければ魔界でもない。先ほどは否定したがやはり地上か・・・・・・あるいは・・・・・・」
そこで言葉を切ったきりミカエルは黙り込み、部屋を出て行った。
―※*※―
出生の秘密に関わる秘密を知ってショックを受けたディステリアが宮殿を飛び出すと、外にいた天使たちの視線を集中して受けた。
「・・・・・・くっ・・・・・・」
拳を握ったディステリアを、「待って、ディステリア」と後を追ってきたセルスが呼び止める。
「なんだ・・・・・・」
「ディステリア、さっきのことだけど。あなた、本当につながりが何もないとでも言うつもり?」
「違うのか・・・・・・」
「血のつながりだけが、つながりなんかじゃない!」
セルスの言いたいことがわからず、ディステリアは眉をひそめる。
「・・・・・・・・・何を言ってるんだ」
「ディステリア、私たちは・・・・・・」
セルスの声をさえぎり、「うるさい!!」とディステリアが叫ぶ。
「私たちはなんだ!?住んでる世界を守れてるのに、俺は暮らすことを許されない世界を守ってるんだ!」
「そんなことは・・・・・・」
「もういいから、放って置いてくれ!!」
「待って!」と手を伸ばすがディステリアは純白の翼を広げて、空に飛び去って行った。
「ディステリア・・・・・・」
そこにウリエルが、戦いで前線に立つ天使パワーを一人連れてやってきた。
「・・・・・・確かセルス殿であったな。ディステリア殿はどこに・・・・・・」
ウリエルの声に振り向いたセルスだが、彼が引き連れた天使がパワーだと気付くと、ディステリアを討伐する気だと誤解した。
「・・・・・・知りません・・・・・・自分たちで探してください・・・・・・!!」
そう言うなり全力疾走したセルスを、「おい、ちょっと」と呼び止めようとしたが、結局、止めることは出来なかった。
「・・・・・・やれやれ・・・・・・連れてきたのが君だったばかりに、盛大な誤解をされたようだ・・・・・・」
甲冑越しに頭をかくウリエルに、「はあ・・・・・・」とパワーが頷く。
「あの少女は、ヴァーチャーの誰かに任せたほうがよろしいですか?」
「そのほうがよさそうだ・・・・・・我々はディステリア殿を探すぞ。確か・・・・・・天使と悪魔の力を半分ずつ持っているから、気配で追う場合は目立つはずだ・・・・・・」
「その気配なら、すでに捕まえていますよ」
パワーが飛び立つと、それを追ってウリエルも飛び立った。
―※*※―
一方、天使たちの議会場では。
「彼らが言っていたエルセムとは、例の『汚された聖地』の事か?」
「おそらくそうだろうな」
天使階級第三位トウロンズ代表者の一人、オファニムが聞くとプリンスが返す。
「今や、地上界から直接ここに来ることができる〈転移の門〉があるのは、あそこにしかあるまい・・・・・・」
「人間たちは、あの地を『神々の聖地』としておきながら、争いを続け血で汚し続けていた。怨念を込めながら流れ、大地に染み込んだ血のおかげで、今やあの地には、聖地としての力はない」
「人間により汚され、力を失った聖地は他にいくつもある」
天使階級第一位の代表者、セラフィムが呟くと、厳しい表情のドミニオンが声を上げる。
「〈穢れと災いの使徒〉は、争いに敗れ、恨み辛みを抱きながら死んでいった人間の怨念に、それらが詰まった血によって汚された『聖地』の力が作用して生まれた、怨念の結晶体。人間の過ちによる産物だ」
「そればかりか、人間たちの技術発展はマナを過剰に浪費し続けている。このままではいずれ、〈転移の門〉を通じて天界のマナが、地上界に流出してしまう・・・・・・」
懸念するヴァーチャーに、「それについては、対抗策がある」と部屋に入ってきたミカエルが言う。
「地上界にある〈転移の門〉との接続を切ればいい。それと同時に地上界の門は消えるが、今はもう必要としている者もおるまい・・・・・・」
席に着くミカエルに、「今回ここに来た者たちは、数に入れないのですか」と、ヴァーチャーが聞いた。
「確かに彼らは天界に来たが、彼らもそう何度もくるつもりはないだろう・・・・・・」
「まあ、確かに」とヴァーチャーが頷くと、「パワー殿」とウリエルが声をかける。
「すまないが、私と共に来てくれないか」
「わかりました」と答えて席を立つと、ウリエルとパワーは議会場を後にした。
「ウリエル殿がパワーを連れて行くということは、彼らに何か問題でも・・・・・・?」
警戒するドミニオンに、「いや、全然」と答えるミカエル。
「ただ・・・・・・今回の件が元で、『汚された聖地』から侵入者が来るかも知れん・・・・・・」
「・・・・・・そうですね。天使でもない、人間である彼らが〈転移の門〉をくぐってきた以上、門が不安定になっている可能性が・・・・・・」
厳しい面持ちで不安を口にするガブリエルに、「いや、そうではない」と、ミカエルが言う。
「彼らの話によれば、門を潜った直後に転移空間が不安定になったそうだ。門の媒体となっている建造物が破壊されたのだろう」
「では、機能不全の状態に・・・・・・」
「悪影響が出る前に切ったほうがいい・・・・・・それと、この半年の間に魔界では何度もあったというのに、こちらでは侵入を試みる者がいなかった。〈転移の門〉が地上界で一番、侵入しやすい場所にあるというのに・・・・・・」
「・・・・・・まさか・・・・・・敵はすでに、この天界に潜入して潜んでいると!?」
驚くケルビムに「いや」と呟くと、ミカエルの顔がさらに厳しくなった。
「潜んではいるが・・・・・・その場所は天界ではない・・・・・・」
それを聞いた時、全員の頭にある可能性が浮かんだ。
「君たちの判断の早さには、私も助かるよ。では、我々がすべきことは・・・・・・」
そこに、「ウリエルさまからのご伝言です」と、一人のエンゼルがゆっくりと飛んできた。
「地上界からの客人の一人に誤解をされたので、それを解くためにヴァーチャーに行ってほしいそうです」
「・・・・・・ということは、その誤解をした者というのは女だな・・・・・・」
溜め息混じりに呟きながら、アークエンジェルがヴァーチャーのほうを向く。
「お前のその嫌味・・・・・・女性ではなく、私に向けたものだな・・・・・・?」
「せいぜい、心を奪われて堕天しないように」
嫌味まで言われ、ヴァーチェは心の中で苦笑いをせずにはいられなかった。
―※*※―
ボロボロの服を着た少年の前に、大勢の人がひざまずいている。
「天使の翼を持っている・・・・・・」
「この子供は救い主だ・・・・・・」
「ああ、救い主さま・・・・・・」
彼が何を言っているのか、少年は全く理解ができていない。だがやさしく手を引き、よく扱ってくれる人々に、少年は微笑んでいた。
「ば、化け物だああっ!!」
やがて、禍々しい外見の獣が村を襲う。よくしてくれた人たちを守るため、少年は危険を顧みず飛び出した。
「だああああああああああああああっ!!」
強い化け物を倒すため、少年は内に眠る力を全て使った。すると、背中にあった翼が紫の光に包まれ黒く染まる。爪のような細長い剣を掴み、その力で怪物を倒したが、振り返った少年に向けられていたのは・・・・・・
「ひ、ひえっ・・・・・・」
恐怖に包まれた人々の視線だった。
「ば、化け物・・・・・・」
「悪魔・・・・・・」
「救い主じゃなかった・・・・・・」
彼らが何を言ってるかわからない。でも、またいつものように優しくしてくれる。そう思って少年が足を踏み出す。
「ち、近づくな!!」
投げられた石が少年の頭を打ち、血が流れる。訳がわからず見つめていると、人々は逃げ出した。
「た、助けてくれ~~~~!!」
「こいつは、救い主じゃなかったんだ!」
「俺たちは騙されてたんだ。この悪魔に!」
逃げ出した人々に置いていかれ、立ち尽くす少年。彼に近づこうとした子供は、親によって連れて行かれた。やがて少年を殺そうと戻ってきた大人から、少年は逃げた。
「はっ、はっ、はっ・・・・・・」
逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けて、やっと辿り着いた山の洞窟。しかし、それからも少年を殺そうとする大人は現われ続け、少年は逃げ続けた。全てに疲れ、大人の手にかかろうとした時、
「―――おい・・・・・・」
彼の前に現れた一人の旅人。彼は大人から何かを聞き、少年に近づく。そして大人を振り返り、こう言った。
「誰がそんなこと決めた・・・・・・」
旅人はその大人を一蹴し、少年の手をとった。彼は少年を連れ、ある建物に来る。
「ここで生きる術を学べ。そして今よりも大きくなり、自分を真っ直ぐ貫けるようになったその時・・・・・・また会おう」
心が潰れそうになった時、わからなくなって迷った時、その言葉を思い出し、少年は走り続けた。自分にとって真っ直ぐに。
―※*※―
ハッと気付くと、ディステリアはイェーガーが墜落している草原に立っていた。
「・・・・・・。無意識の内に来たのが、ここか・・・・・・執着しているんだな・・・・・・俺・・・・・・」
自嘲的な笑いをしたその時、ディステリアは辺りから殺気を感じた。
「・・・・・・なんだ・・・・・・?何かいるのか・・・・・・?」
その次の瞬間、周りの草むら黒い影が一斉に飛び出し、ディステリアの周りを取り囲んだ。
「・・・・・・こいつらは・・・・・・エルセムで見た・・・・・・」
謎の魔物たちは唸り声を出しながら、ディステリアにじりじりと迫ってきた。